「くそっ・・・油断した・・・!」
即興で調合した催涙ガスが見事にハマり、『銃剣使い』は観覧車のゴンドラの上で目を押さえうずくまっていた。
奴の脅威はあくまであの眼の力。どういう原理かは知らないけど、あの眼は疑似的な未来が見えるらしい。裏を返せば、視界さえ封殺してしまえば奴の動きは並みの柱以下。日輪刀を持たない今の私でも容易に近づき無力化できるはず。そう判断し、私は観覧車の鉄骨の陰から身を乗り出して、一直線に奴へと駆けだした。
「くっ!」
すると奴は私の気配を音で察知したのか、ある物体の栓を引き抜き私に向けて投擲する。
私はそれを注意深く観察した。外観は金属製の筒型の物体。所々に穴のような形状が見て取れる。警戒すべき投擲物と思い、そのまま視線を切らずに距離を取ろうとしたが思わぬ事態となった。
「うっ!!!」
その瞬間、眩い閃光で視界が埋め尽くされると同時に耳をつんざくような大音響が鳴り響いた。
私は声を上げることもできず目を塞ぎ耳を押さえ、心もとない足場の上でバランスを崩し、上下左右も分からないまま硬直した。
(何!? 一体何が起きたの!?)
私は平衡感覚を失う。しかし今私がいるのは地上数十メートルの観覧車の上。そのため必然と言うべきか、私はいつの間にか足場を踏み外し、宙に自身が投げ出されたことを自覚した。
(このまま体勢を整えられなければ転落死する!!)
今の状況を何とかしようにも、視覚聴覚を奪われた今の状態ではどうすることもできない。
只々重力に従って落下することしかできない事実に戦慄した。
しかし突如浮遊感に包まれる。
「・・・っ!! ・・・っ!?」
誰かが私を抱きかかえ、耳元で呼びかけている気配がする。耳鳴りが酷くなんと言ってるのかわからない。
慌ててる様子や体格からして、『銃剣使い』が私を抱きかかえているとは思えない。そもそも奴が私を救助したのなら、私が動けない内に拘束するか意識を刈り取って無力化しているはずだ。では一体誰が・・・
「・・・さん!! ・・・い丈夫!? しのぶさんっ!!!!」
「・・・す・・・炭彦君・・・ですか・・・?」
「良かった! そうだよ僕だよ! しのぶさん動ける!?」
炭彦君の呼びかけの後、すぐ傍で銃弾が撃ち込まれた音がした。
「おいチビ。死にたくなければ大人しくその女を渡せ。」
「っ!! しのぶさん逃げるよっ!!」
「待って・・・まだ眩暈が治まってなくて・・・えっ!?」
するとあろうことか、炭彦君は私を抱えたまま、凄まじい速度でその場を離れ始めた。
「おいっ!!」
遠くで『銃剣使い』の怒鳴る声が聞こえた気がした。
信じられない。一瞬で私を抱えたままこんな距離まで離れるなんて。
「あっ! ちょっと君!!」
近くで警官の制服を着た人が一瞬見えた気がした。どうやらあっという間に通り過ぎたらしい。
気が付けば私は遊園地を遥かに離れた廃ビルらしき建物の並ぶ路地裏へと移動していた。
「ふ~。一旦ここまで来れば平気かな?」
「・・・炭彦君・・・降ろしてくれる?」
私は彼に担がれたままだったので、背を叩き担ぐのやめさせようと合図を送る。
「あ、ごめん! もう眩暈は平気? しのぶさん。」
「ええ・・・だいぶマシになったわ・・・ありがとう。」
私は降ろされた後、よろよろと立ち上がる。そして彼の肩に手を伸ばし、諭すように語り掛けた。
「炭彦君。どうして戻って来たの? 銃を持った相手がいるのに危険だとは思わなかったの?」
「だって、僕が戻らなかったらしのぶさんもう少しで死んでたでしょ? 観覧車から落ちてるところ見た時は正直心臓が止まるかと思ったよ。」
「・・・そうね。貴方には救われたわ。本当にありがとう。でも・・・」
私はそこで言葉を切り、現状一番の懸念事項を質問した。
「でもカナメは? 彼女は平気なの?」
「大丈夫! カナメさんは僕の家に預けてきたから!」
「そうなのね・・・ん?」
私は一瞬納得しかけるも疑問に思った。
「待って。炭彦君のおうちってここからそんなに近かったかしら?」
「え? うーん、確か10 km、いや20 km位 ?は離れてたかなぁ。」
「・・・炭彦君がカナメを連れ出して・・・15分も経ってないはずなんだけど・・・」
「え? うーん、じゃあ5 km位? いやどうだろう。駅は10個以上離れてるはずなんだけどね。よくわかんないや。」
「・・・・・・」
私は耳を疑った。この子はカナメを抱えたまま一体どれ程の速度で家からここまでを往復したって言うの?
