追記:本章はしのぶさんと下呂君二人の視点で交互に1話ずつ進んでいく予定です。予めご了承下さい。また第二部の最終話まで書けましたので明日より毎日投稿します。もし宜しければ読みに来て下さい。
「観覧車の電源供給路である配電盤を少々いじった。復旧までに最低でも数時間は掛かるだろう。もし『あの人』から連絡があればそれより早く俺が担いで下まで降ろしてやる。だから暫くの間大人しくしていろ。」
「なんで・・・どうして貴方がこんなところに・・・!!」
私はゴンドラの上で胡坐をかいて待機している『銃剣使い』を睨みながら問い詰める。すると彼はあくびをして怠そうに答える。
「なんでも今『あの人』とお前の婚約者がバトってるんだと。お前に横やりを入れられると計画が狂うから俺が足止め役に選ばれたんだ。」
「っ!? 下呂さんが!? その『あの人』っていうのは一体誰なんです!?」
「おいおい、聞かれて依頼者の身元を言うはずないだろ? お前も裏家業の人間ならそれくらいわかってるはずなんだがな?」
私は奥噛みしながら奴を睨み続ける。すると不意にゴンドラ内で疑問の声が呈される。
「裏家業・・・しのぶさんが・・・!?」
「本当なの? しのぶ。」
「あっ・・・」
私は二人の存在を思い出し慌てる。どうしよう。今更誤魔化そうにも色々と厄介なことを聞かれてしまった。一体どうやって説明すれば・・・
「あ、悪い。連れも居たんだったな。確かお前、下呂家に嫁ぐ予定なんだろ? だったら記憶改ざんの薬とか持ってねぇのかよ。表の連中にバレんのは面倒だろ?」
「・・・誰のせいでこうなったと思ってるんですか・・・!!」
「そうだな。まあ不可抗力って奴だ。それで薬は?」
私は自身のキュロットスカートの裾を一瞥する。
念のため裾の裏側に最低限の仕事道具は縫い付けてある。いざとなれば戦えるように。その一つに記憶改ざん用の意識混濁薬はあるが・・・
(今日の思い出を・・・出会いを・・・なかったことにするんなんて・・・!!)
私は決めあぐねていた。折角姉さんの生まれ変わりとも言える少女と出会ったのだ。今日の出来事を彼女の中から無くすなんて死んでも御免だった。けど、
「ねえしのぶ。貴方確か産屋敷家でお世話になっているって言ってたわよね? もしかして秘密裏に要人警護のお仕事してるの?」
「え・・・どうしてそれを・・・」
「実は私のお父さんが以前お世話になったことがあって。そう言えばその時の一人に冨岡さんって人もいたような気が・・・もしかして冨岡先生も貴方と同じ裏家業の人なの?」
「・・・・・・」
私は回答に窮していた。今聞かれたことは守秘義務に該当する内容だ。おいそれと返答する訳にはいかない。だが、
「大丈夫よ。安心して? 私、お父さんの時の一件で、産屋敷家の護衛の方々の話は周囲に口外するなって言われてるの。だからしのぶのことは誰にも言わない。約束するから・・・」
「・・・わかったわ。カナメの言う通りよ。実は私・・・」
そこで観念した私は、産屋敷家の護り手の話を洗いざらい話した。加えて今日このような事態になっているのは、私が以前担当した仕事で関わった男のせいだとも伝えた。しかしそこまで口にして私はハッとする。
「待って。『真・銃剣使い』の件は既に解決してるはず。そして今の貴方は下呂さん絡みで私の足止め任務に就いているって言ってたわよね。もしかして貴方の雇い主は下呂さんの・・・!!」
「ハア・・・お前みたいな勘のいい女は嫌いだよ。」
すると頭上より小銃の銃弾を装填する音がした。私は反射的にすぐさまゴンドラの窓ガラスを蹴破り、そのままゴンドラ上に逆上がりの要領で身を乗り出した。
「おっと。」
「くっ!」
私は蝶の髪飾りに仕込んだ毒針を即座に振りかざすが、奴はその場を跳躍し、隣の誰も搭乗していないゴンドラへと飛び移る。
「あれ? その髪飾り・・・俺が取り上げて捨てなかったっけ? まあいいかどうでも。」
「今のを躱しますか・・・」
私たちはゴンドラの上に立ち尽くしたまま睨み合う。
「おいおい。マジかよ。大人しくしてれば危害は加えないって言ってるのに・・・」
「小銃の引き金に指をかけている人の言葉を信じられるものですかっ・・・!!」
私は奴の銃弾に対応できるよう身構えた。
「お前正気か? こんな足場の悪いところで俺と本気でやり合う気か? 下手すると落下して死ぬぞ?」
