注意:下呂家の設定について独自解釈があるので予めご了承下さい。
「・・・そう。まさか私の可愛いヒカルが・・・タイムスリップなんかして大正時代の鬼と戦ってたなんて。」
「・・・・・・」
俺、胡蝶、城崎の順で横並びに座るその正面で、下呂家当主である俺のおばあちゃんと使い手の師である俺の先生が、配膳された食事を口にしながら正座で正対していた。
座るなり真っ先に胡蝶のことを聞かれたので、俺は単刀直入に答えることにした。
「胡蝶は俺の結婚相手だ。約束通りちゃんと連れて来たぜ? これで文句ねぇだろ、おばあちゃん。」
そこから根掘り葉掘り淡々と質問を受けたので俺は全て答えることにした。
胡蝶の出自、出会った経緯、俺がつい数日前までタイムスリップしてたこと、胡蝶が何をしてたのか、どんな実績を積んできた人物なのか、そしてその胡蝶を大正時代から連れて帰ってきたこと、加えて今は同棲してることを含めて端的に。
話の最初こそはおばあちゃんも微笑を浮かべながら食事を進めていたが、やがてすぐに箸が止まった。
なぜなら下呂家の長い歴史の中でも時を遡って時代に干渉した人間など誰一人として居ない。加えて過去の人間を連れて帰って来た者など尚更だ。
それに加えて鬼殺隊の話については流石のおばあちゃんでさえ多少は動揺していた。俺も鬼殺隊のことなんてタイムスリップするまで知りもしなかったし、やっぱりおばあちゃんも初耳なのだろうか。
やがて考えがまとまったのか、おばあちゃんは不意に俺ではなく胡蝶に視線を移した。
「それで? しのぶさんだったかしら? 結局のところアナタは私たちの家に本気で嫁ぐつもりなの? 念のため聞いておくわ。」
空気が揺れる。周囲の雰囲気が一気に緊張する。それでも胡蝶は臆することなく凛々しく応じた。
「はい!! 勿論本気です!! 私は下呂さんと一緒になるつもりでこの時代に着いてきました!!」
「そう・・・」
おばあちゃんは視線を落とし再び考える素振りをする。胡蝶は気丈に振舞っているように見えるが、相当の圧を向けられ動揺してる筈だ。内心相当キテるだろう。後でフォローしてやんねぇと。
「ヒカル。」
「・・・っ!」
今度は俺に対し視線が注がれる。俺は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
「アナタが一ヶ月半前に威勢よく啖呵を切ったことにも驚いたけれど、まさか本当に結婚相手を自力で連れてくるなんて。正直驚いたわ。でもね・・・」
するとおばあちゃんは口元を三日月型に歪める。
「わかってるのかしら? アナタの結婚相手として相応しい必要最低限の条件がなんなのかを・・・」
俺は一瞬尻込みしそうになる。だが胡蝶が必死に横で堪えてんだ。肝心の俺がここで物怖じしてたまるか・・・!!
「勿論わかってる。実力だろ? 五大名家の次期当主と並ぶ実戦経験と戦闘能力。加えて聡明さとメンタルの頑強さ。胡蝶はどれも充分過ぎる程に・・・」
「あらあら。ヒカルったら。なんて可愛らしいことを言うのかしら。何もわかっていないようだからこの際教えてあげるわね?」
「あぁ?」
俺は僅かに怒気を漏らす。それを見て一層おばあちゃんの口元が吊り上がったような気がした。
「アナタの結婚相手として相応しい必要最低限の条件・・・それは・・・下呂家の跡継ぎが産めるかどうかよ?」
「・・・・・・は・・・・・・?」
「ウフフ・・・当たり前じゃない? だって変性血統は私たちの血筋にのみ宿る力だもの。子が生まれなければ下呂家の数百年分の研鑽が全て水の泡になるに決まっているでしょう?」
おばあちゃんは静かに笑い声を漏らす。
俺はやや動揺するも、すぐに冷静になり負けじと言い返した。
「何言ってんだ。胡蝶が不妊症だとでも言いてぇのか? んなモン病院で検査してみなきゃわかんねぇだろ? そもそも胡蝶は健康体だ。将来的には子どもの一人や二人くらい・・・」
「でも下呂家が子どもを作るために必要最低限の条件が何だか知ってる? それは私達に流れる毒血に対しパートナーが耐性を持ってるかどうかよ?