私も柱の時は任務の移動で十里位走ったことあるけど、その時は四半刻以上は掛かったはず。
でもこの子はカナメを運んだまま移動してるのよね。加えて息切れどころか汗一つかいてないし。この子の身体一体どうなってるの?
「まあいいわ。炭彦君は家に戻りなさい。」
「平気? さっきの銃持った人追っかけてくるんじゃ・・・」
「貴方は私のことより自分の身の安全を優先しなさい。増援なら産屋敷家の同僚を呼ぶから大丈夫。」
そうして私は携帯を取り出して産屋敷邸に電話する。
「はい。はい。そうなんです。では位置情報送りますね。それでは・・・」
通話を切って私は溜息をつく。その様子に炭彦君は首を傾げる。
「えっと・・・誰が来てくれるの?」
「冨岡さんが丁度今夜の仕事の準備で居たみたいだから、私の仕事道具と一緒にすぐ駆け付けてくれるそうよ。あと非番だけどもう一人来るわ。その人も凄く腕が立つから。」
「冨岡先生が・・・大丈夫かな・・・」
「安心して。ああ見えてあの人私より強いから。『銃剣使い』は厄介だけど、流石に三人も手練れが居れば倒せるわ。だから炭彦君は・・・」
「あ、危ないっ!!!」
すると突如炭彦君が私に突進しそのまま飛びついてくる。私は体勢を崩すが、その瞬間、高速で何かが目の前を通り過ぎた。
「お前みたいに勘のいいガキは嫌いだよ。」
「なっ!!」
大通りに出る手前の路地の出入り口に、気が付けば『銃剣使い』が立っていた。どうやら射撃されたようだが不思議と銃声は聞こえなかった。一体なぜ・・・
「あ! それ映画で見たことある! 確かサイレンサーって言う奴だよね!?」
「ガキの方が女よりもよっぽど物知りじゃねぇか。そうか、成る程な。女の方は確か明治生まれって話だからサイレンサーもスタングレネードも見たことないのか。道理でさっきもあっさり引っかかった訳だ。」
私はすぐに炭彦君を庇えるよう体勢を整える。まずい。このままでは下呂さんの元に駆け付ける以前の問題だ。
「何度でも言うぞ。大人しくしていれば危害は加えない。俺の役目はアンタを婚約者の元に行かせないことだ。『あの人』にそう依頼されてるんでな。」
「・・・」
この状況。一見こちらが不利に見えるが、冨岡さんが駆け付けるのは時間の問題。ならここは敢えて従順な振りをしてやり過ごすべきか。
そう思い、私は何とかして時間を稼ごうと奴に話を持ち掛ける。
「催涙ガスの効果が切れるの、少々早過ぎませんか? 常人なら数時間は目が染みて瞼を開けていられないはずですが・・・」
「ん? ああ、簡単な話だ。俺は『あの人』からいろんな解毒剤を貰ってるからな。追う前に目薬差して、ある程度回復してから追いかけたのさ。」
「そう。下呂さんの先生が依頼主なら解毒剤なんていくらでも用意できますよね。納得です。でもよく私たちを見失いませんでしたね。それにどうやって私たちに追いついたんですか? 貴方の足はそこまで速くはないはずです。」
「そこのガキがどうかしてんだよ。さっきも国道車両秒でごぼう抜きしやがって。どう考えても法定速度余裕で超えてんだろうが。一応聞いておくがそいつ本当に人間か?」
「どうなのかしら炭彦君。もしかして貴方人間じゃなかったりするの?」
