「お前が胡蝶かァ。仕事で顔合わせんのは初めてだな。冨岡の野郎はまだ来てねぇのかァ?」
「はい。初めまして不死川さん。冨岡さんはまだです。気を付けてくださいね。目の前の奴はこちらの動きの未来が視えるそうです。」
「『未来』だあァ? そんな馬鹿げた話あんのかよ。まあこの状況で冗談は言うはずもねぇだろうけどよォ・・・」
現代の不死川さんは視線を『銃剣使い』に向けたままそう唸る。目の前の男が想定以上の脅威と認識した様子だった。
「まさかこんなチンピラも産屋敷家の護り手の一人なのか。意外とお前らも人手不足なんだな。」
「アァ!? 誰がチンピラだコラァア!!!」
「お前以外に誰がいる。まあいい。妙な動きしてみろ。即射殺する。命が惜しければ大人しくしていることだ。」
「面白れェ。やってみろやコラァア!!!」
すると不死川さんは背に担いだ竹刀袋から日輪刀を抜くことすらなく、そのまま全速力で突進する。
「馬鹿が。命知らず・・・っ!?」
すると不死川さんは地面に落ちていた石を蹴り『銃剣使い』に向けて飛ばす。奴はそれが想定外だったのか一瞬動揺し、得物の小銃でガードする。
「オラッ!! どこ見てんだコラァア!!!」
すると不死川さんはその一瞬の隙を突いて、路地の壁を蹴り飛び跳ね、『銃剣使い』の背後へと回り込む。
「ごっ!!」
そして奴が振り返ると同時に全力で右拳を振り抜き殴り飛ばした。私は炭彦君を下がらせ、奴との距離を一定に保つ。
「なんだァア? 冨岡が仕留めそこなったっつってもこんなモンかァ? とんだ拍子抜けだぜこれはァ。」
不死川さんが拳を鳴らして威嚇している間に、『銃剣使い』は静かに立ち上がり血の唾を吐き捨てる。
「いい気になるな。今のは不意を突かれただけだ。そんな子供騙しが何度も通用すると思っているのか。」
すると奴は小銃を不死川さんに向けようとする。しかしその一瞬で不死川さんは日輪刀の入った竹刀袋を『銃剣使い』の顔面に投げつけ視界を塞ぎ、その隙に小銃の先端を素手で掴みかかっていた。
「がっ!?」
「馬鹿がァ! こんだけ距離詰めたら銃なんて何の役にも立たねぇだろうがァア!!」
小銃を掴んだまま不死川さんは再び相手の顔面を殴りつけ、膝蹴りを胴に打ち込んでいた。痛みに悶絶した『銃剣使い』をそのまま足蹴にして転がし、奴から奪い取った小銃を遠くに投げ捨てる。
「なんだこんなモンかよ。思ってたよりも雑魚だなァ? どうやら随分と目が良いみてぇだが、その分視界を塞いだ時の動きがお粗末すぎるぜェ。」
私は数メートル離れたところで目の前の光景に目を奪われていた。
不死川さんは抜刀すらせず奴を無力化したのだ。それも相当な体術の練度で。
大正時代の不死川さんも喧嘩殺法的な強さはあったが、現代の彼はそれに加えて訓練で身に着けた特別な動きもあるような気がした。
恐らく本職の警官の仕事で体得したモノなのだろう。もしかしたら現代で確立した特別な格闘技能があるのかもしれない。
「さぁて、もう抵抗しないならこれ以上痛い目見ないで済むぜェ? 大人しく投降しろォ。」
暫くの間、『銃剣使い』はしゃがんだままの姿勢で目を瞑りつつ身動きしなかったが、突如腰より銃剣の予備を引き抜き不死川さんに斬りかかった。
「うおっ!?」
「もうお前の動きは『錬想』で適応した。お前俺が元有馬家の人間だって知らなかったのか?」
『銃剣使い』の刃物捌きに不死川さんは次々と切り傷を負う。すると不死川さんは一度距離を取り、日輪刀を構え直した。
「くそがァ・・・!! 手足の一本や二本失う覚悟はできてんだろうなァア!?」
ー風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎー
「炭彦君!! 避けるわよ!!」
「うわっ!?」
