「アナタが胡蝶しのぶさんですね? 産屋敷の皆様からお噂はかねがね聞いております。本日はよろしくお願いしますね。」
「・・・はい。」
煉獄さんの頼み事通り、外部の『使い手』を名乗る人が産屋敷家の伝手で呼吸を学びに来たとの名目で私の前に現れた。
それが今目の前に居る彼である。白髪に一房の赤毛が混じる独特な髪色をした中性的な方で、スーツに日本刀常備と独特な出で立ちをしている人だった。
「私は有馬家次期当主、
「下呂さんと同じ・・・」
彼の自己紹介に私は思わず緊張する。
煉獄さんが言うには、ここ百年程は産屋敷家と有馬家は特別な友好関係を築いているそうだった。
何でも大正時代に私たちが鬼舞辻無惨を討伐した後、当時産屋敷当主だった輝哉様が比較的早い段階で五大名家の一角である有馬家に交渉を持ち込んだとのことだった。
鍛錬至上主義の有馬家は、当時『全集中の呼吸』という戦闘技術に大変興味を持ったらしい。
それを有馬家にも技術継承する代わりに、当時産屋敷家が抱えていた普通の生活に戻れない元鬼殺隊関係者達に仕事を斡旋してくれないかと提案したとのことだ。
結果その交渉は成立し、令和のこの時代まで細々と交流が続いているとのこと。
昨夜、この件を下呂さんに伝えたら驚愕に目を見開いていた。
『マジかよ。俺がタイムスリップしたせいでこの時代の有馬家は全集中の呼吸まで使えんのか。錬想もできる上にそれは無法が過ぎんだろ。』
下呂さんはそう驚嘆の一言を漏らしていた。
因みに錬想とは、有馬家が代々継承する変性血統とは異なる戦闘解析技術のことらしく、戦闘中に相手を分析して戦いを有利に進める技巧のことと説明された。
唯でさえ五大名家に名を連ねる使い手が全集中の呼吸まで使えるようになったら、下手すると柱以上に強くなってても可笑しくないとまで下呂さんはおっしゃっていた。同じ五大名家としてその動向に警戒を抱いたのだろう。
しかし実際のところは、そう上手くことは運んでいなかったようだった。
なぜなら産屋敷家お抱えの『護り手』の中ですら体得が難しい全集中の呼吸『常中』は、有馬家の中だと現在当主と剣術指南役の二名の方しか習得できておらず、度々こうして産屋敷家に技術交流と称して教えを乞いに来なければいけないようだったからだ。これでは家の者全員が『常中』を習得するのは夢のまた夢だろう。
ただ今回においては結果的に私へ白羽の矢が立った。現状『常中』が使える煉獄さんは、『護り手』の仕事で手が離せないらしく、教えられそうな人間で手が空いている者はこの時私しかいなかったらしい。
よって私が研修期間のうちにこうして錐人さんは産屋敷邸を訪ねに来たとのことだった。
「下呂さんは僕の良き
「・・・聞いてたんですね。」
「ええ。彼の動向については人一倍気にかけております。何せ私は彼の生涯の
「え? ああ、はい。と言っても昨夜からですね。下呂さんも貴方が呼吸の鍛錬を始めると聞いて少々焦ってるようでしたので。」
「成る程・・・なら僕も負けていられませんね・・・!」
錐人さんは不敵な笑みを浮かべる。下呂さんの好敵手を自称するぐらいだから相当腕の立つ人なのだろう。加えてかなりの研鑽家。うかうかしていたら私も下呂さんもあっという間に置いていかれるかもしれない。
「折角なので呼吸の鍛錬の前に手合わせして頂いても宜しいでしょうか? 下呂さんが認めたアナタの実力、彼の
「えっと・・・それは・・・」
私は傍に控える産屋敷家の使いの方に目配せする。本人が望んでいるとはいえ、来賓の方と試合など許されるのだろうか。
「産屋敷当主の
