ここまで長かった・・・漸く救済できる・・・めげずに今話まで読んでくれた方々には感謝しかありません。しのぶさんの頑なな心を動かしたのは一体誰なのか。是非読んでお確かめください。
「しのぶ姉さん・・・大丈夫・・・?」
「しのぶ様・・・」
「・・・大丈夫よ・・・」
私はカナヲとアオイに医師免許の資格の勉強を教えていた。
ここ蝶屋敷は既に鬼殺隊の医療施設ではなく、一般の人向けの診療所としての準備を始めている。
以前のような入院患者が大勢いる訳でもなく、時々定期健診で元隊士の人達が来るくらいで、今となっては然程忙しくもない。
私は既に医者としての道を進み始めている。産屋敷家の協力もあって必要な資材も概ね揃い、カナヲとアオイを私と同様医者の卵として育てる日々だった。
「しかし・・・しのぶ様は日に日に元気がなくなっていますし・・・心配です。」
「しのぶ姉さん。今日は勉強会はもういいから休もう。辛いことがあったら打ち明けて。間にも言ったでしょう?」
「そうね・・・」
二人は勉強道具を一式片付けて、私を休憩しやすい客間に引っ張っていく。
アオイが持ってきてくれた湯呑を手に持ち、どこか心ここに有らずな私。
しかし二人の刺すような視線に居た堪れなくなり、私はもう済んだことなのだとそう自分に言い聞かせて口を開いた。
「カナヲ、炭治郎君との間柄は進展していますか? アオイは? 伊之助君とは会えていますか?」
私が微笑を浮かべ、二人の近況を問うと、二人とも頬を朱色に染める。良かった。二人とも順調なようで安心した。
「しのぶ様・・・私たちを気にかけて下さるのは有難いのですが・・・今はしのぶ様のことの方が・・・」
「私は下呂さんに好意を寄せていました。ここ数ヶ月の間。」
私がアオイの言葉を遮るように独白する。二人は目を見開くが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「それは・・・まあ・・・知ってましたけど・・・」
「姉さん・・・見れば丸わかりだったよ・・・なほ達もよくその話してたし・・・」
「ふふっ・・・そうですよね・・・わかりますよね・・・」
暫く沈黙が続くが私は続きを話すことにする。
「実は私の方から告白して・・・交際してもらってました。」
私の発言に二人は呆れている様子。
「いえ・・・だから・・・知ってましたけど・・・」
「姉さん、あの日からでしょ? 私が辛いことがあったら相談してって言ったあの日に・・・」
「あら・・・全てお見通しでしたか・・・恥ずかしいですね、本当に。」
私は湯呑に口をつけて一息つく。そしてこれまでのことをひと思いに話した。
「もともと・・・彼が故郷に帰るまでの期間限定の関係でした。それでも私は良かった。私は初めて恋をして、その気持ちを受け入れてもらったことが本当に嬉しかった。
でもその期間は驚くほど早く終わってしまいました。あと数日もすれば・・・彼と会うことはなくなるでしょう。」
「どうして? しのぶ姉さん。好きな人ができたのにどうして繋ぎとめようとしないの? 私にはわからない。」
私はカナヲの頭をそっと撫でる。カナヲは驚きに目を丸くするが、私は続ける。
「彼は無惨を倒して、漸くお役目から解放されたんです。家族やご友人がいらっしゃる場所に帰ろうとしているのに、引き留めるなんてどうかしてます。」
「な、なら! 向こうに帰った後も時々こっちに帰って来てもらったら・・・!」
「それはできないのよ、カナヲ。一度未来へ戻ったら二度とこの時代に舞い戻ることはできない。お館様の御内儀、あまね様がそうおっしゃっていたわ。」
「・・・お館様たちはご存じだったのですね・・・しかししのぶ様・・・であれば・・・」
「でも・・・だったら・・・! しのぶ姉さんも下呂さんに付いて行けばいいだけでしょ!? 折角好きな男の人ができたのに・・・どうして諦めちゃうの!? 私にはわからないよ!!」
「カナヲ・・・それはできないのよ。」
「どうして!? だって・・・」
「カナヲ、少し落ち着いて。しのぶ様、今のお話を全て信じるのであれば、一度しのぶ様が未来に赴けば二度とこの蝶屋敷に戻ってくることはできない。そういうことですか?」
「っ!! しのぶ姉さん!! だからできないって言ったの!?」
「アオイの言う通りです。それとカナヲはもう少し落ち着きなさい。単純な話です。私にとって下呂さんとの繋がり以上に貴方たちの方が大事だった。ただそれだけのことです。