私は即座に彼の服を掴んで引っ張り上げながら跳躍する。不死川さんが路地の逃げ場もない程の間合いと斬撃速度で回転しながら『銃剣使い』へと突進する。
しかし不死川さんと激突する直前、『銃剣使い』が刃先を一閃すると同時に鮮血が辺りに散った。
「がっ!?」
「この眼の前じゃただ動きが激しいだけだ。終わったな。」
不死川さんは奴を通り過ぎた辺りで膝を着く。脇腹より尋常じゃない量の血が噴き出している。
「不死川さんっ!!」
「胡蝶!! 狼狽えんじゃねェ!!」
しかし不死川さんは呼吸を整え一瞬で止血する。その様子を見て『銃剣使い』は振り返りながら目を見開く。
「驚いた。お前ら呼吸の使い手はそんな芸当もできるのか。肋骨ごとバッサリいったんだがな。普通ならもう助からないはずだが・・・」
「舐めんじゃねぇ・・・!! 俺らをそんじょそこらの奴らと一緒にすんな・・・!!」
しかし不死川さんは脇腹を庇っている。とてもじゃないが継戦能力は残っていない。
「不死川さんっ!! 無理しないで下さい!! 私が今すぐ縫合しますから!!」
「胡蝶っ!! そんな暇ねぇだろうがっ!! 俺のことは良いからテメェは逃げるか反撃の準備してろやァア!!」
私が不死川さんに駆け寄ろうとした際そう一喝される。私はハッとし、再び敵に視線を移す。既に『銃剣使い』は得物の小銃を回収しているところだった。
「振り出しに戻ったな。別に俺の仕事はお前らを殺すことじゃない。大人しくしていればもう痛い思いはしなくて済む。だから変な気は起こすなよ?」
そう言って、奴は小銃に弾丸を装填し、再び銃口を私たちに向けた。
「あ、でもそこの人外高校生は放置できねぇな。念のため殺しておくか。」
「っ!! させないっ!!!」
私は炭彦君を庇い身を盾にする。彼はカナヲが遺した大切な子孫だから。反射的に私に背を向けて炭彦君に覆いかぶさっていた。
最後に奴の指先が小銃の引き金に掛かったのが見えた。その瞬間私は世界がゆっくりになったのを感じた。
ー水の呼吸 拾壱ノ型 凪ー
数回の金属音が鳴り、私たちへの射撃が防がれたのだと気づいた。そこにはいつの間にか冨岡さんが立っていた。
「不死川。随分手ひどくやられたな。」
「うるせェ!! 来るのが遅ぇんだよ冨岡ァ!!!」
冨岡さんは私たちを庇える位置取りを崩さず佇んでいた。その様子を見て『銃剣使い』は溜息をつく。
「誰かと思えば以前の半々羽織かよ。お前も抵抗するなら殺すぜ? ここで女を取り逃がせば『あの人』から後で何されるかわからないんでな。」
「それは無理な話だ。お前が銃口を構えているうちはな。」
暫し張りつめた沈黙が続く。すると冨岡さんはゆっくりと背に担いでいた竹刀袋を下ろし、私に放り投げる。
「胡蝶。お前の日輪刀だ。正直俺一人ではこいつは倒せない。二人で挟み込みながら叩くぞ。」
「っ! わかりました冨岡さん! 不死川さんはこれで傷口を縫合していてください。決して無理だけはしないように。」
「そんなこと言ってる場合かよ胡蝶。あいつ相当ヤベェぞ。俺も傷口縫ったらすぐ加勢するぐらいしねぇとヤれねぇだろうがァ・・・」
私は不死川さんに縫合用の糸と針を渡し、そのまま冨岡さんの背後につく。
「ハア・・・面倒くさい。なんで抵抗するかな。別に俺はお前ら殺す気なんてねぇんだが・・・」
「それでもお前が危険人物であることには変わらない。今日この場で確実にお前は討伐する。覚悟しろ。」
「もういい。胡蝶しのぶ以外は皆殺しだ。初めからそうしてりゃ良かったんだ。その方がずっとシンプルだしな。」
奴が再び小銃を構え直すと同時に、私は地面を蹴っていた。
ー蟲の呼吸 蜈蛟ノ舞 百足蛇腹ー
「っ!! ちょこまかと!!」
私は路地裏の地面、壁問わず、奴の周囲を全速力で飛び回り続ける。この場所なら奴の視界から外れることは容易だ。透き通る世界が見えない私でも充分に勝機はある。