特に母体側の方に耐性がなければ妊娠した後すぐ胎児もろとも死ぬでしょうね。私達の血の毒性によって。」
「っ!!」
俺は唖然とする。正直今の今まで失念していた。
そもそも俺を結婚させようとしている本質的な理由。それは下呂家の変性血統を絶やさないようにするためだった。
そしておばあちゃんはその為ならどんな手を使ってでもそれを実現しようとするだろう。
ただ気になるのが、最悪の場合俺の子どもを孕んだ時点で俺の毒血で母子共に死ぬだと・・・?
正直それには疑問を禁じ得ない。
なぜなら獣使いの十四郎*1が言ってたからだ。俺達下呂家の血は芸術品。本来交じるはずのない血を拒絶反応なしに混ぜ合わせることを可能にする代物のはずであると。
だったら寧ろ俺の血は逆にどんな血とでも親和性が高く子を成す上でかなり安全な代物なんじゃねぇのか?
俺は訝しむ視線をおばあちゃんに送り返す。
「それ・・・嘘言ってねぇか? 下呂家の血は寧ろどんな血にも拒絶反応を示さない毒性コントロールの可能な極めて安全な血のはずだ。現に俺は毒血解離の致死毒すら無毒化することができている。」
「でもそれは意識的にやってることでしょう? 貴方が孕ませた母体のお腹の中で胎児がその毒をコントロールできると思う? もしそれができるなら下呂家は代々毒血解離を発現しているわ。でも現実はそうはなっていない。それが何よりの答えよ?」
「・・・っ!!」
おばあちゃんの言ってることは正しい気がする。寧ろ俺の方こそ楽観的過ぎて危険が伴う考え方だ。俺は何も言えなくなりかけるが、苦し紛れに言い返す。
「だ、だが! 胡蝶は以前鬼を殺す毒を服用して体内で濃縮してたことがある!! 下手すりゃあ下呂家の分家筋以上に毒の耐性があるはずだ・・・!!」
「あらそうなの? なら早速試してみようかしら。」
不意にその瞬間、胡蝶と城崎が畳の上に倒れ、息苦しそうに呼吸を乱し始めた。
「胡蝶!? 城崎!?」
(いつの間に? 毒か!? でもなんで城崎の方にも・・・)
「そうね。ヒカルに介入されると面倒だから暫くメイさんの解毒にかかりっきりになってもらおうかしら。その間そっちの子が生きてられたらアナタの婚約者として認めてあげる。」
「一体どうやって・・・」
「あら? どちらの方を聞いてるのかしら? メイさんの方? それともそちらで死にかけてる有象無象の子の方?」
「くっ!!」
俺は急いで二人の容体を確認する。
「さあヒカル。今すぐ処置に当たればメイさんだけは確実に助けられるわ。でもそっちの連れて来た子を優先しようものなら流石に間に合わないかもしれないわね。さてどっちを取る気なのかしら? 教えて頂戴ヒカル。」
俺は二人を両脇で横にさせ、おばあちゃんを睨みつける。やがて俺の傍から消え入るような小声が聞こえた気がした。
「下呂君・・・っ 折れちゃだめ・・・もう・・・私がいなくても・・・!」
「下呂さん・・・私のことは・・・気にしないで・・・せめて城崎さんだけでも・・・!」
俺は一度目を瞑る。この状況を打破する策を模索する。やがて思考を進めるうちに、一つの仮説が閃いた。
「恐らく城崎の方は事前に配膳された飯の方にタネがある。それを服用させて中毒状態にしたんだろ? それは予想できる。
だが胡蝶はここに来て一度も用意されたものを口にしていない。となると経口摂取とは違う方法で毒を盛ったとしか考えられねぇ。
