「下呂君、まさかとは思うけど、彼女にまだ胡蝶さんとのこと伝えてなかったりする? だとしたらあり得ないんだけど。」
「い・・・いや・・・その・・・潮はほら・・・仕事とかの付き合いもあるし・・・その・・・」
私たちの目の前に現れたのは、水色の髪を短く綺麗に刈り上げた切れ目が印象的な女性だった。クリーム色のゆったりした洋服を着ているものの、引き締まった筋肉と安定した重心から一目で只者でないことが察せられた。
私は下呂さんに絶対零度の視線を注ぐ。それに気づいた下呂さんは肩をビクリと跳ねさせてすぐさま私に語りだした。
「しょ、紹介するぜ胡蝶。こいつは潮。フリーで『水使い』の『使い手』をしている俺の仕事仲間だ・・・一応な。」
「なんですか下呂様。その随分と歯切れの悪い紹介は? しかし驚きましたね。城崎様以外にも専属の婚活アドバイザー様がもう一人いらっしゃったとは。もしかして婚活が難航していらっしゃるのですか?」
「あ・・・えっと・・・そのことなんだが・・・悪い二人とも・・・順を追って説明させてくれ・・・実は・・・」
そこから下呂さんの弁明が始まった。話の内容は要約するとこうだ。
まず潮さんだが、彼女は使い手として戦ったこともある間柄同士のようで、今では仕事での協力、依頼、加えてはプライベートでお出かけするまで関係が進展した仲だったようだ。
下呂さんは濁していたものの私はうすうす察することができた。
要するに彼女は・・・下呂さんが私と出会う前の婚活中に出会った女性・・・つまり恋人候補の一人だった・・・という事だ。
加えて下呂さんは私と婚約した事実をまだ彼女に伝えていなかったらしい。
理由は相手がそういう目で自分を見てるのかがわからなかったことと、今後仕事でも一緒になる機会があるのでその時にでも言おうと思ってたからとのことだった。
ただ正直・・・婚約を交わした立場の私からしたら・・・
「下呂君~? どうして潮さんには伝えなかったのかな~? 彼女だって一応婚活相手の一人としても接していたはずだよね~? 流石にその言い訳はないんじゃな~い?」
「う・・・すまん・・・他の婚活相手にはちゃんと全員連絡したんだ・・・けど潮とは仕事の繋がりもあるしどう切り出せばいいかわからなかっただけで・・・」
「ふ~ん・・・まさかと思うけどワンチャン狙ってたなんてことは・・・」
城崎さんの発言に私はピクリと反応する。私は一層冷ややかな目線を下呂さんに注ぐ。
「下呂さん?」
「ち、違う!! さ、流石に胡蝶と婚約してからはそういうのはねぇって!!」
「本当に?」
「ち、誓って本当だ!! 信じてくれ!! 不安にさせてマジで申し訳ない!! 潮も本当にすまん!! お前にもいつかは言わなきゃいけねぇとは思ってたんだ!! 本当に申し訳ねぇ!!」
「・・・」
潮さんは顎に手を当てて考える素振りをしている。
勿論今しがた私との関係性を説明する際に、大正時代にタイムスリップしてた時の事情の説明もしてたから、潮さんからしたら情報過多で脳内処理が追い付いてないと思われる。
しかし潮さんは頭の回転が速いのか、そう間も置かず思考の整理が完了したようで私たちを見据えて話をまとめた。
「つまり・・・下呂様は少し前までは
「お・・・おう・・・流石は潮・・・飲み込みが早くて助かるぜ・・・」
「ごめんなさい二人とも。私の方で下呂君がちゃんと婚約の報告してたこと確認してればこんなことにはならなかったかも。驚かせて本当にごめんなさい。」
「いえ・・・城崎さんが謝ることでは・・・」
「そうです。城崎様が謝るようなことではありませんよ。しかしそうですか・・・下呂様は既に・・・」
暫く気まずい沈黙が続く。潮さんも思うところがない訳ではなさそうな表情をしている。私はその時の潮さんの表情を見て察する。やはり彼女も下呂さんのことを・・・
しかしやがて潮さんは私に視線を移し話題を切り替えた。
「因みに下呂様。今現在、彼女が『護り手』のお仕事をしてるという話は本当なのですか?」
「え、ああ・・・そうだな。胡蝶は今、産屋敷家専属の『護り手』として研修を受けながら仕事をこなしてる最中だ。だが腕は既に俺と同等レベルだ。そこは保証するぜ。」
「そうですか。下呂様の御墨付なら間違いないのでしょう。では折角なので・・・」
すると潮さんは私に名刺を差し出した。
「改めまして胡蝶様。御挨拶遅れまして。どうも。
「え・・・?」
そこには『水使い 潮 水回りのトラブルから殺しまで』と書かれていた。