「ご心配なく。そんな柔な鍛え方してませんので。」
「まさかと思うが俺を振り切る気か? もしお前が下呂ヒカルの元に向かうってんなら俺も全力でそれを阻止しなきゃならなくなる。それでも本気でやるのか?」
「・・・・・・」
私は状況を俯瞰する。私が立っているのは高さ約50メートルの観覧車のゴンドラの上。そして現在の私の手札は蝶の髪飾りとキュロットスカートの裾の裏に縫い付けた僅かな仕事道具のみ。
一方奴は以前と変わらぬ装いで、こちらの動きを先読みできる特殊な瞳を有しており、特殊部隊の全身スーツを身にまとっていて装備も充実。加えてその気になれば炭彦君やカナメを人質に取って私を無力化することもできるはず。
圧倒的にこちらが不利な状況。いくら奴が依頼主に気を遣って私に危害を加えられない立場だとしても、純粋にやり合って私が勝てる道理もない。一体どうすれば・・・
「ねえ、しのぶさん。」
不意に私の足元から声が聞こえた。炭彦君の声だ。私は驚き、視線を下に移す。
「カナメさんのことは任せて。僕が命に代えても守るから。今はしのぶさんの未来の旦那さんがピンチなんでしょ? だったら早く助けに行ってあげないと。」
「馬鹿なことを言わないで。一般人の貴方に一体何ができるって言うの? そもそもこの高さじゃ逃げることも身を隠すこともできないじゃない。」
「大丈夫。逃げるくらいなら訳ないよ。飛び降りるのは慣れてるから。」
「は・・・? えっ!? ちょっと!!??」
するとあろうことか、炭彦君は私が蹴破ったガラス窓から手を出し、外から扉の抑えを外して、そのままカナメを抱えたまま宙へと身を乗り出してしまった。
「カナメさん!! 暫く目瞑ってて!!」
「きゃぁあああああああ!?」
「何してるの貴方はっ!!??」
突如の炭彦君の奇行に私は頭が真っ白になる。この高さから落下して無事で済むわけがない。最悪潰れたトマトみたいに凄惨な有様を地上へ落下して晒すだろう。
しかし私はその瞬間、信じられぬものを見た。
「え・・・嘘でしょ!?」
「あいつ本当に表の人間か?」
なんと炭彦君はカナメを抱えたまま、観覧車のスポークと呼ばれる無数の鉄骨部分に次々と飛び移っていき、地上へと徐々に降りていく。
その動きはとても人間一人を抱えたままの一般人の身のこなしとは思えない。飛び移る際もまるで猫が木を降りるかのように軽々と鮮やかな手際だった。
瞬く間に彼は地上へと辿り着いてしまった。
「おい。あいつは何者だ? あいつもお前と同じ護り手か?」
「そんなはずは・・・彼は一般人のはずです・・・多分。」
『銃剣使い』の問いに私は呆然としながら言葉を漏らすだけだったが、ふとあることを思い返す。彼は生来、常中が自然となるまで身に着けた程の呼吸の使い手だったということを。
であればあの動きも納得がいく。既に彼の身体能力は、並みの柱の水準をゆうに超える。もしかしたら今の私よりも・・・
「まあいい。俺の役目はお前をこの場に縫い留めることだ。大人しくしていれば危害は加えない。だから変な気は起こすなよ?」
「お生憎様、最愛の人が身の危険に晒されてじっとしている程、私聞き分けのいい女じゃありませんから・・・!!」
「ちっ・・・なら恨むなよ。」
私は炭彦君達が遊園地の出口に大急ぎで向かっているのを確認して笑みを浮かべる。二人の安全さえ確保できるなら、私を縛るものは何もない。
私が不敵な笑みを浮かべて交戦の所作を見せると、『銃剣使い』は即座に射撃する。日常の遊園地内に非日常の銃撃音が鳴り響く。
「ちっ・・・ちょこまかと・・・」
私は高速で周囲のゴンドラ、スポークを足場にしながら跳ね回る。奴の銃口は私を追うが、私は可能な限り奴に接近した上で周囲を駆け回り飛び跳ね続ける。
下手に距離を取れば、奴の動きを先読みする例の眼で狙い撃ちされるのは想像に難くない。
ならいっそ、つかず離れずの間合いで奴の死角に潜り込み続ければ、奴の銃口先は目まぐるしく変わる射角の変化に追いつかず、私に撃ち込むには至らないだろう。
そして奴の隙を掻い潜って、一気に接近し毒針を打ち込んで無力化する。
日輪刀を模した私の得物が今この場にない以上、接近戦での応酬や鍔迫り合いも分が悪い。私が勝つにはやはり一刺決着を・・・
ー隊式銃剣術 二式 斬幕砲火ー