そこで一番考えるべきは毒ガスだが、その場合ここに居る全員が毒に巻き込まれてなきゃ辻褄が合わねぇ。
仮に下呂家の俺達だけ耐性のある毒ガスを使ったとしても、その場合胡蝶だけでなく城崎も同じ毒を吸ったってことになる。
けど症状を見るに二人に盛られた毒の種類は違う。となると考えられるのは・・・」
「あらあらヒカル、いいのかしら? そんな悠長に考え事なんかしてて。」
「・・・成る程な・・・この畳・・・つまり俺が今すべきことは・・・!!」
俺は確信を得た。すぐさまスポイトと薬剤を入れた試験管を取り出し解毒薬の調合に移る。そして・・・
「そうね。二人とも助けるなんてできないんだから、確実に助かるであろうメイさんの方を治療する。それが正解よ? 良かったわ。ヒカルが私の望む通りの聡明な子で。」
「勘違いすんなよ。」
「・・・え?」
俺は城崎に解毒薬を投与する。薬が効き始めたのを確認し、すぐさま胡蝶の方へと向き直り別の解毒薬の調合に移る。
「何してるの? もう遅いわ。アナタがメイさんの方を優先した時点でその子はもう手遅れよ。仮に毒の種類に見当がついてたとしても今から調合して間に合うはずが・・・」
「いや、まだ間に合う。つうかアンタら胡蝶のことを少し舐めすぎだ。」
「それは一体どういう・・・・・・えっ!?」
俺が胡蝶に解毒薬を投与するまで、胡蝶は呼吸で毒の巡りを遅らせていた。その結果本来既に死んでいるであろう時間が経過しようとも、胡蝶は息絶えることなく寧ろ生存を確信し笑みを浮かべている程だった。
「有り得ない・・・血の巡りを操作して毒の影響を軽減したとでも言うの? だとしても・・・」
「ああ。だとしても遅らせるだけじゃ意味がねぇ。そもそもおばあちゃんが打ち込んだのは十中八九即効性の致死毒だ。症状の緩和だけでどうにかなるモンじゃねぇ。耐性がなきゃすぐに死ぬ。」
「そうね。でもだったらどうして・・・」
「それはおばあちゃんが打ち込んだ毒が『植物由来』の毒だからだ。恐らく畳のイグサを操作して毒草から抽出した猛毒をこっそり胡蝶に打ち込んだんだろう。
植物操作はおばあちゃんの
俺の回答におばあちゃんは動揺している。顎に手を当て熟考する素振りを見せるが・・・
「ヒカル。それでも話が見えないわ。確かに私が扱う毒の殆どは植物から抽出したものだけれど、だからと言ってなんでその子が私の毒に耐えられるのかしら。」
「俺はさっき言ったはずだぜ。胡蝶は以前『鬼を殺す毒を服用して体内で濃縮してたことがある』ってな。その毒ってのは何も鉱物や化学薬品から生み出したモンじゃねぇ。おばあちゃんと同じ植物由来の『藤の花から抽出して作った毒』なんだ。」
「・・・それって・・・まさか・・・!」
俺がおばあちゃんに長々と説明してる間に、解毒薬を投与した胡蝶の呼吸が徐々に安定してきた。どうやら俺の読みは当たりだったようだ。
「・・・下呂さん・・・」
「悪い胡蝶・・・苦しい思いさせちまって・・・」
「良いんです・・・でもおかげでこれで証明できましたよね? 私が下呂家当主の毒にすら耐えられる人間だって・・・」
「っ!!」
おばあちゃんは信じられないものを見たかのように胡蝶の様子に目を奪われる。