「折角下呂様からのご紹介に預かりましたので、今後のことも踏まえて商談をさせて頂きます。特に海洋や水難時での要人警護、救護活動と言った仕事では私お力になれるかと存じ上げますのでその際は気兼ねなくご連絡ください。」
「潮・・・相変わらずだなお前・・・まるで営業マンじゃねぇか。」
「『まるで』ではございませんよ下呂様。私はフリーの『使い手』。加えて業界の中ではベンチャーに該当する身なのです。人脈や雇用先、ましてや取引先相手の拡大においては最重要で取り組むべき業務の一環ですので。」
「わお。潮さん立派だねぇ。後ろ盾もなしに身一つでお仕事してて本当に偉いと思うよ?」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。という訳で胡蝶様。以後お見知りおき。」
「・・・え???」
私は事態が呑み込めず混乱していた。さっきまで私が彼女に抱いていた推察は杞憂だったってこと!? 何でもないことのように振舞ってるように見えるけど、でも今の彼女は・・・
「潮。胡蝶はまだ研修期間中だ。言うならば試用期間みたいなもんだ。そういう話はまだ早いかもしれねぇ。悪いな。」
「そうですか。もしこの後ご都合が宜しければ、折角ですので胡蝶様の腕前も見せて頂きたいと思っていたのですが・・・」
「「「え?」」」
私も下呂さんも城崎さんも思わず聞き返す。潮さんの最後のさりげない提案内容を聞いて。すぐに下呂さんが彼女の問いに答える。
「つまり手合わせするつもりだったってことか? 流石にお前ほどの実力者相手に胡蝶じゃ荷が勝ち過ぎてると思うんだが・・・」
「しかし下呂様。彼女はアナタに次ぐ実力の持ち主だと今しがたお伺いしましたが。それは誇張表現だったという事ですか?」
「違ぇよ。お前の実力は俺が誰よりも認めてる。下手すると俺でもお前には勝てねぇって思ってるから止めたんだよ。手合わせで胡蝶が再起不能になったら困る。」
「ご安心を。手傷までは追わせません。ただ、そうですね・・・無理強いまでは致しませんが・・・」
そこで潮さんは私に視線を移す。どうやら今現在の私の服装を観察しているようだった。
今の私は白のブラウスに薄水色の丈の長いスカートと踵の高い靴を履いていた。即ち動き回るには向いてない格好だった。下呂君もそれを気にしてか表情を曇らせる。
「潮。悪ぃが俺達は今デート中なんだ。俺は兎も角、胡蝶に急遽手合わせさせんのは無理だ。着替えなんて用意してねぇし・・・」
私が思案していると下呂さんが代わりに回答する。それを聞き潮さんは納得したように息を付く。
「確かにおっしゃる通りですね。寧ろ急な提案で申し訳ございません。今後は予めアポイントメントを取らせて頂き・・・」
「いえ。折角なので手合わせしましょう。私は構いませんよ、潮さん。」
「こ、胡蝶!?」
不意な私の承諾に下呂さんは驚き目を見開く。私はすぐさま彼に事情を話す。
「私は今後、『護り手』として多くの方の警護をします。『使い手』の方と戦うこともあるでしょう。折角下呂さんが実力を認めてる程の方が手合わせを申し出てくれたんです。受けない手はありません。」
「だ、だからってお前・・・つうかその格好でやり合う気かよ。靴だってハイヒールだし流石に戦闘は無理なんじゃ・・・」
「では近場で動きやすい着替えを一旦購入しようかと。それなら何も問題ありませんよね?」
私が下呂さんの懸念事項を払拭しようと新たな提案をしたところで、勢いよく隣の城崎さんが挙手をする。
「はいはいは~い!! だったら私がおすすめのお店紹介するよ~? 少しだけ時間貰ってもいいかな~?」
「分かりました。では城崎さん。案内をお願いしますね?」
「じゃあ早速着いて来てね。ムフフ~?」
すると言い出しっぺの城崎さんは不意にニヤリと笑って下呂君と私の二人を交互に見た。
え・・・何その顔・・・ただ服買いに行くだけのはずなのに・・・一体何を考えているのか一抹の不安が・・・
そうして城崎さんはとあるお店に私たちを案内し始めるのだった。
そして2時間後・・・
私たちは水着姿で人気のいない海岸沿いの砂浜に集合していた。そして下呂さんが不意に大声で叫んだ。
「おい城崎っ!!!!」
私も内心激しく下呂さんに同意した。すると城崎さんが得意顔で話し始める。
「だってさ~、折角海の傍まで来たんだから海水浴くらいしないと勿体無いかなって。それに下呂君も胡蝶さんの初水着姿見れて嬉しいでしょ。ほらほらほら~? ちゃんと感想とか言ってあげなよ~?」
私は城崎さんにあれよあれよと流されて、気が付けば現代の水着に着替えさせられていた。想像だにしない肌の露出度に私は全身真っ赤になってカチコチに固まりつき、必死に全身を隠そうと大きめのタオルを羽織って素肌を見せないようにしていた。