だがその瞬間、奴の四方八方、周囲三百六十度へと、一斉に弾丸が展開され撃ち放たれる。私は動揺するも必死に弾丸を躱し、そのまま近場のスポークの陰へと滑り込み鉄骨を盾にする。
「もしそこから一歩でも飛び出したら、その瞬間両足を撃ち抜く。以前やり合った半々羽織と違ってお前じゃ俺の射撃を捌けないだろ? わかったらいい加減大人しくしていろ。」
やられた。私が射線の通らない鉄骨の陰に隠れた隙に、奴は距離を取り小銃を構え直してしまった。これでは次接敵を試みても、奴の先読みの眼の力の前では容易く撃ち抜かれてしまうだろう。
「俺が『あの人』の指示のせいで、お前に手傷一つすら負わせられないとでも思ったか? 残念だが後遺症が残る程の深手でもない限り、『あの人』からはお咎め無しって言われてるんだ。」
私の首筋に一筋の汗が伝う。
「あんまりお転婆が過ぎるとその綺麗な肌に無数の弾痕が刻まれることになる。そうなりゃお前の旦那も
私はその言葉を聞いて一瞬カッとする。
「馬鹿にしないで! 下呂さんはそんなことでガッカリするような人じゃありません!」
「なんだそうなのか? 驚いたな。由緒正しき五代名家の次期当主様はキズものの女でも平気で抱けるのか。若しくはそういう性癖の持ち主なのか? なんにせよ懐が大きいこった。」
「貴方ねぇ・・・!!」
私が鉄骨の陰から身を乗り出そうとした瞬間、すぐさま弾丸が撃ち込まれる。同時に凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「まあいい。以前腹思いっきり突いてやった時みたいに、キズものになりたくなけりゃそこでじっとしてるんだな? もうじきすれば『あの人』も下呂ヒカルを大人しくさせて連絡くらい寄こすはずだ。そうしたら俺はトンズラするから後は好きにすればいい。」
そう言って、暫くの間膠着状態が続く。私はこのまま奴の挑発に乗ったところで返り討ちに遭うのが関の山と判断した。私はすぐにポケットから携帯を取り出す。
通知を確認すると、下呂さんからの無数の着信履歴とSNSのメッセージの履歴が山のように溜まっていた。
私がカナメとの時間にあれ程うつつを抜かしていなければ、もっと早く事態に気づけたはずなのに。私は自身が浮かれていたことを恥じたが、今は反省している暇などない。
私はすぐに下呂さんのメッセージの内容を確認する。速読しそれらの内容を自身の脳内ですぐさま整理した。
(やっぱり・・・今まで裏で暗躍していた一連の黒幕は・・・下呂さんの先生だったのね・・・)
私は以前お館様に相談した『銃剣使い』の黒幕の件について思考を巡らした。
『銃剣使い』がなぜ私を殺せなかったのか。その理由で最も考えられるのが、彼の依頼主が下呂家の中枢に関わる人物である下呂さんの先生である可能性だった。
前提として、下呂さんの先生は立場上、下呂さんのおばあ様である下呂きらら氏には反旗を翻せない。
よって、下呂さんのおばあ様が私を正式に下呂家に迎え入れることを決めた以上、当主の決定により下呂家の人間は誰であっても逆らえないのだ。例えそれが次期当主の指南役だったとしても。
加えて下呂さんの先生は、私が下呂さんと出会う前から彼の婚活を裏から手を引いて多くの干渉を行ってきた疑いがある。
その根拠は、先ほど下呂さんのメッセージで確認した内容が決め手となっている。
どうやら下呂さんの婚活相手の方々は、皆、秘密裏に下呂さんの先生によって監視され干渉されていたことが、今回下呂さんが調査し手に入れた写真データより明らかになったそうなのだ。
もしかしたら、下呂さんの婚活自体が、下呂さんの先生によって初めから仕組まれていたものなのかもしれない。
その目的はいくつか考えられるが、例えば・・・下呂家の跡継ぎ問題の解決のため、などだ。
もし下呂さんが誰かしらを伴侶に迎え入れるのなら、当然家の意向にそぐわぬ相手を連れて来た場合下呂家の将来としては好ましくない。
なら初めから、下呂さんが婚活で出会う女性たちを、予め下呂家の人間の意向で見繕って宛がっておけば全て解決するのだ。
もしそうであれば、下呂さんは自分が心より愛した女性と結ばれたと思い込み、ゆくゆくは下呂家待望の跡継ぎが齎せられるのだ。
