「出来ましたよ下呂さん。生姜焼きになめこのお味噌汁、ほうれん草のお浸しにきんぴらごぼう、それから五穀ご飯です。食後にプリンもありますからね? さあ、たんと召し上がってください。」
「おお・・・」
俺達は海水浴場をあとにして、帰宅途中で食材を仕入れ、胡蝶主導の下用意された料理を前に食卓を囲んでいた。
「「頂きます。」」
二人で同時に手を合わせ、食事を進める。どこか安心するような味付けに俺は思わず頬を緩めた。
「どうですか? 美味しいですか?」
「ああ。どれも絶品だぜ。それに何だか優しい味もする。ありがとな、胡蝶。」
「いえいえ! どういたしまして!」
俺が舌鼓を打っていると胡蝶は満面の笑みを浮かべる。そんな彼女の笑顔に俺も思わず嬉しくなり終始微笑を浮かべていたように思う。
それから取り留めもない会話を続けていると、やがて料理一式綺麗に完食する。胡蝶はその様子に満足げに頷いていた。
「ご馳走様でした。」
「はい! お粗末様でした! じゃあ冷蔵庫から甘味をお持ちしますね?」
すると胡蝶はパタパタと歩いて目的のモノを持ってきて、それから椅子を俺の隣に移動させたのち腰を掛けた。
「はい。下呂さんどうぞ? あ~ん。」
「うおっ!? 急にどうした胡蝶!?」
俺が戸惑っていると、突如胡蝶はデザートのプリンをスプーンに乗せて俺の口元にそれを運んでくる。俺は思わずぶったまげた。
「何って・・・下呂さんに甘味を食べさせてあげようとしているんですよ。何か問題でも?」
「いや、自分で食えるっつーの。わざわざそんなことしなくたって・・・」
「む・・・なんですかそれ・・・ひょっとして私に餌付けされるのがそんなに気に喰わないんですか?」
「い、いや・・・気に喰わないとかそういう話じゃなくてだな・・・」
胡蝶が眉間に皺を寄せるので、俺は一瞬でたじたじになる。
そもそもこの一連の流れは一体なんなんだ? 胡蝶は普段ならこんな距離の詰め方してこないっていうのに・・・
「その・・・嫌だったですか?」
「え・・・」
「私じゃ・・・嬉しくないですか? こうやって食べさせてもらっても・・・」
「い、いやっ! そんなことねぇよ!! 有難くもらうぜ!!」
不意に胡蝶が眉を八の字に歪めて悲しそうな顔をするので、俺は慌てて胡蝶の言葉を訂正する。差し出されたプリンのひとさじを勢いよく口に含み、しかとそれを味わう。
「良かった・・・漸く食べてくれましたね。では二口目です。はい、あ~ん。」
結局なぜ胡蝶が今日に限ってこんな態度を取り続けるのか、俺は見当もつかないままひたすら餌付けされ続けるのだった。
やがてデザートも完食し、胡蝶は食器を片付けたのちに俺に振り返る。
「では私洗い物してるので下呂さんは先にお風呂に入っちゃって下さい。」
「いや、洗い物は俺がしておく。胡蝶こそ先に入れよ。今日潮との手合わせで相当疲れてるだろ? 先に湯舟に浸かって身体をほぐした方が・・・」
「いいから! 先に入って来てください! こういうのは順番があるんです!」
「ぬ!? 順番???」
俺は訳が分からないまま、胡蝶に背を押されて浴室の方に促される。理由は分からねぇけど何だか怒ってるみたいだし、ここは大人しく言う事を聞くべきだと思った。
俺は手早く入浴の準備を済ませ、テキパキと身を清め湯舟に浸かり適度に温まって風呂から上がった。
「じゃあ私もお風呂入って来るので下呂さんは居間で涼んでて下さい。テレビ見ながらゆっくりしてていいですからね?」
すると胡蝶はそそくさと浴室へと移動してしまった。俺は顎に手を当て必死に思考をぶん回す。
いくら何でも今日の胡蝶の様子明らかに可笑しい。なんか妙に距離詰めてくるし世話焼きたがるしで、俺が一体何したっていうんだ?