「おい城崎!! どう見たってあれ胡蝶が嫌がってんだろが!! てめぇ、面白半分で胡蝶を着せ替え人形みたいにしやがって!! 一体全体どういうつもりだ!?」
「はあ!? 心外なんだけど!! 折角私が気を遣って奥手同士の二人の仲を縮めようとしてんのに!!」
「だからっていくら何でもやり過ぎだろうが!? 俺だけじゃ飽き足らず胡蝶までおもちゃみたく扱うんじゃねぇよ!! 今日ばかりはマジ許さねぇぞ城崎!!」
やがて下呂さんと城崎さんの間で子どものようなみっともない口論が勃発する。
そしてその離れた場所で、仕事着のダイバースーツで身を包む潮さんが、そんな二人を静かに眺めて居た。
「・・・そもそも私は一体何に付き合わされているのですか・・・」
私も内心激しく潮さんに同意した。
続く
以下おまけ:
城崎にお店を案内されるまでの道中。
「因みに潮さんは水族館で何をしていたんですか? 声を掛けて来た時間からして館外で下呂さんを見かけたようではなかったようですし・・・」
「ああ・・・実は私、水回りの仕事は何でも受けるようにしてるんです。本日は本水族館の水槽内の点検及び清掃作業をしておりました。その際に下呂様と一緒に連れ歩くアナタ様を見て気になり声を掛けたのですよ。」
「そうだったんですね。まさかそんなお仕事もされてるなんて。では今度台所詰まったらお呼びしてもいいですか?」
緊張をほぐす意味合いも含めて雑談を持ち掛けるしのぶ。それに対し不意に潮はクスッと笑う。
「えっと・・・どうかされましたか?」
「いえ・・・下呂様と初めて会った時と全く同じことをおっしゃられるので・・・それが懐かしくて・・・」
「そう・・・だったんですね。」
そうして潮は口を閉ざす。その後姿からは今彼女がどんな表情を浮かべているのか誰にもわからなかった。
やがて城崎が目的地に到着したと告げる。
「は? おい待て城崎。胡蝶の着替え買いに店探してたんじゃねぇのかよ。」
「うん。そうだよ~?」
「だったら可笑しいだろ!? ここどう見ても水着売り場だろうが!!」
「え~、いいじゃん。どうせ潮さんと手合わせしたら全身ずぶ濡れになるんだし。なら初めから濡れてもいい格好しといた方がいいでしょ? それに~・・・」
「ああ?」
「ぶっちゃけた話、下呂君だって興味あるでしょ? 胡蝶さんの水着姿。いっそのこと思い切ってビキニとかもありかもね~?」
「ぶっ!!??」
「げ、下呂さん!? 急にどうされたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「こ、胡蝶・・・今の俺にそんな心遣いをしないでくれ・・・良心が痛む・・・」
「え? それは一体どういう・・・」
「ねぇねぇ胡蝶さん。そんなことより胡蝶さんは下呂君に喜んでもらいたいって思うよね?」
「え? それは・・・はい・・・勿論です。」
「じゃあ決まりだね。今から私がおすすめの奴紹介するからさ、胡蝶さん試着してみてよ。そうしたらきっと下呂君も喜んでくれると思うよ~?」
「そ、そうなんですね! なら是非よろしくお願いします! 全部城崎さんの指示に従います!」
「待て胡蝶・・・騙されるな・・・城崎のことを信じたら後できっととんでもない目に・・・」
下呂の声掛け空しく、店の奥に連れて行かれるしのぶ。するとしのぶの困惑する声が店内に響き渡る。やがて城崎だけ下呂の元へと戻りニマニマ顔で語り始める。
「ムフフ~? さあさあ下呂君。いよいよお楽しみの時間だよ~? 早速彼女の水着姿を・・・」
「断る。」
「え~? ここまで来てそんなこと言わないでよ。胡蝶さんが可哀そうじゃん。折角頑張って可愛い水着試着してくれたのに~。」
「だが断る・・・!」
「はあ!? もうっ!! いい加減にしなよっ! この意気地なし!! 男なら彼女の可愛いところの一つや二つ褒めてあげに行きなって!! こうなったら是が非でも試着室の前に引きずって行ってやるから!!」
「うるせぇ! 断るって言ったら断るっ!!」
結局下呂の必死の抵抗により、城崎の思惑は瓦解した。
そして海水浴場移動後、再びお披露目式を企む城崎だったが、しのぶが身の丈を覆うタオルで全身を隠し始めたので結局それも叶わなかった。
この間下呂たちとずっと同行し続けていた潮は、終始呆れながら遠い景色をひたすら眺めているのであった。
折角なので城崎には爆弾を投下してもらいました。果たして城崎の運命や如何に。
???「奴は犠牲になったのだ。本作のご都合展開に伴う犠牲。その犠牲にな。」