「本当に済まなかった! 胡蝶っ! 城崎っ! 家の事情に巻き込んでしまって・・・!」
俺は真夜中の公園のど真ん中で、二人に全力の土下座を披露していた。
「本当は電話の時点で断るべきだったんだ・・・俺の考えが甘かった・・・すまねぇ・・・危険な目に遭わせちまって・・・」
「いい加減に顔を上げてください。下呂さん。」
「・・・?」
胡蝶の凛とした声が静まり返った公園によく通る。
俺は土下座をしたまま不安げに顔を上げることにした。
「確かに毒を盛られた時は死ぬかと思いましたが、鬼殺隊出身者にとってあの程度の命の危険、日常茶飯事ですよ。ですからそんなに気に病まないで下さいね?」
「マ・・・マジで言ってんのか・・・胡蝶。」
俺は呆れて視線を下げる。すると胡蝶がクスリと笑って呟いた。
「ええ。なので気にせず顔を上げてください。寧ろ正直に言いますと私・・・」
そこで一度言葉を切るので、俺は気になり視線を上げる。すると胡蝶は頬を赤らめ、微笑を浮かべながら言葉の続きを紡ぎ出していた。
「私、あの時本当は嬉しかったんですよ?
下呂さんがきっちり私を婚約者としておばあ様に紹介してくれたこと。おばあ様に反対されながらも私を擁護してくれたこと。そして次同じ事したら許さないっておばあ様に啖呵切ってくれたこと。
甘露寺さんじゃないですけど、私、あの時はずっと胸がキュンキュンしてました・・・///」
「!!??」
予期せぬ胡蝶のリアクションに、俺は思わず度肝を抜かれる。てっきり胡蝶に嫌われたかと思ってたのに、実は真逆だったとか想像だにしていなかった。
そもそも俺はあの時必死に弁明してただけだ。情けないところだって見せただろうに、胡蝶にとっては寧ろあれで好感度上がったって言うのか? 女心ってマジでわからん・・・
「ふふふ~。実家に結婚の御挨拶イベント、無事コンプリートだねぇ。それに下呂君、何だか色々気にしてるみたいだけど、寧ろ結果的に良かったじゃん?」
「ぬ? な、何がだ?」
俺は再びあっけに取られる。胡蝶だけでなく城崎も何故かご満悦のようだった。
「要は胡蝶さんとの婚約についてはおばあちゃん公認ってことでしょ? これで大手を振って結婚の準備できるね?」
城崎は土下座中の俺へと視線を合わせるためにしゃがみ、指先でOKサインを作る。俺は城崎の言わんとしてることを理解して漸くハッとする。
「そうですよ下呂さん。当主のおばあ様が私たちの結婚を認めて下さったんですよ? 一番の不安材料がこれで解消されたんです。喜ぶことはあっても嘆くことなんて一つもないじゃないですか。」
「そうそう! だから今日は思いっきりお祝いしなきゃ! とりあえず~、ステーキハウス予約するから奢って~?」
「・・・おお・・・お前まだ食うのか・・・昼間もTボーンステーキ食ってただろうに・・・」
「別腹別腹~!」
その様子を見て、胡蝶はクスクスと笑っている。
「城崎さんは本当に食いしん坊さんですね? 特異体質でもないのにまるで甘露寺さんみたいです。」
「えへへ~、そんなに褒めなくてもいいよ~?」
「別に褒めてねぇだろ城崎・・・つうかお前の胃袋マジで四次元ポケットなんじゃねぇのか?」
俺は土下座を辞めて起き上がろうとする。
全く・・・俺の悩みが馬鹿らしくなってくるぜ。でもまあ・・・胡蝶もなんだかんだ喜んでるし・・・それに・・・
「ほんとにいつもありがとな、城崎。お前には助けられてばかりだぜ。」
すると城崎は真顔で俺に振り返る。あれ? なんか思ってた反応と違う・・・
「下呂く~ん? お礼言ってくれるのは嬉しいんだけどさあ、なるべく早く私離れしてね? ずっと私におんぶにだっこじゃ、いつまで経っても胡蝶さんとの健全な同棲生活なんて始められないしさ~?」
「ぬ!? いやそれは別問題というかなんと言うか・・・!」
俺が言い淀んでいると、今度は胡蝶が俺に対しもの言いたげな視線を送って来る。
「下呂さん・・・私早く下呂さんと二人きりで生活したいんですけど・・・それっていつ頃になりそうですか?」
