注意:原作ネタバレ要素並びにオリジナル展開要素有です。予めご了承下さい。
その男はあたかも始めから居たようだった。
何者なのかも誰も知らない。『毒使い』の縁者なのかさえ。
ただ先生と呼ばれていた。
常に貼り付けたような笑顔、精密機器のように正確な動作。
皆は密かにこう呼んでいた。人形のような男、と。
皆、先生に畏れを抱いていた。誰も寄せ付けない。不気味な存在・・・として。
だが俺には、一人ぼっちで寂しそうに見えた。
『先生! あの・・・これ。手作りの遊具菓子です。一緒に食べませんか?』
そんな先生を見て、俺はせめてもの気遣いのつもりで遊具菓子を振舞おうとした。
だがその瞬間、先生は目を見開き口元の笑みを無くし、形容し難い素顔を見せた。嫌悪か、憤怒か、それとも困惑だったのか。俺は今でもあの時の先生の表情が忘れられない。
俺は全身から冷や汗を噴き出し、心の底から後悔した。
浅はかだった、と。
『あ・・・いえ・・・毒では・・・毒ではなく・・・っ」
『お気持ちだけいただきましょう。』
違う。先生はそうじゃない。目が語っていたんだ。俺の甘さに失望した・・・と。
手作り遊具菓子。そんなモノを贈るような甘い奴は『使い手』に向いてない。
その日を境に先生の態度が険しくなった。
日々の鍛錬や毒の研鑽において死にかけたのは一度や二度ではない。
あからさまに先生が俺に課す試練は並み正らぬモノへと変化し、俺は二度と甘さを見せぬよう心に蓋をし当主争いの『選抜』を潜り抜けた。
それからいつしか先生の無茶振りは途絶え、俺の心の蓋も『蟲使い』花巻トシキや妹のアカリのおかげで、時間をかけて外れていった。
俺は現在、嬉野*1の仕事部屋で立ち尽くし、床へと仰向けで転がる先生を見下ろしていた。
時は数日前まで遡る。
俺は嬉野の経営する会社『バルザック』が競合に苦戦してると聞き、その助けになるべく駆け付けた。
事情を聞き、俺なりに新しい商品の企画案に協力するなどして、風向きは変わるかに思えた。だが、裏では『ドローン使い』と呼ばれる使い手が暗躍していた。
奴は盗撮によって得た情報を元にバルザックの知的商材の模造品を大量に生産したり、関連企業に脅迫めいた違法行為を行って妨害活動を行っていた。
俺はすぐに奴の無力化に動いた。
拍子抜けするほどあっさり倒せたが、奴の盗撮データに妙なモノが紛れ込んでいた。
それは下呂家のお目付け役、つまりは俺の先生が『人形使い』として裏で暗躍している証拠写真のデータの数々だった。
俺とその場にいた妹のアカリは不審に思い、ドローン使いの暗号ファイルを一から解析し洗った。
その結果更に想定しない事態が明らかになった。
そのデータには俺が今まで婚活してきた間に出会った女性、即ち姫川、嬉野、嵐山、赤倉、氷見、潮の6人の個人情報及び日々の活動記録、日常写真までが綿密に保存されていた。
俺は底知れぬ悪寒を感じた。
なぜあいつらのデータをドローン使いが保持していた?
依頼主に頼まれたからか?
なら依頼主は誰だ?
