「妓夫太郎が死んだ。上弦の月が欠けた。」
ここは無限城、無惨様の前で俺達上弦は一堂に会し、首を垂れて跪いていた。
俺はいつも通り青い彼岸花の探索を行っていたが、唐突にこの場所へと転移させられた。最近力をつけた鳴女の血鬼術によるものだろう。その証拠に、無惨様の後ろで琵琶を持った奴の姿が見て取れた。
「殺したのは毒使いと名乗る鬼狩りだ。猗窩座、お前が以前殺し損ねた男だ。」
無惨様の視線が俺へと注がれる。まるで全身が軋むような感覚を覚える。
「誠に御座いますか! 妓夫太郎は俺が紹介した者故死んだと聞いて驚きましたが、それ以上に猗窩座殿でも取り逃がす程の人間がいるとは! その者は一体何者なのでしょうか?」
俺の隣で軽薄な笑い口調で続ける童磨に、俺は一瞬青筋を浮かべるが、無惨様の手前弁明も何もできない。俺は無言で無惨様の様子を伺った。
「黒死牟。お前は聞いたことがあるか? 毒使いの使い手とかいう者共について。」
無惨様の言葉に上弦全員が視線を黒死牟に向ける。上弦最強の男は静かに口を開いた。
「かつて・・・戦国の世において・・・戦の裏で暗躍し・・・暗殺を生業にしている者の名であれば・・・聞いたことがあります・・・その中に・・・毒使いと呼ばれる者達がいたかと・・・」
「ほう・・・平安の時代には聞いたことがないのだがな。やはりお前は知っていたか、黒死牟。なぜそれを私に報告しなかった? 猗窩座が奴と会敵した時、お前も視界を共有していたはずだが?」
「私の知る毒使いは・・・人間の毒殺を行うただの暗殺稼業の者だった故・・・鬼の脅威になるとは到底思えず・・・」
「その脅威にならぬとお前が判断した者ただ一人に妓夫太郎は殺された。それも毒でだ。お前はこれについて如何に弁明するつもりだ?」
「・・・返す言葉も・・・ございませぬ・・・」
無惨様の問いに周囲の空気が重くなり、無限城のあちこちから軋むような音が聞こえる。
「私が嫌いなものは『変化』だ。状況の変化、肉体の変化、感情の変化、凡ゆる変化は殆どの場合劣化だ。衰えなのだ。私の好きなものは『不変』。完璧な状態で永遠に変わらないこと。
百十三年振りに上弦を殺されて私は不快の絶頂だ。各々の勝手な判断で私に言って聞かせるな。」
黒死牟からも軋むような音が聞こえるが、奴は無言を貫き微動だにしない。やがてその音も収まっていく。
「これまで、藤の花の毒を使い、末端の鬼が殺されることは多々あったが、毒で上弦が殺されるなど前代未聞だ。
死の間際の妓夫太郎の思考を読んだが、受けた毒は鬼の耐性を無視して細胞を破壊した上に、一切解毒もさせずに死に至らしめたようだ。
他の有象無象の鬼狩り共などどうでもいい。すぐさま奴の頸を持ってこい。私は上弦だからという理由でお前たちを甘やかすつもりはない。いいな?」
「「「御意」」」
ベベンッ
琵琶の音と共に無惨様の姿は消える。その場には鳴女と上弦の鬼のみが残された。一拍して、童磨は再び屈託のない笑い顔を浮かべ、俺に話しかけてくる。
「いや~。猗窩座殿。暗殺が本業の者に一杯食わされるとは災難だった。是非聞かせておくれ? その者が一体どのように戦うのか・・・」
俺は裏拳を一閃し、童磨の頭蓋を薙ぎ払った。
「黒死牟に聞け。俺に話しかけるな。」
しかし、裏拳を放った俺の腕の手首より先が、いつの間にか切断され、そのまま床に落ちる。
「猗窩座・・・お前は・・・度が過ぎる・・・」
その一言に、再び周囲の空気が揺れる。俺の隣に黒死牟が立っていた。
「良い良い、黒死牟殿!! 俺は何も気にしない。」
「お前のために言っているのではない・・・毒使いの鬼狩りを殺せと無惨様に命じられたからだ・・・奴の戦い方を上弦全員に共有するのは当然のこと・・・」
「あー、なるほどね。」
「猗窩座よ・・・お前の口から話せ・・・その毒使いの鬼狩りがどのような手で鬼を狩るのかを・・・」
俺は渋々黒死牟の指示に従う。奴の言うことを大人しく聞く気など更々なかった。無惨様の命令であるから従ったのだ。それから俺はその場の上弦全員に、当時読み取れた情報を包み隠さず話した。
「ふむ・・・なるほど・・・少なくとも・・・上弦を殺し得るその業は・・・長めの溜めが必要なのだな?」
「ああ、そうだ。俺達なら充分な隙になる。」
「であれば一切問題なく殺せるじゃないか? 猗窩座殿のおかげで随分と殺しやすくなった。皆を代表して礼を言わせておくれ?」
