プロローグ『獅子と兎』
子供のように、今でも信じ続けているのです。
夢はいつか叶う事を。
必死に足掻いた先には、希望が満ち溢れている事を。
どんなに痛くても。
どんなに辛くても。
どんなに苦しくても。
絶対に自分を曲げてはならない。
あの日の幼き願いは、きっと正しいのだと。
たとえ何を犠牲にしても。
私は、私の荒野を歩き続ける。
煉獄のように煌めく、貴方を追いかけて。
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バニラ色のカーディガンの袖口から、柔らかな風が忍び込んだ。
桜色の門をくぐった先に現れたのは、視界に収まらないほど大きな学び舎だ。
「ここが、『月桜学園』……」
呆けたように呟いて、私はふわりと息を吐く。
山を一つくり抜いて作られたという超とんでも規模の学園、『月桜学園』。今日から三年間、私が通う事になる学校の名前。
「……ふふっ」
思わず笑みが零れた。
田舎から出てきて数カ月。まだ門をくぐっただけだというのに、私の胸は期待に膨らんでいた。
「大きな校舎に、沢山の同級生……! 始まるんだ、素敵な学園生活が───!」
───バゴォオオオオオオオオオオオオオンッ!!
「……え?」
一瞬、膨らんだ胸が爆発したのかと思った。
でも違った。音の発生源は校舎の一角。というか爆発じゃなかった。
誰もが視線をそちらに向ける。破壊された廊下の壁から砂煙が舞って、二つの人影が飛び出した。
「うるぁあああああッ!!」
「あぁもう、うるっさいわねぇッ! いい加減謝りなさいよ!!」
「ざけんなッ、オレは悪くねえ!! 謝んのはそっちだろうがァ!!」
剣を持った少女と、メリケンサックを拳に付けた少年が、庭に飛び出し戦いを繰り広げている。
それだけじゃない。
不思議なのは、そこだけじゃない。
少女の頭上には犬のような耳が生えていて、少年の背中には天使のような翼が生えていたのだ。
「な、なにあれ……喧嘩!?」
戦いの波は床を破壊。衝撃をまき散らし、暴風を起こす。桜の花弁が髪にびしゃびしゃとかかる中で、私は助けを求める様に周囲を見渡した。
「───いいぞ! やれやれー!」
「剣使いの人頑張って~~!!」
「華奢な女なんかに負けんな! 漢の力見せてくれッ!!」
「え、え、よくある事なの!?」
「はは、そんな事はないよ」
横から声がして、私は咄嗟に振り向く。
一人の凛とした女性が立っていた。佇まいに一切の動揺がなくて、多分上級生だ。
「で、ですよね! 今がちょっとおかしいだけで……」
「よくはないさ。十日に一回ぐらいだとも」
「十日に一度は『よくある』ですけど!??」
よく見れば、騒いでいるのは上級生ばかりだ。私を含めた新入生の多くは困惑、もしくは恐怖を浮かべているが、空気に呑まれたのか、一部は野次馬に参加している。
「───はーーーーーはっはっはっ!!」
予想外の現実に翻弄されていると、突然笑い声が響いた。
太陽の下、校舎の上。高校生には思えぬ小さな人影が、腕を組んで私たちを見下ろしていた。
「幕開け早々から闘争などと! 我の目の紅いうちは許しておけぬ!!」
『とうッ!』と掛け声を上げて、小さな人影が屋根を降りる。空中回転。
眼帯、軍服、軍帽。明らかに学園のルールを逸脱した彼は、華麗にパルクールを決めながら、喧嘩を繰り広げる二人の間に割り込んだ。
「そこまでだ! 学園の規則に乗っ取り、許可なき闘争は───」
「死ねッ!!」
「ぶっ潰れろ!!」
再び衝突しようとする少年少女。
だが──
「む、無視!? ぐ、くぅ……ッハハ!」
狼狽える様に顔を伏せた少年は、取っ払うように笑みを浮かべると、眼帯を引きちぎった。
瞳が、赤く染まった瞬間に。
軍服の少年の両腕が、衝突の寸前だった両者を止めていた。
「なっ……!」
片方は斧の刃を白刃取りし、もう片方はメリケンの棘部分を上手に避けて拳を掴んでいる。
両者がどう動かそうとも、少年の手から獲物が離れる様子はない。それは即ち、両者と軍服の少年の間に、圧倒的な実力差があるという事だろう。
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【
『右手に獣を宿す』異能。所有者の身体能力を底上げするほか、使用時は黒いオーラを纏い、それをエネルギーとして放出する事も可能。所有者『桜小路唯月』は『地球外から飛来した異界生物を宿す力』だと信じているが、その事実は確認されていない。
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「狼藉は許さない。『
一瞬の静寂。
そして訪れたのは、溢れんばかりの歓声だった。
「きゃーーー!! 桜小路先輩かっこいい~~!!♡」
「流石『戦闘部』のエース!! くぅ~~~! あんなちいせえのに力強いぜ!!」
「……ほ、褒められるとちょっとよわ……」
桜小路、と呼ばれた人は首を振った。
「い、否! なんでもない! それよりも君たち、その顔は文句がある顔だろう!」
桜小路さんは、左右の少年少女へ声をかけた。
「ならばかかって来ると良いッ! 力を示せ、さすればよもやがあるかもしれん。この冥王アルシファルスが相手になろう!」
「……意味わかんねえ。けど癪に障んなァ……!!」
「は? なに? 中二病? むっかつくんですけどッ!!」
「はっははは!! いいぞ、我から精々逃れてみせろ───!!」
弾かれるようにして三人は距離を取り、二対一の闘争を始めた。
いつの間にか横にいた先輩は、彼らを間近で見るために移動していた。どうやら私は取り残されてしまったらしい。
「……」
濃いなぁ……。
「うぅ……」
じっちゃ、おい入る学校間違えだがもしれねぁ……。
思わず
───月桜学園は、世にも珍しい、異能力者・異種族を歓迎している学園だ。
戦っている少年少女も、仲裁に入った桜小路さんも、普通の人間とは根本的に異なる存在だ。
それはもちろんわかっていた。
でも、でも!