データによると人形使いが依頼主だと記載されている。
加えて人形使いとして暗躍していたのは先生で間違いない。なら先生が依頼主で・・・
「っ!!」
そこまで思考を進めた後、これまでの日々で度々胡蝶と交わしてきたあらゆる仮説の点と点が線で繋がった気がした。
俺はすぐさま胡蝶に自身の仮説を通話で伝えようとした。だが繋がらなかったので代わりにメッセージとファイルを送信し、すぐさま嬉野のオフィスに直行した。
予想通りだった。俺が現場に到着した時がまさに宛らの時だった。
ハロウィンの被り物に身を包んだ先生が嬉野の背後から迫り手をかざしていたのだ。
俺はギリギリで駆け付けその腕を寸でのところで踏みつけその挙動を未然に防いだ。
「げ、下呂さん!?」
「おやおや、奇遇ですね、ヒカルさ・・・」
俺は有無を言わさず先生をぶん殴る。ハロウィン衣装であるカボチャの被り物を殴り砕く。
「何やってんだ!? 先生っ!!!!」
先生は仰向けにひっくり返った。すると先生の顔面の至る所に罅が入る。俺はそれを眺めながら問いかけた。
「嬉野・・・だけじゃねぇ。姫川と赤倉に何しやがった!? 先生っ!!」
俺の呼びかけに対し先生は不気味に笑う。
「・・・ふ。うふふ・・・先生? 『先生』・・・ね。名残惜しいですが致し方ありませんね。ヒカル様。」
すると先生は上体を起こし立ち上がる。と同時に、先生の顔面の罅が見る見るうちに広がり剥がれ始める。
「改めまして。」
その一言を皮切りに、先生の貼り付けたような笑みの仮面は砕け散った。
黒髪のウィッグは滑り落ち、内側からは対照的な長毛の白髪が周囲に広がる。加えて色白の中年男性の面とは似ても似つかない、褐色の整った顔立ちの青年の姿が露わになった。俺はその様子に目を見開く。
「私、『人形使い』那須と申します。」
俺が今まで先生だと思っていた男は、下呂家の人間ですらなかった。同じ五大名家の一角、『那須家』の人間だったのだ。
『人形使い』那須家。ここ数十年の間、『炎使い』の凋落と入れ替わるように勢力を拡大した五代名家。
その実像を知る者は皆無で、姿はおろかその業すらも明らかになっていない。
先生がまさかそんな『人形使い』那須家の人間だとは夢にも思わなかった。
こいつは俺らの家に絡んで一体何を企んで・・・
「よくできました。ヒカル様。」
先生だった長毛白髪の男は被り物の衣装を脱ぎ、全身黒づくめの服装姿を晒した後、乾いた音の鳴る拍手をし始めた。
俺はそれを見て独り言を呟く。
「胡蝶のところの当主 輝利哉さんが言ってたのはつまりはこういうことだったのか。漸く納得したぜ。」
「ん? どういうことですか? ヒカル様はドローン使いの盗撮写真をヒントに私の正体へ辿り着いたのでは?」
那須は笑みを浮かべたまま目を見開く。俺の発言が少々驚きだったようだ。
「まああれが決め手ではあったがな。けど先生が怪しいって話はだいぶ前から俺と胡蝶の間で議論になっていた。加えて今回の盗撮写真。あれで漸く確信したって感じだな。」
「素晴らしい! 驚きました! 今のヒカル様の実力ではノーヒントは酷かと思い敢えて証拠を残したというのに! これは評価を改めねばなりませんね!」
「ああ?」
「まあ・・・私としては『炎使い』の時点で気づいてくれても嬉しかったのですがね。どうやら大正時代に渡り、あの時のヒカル様とは比べるべくもなくレベルアップしているということでしょう。何よりです。」
「・・・お前・・・まさかあの時から既に化けて・・・」
「さて本題に移りましょう。そこの嬉野シオリさん。合格です。貴方も。」
すると目の前の男は俺を無視して俺の背後の嬉野に微笑みかけるのも束の間、歪んだ怖気の走る不気味な笑みで手を伸ばそうとする。
「那須。テメェには指一本触れさせねぇよ。テメェの魂胆はもうわかってる。」
「ホントですか!? ヒカル様! そこまで私の
「っ!!」
「貴方のご想像通り、お二人とも厳正な審査の末『合格』したので、私の手で回収済みです。」
「・・・やっぱりか。」
俺は奥噛みする。やっぱり既に姫川と赤倉はコイツに拉致されているらしい。クソ・・・俺がもっと早く気づいていれば・・・!!
「姫川と赤倉をどこにやった? 仮にアンタが五大名家の当主だろうと、今の俺なら充分に叩きのめせる。答えねえなら力尽くでねじ伏せるだけだ。」
「自信たっぷりですねぇ。しかしやめましょう。ヒカル様の為なのです。」
「っ!?」
不意に全身を糸で縛られ後ろに引かれる錯覚を覚える。まさかこいつの変性血統か!?