普段飯作るのも家事するのも共同か分担で行うかなのに、今日に限ってはまるっきりそうじゃない。
考えろ。今日の出来事の中にきっと答えがあるはず。今日は胡蝶と初デート行って・・・水族館一緒に歩き回って・・・不意に潮と出会って・・・なんか城崎に乗せられて全員海水浴の準備させられて・・・それから手合わせに発展して・・・
「ふ~、私もあがりました。丁度私の部屋着洗濯してるので下呂さんの服借りますね~?」
「ぬ・・・お・・・おぉ・・・」
俺がソファの上で心ここに有らずのままテレビのリモコンいじりつつ思考を続けていると、風呂上がりの胡蝶が俺のパーカー一枚だけを着てリビングに顔を出す。ほてって赤み掛かり汗ばんだ肌が妙にこちらの心をざわつかせる。俺は思わず動揺した。
しかし妙だ。なぜ胡蝶は一度に自身の部屋着を全部洗濯するような真似をした? 流石に一着くらい予備残すだろ。それになぜ俺の服を着るようなことを・・・
「さて、では失礼しますね。」
「!! !! !?」
すると胡蝶はごく当たり前のように、足を広げて座る俺の股の間に突如腰を下ろし、そのまま俺にもたれかかる様な感じでソファーに座った。
「折角なのでホラー映画見ましょうよ? 私昔から怪談が趣味なんですよね~。」
「・・・おい胡蝶。」
俺は思考の果てに今現在の原因に見当がつき、いつもより低音で静かに声を上げた。
すると胡蝶はビクッと肩を跳ねさせ、ぎこちなく俺に振り返った。
「な・・・なんでしょうか?」
「お前が今やってるの・・・ぜってぇ城崎の入れ知恵だろ!? なんかだいぶ前に似たようなことされた記憶あるぞ!? てか一連の流れまるっきり同じじゃねぇか!?」
「えぇええ!? き、城崎さんにも同じようなことされたことあるんですか!? そんなの私聞いてないですよ!?」
「全く城崎の野郎!! おうちデートの予行練習と称して以前俺に仕掛けておきながら!! 今度は胡蝶に変なこと教えやがって!! あいつ俺たちにちょっかいだしておちょくってんのか!?」
「ち、違います!! 違うんです下呂さん!! これには理由があるんです!!」
「む? 理由?」
すると胡蝶は慌てて俺に弁明した後、顔を真っ赤にして俯いた。
「私が・・・下呂さんに今以上に意識してもらうにはどうすればいいかって相談したんです・・・それで・・・///」
「え・・・」
俺は胡蝶の回答にあっけに取られる。胡蝶は耳まで真っ赤にして続ける。
「だって・・・その・・・私たち同棲し始めて暫く経つのに・・・まるで進展がないじゃないですか・・・」
胡蝶はゆっくりと俺に振り返る。俺はその時の胡蝶の表情を見てハッとする。
「下呂さんは・・・本当に私のこと女の子として見てくれてますか?」
「な・・・何を言って・・・」
「だって・・・全然下呂さんの方から距離詰めに来てくれないじゃないですか・・・こんなんで・・・本当に夫婦になんてなれるんですか?」
「・・・っ!!」
どこか寂し気で、とても不安そうな胡蝶の様子を見て、俺は何も言えなくなる。胡蝶は暫く振り返ったままだったが、俺が何も言わずに固まっていると再び正面を向き始めた。
「ごめんなさい・・・急に迫る様な真似して迷惑でしたよね・・・夕方のあの出来事で少々舞い上がってたのかもしれません・・・今言ったことは忘れてくだ・・・っ!!??」
俺は胡蝶の言葉も聞き終えずに腹部に手を回してそのままギュッと抱き寄せた。その瞬間胡蝶の肩が跳ね、身体が強張った。
「げ、下呂さんっ!?///」
「悪い・・・胡蝶をそんなに思い詰めるまで放っておいて・・・俺はやっぱダメな奴だ・・・」
「・・・いえ・・・そんなことは・・・」
俺は胡蝶を後ろから抱きしめたまま、ゆっくりと自身の胸の内を吐露した。
「きっと満足しちまってたんだろうな。今の生活に。本当に好きな相手と、こうして普通に仲良く楽しい人生送れてることに・・・」
「っ/// げ、下呂さん///」
俺は抱きしめる力を僅かに強める。
「けどやっぱり・・・それだけじゃダメなんだな。俺が本当に好きになった相手が・・・幸せを感じてられねぇなら・・・それは単なる俺の独り善がりだ・・・そんなんじゃ俺は本当の意味で幸せになったって言える訳ねぇ。」
「下呂さん・・・///」
胡蝶は真っ赤に顔を染めるも再び俺に振り返る。その瞬間、俺と胡蝶の目線がかち合う。
「胡蝶。俺、恋愛経験とかねぇし、女心とかもわかんねぇけどよ・・・それでも俺は胡蝶と一緒に幸せになりたい。だからこれからは何でも言ってくれ。察しが悪くてじれったく思うかも知れねぇが、お前の気持ちには全部応えたいからよ。」
「っ!!/// 下呂さんっ!!///」
すると胡蝶は身体ごと翻して俺の背に腕を回して抱き着いた。俺は一瞬慌てるも、ゆっくりと胡蝶の小さな身体を抱きしめ直す。