「黙れ。」
「むうぅ、つれないなぁ、猗窩座殿は。」
「あとは奴の居場所を探すまで・・・末端の鬼にまで暫く視覚共有をしなければ・・・発見でき次第・・・鳴女に転移してもらえばよい・・・良いな鳴女・・・」
「畏まりました。」
それで話がひと段落し、俺はその場を去ろうとしたのだが・・・
「あの~、私つい今しがた鬼狩り共の情報を入手したのですが・・・」
玉壺がバツが悪そうにそう俺たちに報告してくる。俺はそれを無視するが、黒死牟が代わりに回答する。
「・・・情報が確定次第・・・無惨様に報告して指示を仰げ・・・私では判断しかねる・・・」
余程先ほどの無惨様の指摘が答えたのか、黒死牟はそう力なく指示する。俺はそれも無視してその場を離れる。
「鳴女。元の場所に戻せ。時間がもったいない。」
「畏まりました。」
そうして俺は鳴女の血鬼術で、無限城をあとにした。
「も~、せっかく上弦の鬼と会ったのに、なんで例の他者を別の場所に移動させる鬼について聞いてこなかったの? 下呂君。」
「う・・・すまん城崎。正直あの時は余裕がなかった。代わりに血はどさくさに紛れて抜いてきたんだが・・・」
「ん? 血? そんなもの手に入れてどうするの?」
「ああ。胡蝶の毒の研究に役立てられるんじゃないかと思ってな。俺もあいつの開発した毒には世話になりっぱなしだし、その礼みたいなもんだ。」
「へ~。」
ここは蝶屋敷の縁側。私たちは仕事の休憩時間にここで良くくつろいでいることが多い。以前の遊郭潜入任務での成果について二人で話し合っていた。
「ちなみに城崎は花魁に化けてた鬼に攫われる前とかに確認できなかったのか?」
「ふっふっふ。実はダメもとで聞いてきたよ?」
「っ!! ホントか!! それでなんて・・・」
「って言っても名前しか教えてもらえなかったけどね。『鳴女』っていう鬼らしいよ? 琵琶の音を鳴らすと他の人を移動させられるんだって。」
「な、名前だけか・・・」
「なかなか詳細には教えてもらえないよね~。まあ当然っちゃ当然なんだけど。」
「むう・・・せめて自白剤が効けば・・・」
「鬼に人間用の薬ってほとんど効かないみたいだからね~。こっちに来てからは下呂君の万能さが何だか完封されっぱなしだよね。」
「辛だな・・・」
私達が途方に暮れていると、庭先で鍛錬してた竈門君が声を掛けて来た。
「あの・・・すみません。さっき上弦の血を抜いてきたって聞こえたんですけど・・・」
「ん? ああ、そうだが・・・」
下呂君がそう答えると、竈門君は何だかバツが悪そうに私たちにお願いをしてくる。
「えっと・・・少し分けてもらうことってできますか?」
「ん? 別に構わないが・・・何に使うつもりだ?」
下呂君はお願いの内容を聞いて訝しげに竈門君に視線を向ける。竈門君はさらに気まずそうにしている。
「えっと・・・誰にも言わないで頂けますか?」
「・・・わかった。で、理由は?」
竈門君は腹を決めたのか真っすぐ私たちに向き直って事情を説明する。
「実は俺、今禰豆子を人間に戻すために、十二鬼月の血を集めているんです。知り合いに鬼の血を調べて人間に戻す薬の研究をしている人がいまして・・・」
「それって胡蝶のことか? 俺はそんな話聞いたことないが・・・」
「いえ・・・実は鬼殺隊関係者じゃないんです・・・ここからが本当に内緒にしてほしい話なのですが・・・その人は鬼でして・・・」
「・・・マジか・・・それって信用できるのか?」
「は、はい! 俺、浅草で鬼舞辻無惨と会ったんですけど、その時俺のこと助けてくれた人なんです!
その人は珠世さんという方なのですが、何でもその人は医者で、既に無惨の呪いも外しているみたいで、ずっと無惨を倒すために薬の研究をしているみたいでして!」
「そんな奴がいるならなぜ上に報告しない?」
「えっと・・・お館様は知ってるみたいなんですけど・・・柱の皆さんには伏せてるみたいでして・・・やっぱり鬼と協力するなんて皆認めてくれないからだと思います。」
「なるほど。だが興味深いな。鬼を人間に戻す薬に、無惨を倒すための薬か。こっそり会って話を聞かせてほしいぐらいだ。」
「あ! それなんですけど、珠世さんには下呂さんのこと文通で伝えたことがあるんです! 毒の使い手で、一時的に鬼殺隊に協力してくれている人がいるって!
