それから柱合会議の当日まで、下呂さんとはお互いよそよそしいながらも一緒に仕事をする毎日だった。
『胡蝶・・・お前が望むなら・・・一緒にいられなくなるまではお前の気持ちに応えさせてくれ・・・それが埋め合わせになるかわからねぇが・・・』
下呂さんからそう切り出され、私は虚勢を張りつつも穏やかな微笑みを浮かべながら可能な限り一緒に時間を過ごすようになった。
初めて知ったことだが、下呂さんは遊具菓子が好きみたいで、空いてる時間で自作のお菓子を作ってくれた。
初めての味に初めての舌触りで私は驚いたことを覚えている。思いのほかカナヲがハマってしまっていて可笑しかった。一方で、カナヲの下呂さんに対する視線が物凄く冷たくて何事かと思ったけど。
加えて下呂さんは料理が得意だった。なんでも毒使いの家の方針で、彼は人から出された食べ物は口にできないよう調教されてしまったことの弊害らしい。
なんて酷いことをと私は思ったが、仕事上暗殺されないようにするための知恵なのだそうだ。
しかしそんな下呂さんも今では人の出す料理を美味しそうに食べれるようになった。以前婚活で知り合った女性に手料理を振舞われ、それをきっかけに克服したとのことだ。
私の前に会った女性が既に、下呂さんに大きな影響を与えていた事実に胸がモヤモヤしたが、そのおかげで下呂さんは私の手料理も食べることができるのだ。少しは感謝すべきなのかしら?
『生姜の佃煮か。うまいなこれは・・!!』
『はい。私の好物なんですよ?』
『ほんとか! 作り方教えてくれ!! 俺も今度振舞うぜ!!』
『ふふっ、ありがとうございます。』
そんな他愛のないやり取りを続けるうちに、蝶屋敷の子たちも私と下呂さんの関係性の変化に気づいたようで、よく二人きりにしてくれるようになった。
仮初の・・・期間限定の幸せな日々・・・いつか別れの時が来てしまうけれど・・・それでも一分一秒が本当に貴重で・・・胸の温まる日々だった・・・
しかし時の流れは残酷で、そんな幸せな日々はあっという間に過ぎ去り、今日の柱合会議を迎えてしまった。即ち期限目前となったのだ。
「しのぶ。大丈夫かい?」
ふいにお館様から声が掛かり、我に返る。そうだった。今私は柱合会議に参加していたんだ。
しかし突然の呼びかけに私は反応することが出来ず、しどろもどろになってしまった。
「すみません・・・考え事を・・・していました・・・」
「そうか。ヒカルと一番仲良く接していたのはしのぶ、君だからね。無理もないことだろう。」
恐らく柱と下呂さんとの間で問答が行われた後、ふいに誰かが私に話を振ったのだろう。でも私はこれまでの日々に意識が持ってかれて、会話内容を一切聞き取れていなかった。
柱の皆さんも怪訝な様子で私を見るが、お館様の締めの挨拶で視線がそちらに集中する。
「今日で鬼殺隊は解散するけれど、君たちと私たちのつながりが絶たれる訳ではないんだ。困ったことがあったらすぐに頼りを寄こすんだよ?
金銭の工面や、仕事の斡旋、縁談に至るまで何であっても力になろう。いいね?」
柱の皆さんから快活な返事がなされる。私はその中で一人静かに佇んでいた。
その様子を皆さんも気にはしているようで、解散の声が掛かっても私を気にかけてくれる。
「おい、しのぶ。どうしたァ? 具合でも悪いのかァ?」
「い・・・いえ・・・隊士達の治療で・・・疲れが出ただけかと・・・」
「それは良くない!! 今日ぐらいはしっかり休むといい!!! 人手が足りなければ俺も手伝うぞ!!!」
「あ・・・いえ・・・煉獄さんの手を煩わせるほど・・・今は忙しくないので・・・お心遣い感謝します・・・」
「なら気分転換はどうかしらっ!? 私の屋敷でパンケーキ焼いてあげるわっ! しのぶちゃん食べに来ない?」
「えっと・・・また後日でもいいですか?」
「まあ胡蝶も最終決戦手前からずっと薬の開発やらで働きっぱなしだったからな。派手に疲れが出てるんだろう。いいから今日はもう休め。地味にな。」
「はい・・・そうさせてもらいます・・・」
私はその場を立ちあがるが、ふいにお館様の御内儀、あまね様より声を掛けられる。
「胡蝶様。お疲れのところ申し訳ありません。取り急ぎお伝えしたいことがあります。案内しますのでついてこれますか?」
「え・・・」
私があっけに取られていると、時透君が代わりに返事をする。
「あまね様。胡蝶さんは疲れているから、後日ではだめでしょうか?」
「・・・すぐに済みますのでご安心下さい・・・皆様はお引き取りを・・・」
あまね様の静かな物言いに私だけじゃなく、柱の全員が不信に思うが、悲鳴嶼さんがじゃりじゃりと数珠を鳴らす。
「後日改めて足を運ぶよりも、ついでに話を聞いてみたらどうだ、胡蝶。その方がお前の負担も少ない。」
「・・・わかりました・・・そうしますね・・・」
そうして私はあまね様に案内され、奥の部屋に招かれる。座布団が敷いてあったため、私はそこに促され正座する。
「お忙しいところ申し訳ありません。胡蝶様。さほど猶予もなく、なるべく早くお伝えするべきだと思いましたので・・・」
「猶予? 一体何の・・・」
私が聞き返そうとした時、あまね様が驚愕の提案をしてくる。
「下呂さんが未来に戻る際、ついて行くことが可能ですが如何しますか?」
「・・・え・・・・」
私は唖然とする。想像だにしない内容だった。私はあまね様の言わんとしていることが理解しきれず呆然とする。
「実は城崎様よりご相談を受けていたのです。胡蝶様が下呂様と別れることをとても悩んでいると。どんなに笑顔で本音をごまかしても、城崎様は結婚詐欺師をしてた時の経験で心の機微に敏感なのです。
貴方様の胸中に気づき、私に頼み込んできました。『私達以外に他の人を連れていくことはできないの?』と・・・」
「城崎さん・・・」
突如諦めていた道が目の前に広がった気がした。その瞬間、胸の奥にしまい込もうとしていた想いが溢れそうになる。
下呂さんと一緒に居られる・・・? これから先も・・・? 本当に・・・!?