ー隊式銃剣術 二式 斬幕砲火ー
「うっ!!」
「大人しくしてろって言ったろ? 一瞬でも視界に入れば動きの先が視えるんだって。」
私は片足を撃ち抜かれ、壁に激突する。その衝撃と痛みに身体が硬直する。
「胡蝶っ!!」
ー水の呼吸 壱ノ型 水面斬りー
すかさず冨岡さんが斬り込む。しかし『銃剣使い』はあっさりそれを銃剣の切っ先で弾き、弾丸を装填する。
「トロいって。お前さては攻めは苦手だな?」
ー隊式銃剣術 一式 炸裂弾ー
ー水の呼吸 拾壱ノ型 凪ー
凄まじい回数の金属音が鳴り響く。冨岡さん一人に全ての斬撃と射撃が集中するも、それらの攻撃は全て防がれていた。
「お前の技はもう見切った。」
「おいおいマジかよ。どんな動体視力してやがる。」
ー水の呼吸 肆ノ型 打ち潮ー
すかさず冨岡さんは反撃に入る。しかし『銃剣使い』はそれを難なく捌き切り、弾丸を装填し直して小銃を旋回させた。
「見切ったか。じゃあ他の技も見せてやるよ。受けきれるかな?」
「っ!!??」
ー隊式銃剣術 三式 雷火ー
ー隊式銃剣術 四式 炎雨ー
ー隊式銃剣術 五式 回天ー
凄まじい程の斬撃と弾幕の嵐だった。怒涛の突き技、上下左右行き交う斬撃、数えきれない程の切り払い。それに合わせるように弾丸も飛び交う。
冨岡さんはひたすら防御に回る。私はその様子をただ見ていることしかできなかった。
「がはっ!!!」
「オーケー。よく堪えたよ。柄じゃねぇけど敬意を表して俺の最高の技でとどめ差してやる。楽しかったぜ。じゃあな。」
ー隊式銃剣術 六式
七支刀を模したような軌道で斬撃が繰り広げられ、その周囲を弾丸が行き交う。冨岡さんはその軌道に対処しきれていなかった。
私は片足でその場を蹴り、一直線に二人の間へ突進していた。冨岡さんを救うには身を挺するだけでは足りない。
呼吸を研ぎ澄ませ、不必要な感覚を全て削ぎ落す。この時の私は、それが不思議と自然にできたような気がした。
その瞬間、周囲の視界が全て透明になった。
(これが・・・透き通る世界・・・!! なんだろう。不思議。時間がゆっくり進む。いや動きがゆっくり見えてるんだわ。)
ー蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角ー
私は考える限り最適の動きで『銃剣使い』の軌道を突きで逸らし、弾幕に干渉した。そして通り過ぎると同時に奴の両手両足の起点に突きを打ち込み、そのまま距離を取った。
「がっ!!??」
「なっ・・・」
『銃剣使い』は突きの痛みに悶絶し、冨岡さんは私の動きを見て驚愕していた。そして私は二人の間を過ぎ去った先で着地し、静かに振り返った。
「ば、馬鹿な・・・!! 俺はお前の動きもこの眼で視ていた・・・!! 動きの未来を見たうえで対処もしたはずだ!! なのになぜお前の動きの方がっ!!!」
「そうね。今の私も同じく貴方の動きの先が視えるからかしら? 加えて貴方の動きはゆっくり見えたもの。私の方が正確に動けて当然ね。」
私がそう答えると、『銃剣使い』はそのまま地面に崩れ落ちた。私の日輪刀には筋弛緩剤が塗ってある為、これで奴が起き上がることはもうないだろう。
「冨岡さん。無事ですか?」
「胡蝶・・・今の動きは一体・・・」
「どうやら私も透き通る世界が一瞬だけ見えたようです。そういう意味では冨岡さんには感謝しなきゃですね?」
私は全身斬られ撃たれした冨岡さんを介抱しようと傍まで駆け寄ろうとする。しかし片足を撃たれていたことを失念していた。私はその場で転んでしまう。
「胡蝶!? 大丈夫か!!」
「アハハ・・・恥かしいですね・・・足撃たれてたの忘れていました。」
私が地面につっぷしたまま顔を上げると冨岡さんは困ったように笑った。どうやら大事ないと判断して安心したようだ。