「初日からこんた目に遭うなんてぇ~~~~!!!」
思わず頭を抱え、舞い散る桜と一緒に涙を流す。
私の叫びを笑うように、再び広場の方からどんっという爆発音が響いてきた。
その時だった。
「ぇ……?」
ふと横に視線をやると、校舎の角に白いもこもことした何かが動いていた。
小さな体に、紫色のつぶらな瞳。間違いない。
それは、兎だ。
兎は、まるで最初からいたような自然さで、喧嘩を見つめていた。
何で兎がここに……いや、それよりも!
「ねえ、おいで! ここは危ないよ!」
私は兎の傍にしゃがんで、手を差し出した。
ここにいては、もしかすると戦いに巻き込まれるかもしれない。この学園にいる特別な人たちならまだしも、兎を放ってはおけない。
「あ、ちょっと!」
でも兎は私から目を離すと、どこかへぴょんぴょんと跳ねて行った。安全なところへ行ったのならいい。でも、向かった先が争いの中心という事もあるかもしれない。
私は思わず、兎を追いかけていた。
校舎の横を抜けて、草木をかき分け私たちは追いかけっこをする。いつの間にか争いからは遠のいていたけど、いつの間にか私の目的は兎を捕まえる事に変わっていた。
「まーーてぇ~~~!!!」
すばしっこい兎に、私は中々追いつく事が出来ない。
でも何とか足に力を込めて、一気に飛び込み、両手で兎を抱きしめた。
「いてて……もーだめだよ。危ないところから逃げたのは偉いけど、ここは山の中なんだから、君の事を食べる動物がいないとも限らないでしょ!」
兎は私の言葉が分からないというように、首を傾げ、耳をぴくぴくとさせるばかりだった。
ふと周りを見れば、辿り着いた場所は飼育所のようだった。少し離れたところに色々な動物の小屋がある。なるほど、この子はちゃんと自分の住処へ帰って来たらしい。
「───君、よく捕まえられたね」
ふと、声が響く。
振り返ってみれば、そこにいたのは長身の男の人だった。
私と同じように、制服の上に着込んでカーディガン。線の細い体からは男らしさというものを感じないが、不思議と硬い芯のような印象を受ける。
どこか気だるげな視線。左耳に空いたピアス。右手首に巻かれたチェーン、繋がった懐中時計。なんとなく困り顔が似合いそうな顔立ち。
そう、顔立ち。
この人、物凄く───
「イケメンだ……!!」
「……?」
凄い、超イケメン! しかも筋肉むきむきとかじゃなくてモデルみたい!
都会にはこんな人いるの!?
私の中のミーハーな乙女心が騒ぎ出している。
思わず兎を抱きしめてしまって、ばたばたと当たる足が少しだけ痛い。つい手を離してしまった。
「きゃっ」
「おっと。やれやれ……」
兎は彼の肩の上に飛び乗った。その様子があまりにも慣れていて、私の行動は余計だったのかと心配になったが、彼はそれを分かっているように笑みを浮かべた。
「良く捕まえられたね。この子って結構すばしっこいと思うんだけど」
「あっ、はい! ───私、兎を捕まえるのは得意なんです! 出身が秋田の方なんですけど、牧場の家だったので!」
元気に、私は笑顔で答えた。それは彼がイケメンだというのももちろんあるけれど、それ以上にまともな生徒に会うのが初めてでテンションが上がっていたからだ。
「その子、飼ってるんですか?」
「うん? ……うん、まぁそうだね」
彼は曖昧に頷くと、ゆっくりと頭を下げた。
「改めてこの子の事、ありがとう」
「いえいえ、当然のことをしただけです! その子、なんかさっき起きた喧嘩? の傍にいて、危なかったので」
「喧嘩……あぁ。また誰か暴れてるのか」
「……や、やっぱり結構起きるんですね」
「あはは、まぁね。『月桜』には色んな事情を抱えた子たちがくる。だから喧嘩なんかも起きちゃうんだよ」
そこで彼はふと目を見開くと、手首から下げていた懐中時計を開いた。
「……ねぇ君、そういうの聞くって事は新入生だよね? 多分、入学式そろそろだと思うけど……」
「あ」
急いで校舎の時計を見る。
八時五十八分。
入学式の開始まで、あと二分───!
「あーーー!? 忘れてた!」
私は急いで踵を返すと、体育館の方へ走り出す。
「ごめんなさいっ、それじゃあ私はこれで!」
「あ、待って! 君、名前は?」
「
ほとんど叫ぶようにして、私はその場を去った。
~~~~~~~~~~~~~
舞う桜のように可憐で、太陽の様に元気でもある。
「……」
獅乃、そう名乗った少女に対する彼の印象は、それだった。
「鈴代さんか」
肩の兎を撫でながら、彼は静かに呟く。
「あ、俺の方は名乗りそびれちゃったな」
ポケットに手を突っ込み、彼女の去っていく方向を見つめる。
一陣の風が吹いて、桜の花弁が頬を撫でる。
それはまるで、出会いを祝福しているようで───
「キュ」
「いて、いてて。髪引っ張らないで……」
変な事を考えるなという風に、兎は彼の髪を噛んだ。
噛まれた髪を整えながら、彼は呟く。
「……まぁいいや。多分あの子は──
こうして、少年と少女は邂逅を遂げた。
「最後の一年、楽しくなりそうだね」