※今話には結婚についてナイーブな内容が含まれています。無理だと思ったらブラウザバックしてください。
「はあ・・・やらかしてしまいました・・・」
「そんなことないと思うよ、胡蝶さん。下呂君も急なことで驚いただけだと思うから。」
私はその日の夜、蝶屋敷の縁側で城崎さんと並んで溜息をついていた。そんな私を城崎さんは優しく宥めてくれる。
「胡蝶さんは今まで好きな人とかできたことない感じかな?」
「はい・・・お恥ずかしながら・・・」
「じゃあ仕方ないよ。初恋なら暴走しちゃうこともあるって。元はと言えば、私が焚きつけたのが原因だし。」
「いえ・・・そんなことは・・・」
ことの発端は三日前。私が一息着こうと当直の時間中、今と同じように縁側で月を見ながら休憩していた最中に城崎さんが話を持ち掛けてきたことから始まる。
『ねえ、胡蝶さんはさ、下呂君のことどう思う?』
私はそう問いかけられ、全身が真っ赤になっているだろうことを自覚した。すぐに顔を背けるが、城崎さんには察せられてしまう。
『アハハ~。そっかぁ。結構気になってる感じなんだねぇ。大丈夫、他の人には言わないから。婚活アドバイザーとして約束するよ?』
どうやら城崎さんには私の考えなどお見通しだったみたい。実を言うともともと下呂さんのことは大して意識なんてしてなかった。
蝶屋敷で一緒に仕事する時間は多かったが、それでも認識は精々年上の同僚のようなもの。それ以上でもそれ以下でもなかった。
加えて、私が童磨を殺すための服毒に勘付かれた時なんて、大喧嘩した上に、鳩尾に肘鉄まで食らわしたほどだ。間違いなくあの瞬間は下呂さんのことなんて大嫌いだった。下手すると童磨の次ぐらいに。
でもその夜、童磨と戦って、技も毒も一切通じず心が折れてしまった時、あの人は私に激を飛ばしてくれた。性格も性別も全然違うのに、何だか姉さんの姿が重なって、まるで姉さんから励まされてるようだった。
でもその時は只々下呂さんに感謝しただけだった。少なくともその時はそう思っていた。
でもそれから数日後、一緒にお寿司を食べに行ったあの日、下呂さんが私にあの言葉を投げかけてきて自覚してしまった。
『ああ、私は、下呂さんのことを好きになってしまったんだ』って・・・
それ以降、下呂さんと過ごした日々や交えた会話が一気に思い起こされて、私の気持ちはどうしようもないほど膨らんでしまった。
姉さんは生前にカナヲに言っていた。『好きな男の子でもできればカナヲだってきっと変わるわよ』って。
きっと私も変わったのだろう。今まで恋愛なんて、甘露寺さんから相談されることはあってもすることはなかった。自分には一切関係がないものだって思っていたから。
だって、私は姉さんの仇を討つために未来のことなんて考えていなかった。
好きな男の人? 旦那様? なにそれって思ってた。他の人が言う分には応援してあげたいって思えるけど、自分に当てはめたら微塵も関心を抱けなかった。
でも私はあの日、死なずにすんだ。下呂さんのおかげで。私は考えもしなかった未来のことを考えることができるようになった。
その途端、無性に今まで無視してきた気持ちが高まって、気が付けば下呂さんのことばかり考えるようになっていた。
これは気の迷い? 一時の熱に浮かされたようなもの? 恋に恋する乙女の勘違い? 色々な考えが頭をよぎった。
そんな中、城崎さんからの突然の質問。私は一気に混乱状態になる。まるで自分の考えが自分じゃないみたい。これが恋の病という奴なのだと私はこの時初めて思った。
『正直私も迷ってるんだけど、もし下呂君が現代に戻れなくてまた自暴自棄になっちゃいそうだったらさ、胡蝶さんが下呂君のことを支えてあげて欲しいな?