「格上と遭遇した場合、どうすべきか覚えていますね? 私の『教え』」
「っ!・・・成る程な。」
どうやらこれは『人形使い』の変性血統なんかじゃないらしい。俺が幼少期の頃からこいつに『先生』として教え込まれて来た暗示の成せる業だと思われる。
『刃向かってはなりません。』
『必死で逃げてください。』
『全霊で許しを請いましょう。』
『殺られる前に自害なさい。』
俺の脳裏に先生から何度もすりこまれた言葉が鳴り響く。まるで全身に染みわたる毒だ。
だが俺は呼吸を整え、心拍を落ち着かせる。意図的に身体を弛緩させ、リラックスに努める。
「・・・『霧島家』の変性血統・・・その廉価版か。まさか本当に五大名家の一角を滅ぼしてその業まで修めているとはな。」
「っ!? まさかそこまでご存じだとはっ!? 一体誰から・・・」
「言うと思うか? 生憎、今の俺には家以外にも大勢の頼もしい仲間がいるんだ。五大名家ですら知り得ない情報も、ある程度は知ってるつもりだぜ。」
「・・・ふ・・・うふふ・・・まさかこれ程とは・・・」
奴は余程驚いたのか、笑顔を保ちながらも困惑の色を浮かべている。
それもそうだろう。五大名家の一角『霧島家』は、下呂家に次ぐ古き使い手で、何の使い手かも秘匿され続けた全使い手の中で最も謎多き家だった。
そしてその正体を知ってるのは、恐らく元『霧島家』の血を受け継ぐ、現『霊使い』の盃くらいだろう。
俺は既に産屋敷家当主の情報網を頼り、奴と接触しその情報を仕入れている。そして既に霧島家は那須家に滅ぼされ、その中身は全て『人形使い』になっていることも把握済みだ。
霧島家は暗示や催眠に長けた通称『呪い使い』だ。殺意をため込む媒体を相手に接触させ操ることができる変性血統を使いこなす。
俺が先生の言葉を聞くたびに強制力を感じるのもそのためだろう。大方どこかのタイミングでその媒介を俺に取り込ませたか接触させたに違いない。
「まさかヒカル様がこれ程の器に仕上がっているとは。素晴らしい。あとは毒使いの心髄をどこまで体得してるかですね。少なくともこれまでの『毒血解離』ではその極致には程遠い。」
「ならお前の身体で試してみるか? 俺の毒血解離はかつての鬼の首領の命にも届く猛毒だぜ。」
「ええ。機会があれば是非。しかしそれはまた後日。少なくとも私は今ヒカル様と拳を交えるつもりは御座いません。」
「は?」
俺は呼吸を整えながら自然体で構える。那須の発言に少々引っかかるところがあり、俺はそのまま聞きに徹する。
「そもそも勘違いなさっている。私はヒカル様の味方ですよ?」
すると奴は微笑みながら手を伸ばし、俺の頬に指先を掛けようとするので、俺は反射的にそれを手で払う。
「触るな。」
「ご無体な。そろそろ抑えてください。『殺意』を。」
「思惑が不明な他家の使い手相手に殺気を抑える方が無理だろうが。」
「そうですか。困りましたね。では教えて差し上げればご納得いただけますか? ヒカル様の為に立案した私の
「テメェの意図だと?」
「ええ。気になるでしょう?」
「・・・耳だけなら貸してやる。」
「うふふ・・・」
すると奴は踵を返して背を見せる。そして人差し指を手元で掲げて講釈を垂れ始める。
「結論から言うと、私の
「は? お前何言って・・・」
「結果、大成功を収めました。なにせヒカル様に皆好意を募らせたでしょう? 6人共。」
「姫川達のことを言っているのか。だが俺は胡蝶と・・・」
「胡蝶しのぶ『一人』と結婚する・・・と?」
そこで奴は振り返る。その時の奴は酷く落胆したような表情を見せていた。あまつさえ溜息まで漏らす程に。
「何凡弱なことを。いいですか? 貴方は下呂家の次期当主ですよ?」
俺は嫌な予感がした。なぜならこいつの言いたいことが概ね察しがついてしまったからだ。
「ヒカル様。一人残らず娶りなさい。だって可哀そうじゃないですか。選ばれなかった子が。胡蝶しのぶを正室に迎え、それ以外の子達を側室に迎えればいいだけでしょう。なぜなら・・・」