「うぅ/// 本当に・・・本当に何でも言っていいんですか?///」
「ああ。いいぜ。俺にできることならなんでも言ってくれ。俺は胡蝶に笑ってて欲しいんだ。」
「わかりました。では早速今夜から・・///」
すると胡蝶は俺の胸にうずめていた顔を上げて俺を上目遣いで見上げて来た。
「今夜から・・・一緒の部屋で眠らせてもらってもいいですか?///」
「え・・・えっ!? 一緒に眠るっ!? それってまさか・・・っ!///」
「か、勘違いしないで下さいっ/// 別に下呂さんに・・・今すぐ私を抱けなんて言いませんからっ/// それにどうせお願いしても・・・途中一杯一杯になって最後までうまくいかないでしょうし・・・///」
「ぬ、ぬぐぅ・・・///」
「で、ですからっ/// まずは添い寝で徐々に慣らせていけたらなって思ってるんですっ/// そう遠くない将来、私たち結婚する訳ですし・・・だから今のうちにその・・・少しずつ準備していかないと・・・///」
「じゅ、準備って・・・」
「も、もうっ・・・/// みなまで言わせないで下さいよ・・・/// 結婚後あまりにも進展がないと・・・おばあ様だって跡継ぎのこと気にされるでしょうし・・・/// つまりはそう言うことですよ・・・///」
「っ!!///」
俺は胡蝶が言わんとしてることが理解できて一瞬で頭から煙が噴き出そうになる。
くっ・・・なさけねぇ。胡蝶にここまで言わせておいて即座に応えられねぇなんて。けど全く以てその通り過ぎて言い返せなかった。とは言えやっぱり今の心境は億辛だぜ・・・
「わ、わかった・・・以後寝室は一つにまとめる。今まで各個室でそれぞれ就寝していたが、今日からそう言うのは無しにする。それでいいか胡蝶?」
「はい・・・それでお願いします・・・///」
それから俺達はぎこちなく就寝前の準備を進め、そう時間を置かずに俺がいつも眠る寝室に集合することになった。
「あ・・・このベッドじゃ二人寝るのは狭すぎるな・・・俺は床にタオルケット引くから胡蝶はベッド使えよ。」
「・・・・・・」
すると胡蝶は寝巻姿のまま、もの言いたげな視線を俺に注ぐ。
「な・・・なんだよ・・・」
俺がぎこちなく答えると、胡蝶は俺の手を引いて一緒に同じベッドの上にダイブする。
「だったらくっついて眠るだけですっ! 私そんなに寝相悪い方じゃないのできっと転がり落ちたりしませんっ! だからそれでいいですよね!?」
「っ!? いや待て流石にそれは・・・!!」
「もうっ!! 『これからは何でも言ってくれ』ってつい先程言ったばかりじゃないですかっ! 忘れたなんて言わせませんよ!?」
「ぬぅう・・・わ・・・わかった・・・」
そうして狭苦しいシングルベッドで俺達は並んで横になる。
「じゃ・・・じゃあ・・・電気消すぜ・・・」
「はい・・・」
そうして明かりを落とし、布団をかぶり俺達は並んでベッドに横になって目を閉じる。暫し沈黙が寝室を満たした。
(いやいやいや!! こんな状態で本当に眠んのか!? マジで!? 緊張して全身強張るんだが!?)
俺は内心そう叫びながら必死に目を閉じ続ける。瞬く間に寝汗で全身がぐっしょり濡れる。緊張で手が震えていると、やがてそっと胡蝶が俺の手を握って来た。
(っ!!??)
不味い!! マジで寝れる気がしねぇ!! つか胡蝶は今何を考えて・・・
「下呂さん・・・」
俺の内心の動揺とは裏腹に、胡蝶の声は酷く落ち着いたものだった。
「私・・・十一になるまでは・・・ずっとこうして姉さんと一緒のお布団で眠っていたんです。」
「・・・・・・」
俺は胡蝶の優し気な声音にすぐさま冷静さを取り戻した。
「父さんも母さんも本当に優しくて・・・毎日が凄く幸せで・・・温かな日々でした。けどある日・・・そんな日常はあっさりと壊された・・・私の家に鬼が現れたんです。」
「っ!」
俺は気が付けば目を開けて天井を見ていた。そして胡蝶は静かに話を続ける。
「あの日から・・・私は普通になんて生きられなかった・・・姉さんと共に・・・私たちと同じ思いをする人を一人でも減らそうってそう一緒に決意して・・・でもそれから三年もしないうちに・・・最後の肉親である姉さんも童磨に殺されて・・・」
「・・・・・・!!」
「姉さんは私に『普通の女の子の幸せを手に入れてお婆さんになるまで生きて欲しいのよ』ってそう言い残して死んでいった。けど私は最愛の姉をあんな目に遭わせた鬼が、童磨が、どうしても許せなくて、とても普通になんて生きていけなかった・・・」
「・・・胡蝶・・・」
すると俺の手を握る力が僅かに強まった。加えて胡蝶の声が僅かに掠れる。
「けど下呂さんのおかげで私は・・・童磨を倒すことができて・・・姉さんの無念も晴らすことができて・・・おまけにこうして本当に好きな男の人と一緒に生きていけるようになったんです・・・!