無責任なこと言ってごめんね? でも私・・・やっぱり下呂君が結婚する人は本気で下呂君を好いてくれる人がいいなって思っちゃうからさ・・・』
城崎さんの言葉をそれから丸一日以上反芻してたと思う。確かに下呂さんの一番の願いは現代に帰ることだ。
向こうには大切な妹さん、ご友人、恋人候補たち、そして複雑な事情は聞いているけれど家の人達が大勢いるようだ。
でも本当に現代に帰れる保証はない。そうなれば下呂さんはこちらの時代で城崎さんを除いて孤立無援となってしまう。
もしそうなるぐらいだったら、その時は私が下呂さんのことを傍で支えてあげたい。私が下呂さんに支えてもらったみたいに。
そう思い、翌日も私は蝶屋敷で隊士達の治療に専念していた。ところが・・・
『ねえねえ、鬼殺隊が解散したら、貴方はどうするの?』
『私、お見合いしてみようと思う! もう十五になるし、そろそろ結婚のことも考えないと!』
病棟の巡回をしていたら、ある時そんな女性隊士たちの会話を聞いた。
鬼殺隊が解散した後のことを考えるのは必然だ。私もこの蝶屋敷を診療所にして、カナヲやアオイと共に切り盛りしていこうと考えていた。
鬼が居なくなっても、私たちの人生は続いて行く。漸く平和な時代が訪れるのだから、自身の将来のことを考えて然るべきだ。
そこまで思考を進めてふと会話の内容を反芻する。
『もう十五になるし』か・・・
そっか。お見合いの話が出るのってそれくらいよね。私はずっと鬼殺のことしか考えてなかったから他人事のように思ってたけど。
そんな私ももう十八の後半。お見合いを受けられる期限もさしたりて猶予があるわけではない。
途端にどうしようもない焦燥に駆られた。どうしよう。すぐに結婚のことなんて考えられない。
今後の生活のことを考えたらやらなきゃいけないことが沢山ある。医師免許を取って、カナヲとアオイにも資格の勉強を教えて・・・診療所を開業する準備をしなくちゃいけなくて・・・
・・・あれ・・・その時には私・・・いくつになってるの?
一年ちょっと経ったらもう二十に届いてしまう。そうなったらお見合いってできるのかしら。
そもそもお見合い相手のことを本当に一生添い遂げられるくらい好きになれるの? 今まで何の接点もなかった人と一生共に過ごす決断が私にできるの?
わからない。今まで恋愛のこととか結婚のこととか一切考えたことなかったから・・・
別に結婚できなくたって天涯孤独になるわけじゃない。カナヲもアオイもなほ達もいる。あの子たちだって家族みたいなものだ。
でも少しくらい考えてしまう。あの子たちだって、いずれは好きな男の人ができて、結婚して、子供を産んで育てる。私もそうしたいって思ってしまう。
そう悶々と思っていた時だった。後ろから声を掛けられたのは。
『胡蝶。少し時間が出来た。藤の花の毒を分解する薬を処方したい。診療室に来れるか?』
私が一人悩んでいた時に、貴方は現れた。途端に私の鼓動が早鐘のように鳴る。
下呂さんは私が何も答えないのを疑問に思うこともなく、先に診療室に向かう。
駄目だ。もう下呂さんのことしか考えられない。仕事に支障がでるから、なるべく意識しないようにしてたのに。
私が恋愛だとか結婚とかあれこれ考えてる丁度その時に私の前に現れるなんて・・・
結局その後、私は城崎さんの言ったように冷静さを失ったまま暴走してしまったのだった。
そうして今に至る。
「うう・・・下呂さんに合わせる顔がありません・・・」
「そんなことないよ。下呂君も今頃凄く悩んでくれてると思うよ。真剣に悩んで悩んで悩み抜いた上で、きっと答えを聞かせてくれると思う。
本当は胡蝶さんが下呂君に告白する前に、私から色々アドバイスしてあげたかったんだけどね?
まあ、でも・・・真っすぐな自分の気持ちを相手にぶつけて本音を言ったり心を開くこと以上のことなんてないから、今はただ下呂君の気持ちの整理がつくまで待ってあげようよ?
それまでの間、恋愛相談なら、何時間でも乗ってあげるからさ?」
「はい・・・そうですね・・・気持ちが落ち着かないのでもしかしたら朝方まで話し込んでしまうかもしれないのですが・・・」
「いいよ、いいよ。大丈夫。気が済むまでいくらでも聞くから。」
そうして私は、本当に朝日が昇るまで、城崎さんに相談に乗ってもらうのだった。
続く
原作のしのぶさんは本当に大正時代の女性としての未来を捨てきってたんだと認識しています。恋愛、結婚、出産、子育てそれらを全てかなぐり捨てて、大切な姉の無念を是が非でも晴らすために服毒を続ける。長生きは勿論、結婚以降の人生なんて微塵も考えてなかったように思えます。しかし、もし復讐を果たして未来が開けたら、彼女は年相応の女性の価値観が理解できるようになるのではないかと思い、今話のようなエピソードを入れた次第です。ご容赦願います。