「人を種馬扱いしやがって。下呂家繁栄のために子作りしまくれとでも言うつもりか?」
俺は根限り低い声で奴の発言を中断させる。対照的に奴はニコニコと笑顔を見せ軽やかな声音で答えた。
「はい。ヒカル様には可能な限り下呂家の子孫繁栄のために努めて頂きます。なにせ胡蝶しのぶ一人だけでは心元ないですからねぇ。どんなに頑張っても片手で数える程度しか産めないでしょう? 全然足りません。貴方のような逸材を輩出し続けるには、まず数産ませないと話にならないのですよ。ご納得いただけませんか?」
その瞬間、俺は反射的に那須をぶん殴っていた。その衝撃に奴は吹き飛び、部屋の壁に打ち付けられた。
「ふざけんじゃねぇっ!!!!!!!」
俺は全霊で叫んだ。怒りで我を忘れそうになり、思わず呼吸が乱れる。
「あいつらは家の跡継ぎを生むためだけの便利な道具なんかじゃねぇんだぞっ!!?? 一人一人尊重されるべき人生があるんだっ!!!! そうまでして家の存続が大事か!!?? 他の人達の人生を弄んで踏みにじってまで、繁栄させなきゃならねぇ家だってんなら、俺が当主になった後直々にぶっ潰してやるっ!!!!! 二度とそんなふざけたこと言い出すんじゃねぇ!!!!!!!」
俺は殺気を滾らせ怒号を挙げて言い返す。
冗談じゃない。姫川も嬉野も嵐山も赤倉も氷見も潮も全員魅力的で人として尊敬できる奴らなんだ。そいつらの尊厳を踏みにじるような真似できるか。させてたまるか。
それに胡蝶と誓ったんだ。必ずあいつを選んで家の連中皆に俺たちの結婚を認めさせてやるって。おばあちゃんにだって納得させてやるって。
現に前会った時、おばあちゃんは胡蝶との婚約には賛同して・・・ん?
「やれやれ・・・ヒカル様の癇癪にも困ったものです。なぜお判りになられないのか。
俺は思考を進めてふと気が付いた。その間に那須は起き上がる。
俺は現時点で一番の疑問を那須にぶつけた。
「おい。テメェのやってることは既におばあちゃんは把握済みなのか? もしお前の独断だって言うんなら、それは家に対する立派な背反行為だろうが。一遍そこんところ聞かせやがれ。」
「そうですね。確かにきらら様には『胡蝶しのぶには絶対に手を出すな』と仰せつかっています。」
「だったら・・・」
「ですがそれは即ち、『他の人間なら必要に迫られれば手を出しても構わない』ということです。故に私は、ヒカル様の婚活のサポートという名目で、あの子たちをヒカル様の閨へといざなっているのです。下呂家の未来の繁栄の為に。」
「ざっけんなよっ!! これ以上他家の奴が下呂家の後継者問題に口出しすんじゃねぇ!!!!」
「生憎、これでも私は代々下呂家の教育係を務めて来た人間でしてね。それに下呂家当主のきらら様に従う義理はあっても、次期当主に過ぎないヒカル様に従う義理はないのです。不本意ですが、きらら様からヒカル様の教育係を仰せつかっている以上、私の提案には力尽くでご納得していただく他ありません。」
すると奴は目を見開き、笑みを浮かべたまま両手を掲げる。
来る。最早戦闘は避けられない。俺はすぐさま迎撃の構えを取った。
先生は俺にとっての『毒使い』の師。加えて同じ五大名家の『人形使い』と『呪い使い』の使い手でもある。
五大名家のうち、三つの家の業を修めている男なんだ。
勝てるのか。俺は。
そう思うと同時に、俺の握る拳に手汗が滲んだ。
続く
本作の下呂君は大正時代に渡った経験によりレベルアップ&産屋敷家の情報網のバックアップのおかげで先生とある程度渡り合えてます(尚原作だとこの時点で割とボコられ始める)。加えて先生の思惑は原作だと『全員娶りなさい』位しか言ってないので真偽は不明です。よって次回以降更にオリジナル展開が加速します。予めご了承下さい。
完結まで残り4話です。次回はしのぶさんサイドの話です。お楽しみに。