私は貴方たちが普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんなるまで生きていって欲しい。それを見守りたい。貴方たちは死んだ姉さんから託された大事な家族だから・・・」
「でも・・・!! それじゃあ・・・しのぶ姉さんはどうなるの!? 姉さんの幸せは・・・!!」
「カナヲ、静かに。そんなことしのぶ様が一番わかってることでしょ? それをわかった上で決断されたんです。しのぶ様の気持ちを尊重してあげなさい。」
アオイは立ち上がろうとするカナヲの肩を押さえて制する。しかしカナヲは納得していない様子。目じりに涙まで浮かべて口元を引き結んでいる。
「ありがとうカナヲ。姉として嬉しいわ。あんなに感情に乏しかったカナヲがそんなになってまで私のことを思ってくれるなんて。
でももういい・・・もういいのよ・・・ただご縁がなかったと・・・そう思うことにしましょう・・・仕方がなかったんです・・・」
私は締めくくりとしてそう力なくカナヲを諭す。
それから一体どれだけの沈黙が続いたのか。私はずっとこうしている訳にもいかないと思い、二人を促す。
「はい。休憩時間お終い。そろそろ勉強しなくちゃ。早く医師免許取れるよう頑張らないと・・・」
「しのぶ姉さん!!! 話はまだ終わってないよ!!!」
私が立ち上がった瞬間、カナヲが大きな声を上げて食い下がる。私は驚きに目を見開いたが、カナヲの駄々にもいい加減嫌気が差してきてしまう。
折角割り切った気持ちをもう一度かき回してほしくない。私の眉間に皺が寄っていく。
「カナヲ・・・いい加減にしなさい・・・私の決断に難癖をつけるんじゃありません・・・これ以上は怒りますよ?」
やっぱり私は、もともと怒りっぽい性格なのかもしれない。死んだ姉さんの真似事を三年以上続けてもそれは治らなかった。
もし・・・下呂さんと一緒になれたら・・・彼はそんな私でも受け入れてくれたのかな?
ふとそんな未練たらたらしい考えがよぎるが、頭を振ってその思考を追い出す。
「では勉強を再開します。移動しますよ。カナ・・・」
「私!! 城崎さんに炭治郎のこと相談した時に言われたんだよ!?
『大切だと思える誰かと出会って連れ添えるのは死ぬほど奇跡みたいなことだから、そんな人と出会えたら絶対諦めちゃダメだ』って!!!
しのぶ姉さんにとってのその人は下呂さんなんじゃないの!? 私は・・・しのぶ姉さんに私たちに遠慮して幸せを諦めて欲しくない!!!」
「・・・カナヲ・・・言うようになりましたね・・・嬉しいやら腹が立つやら・・・少々複雑ですが・・・!!」
「カナヲ!! しのぶ様!? い、一旦落ち着いて下さい・・・」
「「アオイは黙ってて!!!」」
「・・・は、はい・・・」
ごめんさい、アオイ。でもここは譲れないの。カナヲの言ってることは痛いほどわかるし、私もそうしたいって思ってる。だからこそ好き放題言われるのが我慢ならない・・・!!
「カナヲ・・・これから先は鬼を斬るだけじゃ生きていけないのよ?
下呂さんも言ってましたが、今後は関東大震災、世界恐慌、列強諸国との世界大戦でかつてないほど悲惨な時代を迎えます。ある意味鬼と戦うよりも生きていくのが苦しくなるような時代が来るのよ?
そんなことが起きるってわかってるのに・・・どうして私がおめおめと意中の殿方と駆け落ち紛いなことして貴方たちを見捨てなければならないの?
そもそも貴方たちが自立するまでの間、誰が面倒を見るっていうのよ?
貴方はまだ子供です。大人の庇護を受けなければいけない年齢なの。子供の面倒を見るのは大人の責任です。わかりましたか? カナヲ。」
「わからない!! しのぶ姉さんだって私と二つしか違わないでしょ!? それに姉さんは今の私よりも年下の時から蝶屋敷の長として必死に頑張って無理して来たのに!!!
しのぶ姉さんが自分の幸せを追い求められるようになる日はいつになったら来るの!!??」
「貴方が気にするようなことじゃありません。私の幸せは私が決めます。今はまだはっきりとわからないけれど・・・きっといつかこれで良かったって思える日が必ず来るはず!!」
「いつかっていつなの!? どうして自分のことをそんな風に大事にできないの!? いつも、いつも、しのぶ姉さんは!!
童磨を殺す件だってそう!! 私やめて欲しいって言ったのに!! それでも姉さんは服毒を辞めなかった!! カナエ姉さんの仇を討つために自身が喰われて死ぬことが必要最低条件だって譲らなかった!!
下呂さんが居たから生き残れたんだよ!? 私本当に感謝してる!! 姉さんが生きて帰ってくれて本当に心底良かったって思ったの!!