「流石は産屋敷家の当主様。話が分かる方で有難いです。さて、では僕は木刀を使わせて頂きますがアナタは得物をどうされますか?」
「えっと・・・ではこれを使わせて頂きます。」
「・・・は?」
私は最近携帯している伸縮式指示棒を取り出した。
この時代の学校の先生が黒板の文字を指す時に使っている何の変哲もない代物である。私はまだ未経験だが、ぱわーぽんと?なるものを見せる際にも良く使う道具らしい。
「・・・失礼ですが私を侮辱しているのですか?」
「あ、いえ。私生まれつき筋肉の量が少ないので軽めの得物の方が扱いやすいんです。それにこれは下呂さんが用意してくれた特注品なので強度は並みの得物よりもずっとあるはずです。」
「成る程・・・アナタの仕事道具でしたか。なら何も問題ありませんね。思わず感情的になってしまい申し訳ありません。」
「いえ。では早速始めましょうか。」
「・・・因みにその普段着のまま手合わせするおつもりですか?」
「え? ダメですか?」
私は自身の姿を確認する。白の襟付きワイシャツにキュロットスカート、更にその下にはストッキングという履物で肌の露出を抑えている。
今の私の服装は、以前カナヲが着ていた隊服にも似ている意匠であり、私個人としては気に入っている出で立ちだ。しかし、
「年頃の女性がキュロットスカートのまま激しく動き回るのは少々まずいのでは・・・アナタ仮にも下呂さんの奥方になる御人でしょう? 正直はしたないのでは・・・」
「え? でも私のかつての後輩はこの服装に似た格好で実戦に赴いていましたよ? 意外とこれ剣道着よりも動きやすいんです。素肌の露出も抑えていますし・・・」
「ハア・・・アナタが気にしてないのならまあいいでしょう。では早速手合わせを始めますよ?」
すると苦い顔をして錐人さんは渋々了承する。そんなに不味いことなのだろうか。甘露寺さんのような露出の激しい服装でもないし大丈夫だと思ったのだけれど良くないのだろうか。
とは言え、この服装は本当に動きやすく、寧ろ格上と戦う際には常にこの格好で居たいと思うほどなのだ。
かつてはカナヲの隊服がキュロットスカート仕様と知らされて、何度もあのゲスメガネに灸を据えに行ったのを覚えているが、カナヲがこのような仕様の隊服を気に入っていたのも今では納得がいっている。
何せ、カナヲに限らず私も機動力重視の戦い方をするので、激しく動き回る上ではこのような軽装が一番効率的で都合がいい。
今にして思えば、あのゲスメガネにはゲスメガネ成りの合理的な理由があったのだろう。もしかしたらそれを理由に女性隊士にあのような丈の短い隊服を渡していたのかもしれない。
いや、やっぱりそれはないな。
あんな下半身丸出しのような隊服認められるはずがない。やはり目の前で燃やしてやったのは正解だったはず。なんか思い出してたら段々むかむかして来た。
とは言え、念のため今度下呂さんに今の服装で動き回ることについて意見を求めてみようとは思った。錐人さんのように苦言を呈されるのなら今後改善することにしよう。
そんなことを思考しながら、私は道場の中心地点へと移動した。やがて錐人さんの気配が変わる。
「準備は良いですね? では早速参ります。」
すると錐人さんは木刀を構え、一瞬で距離を詰めてきた。私はその速度に驚愕した。私は身を捻り、彼の頭上を飛び越えるようにして空中に躱し床へと着地する。そしてすぐさま振り向き思わず冷や汗を流した。
「驚いた。流石は下呂さんが選んだ女性ですね。今のを躱すとは。」
(呼吸無しでこんなに速く動けるなんて・・・この人一体どんな鍛錬を・・・!!)