俺は胡蝶を介抱し上体を起こさせる。全身汗でびっしょりだが、もうこれ以上症状が悪化することはない。なにせ植物由来の解毒薬は既に投与済みだし、じきに毒の分解が完了するはず。
「驚いたわ。まさか私が仕事で使ってる致死毒ですら死なない程強い耐性を持ってるなんて。確かに藤の抽出物を取り込んでた過去があるのなら、植物全般に含まれるアルカロイド系毒物に対しては特に強い耐性がありそうね。」
俺の視線の先で、おばあちゃんは俯いたまま、わなわなと震えていた。
やがて顔をゆっくり上げるので俺は即座に警戒するが、その表情を見て俺は思わず面食らった。
「合格ね。いや、想像以上かしら? 私すっごく感激しちゃったわ。」
おばあちゃんはにこやかに笑顔を見せ、拍手すらし始めた。
「正に下呂家で迎えるに相応しい子ね。これだけの素養があれば植物以外の毒だって鍛錬次第では充分に耐性をつけられるはずよ。
もしかしたら私の業を全て継承して将来ヒカルすらも超える使い手になれるかもしれない。」
やがて全快済みの城崎にも視線を移し、おばあちゃんは続きを話す。
「ごめんなさいね。しのぶさん。それとメイさんも。実は試させてもらったの。しのぶさんには私の意志で無毒化できる毒を、そしてメイさんにはちょっとだけ死にかける毒を盛ったけど、はじめから殺す気なんてなかったわ。メイさんの方に関して言えばほっといてもすぐ治ったのよ?」
するとおばあちゃんはいつの間にか両の掌に大量の種子を乗せ、それらを変性血統の力で開花させて周囲にばら撒く。その結果、一瞬で辺り一帯に華やかな花弁が舞い散り、周囲が甘い香りで包まれる。
「ヒカル。アナタのやりたいようにやりなさい。私はアナタたちの結婚を認めるわ。応援してい・・・」
「おい。綺麗にまとめてんじゃねぇよ。」
俺はドスの効いた低い声でおばあちゃんの口上を中断させた。その瞬間屋敷が軋む音を立てる。
「胡蝶は二度と大正時代に戻れないのを承知の上で、俺の生きる現代にまで着いて来てくれたんだ。家族も友人も頼れる奴も居ないのを承知の上で、俺と一緒に生きることを選んでくれた。
城崎だって何度も命の危険に晒してしまったのに・・・こんな俺に愛想尽かさず寄り添ってくれて・・・そのおかげで俺は最愛の人に出会えたんだ・・・感謝という言葉じゃ足りねぇ。」
そこまで言い切り、俺は一層殺気を立てる。
「もし今後・・・冗談でもこいつらに手ェ出したら・・・俺はアンタらに牙剥くぜ。」
俺の殺気に屋敷が軋む音を立てた後、暫くの間辺り一帯が静寂で包まれる。さっきまで笑ってたおばあちゃんも先生も、今だけは二人揃って真顔になっていた。すぐに俺はその場を立ち上がる。
「帰るぞ。胡蝶。城崎。」
そうして俺は二人に退出を促し目隠しをさせて、そのまま屋敷をあとにした。
続く
因みに下呂家の子作り事情は完全に筆者の独自解釈です。本作はしのぶさんの嫁入り事情に説得力を持たせたかったので、意図的にそういう設定にしてます。もし原作の方で新情報出たら矛盾点出るかもしれません。その場合は原作未完のまま二次創作してる作品だからしゃあなしかと多めに見てくれると有り難いです(汗)。
次回にて、実家への御挨拶編は終了となります。「え。今話で全部済んだじゃん。」と思われた方も居るかもしれませんが、実はこの後大事なお話があります。原作と差別化してる内容でもあるので、宜しければお気に入り登録してお待ちください。