「すみません・・・結局朝になってしまいましたね・・・」
「う~ん。そうだね・・・まあいいんじゃない? 昼間の空いた時間で仮眠取れば問題ないよ。当直明けなんだからそれくらい許されると思うよ?」
既に朝日が昇り、私たちの座る縁側が明るく照らされる。
城崎さんは若干苦笑していたが、それでも私の恋の悩みもとい恋愛相談に乗ってくれたのだった。
私はその場を立ちあがり、城崎さんにお辞儀する。
「もうじきアオイやカナヲが起きてきますので、交代したら仮眠を頂きます。城崎さんも休んで下さいね?」
「ありがと~。朝ごはんたらふく食べたらそのまま眠らせてもらうね~?」
私は自室に一度戻り、化粧直しをする。カナヲが起きたらすぐに仮眠を取るのであまりする意味がないのだが、藤の花の毒を服用してからの習慣のようなものだった。
もう体調も体質も下呂さんのおかげでかなり改善し、血色を隠すためにする必要もない。でも今では別の意味で化粧をしないと落ち着かなくなってしまった。
特に下呂さんと会う時は、特に気にするようになった。これが年頃の娘の感性というものなのだろうか。
私は化粧をし終わると、そのまま診療所や薬剤室に移動し、仕事の引継ぎの準備をする。
やがて、カナヲが身支度を済ませた上で顔を出した。
「しのぶ姉さん・・・当直お疲れ様です・・・仮眠をどうぞ。」
「あら、カナヲ、早いわね。ありがとう。数刻休ませてもらうわね?」
私はカナヲに事務的な引継ぎ連絡をしてその場を去ろうとするが、カナヲは私を呼び止める。
「しのぶ姉さん? 何かあったの?」
「え?」
私は驚いた。化粧もしてるし、目のくまとかも隠せてるはず。一体何に気づいたのだろうか。
「目・・・赤いから・・・」
「ほ、本当に?」
私は驚く。化粧台で自分でも見てたはずだが気が付かなかった。改めてカナヲの目の良さに驚かされる。
「その・・・もしかして泣いてたの?」
「え・・・いや・・・違うわ・・・これは・・・」
私はカナヲから顔を背ける。もしかしたら、城崎さんに相談する際に無意識のうちに目尻に涙を溜めてたのかもしれない。
しかしその理由を当然カナヲに言えるはずもなく、私はバツが悪そうにするしかなかった。
「もし・・・辛いことがあったら・・・相談して・・・ほしい・・・しのぶ姉さん・・・」
「っ! 大丈夫よカナヲ。辛いことなんてないわ・・・! でも本当に辛いことがあったらちゃんと言うわね? お休みなさい。」
「うん・・・ゆっくり休んでね・・・」
そうして私は浴場で汗を流した後、寝巻に着替えて自室に戻り、布団を敷いて横になった。
「・・・眠れない・・・」
私はそう独り言を呟く。目を閉じれば私が必死に告白した時の下呂さんの驚く顔が浮かんでしまう。
やっぱり、迷惑だっただろうか。当然かもしれない。だって私が下呂さんを好きになる理由はあっても、下呂さんが私を好きになる理由なんてないのだから。
そう思い、気落ちしてしまう。気が付けば頬に涙が伝っていた。
胸が痛む。やっぱり断られるのだろうか。そう思うと息が苦しくなる。藤の花の毒を摂取してた時みたいな辛さがふいに襲う。私が必死に自身を落ち着けようと深呼吸していると、自室のふすまの外から声が聞こえた。
「済まない。胡蝶。もう寝ちまったか?」
「っ!!」
私は上体を一瞬で起こす。下呂さんの声だ。ふすまの向こうに影だけが映っている。
「下呂さん・・・」
「悪い。仮眠中だもんな。また機を改めて声掛けた方が・・・」
下呂さんがそう言いかけるので、私はすぐにふすまを開ける。
「・・・! 胡蝶・・・大丈夫か? 顔色があまり良くないが・・・」
「ええ・・・ちょっと息苦しくて・・・」
「マジか。薬用意しようか?」
「いえ、結構です。精神的なものなので落ち着けば治ります。」
私は息を整えて必死に虚勢を張る。本当は下呂さんと正対してるだけで胸が苦しい。ふいに下呂さんから私の気持ちに応えられないとそう伝えられそうで、気が気じゃなかった。
下呂さんは頭を掻いて、申し訳なさそうにしている。
「済まない。昨日のやり取りのせいだよな。」
「・・・いえ・・・私から切り出したことですから・・・」
徐々に心臓の鼓動が早くなる。いつ本題を切り出されるのかと内心穏やかではいられなかった。
暫くの間、沈黙が続くが、やはりと言うべきか下呂さんは話を切り出した。
「胡蝶・・・わかっていると思うが・・・今の俺は身一つだ・・・この時代の実家とは一切関わってないから資産も仕事もない・・・ただのつまらない男だ。」
「・・・え・・・」
予想だにしていなかった内容が下呂さんの口から紡がれる。
「それに・・・今だに現代に帰ることを諦めきれていないのも事実だ・・・腹の決まらない男で申し訳ない・・・」
「下呂さん・・・」
やっぱりこの話の流れだと断られるのだろうか。当然かもしれない。本来異なる時代に生まれた者同士。結ばれようなどと考えたこと自体が可笑しな話だったのかもしれない。
私は観念したように力なく微笑む。
「そうですか・・・なら・・・」
「けど嬉しかった・・・お前が想いを打ち明けてくれたことが。」
「えっ!?」
私の心臓が痛いほど跳ねる。下呂さんは必死に汗をかきながらも続ける。
「俺は・・・お前のことが・・・好き・・・なのかもしれない・・・いや・・・好きなんだと思う・・・最初は年も離れた幼げのある少女相手に何考えてるんだって思ってたが・・・」
私は息を忘れて目を見開く。下呂さんの言葉に衝撃を受ける。
「けど・・・お前と一緒に仕事をしたり・・・毒や薬について意見を出し合ったり・・・肩を並べて命懸けの戦いを潜り抜けて・・・少しずつ見方が変わったんだ。
ひたむきで努力家で献身的なお前の日ごろの振舞を見て・・・それでいて年相応に笑ったり、怒ったり、泣いたりするお前の様子を見て・・・俺は・・・」
「げ、下呂さん・・・!」
私は不意に嗚咽を漏らしてしまいそうになり、口を両の掌で抑える。涙が溢れそうになる。
「ああ・・・違うな・・・悪い・・・うまく言えねぇが・・・俺もお前のことが好きだ・・・勿論・・・異性としてな・・・
もし・・・俺が現代に帰れなくて途方に暮れるようだったら・・・俺と一緒になってくれねぇか?