「えぇ!? そんな! 僕はれっきとした人間だよ! ただ毎日学校遅刻しないようランニングしたりパトカーから逃げたりを繰り返して少し足が速くなっただけのごく普通の高校生だから!」
「普通の高校生は高速車両の速度で走ったりできねぇよ。どう考えても堅気の人間の動きじゃねぇだろ。ナニモンだお前?」
すると奴は銃口を炭彦君に向けるので私は両手を広げて射線から彼を庇う。奴は苦虫を嚙み潰したように表情を歪める。
「おい。邪魔するな。そいつはどう考えても脅威だ。ここで殺す。」
「彼は表社会の一般人です。護り手として黙って殺されるのを見過ごす訳にはいきません。」
「そんな人外高校生、一般人であってたまるか。多分お前や俺の生まれ育った有馬家の連中よりフィジカルだけならヤベェだろ。どかないと撃つぞ?」
「どいても撃つでしょう? ならこの身を挺して庇うだけです。」
「さっきも言ったが傷物になるけどいいのか? 派手に傷痕残るとお前の未来の旦那に愛想尽かされるぜ?」
「無関係の子どもを見捨てて逃げたら、そっちの方が下呂さん愛想尽かすに決まってるじゃないですか。もうこれ以上彼のことを侮辱しないで下さい。そっちが撃つ気ならこっちも反撃するまでです。」
「いいのか? もう気づいていると思うが俺は相手の動きの未来が視える。お前が少しでも動こうとすればその先に弾丸をぶち込むまでだ。どの道お前にできることなんてねぇんだよ。」
「そうでしょうか? だったら試してみますか?」
私は蝶の髪飾りに指を掛ける。いつでも毒針を引き抜けるように。やがて徐々に空気が張りつめる。
本当はもっと無駄口を叩かせて冨岡さんが駆け付けるまで粘りたかったけど、残念ながらこれ以上の時間稼ぎは無理のようだ。私は内心汗をかく。
私は指が痙攣しそうになるのを必死に抑えて奴を見据える。すると突如大型バイクが私たちのいる路地裏に侵入し、そのままアクセル全開で奴の背に向かって突っ込んできた。
「うおっ!?」
奴はギリギリのところで壁沿いに寄り避ける。そしてバイクはそのまま私たちの手前で急ブレーキし、車体で路地を塞ぐようにして停止した。
するとライダージャケット姿の男がヘルメットを外しその表情を露わにした。
「テメェが冨岡の野郎でも倒せなかった『銃剣使い』って奴かァア!? 面白れェエ! 俺がバラバラに切り刻んで半殺しにしてやるぜェエ!!!」
駆け付けてくれたのは冨岡さんではなく現代の不死川さんだった。
それにしても顔にキズがあるところとか独特の喋り方は遺伝したのね。この時代の鬼殺隊の子孫の人達は皆隔世遺伝か何かなのだろうか。
私は不謹慎だと思いながらもつい笑ってしまった。
続く
現代版不死川(兄の方)さん参戦です。普段は警察官してます。そこは原作と同じです。尚炭彦君をパトカーで追い回して彼を鍛えた(?)実績もあるのである意味本作ではキーパーソンです。しかし炭彦君が時速160km維持して自宅-遊園地間を往復してる事実に困惑を禁じ得ない(片道20km想定)。まあ縁壱スペックなら余裕でしょうが(え)。
本作完結まで残り3話となりました。次回は下呂君サイドです。那須の思惑が原作と乖離してるかもですが楽しんで読んでくれると嬉しいです。