「なっ!? 胡蝶まで!? ま、待ってくれって! なるべく早く城崎から同棲生活の極意を教わるからそれまでは・・・」
「下呂君。同棲生活に極意なんてないよ? いつまでも甘ったれたこと言ってんじゃないよ? これはお店に向かうまでの間説教しなきゃダメかな~?」
「ま、待てよ城崎!! 兎に角俺が言いたいのは・・・!」
そのあと俺は、城崎から結婚する男の心構えから何まで厳しく指摘を受けながら、祝勝会と称し城崎が予約した店まで向かうのだった。
一方その頃・・・・下呂家の客室にて・・・・
日中、久々に私の可愛いヒカルに会えて、私はこれ以上にない位ご機嫌だった。ついつい嬉しくて、あの子が屋敷を出て行った後も、趣味の生け花に没頭してしまい、気が付けば夜になっていた。
やがて私の後ろで待機している男から、私に対し声が掛かった。
「いかがでした? ヒカル様の出来は。」
そいつは着流しを来た眼鏡の男。常に貼り付けたような満面の笑みを浮かべるその者はある意味私の協力者ではあるが・・・
「そうね。アナタに委ねて正解だったと思うわ。史上三人目の『毒血解離』の発現に加え、昼間に見せたあの鋭い『殺意』・・・
アナタが居なければヒカルはあそこまで仕上がらなかったでしょうね。更なる磨き上げとして、ヒカルが大正時代へタイムスリップして経験を積んだのも大きかったのでしょうけれど・・・」
私は少々含みを持たせた言い方をする。後ろの男からやや無言の戸惑いの気配を感じるが、それを押し隠しながら男は私に対し世辞を述べる。
「お褒めにあずかり恐縮です。ですがきらら様。昼間以上にヒカル様を仕上げられるとしたらどう思われますか?」
私は最後の言葉が気になり生け花を中断させ視線を移す。男は一層の張りぼての満面の笑みを浮かべて私に宣言する。
「お任せください。とっておきを用意しておりますので。」
私はクスリと笑い、再び生け花の方へ視線を戻す。
「ナベ*1の死。『炎使い』の没落。枚挙に暇がないけれど、どこまでがアナタの
私が那須と呼んだ男は満足げに笑みを浮かべるが、私はふと鼻で笑う。
「でもね、那須。アナタが何を企んでいようと構わないけれど、ヒカルが連れて来たあの子だけは絶対に手出し無用よ? 例えアナタでも彼女に干渉しようものならこの私が容赦しない。」
「・・・っ!」
私が釘を刺すと、那須は表情を崩さないものの明らかに動揺の気配を醸し出す。私はそれが可笑しくてクスリと笑う。
「あの子は本当に特別な子よ? なにせ私の毒を受けてあそこまで耐えられた子はこの100年一度も見たことがないわ。あの子なら私が積み上げて来た研鑽を、余すことなく継承できるかもしれない。」
「しかしきらら様・・・あの子だけでは少々心もとないのでは?」
「そうは言ってもね、もうあの子以上の伴侶なんて
ただ、だからと言って未練がましくあの子に手を出そうとは思わないことね。だってあの子は既に私のものよ? 命が惜しければ努々忘れないことね。」
私の圧を込めた言葉に那須は固まる。少々大人げなかったかしら。でも仕方ないわね。あんな逸材を目の当たりにしてしまっては昂りを抑える方が無理だもの。
「ああ楽しみ。あの子が正式に私の娘になるその時が。私が若い頃積んだ鍛錬に、あの子がどれだけ壊れずに耐えられるかだけが気掛かりだけれど。まあそれもゆっくり時間を掛ければいけるでしょう。
今はただ、束の間の楽しい時間をヒカルと一緒に過ごしてもらうとしましょうか。そうでもしないと・・・あの子達が可哀そうだものね?」
私はそう締めくくり、闇夜を照らす月明りの下で、完成した花瓶の中の作品群を眺めながら、一人静かに笑い続けるのだった。
続く
下呂君としのぶさんの婚約がおばあちゃん公認となりましたが、まあタダで認めてくれるはずもありませんよね。何せ蟲使い曰く、『人の運命を弄び続けた一族』が下呂家なので。
さて、このままではしのぶさんがひどい目に遭ってしまいそうです。しかし彼女には心強い味方達が居ます。それが誰なのか次回で描写したいと思います。
ヒント:当主が先見の明を持ってる家
次回の更新は4/15 19:00になります。お楽しみに。