いや・・・ここは・・・本当は現代に帰る未練を断ち切るべきなのかもしれねぇが・・・済まねぇ・・・あっちにいる奴らの顔がちらついて・・・約束しきれねぇんだ。
本当に不誠実な男で申し訳ない。俺からの
私の涙腺は決壊してしまった。童磨に打ちのめされた時とは違う意味で。ちょっと思ってたのと違ったけど、下呂さんは私の想いに応えてくれるみたいだ。
そう思ったら・・・無性に嬉しくて・・・私は我慢できず下呂さんに抱き着いた。
「こ、胡蝶!?」
「ううう~!!! どうせなら・・・一生傍に居るって言って欲しかったです・・・! でも別れを切り出されなくて良かった・・・! 嬉しいです下呂さん!! うわぁああああん!!!」
私は下呂さんの胸元に顔をうずめてそう泣きついてしまった。まるで幼子のように。正直、気持ちが一時的に通じ合っただけで、いつ別れが来るかもわからないか細いつながりだと思う。
けど・・・それでも・・・そうだとしても・・・!!
私の初めての気持ちが受け入れてもらえたことが本当に嬉しかった・・・もし姉さんが生きていたら・・・祝福してくれたのかな・・・そんなことを考えてしまった。
そうして私が落ち着きを取り戻すと、下呂さんは私を横にしてお腹をトントンと手を当てて寝かしつけてくれた。
私もずっと悩んでいた原因が解消され、その時は人生で一番穏やかな気持ちで眠れたような気がした。
「ムフフ~。下呂君。胡蝶さんの気持ちにちゃんと応えることにしたんだね? 今後どうなるかわからないけど、それでも相思相愛になれて本当に良かったよ。おめでと~!!」
「ああ、ありがとな、城崎。お前のおかげで踏ん切りがついた。正直現代に残したアカリや他の奴らのことを思うと心苦しいけどよ・・・」
「まあそれはね・・・現代に帰れるかどうかなんて今はわからないんだし、成り行きに身を任せるしかないよ。先のことも大事だけど、大切なのは今なんだよ?」
「ああ、そうだな。なんだか胸の内が心地いいくらい温かいぜ。こんなの・・・生まれて初めてな気が・・・ん?」
俺と城崎は、胡蝶が仮眠を取ってる間、蝶屋敷の仕事を進めて一息ついていた。縁側に座り、二人で談笑していたが、ふいに鎹烏が俺たちの元に降り立つ。
「こんにちは。また会いましたね下呂さん。私は産屋敷輝哉の使いの者です。」
「お前は輝哉さんの鎹烏・・・ってことは例の件了承してくれたのか・・・!!」
「う~ん。胡蝶さんと結ばれたばかりだからなんだか複雑・・・でもそうだね・・・完全に現代に戻ることを諦める訳にもいかないし、そっちも進めていかないとだね・・・」
俺と城崎が輝哉さんの鎹烏に反応していると、そいつはややバツが悪そうに俺の質問に答える。
「いえ、今回は情報収集の件を了承した旨ではありません・・・というより・・・謝罪も兼ねた案内をしに来たのです。輝哉の代理として取り急ぎ結論だけをお伝えしましょうか。」
「ん? 謝罪も兼ねた案内? 一体どういう意味だ?」
俺はその回答に疑問を感じ、いぶかし気に聞き返す。一体輝哉さんは何を俺に謝ろうとしているんだ?
そう俺が身構えていると、想定外の内容が伝えられた。内容の趣旨は概ねこんな感じだった。
『今まで現代に帰る方法をずっと黙っていて申し訳ない。君たちが望むのならすぐにその手段を案内する。産屋敷邸で待っているよ。』
続く
ここから数話ビターな展開が続きます。ご容赦願います。最後には絶対救済してみせますのでご辛抱下さい。