「今のは小手調べ。ドンドン行きますよ?」
すると錐人さんは木刀を携え凄まじい速度で剣撃を放ってくる。私はそれを紙一重で躱し続ける。
「どうされました? 別にアナタも反撃していいんですよ?」
「くっ・・・!」
私は壁際まで追い詰められる。もう後には引けないため、繰り出される剣撃を壁走りすることで何とか回避した。
「素晴らしい脚力だ。身のこなしも蝶のように軽やかで美しい。」
私は壁伝いに駆け、一旦距離を取り息を吐く。正直無惨討伐後は数か月まともに戦闘などしてないので、これほどの実力がある相手だと相当に重く感じられる。しかも彼はまだ全然本気を見せていない。
「けど残念です。この程度では下呂さんの伴侶にふさわしくありませんね。もしかして変性血統のような奥の手を隠してたりしますか? もしそうなら出し惜しみはなさらないで下さいね。」
私は呼吸を整え、相手の力量を分析する。
錐人さんの実力は少なく見積もって甲の隊士をゆうに超える。加えてまだ全力は出していないご様子なので下手すると柱に届く程の力量を持ち合わせている可能性が高い。
よってその気になればもう数段速く動けるだろう。であればこちらも様子見してる場合ではないと思われる。
「失礼しました。折角なので私も本気を出します。以前に比べまだ勘を取り戻していないので、うまく動けるかわかりませんが・・・」
「成る程。ブランクがあった訳ですね? では今のやり取りは
錐人さんは今までと対照的に待ちに徹する構えを取る。私は呼吸を整え、ここ数日で徐々に調子を取り戻しつつある型を披露する。
ー蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡きー
「っ!!??」
錐人さんは想定外だと言わんばかりに全力で回避に徹する。私はそのままの勢いで壁に激突しそうになるが、瞬時に壁を駆け昇り、勢いを殺して天井まで到達してからふわりと床へと着地する。
「ごめんなさい。うまく加減できなくて・・・」
「成る程・・・これは下呂さんが伴侶として認める訳です・・・!」
錐人さんはそう呟く。しかし心なしか嬉しそうな表情を浮かべている。私は怪訝に思う。
「どうされました? そんな風に笑みを浮かべて。」
「失礼。やはり鉄使いの
「・・・言っておきますけど・・・私下呂さんと婚約してますからね? 貴方とはお付き合いできませんよ?」
「そう言う意味ではありません。僕はアナタのような強者を前にしてまた一歩強くなれると思いつい喜んでしまったのです。勿論アナタが魅力的な女性であることは認めますが。」
「・・・どうも。」
すると錐人さんは笑みを消して目を閉じる。集中し直しているのだろうか。やがて数秒経ち錐人さんは目を開いた。
ー蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角ー
私は一瞬で接敵し、先ほど以上に激しく六度の突き技をほぼ同時に放つ。
さっきのやり取りの動きからして、錐人さんはこの型の突きを全て躱せないはず。一旦これで決着として、さっさと呼吸の鍛錬に移ってしまおうと私は気を緩めるが・・・
「素晴らしいです! 見事な連続突きでした!!」
「なっ・・・!」
驚いたことに錐人さんは私の突き技を木刀の動きだけで全て捌いてしまった。私は急遽身を捻り、彼から距離を取るように遠くへ着地する。
「・・・一体どうして・・・」
「あれ? 聞いてませんか? 僕たちの『錬想』のことを。」
「これがあの・・・!?」
私は驚愕に目を見開いていた。下呂さんが言っていた有馬家秘伝の戦闘解析技術『錬想』。脳内で相手の動きを分析しすぐさま対応して見せる技巧。
しかし私はそれを目の前で実演されて動揺する。まさか数秒目を瞑ってる間に私の動きを見切ってしまうなんて。まるで童磨のような分析力の高さに私は思わず身震いしてしまう。
「どうやら動きだけはアナタの方が速いようですね。しかし僕には『錬想』がある。アナタの突きの軌道と最高速度は概ね把握しました。捌くだけなら容易です。」
私は動揺を鎮め得物を構え直す。彼の言い分だと、私の直線的な突進と突き技のみ限定して見切ったように聞こえる。
ならまだ手はある。何せ私の蟲の呼吸は、唯ひたすらに直線的な速さを磨いたモノではないのだから。すぐに呼吸を整えて異なる型を放つ。
ー蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れー
「なっ!! これはっ!?」
私が翻弄するように左右に重心移動し舞うように身体を揺らすと、錐人さんは動揺する。加えてその緩急から彼には想像もできないような連続突きを放つ。彼は何とか回避行動に移り、私の攻撃から逃れていた。
「驚きました。これも初見で躱すとは。やはり久々に型を放つと精度が粗いのかもしれませんね。」
「全く恐ろしい人です・・・! アナタが前線に立っていた頃は一体どれ程の腕前だったのか・・・! 想像するだけで胸が躍ります・・・!」