加えて下呂さんの元婚活相手の女性たちの中には、既に消息不明となっている方々が数名確認されたと、下呂さんからのメッセージで記載があった。
彼女たちは下呂家の意向にそぐわず秘密裏に消されたか、或いはその逆で既に婚姻の準備を進めるために家に連れ込まれ軟禁されたのか、そのどちらかは下呂さんにも分からないとのこと。
ただどちらにしても、私にとっても完全に無関係な話ではないだろう。
私も同様に拉致される可能性がある以上、今後は充分に警戒してくれと下呂さんのメッセージの結びとしてそう連絡があった。
「いくつか質問してもいいですか?」
「ん?」
私は鉄骨の陰から『銃剣使い』に対し問いを投げかける。
「貴方の雇用主は下呂さんの先生で間違いないですね?」
「・・・・・・」
「『あの人』の目的は一体何なんですか? やっぱり下呂家の跡継ぎの為ですか? 下呂さんの婚活女性が次々と行方を眩ませているそうですが、彼女たちを一体どうするつもりですか?」
「ハア・・・そこまでバレてんのかよ・・・まさかとは思うが『あの人』わざと情報リークしてんじゃねぇだろうな。」
「質問に答えてください。なぜ今になって下呂さん本人に仕掛けるんですか? まさかとは思いますが下呂さんの先生は・・・」
「さあな。俺にもそこまではわからん。だが恐らく今頃、『あの人』は教え子に対して嫁候補は全員囲えとかそんなことを指導してんじゃねぇか?」
「っ!!」
「なにせ五大名家の次期当主だしな。そんな人間が一人の女に固執してたら、跡継ぎの頭数なんて片手で数える程度が関の山だろ? どうせなら複数の女囲って同時進行で産ませた方が効率もいいだろうしな。」
その瞬間、下呂さんの先生に対し、私は底知れぬ不快感と嫌悪感を抱いた。
あの人は下呂さんをただの下呂家繁栄のための種馬としか捉えていないのか。私たちをただの子を産み落とすための消耗品としか思っていないのか。複数人の女性と下呂さんを強制的に交わらせて、無理矢理子を成せと強要するつもりか。
冗談じゃない。下呂さんは今まで本当に辛い思いばかり強いられてきたはずだ。
幼少期から血反吐を吐くような非人道的な鍛錬を課せられ、友人を持つことも許されず、したくもない人殺しの任務を強制され、仕事の邪魔だからと恋人すら作ることも許されなかったのだ。
挙句の果てには、結婚適齢期に達した途端、家の為に子を残せと無理矢理複数の女性を宛がわられてその生涯を終えるなど。
これでは一体、彼は何の為に生まれて来たのか。一人の人間として、自由な意思でごく普通の幸せを得る権利すら許されないのだろうか。
ふざけないで欲しい。だったら私が、下呂さんをそんな運命から救い出さなければ。そして彼の望む、普通の幸せというものを私自身の手で叶えてあげたい。私は思考の果てにそう決心した。
「ん? 随分と大人しくなったな。そんなにショックだったか? まあ安心しろ。どの道正室はお前で決まりだろうし・・・なっ!!??」
私はキュロットスカートの裾裏から二本のアンプルを取り出し、一つの試験管に中身を混ぜ合わせ蓋をする。それをワイヤーで結んで旋回させ、それを鉄骨から身を乗り出すことなく『銃剣使い』に投擲した。
「
『銃剣使い』は動揺するも、すぐに落ち着きを取り戻して私の投げた栓付試験管を小銃で撃ち抜く。しかしその瞬間、辺り一帯に紫色の毒煙が突如として蔓延する。
「なっ!?」
奴もそれを脅威に感じたのか、即座に鼻と口を塞ぐ。吸引を防ごうとの魂胆だが、私にはそれとは違う狙いがあった。
「ぐっ!? これは・・・催涙ガス・・・!!」
「これで貴方は暫くの間、目を開けることができない。その怪しげな眼の力無しで、私の動きについてこられますか?」
奴の『透き通る世界』を彷彿とするような疑似的な未来視の力。それを手持ちの薬品で催涙弾を作成し、奴に浴びせて封殺する。
奴は何も全集中の呼吸が使える訳じゃない。つまり単純な身体能力は私の方が上のはず。視覚を封じてしまえば勝機はあると判断し、私は鉄骨の陰から姿を現わした。
続く
情報量多い上に分かりにくい回で大変申し訳ございません。筆者の文章力だとこれが限界でした。ザックリまとめると下呂君の先生が黒幕ということです。詳細は次回である程度わかると思います。
第二部完結まで残り5話となりました。オリジナル展開が多分に含まれますが、最後まで読み進めてもらえたら嬉しいです。