全部全部・・・下呂さんのおかげなんです・・・! 姉さんの願いを一度放棄した私が・・・もう一度姉さんの想いに応えて生きていこうって思えたのも・・・!! 全部全部下呂さんの・・・うっ・・・うっ・・・!!」
「胡蝶・・・」
俺は仰向けの状態から、隣の胡蝶に向き直る様に寝返りを打ち、そっと優しくその小さな身体を抱き寄せた。
「だから・・・っ お礼を言わせてください・・・っ 本当に・・・私の傍にいてくれて・・・っ! ありがとうって・・・!!」
「・・・・・・」
俺は暫く何も言えないまま、胡蝶が泣き止むまで一晩中そのまま抱擁を続けた。やがて胡蝶の静かな寝息が聞こえてくるのを確認したので、俺もつられるように静かに眠りについた。
気が付けば朝になっていた。珍しく人並み程度の睡眠時間をとったものだと思いながら俺は目を開ける。するとすぐ傍で胡蝶が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「・・・胡蝶・・・今何時だ?」
「えっと・・・今丁度朝5時になったところですね。」
「・・・胡蝶・・・そっちこそ昨夜はちゃんと眠れたのか? 朝弱いはずのお前がなんでこんな早く・・・」
「ふふっ、一晩中下呂さんが添い寝してくれたおかげじゃないですか? 私もこんなにぐっすり眠れたの、前がいつだったか覚えてない位です。」
「・・・そうか。」
「それに・・・下呂さんの折角の寝顔ですからね。一度くらいこうして眺めて見たかったんです。いつも私の方が遅起きなので。」
「・・・」
俺は改めて胡蝶と同じベッドで横になってる事実に気恥ずかしくなり、そそくさと起きて布団から抜け出した。
「あっ! ちょっと! なんで逃げるんですか!?」
「朝飯の準備先にするだけだ。胡蝶は今日仕事だろ? 昨日俺の世話焼きばかりで準備らしいことしてなかったし今のうちに身支度済ませてろ。」
「む~。折角早起きしたのに・・・」
膨れる胡蝶を適当にあしらい、俺は寝室を出て台所に向かう。朝食の準備と言っても昨日の夕飯に比べれば簡素なものだ。手早く用意した俺はそれらをテーブルに並べる。
「すみません。いつもありがとうございます。」
「気にするな。大した負担じゃない。」
そうして俺達は朝食を囲む。先日のあれこれを思い出し俺は終始無口だった。しかしふと胡蝶が声を掛けてくる。
「下呂さん。ありがとうございます。この時代まで押しかけて来た私をいつも傍に置いてくれて。」
「は? 何言ってんだ。胡蝶を現代に連れて来たのは俺だ。寧ろこれで突っぱねたら最低のクズ人間じゃねぇか。それに・・・」
胡蝶の真っすぐな感謝の言葉に俺は照れくさくなり言葉を濁す。けどそれでも彼女は裏表のない純粋な好意を向けてくる。だから俺も少しくらいは正直になろうと思った。
「俺の方こそ、胡蝶にはずっと傍に居て欲しいって思ってるんだ。寧ろこうして一緒に居てくれることに感謝しなきゃいけねぇのは俺の方だ。だからありがとな、胡蝶。」
「下呂さん・・・」
俺は気恥ずかしくも視線を戻し、胡蝶を真っすぐに見据えた。
「不束者だがよろしく頼む。」
「・・・はい。こちらこそよろしくお願いします。」
大切な誰かと一緒に心穏やかに生きたい。その願望は、胡蝶と過ごす時間が増えるに連れて一層増していったように思う。
続く
糖度100%甘々描写もアリな気はしましたが、本作の下呂君としのぶさんの生い立ちを考えるとほろ苦に落ち着くかなと思ってこうなりました。壮絶な人生を歩んできた二人ですが、だからこそ今ある幸せを大事にできるのかなと思っています。そんな二人に幸あれ。
追記:
次章は鮭大根好きな例のあの人の子孫を登場させる予定です。多分しのぶさんと合同任務に行く話になると思います。とは言え一切書き溜めていないので更新日は未定です。今月中には投稿開始できると思うので、もしよろしけれお気に入り登録してお待ち頂ければ幸いです。次回の更新を楽しみにしてて下さい。それでは。