もう自分のことをこれ以上蔑ろにしないで!! そんなしのぶ姉さんもう見たくない!!」
「五月蠅い・・・五月蠅い・・・! 五月蠅い!!! どうして聞き分けがこうも悪いの!? 以前の貴方ならこんなこと・・・」
「それは私が炭治郎と出会って変わったからだよ!! 自分の心の声をちゃんと聴くようにって言われたから!! お願いだから姉さんもちゃんと自身の心の声に従って!!!」
「勝手なことばかり!! それが出来たらこんな風にイライラしてないわよ!! でもどうしようもないの!! いい加減に・・・」
「あの~、お取込み中のところちょっといいかな?」
私とカナヲが肩で息をして言い争ってるうちに、城崎さんが入室していた。私はあっけに取られてしまう。
「き、城崎さん・・・? どうしてここに?」
「いやね。明日には現代に帰らなきゃいけないみたいだから、蝶屋敷の皆には挨拶しておかないとって思ってね?」
私は呼吸を整える。そうして今の発言を聞き認識する。
とうとう下呂さんは明日未来に帰る。もう二度と会うことはないのだと思うと辛い。悲しい。胸が張り裂けそう。姉さんと死別した時とはまた違った意味で胸が尋常ではない程痛むが必死に隠す。
しかし、城崎さんは私の取り繕いなんて一瞬で看破してしまう。
「胡蝶さん。我慢しなくていいんだよ? 下呂君と一緒に来ない? 彼は私が説得するからさ?」
「・・・は?」
私は唖然とする。今更何を言っているんだと。私とカナヲの口論は恐らく途中からとは言え城崎さんに聞こえていたはず。気が付けば部屋にいたのだから。
もうこれ以上、私の気持ちを振り回して欲しくない。葛藤で頭が変になりそう。頼むからもうそんな希望を抱かせないで欲しい。
「・・・無理です・・・」
「どうして?」
「・・・だって・・・だって私には・・・この子達の未来を守る責任が・・・」
「大丈夫。輝哉さんと話はつけてるから。他の隊士達以上にこの診療所は手厚く援助するって言ってたから、この子たちが路頭に迷うことは絶対にないよ?」
「~~~っ!!」
もうやめて・・・気が変になりそう・・・折角未練を断ち切ろうって思ってたのに・・・理由を・・・他の理由を探さなければ・・・!!
「・・・彼女たちは医者を目指しています・・・誰がこの子達を独り立ちするまで医学知識を教え込むって言うんですか? 私以外にいないでしょう!?」
「それも大丈夫。人間に戻った珠世さんと愈史郎さんがきっちり一人前になるまで面倒見るって言ってたよ? 約束してもらったから安心して?」
「ううっ・・・~~~!!」
私の不安事項が悉く払拭されていく。ダメ・・・そんなことしたらもう・・・私は自分の感情を制御できなくなってしまう・・・私は苦し紛れに最後の言い訳をする。
「・・・姉さんに託された子たちです・・・私以外に・・・この子たちの幸せを守れる人なんて・・・想像もつきません・・・!! もう・・・帰って下さいっ!!」
「栗花落ちゃんには竈門君が、神崎ちゃんには嘴平君がいるよ? 私も彼らと話したけど、絶対生涯大事にしてくれるって確信持てたから。結婚のプロである私の言葉を信じてよ、胡蝶さん。」
「うっ・・・ううっ・・・ううう~!!」
「しのぶ姉さん・・・」
「しのぶ様・・・」
私はその場で膝を着いてしまう。涙が止まらない。私はカナヲとアオイの顔を見て泣きながら呼びかける。
「本当に・・・本当にいいの・・・? 私・・・自分の好きなように生きてもいいの・・・?」
「・・・はあ・・・全くこの人は・・・私たちのことは大丈夫ですから安心してください。しのぶ様。」
「しのぶ姉さん。私最初からずっと言ってるよね? 自分の心の声をちゃんと聴いてって。姉さんの心は今なんて言ってるの?」
「私・・・私は・・・」
不意に下呂さんが私を童磨から庇ってくれた時の後ろ姿が目に浮かぶ。
そして私のことを信じて立ち上がらせてくれた時のことも。お寿司を食べてた時に私の頑張ってる所を全部全部肯定してくれた時のことも。
そっか・・・もう・・・我慢しなくていいんだ・・・私は下呂さんと一緒に・・・
「私は・・・下呂さんと一緒に生きたい!! ずっと傍にいたい!! 私のこと一杯褒めてほしい・・・私の頑張ってるところをずっとずっと見ててほしい・・・!! 下呂さんに会いたいよ・・・!!」
「決まりだね。」
私は思い残すことなく泣きじゃくる。今まで我慢し続けて来た分が一気にあふれ出したみたいに。
そうして私は、カナヲたちと心残りがないよう夜が更けるまで、その日の時間を彼女たちと共に過ごした。いつまでもいつまでも、この子達には幸せに生きててほしい。生き抜いてほしい。そう願いながら、この日の夜は眠りに落ちた。
続く
漸くしのぶさんは決意できました。城崎は本当にいい仕事をしてくれたものです。流石婚活アドバイザーだなと今話で一番痛感しました(いやマジで)。
そして何よりカナヲちゃんの「心の声を聴いて」はしのぶさんに刺さったと思います。元々は炭治郎の言葉でしたが、それがちゃんとカナヲちゃんの中で大事な言葉として根付いていることを描写したくて、こんな展開になりました。しんどい場面も多かったと思います。ここまでついてきて下さった読者の方々には感謝しかありません。
次回最終話です。原作程ではないですが、心地よい読後感を味わって頂ければ幸いです。