私はその事実を知り無性にどうしようもないほどの期待が膨らんで、思わず笑みを溢しそうになるもある思考が脳裏をよぎる。
「・・・あまね様・・・その場合・・・蝶屋敷の子たちとは・・・」
「・・・はい・・・胡蝶様は選ばなければなりません・・・この時代に残るか・・・下呂様について行くか・・・二者択一なのです。」
私は愕然とする。以前下呂さんも言っていた。あまね様の予知夢通りの日に帰らなければ、二度と現代に戻れないかもしれないと。
確かに、今の私の眼前には願っても叶うことが無いと諦めていた選択肢が与えられた。
下呂さんについて行く。そして未来という私の知らない世界で、下呂さんと一緒に生きていくという選択肢。
でもそれを選べば、家族同然のカナヲ、アオイ、なほ、すみ、きよのみんなと一生会えなくなる。
姉さんから託されたあの子たちを置き去りにして、身一つで知らない世界に行くの?
下呂さんだって、私を連れていくことに反対するかもしれない。もし連れて行ってくれたとしても、向こうで心変わりするかもしれない。
そしたら私は独りになる。何も知らない世界で。誰も知っている人のいない世界で。私にそれが耐えられる?
姉さんを失った日、私はカナヲたちが居たから奮起できた。姉さんの代わりに蝶屋敷の長としてあの子たちを守らなくちゃいけないからって。
凄く苦しかったけど、だからこそ耐えられた。守らなければならない大切なものがあったから。
でももし未来で突然一人になったら・・・私は・・・
「あまね様・・・申し訳ございませんが・・・この話は聞かなかったことにさせて下さい・・・」
「・・・よろしいのですか?」
私は深呼吸をする。一筋の希望の光をちらつかされて、猶更胸の痛みが強くなった気がした。でも私はそれを必死に隠し通す。
「はい・・・あの子たちを・・・蝶屋敷の子たちをほうって・・・一人勝手に好きな男性と駆け落ち紛いなことをするなんて・・・私にはできませんから・・・」
「・・・そうですか・・・申し訳ございません・・・ぬか喜びさせるような話をしてしまって・・・」
「あまね様が謝る様な事ではありません。それでは私はこれで・・・」
私はその場を立ちあがり、蝶屋敷へと帰路についた。
「・・・よろしかったのですか? 彼女を引き留めなくて・・・」
あまねがそう呟くと、ふすまが開き、一人の男が姿を現す。
「ああ、胡蝶が決めたことだ。俺はあいつの決断を尊重する。」
「しかし下呂様・・・彼女は・・・」
「この話はこれで終わりだ。済まないが現代に帰るまでの数日間、この屋敷に間借りさせてもらうぜ。胡蝶の前に面出しても、悪戯に傷つけるだけだ。俺はそんなことしたくない。」
「・・・わかりました。城崎様にもそのように伝えておきましょう。」
そうして二人はその部屋を静かに退出した。
続く
しのぶさんなら間違いなくあまねさんに対してこう言葉を返すだろうと思い、このような描写をさせて頂きました。お姉さんが生きていればまた違ったのかもしれません。しかし、しのぶさんはどこまで行っても責任感が強く愛情深い人なので、蝶屋敷の子たちを見捨てるような選択は絶対にできません。そう思ってます。
ただし・・・もしその憂いがなくなれば・・・どうなるでしょうか?
答え合わせは次回となります。ここまで読んで下さった方には是非次回を読んで欲しいです。しのぶさんの今までの献身と忍耐が報われる瞬間に、是非とも立ち会って頂きたく思います。