これで漸く『銃剣使い』との戦いも終わり一件落着したかに思えた。しかしその瞬間、無機質な機械音声がどこからか流れた。
『解放戦力 98% 加えて自動操縦に切り替えます ORDER CODE 周囲にいる胡蝶しのぶ以外のターゲットの排除 OPERATOR NASU』
突如『銃剣使い』の特殊部隊のスーツだと思っていたものが発光し、周囲に微小の放電を発する。その瞬間空気が揺れる。
「っ!!?? 冨岡さんっ!!! 今すぐこの場を離れてくださいっ!!!」
「がはっ!!!」
時すでに遅し。気がつけば『銃剣使い』は意識を失ったまま起き上がり、冨岡さんを殴り飛ばしていた。冨岡さんの身体が凄まじい距離を転がっていく。
「おい冨岡ァ!!! 返事しろっ!!!!」
不死川さんが縫合を終え呼びかけるが、その瞬間、一瞬で移動する陰と閃光とともに、不死川さんも吹き飛ばされる。
「ああっ!! なんで・・・なんでこんな・・・!!」
想定すらしてなかった。『銃剣使い』のスーツにこんな仕掛けがしてあったなんて。恐らく下呂さんの先生の仕込みだろう。どのような原理かはわからないが、私の知らない方法で実現させているのかもしれない。
私が地面につっぷしたまま途方に暮れていると、ただの殺戮人形と化した『銃剣使い』は残る最後のターゲットに狙いを定める。
炭彦君もそれに気づき、大慌てで冨岡さんが取り落とした日輪刀を回収し、それを握りしめたまま刀身を構える。
「っ!!!! 炭彦君っ!!!! 何してるんですか!!!! 今は兎に角逃げてくださいっ!!!!」
「でもこのままじゃしのぶさん達みんなやられちゃうよ!! こいつはどうにかして止めるしかない!!」
「どう見ても人間が相手にできる敵ではありません!!! 私たちのことはいいから早く逃げて!!!!」
私の必死の懇願も炭彦君には届かなかったのか、彼はそのまま冨岡さんの日輪刀を握りしめ構える。彼が刀身の刃と峰を返した瞬間、『人形』と化した『銃剣使い』は炭彦君へと凄まじい勢いで突進した。
「炭彦君っ!!!!」
私は叫ぶもその場から動けなかった。思わず自分の無力さを呪ったが、その瞬間私は信じられぬものを見た。
後になって気が付いたのだが、私はこの時透き通る世界に入っていた。結果その時の光景がゆっくりに見えていたはずだった。にも拘わらず、その時の炭彦君の動きは一瞬僅かにぶれただけのように見えた。
パガガッガッ!!!!! ドッ!!!
その瞬間、冨岡さんも不死川さんも成すすべなく吹き飛ばれた程の相手が、瞬きする間もなく炭彦君から四発叩き込まれてひっくり返り地面を転がって動きを止めた。
『緊急停止 ORDER CODE 遂行不可のため機能を停止します』
そう自動音声が流れたのち、『銃剣使い』は死体のように動かなくなった。
私はそこで漸く思い至った。炭彦君は生まれつき全集中の呼吸を使いこなし、日常生活の中で透き通る世界をも体得した程の人間なのだ。私たち柱をゆうに超える身体能力を持っている。
今まで私が必死に護ろうとしていた者は、私よりも遥かに優れていた。
「しのぶさんっ! 平気っ!? 大丈夫っ!? わあ! 足から血出てる!! 急いで手当てしなくちゃ!」
「アハハ・・・私の頑張りってなんだったんでしょうね・・・最初から守る必要なんてなかったってことですか・・・アハハ・・・」
「え?」
私は思わず涙目になり、乾いた笑い声を漏らすしかなかった。
続く
普通はしのぶさんみたいに呆れるんですよ。この世の理の外側にある存在を認識したら。なのに兄上はどうして。なまじ才能があって自尊心が強かったばっかりに。お労しや兄上・・・
次回最終話です。当初の予定よりもかなりあっさり終わります。その理由は次回のあとがきで記載すると思います。何はともあれ本作の結末を見届けてくれると嬉しいです。