錐人さんは依然として楽しそうだ。つまりまだ余裕があるということ。加えて再び目を閉じる。『錬想』に入ったと言うことはもうこの型は以後対策される。
そろそろ決着をつけなければ。現状敵対はしていないが、私が下呂家に正式に嫁入りしたら将来戦うことがあるかもしれない。なるべく手の内は隠しておかなければ。
私はそう思い、自身にとって最も機動力のある型を放つ。
ー蟲の呼吸 蜈蛟ノ舞 百足蛇腹ー
私は左右をうねるように錐人さんの周囲を駆け回り、彼の視線に追いつかれまいとする。
彼の眼は行き交う私を必死に見定めようと追跡するが、私の動きを補足し切れていないことが見て取れた。
そうして彼の視線を掻い潜り、彼の背後へと接敵する。彼は反射で振り返り木刀を横薙ぎに一閃するも、私はその一閃を悠々と躱し、指示棒の先端を彼の喉元に押し当てる。
彼は観念し両手を挙げた。
「参りました。完敗です。」
「ふ~・・・」
私は一息つく。はっきり言って強敵だった。柱稽古してるのかと錯覚する程に。
やがて彼は襟元を指で緩めてため息をつく。すると彼はトンデモ無いことを言い出した。
「アナタが毒使いになるなんて勿体ないですね。どうですか? 今から有馬家に嫁いでみるのは?」
「・・・・・・」
私は真顔になる。この人は一体何を言っているんだと私は眉間に皺を寄せる。
「冗談でも怒りますよ?」
「しかし剣技の腕前は中々のモノです。毒物に頼る騙し討ちよりも、純粋な武の研鑽の方が可憐なアナタには似合うかと。有馬家は産屋敷家とも交流がありますし、アナタにとっても都合がいいのでは?」
私は顔を背ける。彼の言い分は分からないでもない。お館様が認めた
「何度でも言います。私は下呂さんと婚約しているんです。私は彼以外を生涯の伴侶として認めることなどありません。お気持ちだけは有難く受け取っておきます。」
「そうですか。確かに言われてみればそうでしたね。家の事情も大事ですが、最後に決め手になるのはやはり当人たちの気持ちかと。今のは正直失言でした。」
彼はすぐさま自身の非を認め謝罪する。彼の素直で真っすぐな性格は正直信頼できるものであると思った。
そうして私たちは笑顔を見せて握手を交わす。意外とこの人は他人に対して理解ある人なのだと実感した。流石は下呂さんの好敵手を自称する方だ。使い手とは言え善人なのだろう。
「では早速ですが呼吸の鍛錬をお願いします。胡蝶さん。」
「いえ、一息つきましょう。先ほどの手合わせで錐人さんも少し疲れたはずです。休憩ぐらいしていってください。」
「まさか。『鉄使い』たる者、日々過酷な鍛錬を積み、その上で休息中であっても自身を磨き続けるのが本懐ですので。この程度のことで疲労など感じるはずもありませんよ。」
「いえ。寧ろ私が休みたいです。数か月ぶりに蟲の呼吸の型を全開で重ねたんですよ? 少しぐらいは私の身にもなってください。因みに下呂さんはこういう時いつも気にかけてくれます。それが紳士の気遣いというモノではないでしょうか。」
「ぐっ・・・流石は下呂さん・・・僕の
そうして少しの間私は産屋敷家の使いの方から差し入れを貰い、水分補給しながら休憩する。その間、錐人さんはずっと目を閉じたまま『錬想』を続け、僅かな時間ですらも鍛錬に費やすのだった。
続く
以下おまけ:
「いや、ちゃんと休んで下さいよ。全集中の呼吸の鍛錬を舐めてるんですか? 後で死にかけても知りませんからね?」
「ふっ、構いませんよ。休息など無くとも有馬家であれば鍛錬と聞いて無限に力が湧く。僕たちはそういう人間の集まりなので。」
「そうですか。では早速稽古を始めます。」
一時間後・・・
「かはっ・・・! し、死ぬっ! これを寝ている間も四六時中行うなど・・・!?」
「だから言ったじゃないですか。休めるときに休まないと身体が持たないって。しょうがないですね。少し休憩にしましょうか。」
「わかりました。ではその間僕は『錬想』の鍛錬を・・・」
「人の話ちゃんと聞いてました? それとも頭に脳味噌が詰まっていないんですか? 鍛錬のし過ぎで頭が可笑しくなってるんじゃないですか?」
「ふっ・・・そんなことはありませんよ。自分自身を鍛え続けられる者だけが『鉄使い』であり、故に最強なのですから・・・!」
「そうですか。では時間がもったいないんで稽古を再開します。どうなっても知りませんからね?」
以降日が暮れるまで同じことを繰り返す錐人であった。その度に毎回しのぶはキレた。
バトルとギャグの絶妙なバランスこそがマリッジトキシンの良さだと思ってます。ゆくゆくはその筆頭格である鳴子を登場させたいのですが、現状良さげな展開が思いつきません。辛です。
次回4/25 9:00更新予定です。
次回から順次下呂君の婚活相手を出そうと思ってます。本作では下呂君は既にしのぶさんと婚約してるので果たしてどんな展開になることやら(汗)。