特に毒血解離っていう鬼でも耐性を無視して分解不可能な毒を生成することができるって話にとても興味を持っていました!
もしよろしければ、今度会ってくれませんか? 珠世さんも恐らく了承してくれると思うんです!」
「竈門・・・それは・・・」
「う~ん。あれって下呂君の家が代々積み重ねてきた結晶みたいなものだから、その秘密を外部に漏らすのは流石に難しいんじゃないかな?」
「あ・・・やっぱりそうなんですね・・・無理を言ってすみませんでした・・・」
私の回答に竈門君は一度考え直して口を噤んでしまった。ちょっと悪いことしちゃったかな・・・
一方で下呂君は顎に手を当ててずっと考えているようだった。どれだけの時間が経ったのかわからないけど、やがて下呂君は口を開いた。
「例えばなんだが・・・俺の血を基に、鬼でも分解できない薬を作り出すことって可能だったりするか?」
「え・・・?」
「例えば、毒血解離の応用で、解毒不可の自白剤を作って、それを鬼の首領に投与するとかな。それができれば、俺たちをこの時代に連れて来た奴の正体がわかるかもしれない。」
「げ、下呂君!? いいの!? そんなことして!? 家の人と喧嘩になるんじゃ・・・」
「まあ・・・先生やおばあちゃんは絶対納得しないだろうな。だがどの道俺たちが元の時代に戻れなかったら意味ねぇだろ?
そもそも門外不出の変性血統は俺が婚活で散々晒してる訳だし、正直今更な気がする。
最悪その珠世って人だけに情報提供して、鬼殺隊の他の奴らには情報秘匿しとけば問題ねぇんじゃないか?」
「う~ん。下呂君がいいなら別にいいんだけど・・・」
意外にも下呂君は前向きだった。でも確かに元の時代に戻れないのが一番困る。背に腹は代えられないのかも。
「ほ、本当ですか!? じゃあ早速珠世さんに手紙書きますね! ありがとうございます!」
そう言って、竈門君はその場を立ち去ろうとするが、何かを思い出したように引き返してくる。
「あ、あの! 珠世さんから返事が返って来るまでの間、時間あると思うんですが、お二人は何か予定あったりしますか?」
「ん? いや・・・特にないが・・・」
「じゃ、じゃあ! 一緒に刀鍛冶の里に行きませんか? 俺、刀の修繕に行くんですけど、下呂さん遊郭から帰って来てから凄く疲れてるご様子なので、温泉で疲れを癒してくるのはどうでしょうか?」
「お、温泉!!??」
「うおっ! 城崎急にどうした?」
不意の竈門君からの素敵な提案に私は声を上げて立ち上がる。下呂君は驚いているが、そんなの知ったことじゃない。
そもそもこっちに来てから仕事以外でどこかに出かけることもなくなったし正直気分転換がしたい。
加えて現代で使ってた美容関連のアイテム、こっちじゃ軒並み売ってないしこのチャンスは逃せないと思った。温泉ならお肌のケアもできるはず。
「下呂君!! 温泉行こう!! 最近変性血統の使い過ぎで体力エグイくらい減ってるでしょ!? ちゃんと
「お、落ち着け城崎。なんでお前の方が乗り気なんだよ・・・」
「ほ、ほら!? 以前氷見さん*1の件で音使いの彼に癒しの大切さを教わったでしょ!? それと同じだって!!」
「ぬ? た、確かに俺はあの時鳴子のド節介を通じて学んだっけ・・・悪ぃ、大切なことを忘れてたぜ!!」
「そ、そうだよ下呂君!! 温泉って言えば癒しの代名詞みたいなもんだし、それにこっちじゃ入る機会ほとんどないじゃん!! 行かなきゃ損だって!! ほらさっさと準備するよ!?」
「ちょっ!? 今からか!?」
私は必死に下呂君を焚きつけ、竈門君の方をチラッと見る。彼は嬉しそうに笑っていた。
「喜んで頂けてよかったです。じゃあお二人の出発の手配しておきますね?」
こうして私たちは竈門君の提案に乗り、温泉旅行に出発することになった。
続く
毒血解離に対する無惨と珠世さんの見解を描写しました。下呂君は両者からかなり注目されていますね。原作でも珠世さんの薬は無惨討伐に最も貢献したと言っても過言ではないので、毒使いの下呂君もきっと活躍してくれると思います。