「改めて自己紹介させてもらうね。俺の名前は二階堂エデン。銀狼隊の戦闘部、部長だ」
二階堂先輩は笑みを浮かべた。
正体を知った上で改めて接すると、柔らかな雰囲気は強者の余裕を感じさせる。
「ここに来てくれたって事は、俺の提案に前向きって事でいいのかな?」
「はい、もちろんです!」
「ありがとう。なら改めて内容の説明だ」
二階堂先輩の示した椅子に座り、先輩の説明を聞き始める。
「以前の君の行動、そして君の力は、きっとこの先の銀狼隊のためになると感じた。でもそういった素質はちゃんと磨かないと腐ってしまう事もある」
「だから二階堂先輩が指導してくれる、って事ですよね?」
「そうだね。自画自賛になるけれど、俺を師に持つ意味はとても大きいと思うよ」
私は先日の一件を思い出す。
銀狼隊の人やここあちゃんたちが束になっても敵わなかった相手を、あっという間に、それも一人で撃破して見せた二階堂先輩。
「……一つ聞かせてください」
「何かな」
「先輩から教われば、私は───もっと多くの人を救えますか?」
「救える力は手に入る」
二階堂先輩は目を細めて笑った。
「
「……はい」
私は立ち上がって、頭を下げた。
「元から断るつもりはなかったですけど、ちゃんと決まりました。よろしくお願いします!」
「よろしい。では、俺の事は二階堂先輩ではなく、師匠と呼ぶように」
「はい、師匠! ……ところでなんでですか?」
二階堂先輩……改め、師匠はピースした。
「───そっちの方がかっこいいじゃん」
「……」
私は無言でピースを返した。
うん、わかる。
せっかくならテンション上がる方が良いと思うし、関係性もはっきりさせておいた方が良いと思うしね?
「───おやおや。格好の良い呼ばれ方など、貴方なら慣れているでしょうに」
突然、竪琴を震わせたような透き通った声が響いて、私は咄嗟に入口の方へ振り向く。
そこにいたのは、メイドだった。
間違いなく瀟洒で白髪の、綺麗なメイドさんだった。
かつ、かつと音を出すのは、よくテレビで見るような
長いスカートとフリフリで構成されたメイド服は、クラシカルスタイルとは少し違う、アレンジの入った現代風だ。
腰まで伸びる白髪はまるで生糸のカーテンのよう。白磁器のような肌と、鮮血のような瞳のコントラストは、色彩の暴力と呼んでも差支えはないだろう。
その美しい人は私たちの程近くまで来ると、小さく首を傾げた。
「ねえ、『人類最強』? 『部長様』?」
「いやいや。知らない千人の羨望より、一人の後輩からの尊敬の方が嬉しいものさ。どちらも嬉しいけれどね!」
「相変わらずですね、二階堂様は」
口を開けず、上品に笑う。
「わぁ……わ……!」
私はマスコットみたいな声をあげて、思わずわなわなと震えてしまう。
その人は私の方へ視線を送ると、長いスカートを摘まみ、後ろで足を組んで挨拶をした。
「お初にお目にかかります。月桜学園三年、銀狼隊医療部所属のサーシャ・フロナ・アーノッツと申します。よろしければ、気軽にサーシャとお呼びください。以後、お見知りおきを!」
一番美形だーーーーーーーーー!!!
師匠やここあちゃんや燐世くんたちも美形だったけどその中でも飛びぬけて美形!!
え!? こんなに綺麗な人がいていいの!!??!?
「……」
サーシャさんは固まった私に対し、顎に手を当て少し考える素振りを見せると、姿勢を前にして、軽く握った拳を顎の下に当てて、
「は・じ・め・ま・し・て(ポーズ&ウィンクぱちーん☆)」
「きゃ~~~~~~~!!!!」
「こらこら、突然うちの弟子を悩殺しないの」
師匠が苦笑いを浮かべれば、サーシャさんは姿勢を正した。
「失礼。私は私の事が世界で
「いえ! 眼福でした!」
「あら。正直な方は好ましいです。私を見たくなったらいつでもおよびください」
『私を見たくなったら』なんて文言、初めて聞いた。
でも頷いてしまうほどの魅力がサーシャさんにはある。
「あれ、腕の腕章……風紀委員会? 銀狼隊じゃないんですか?」
ふと気づいて、私はサーシャさんの腕に通された緑色の腕章を指す。
先日の開幕祭で聞いたところによれば、それは学園風紀委員会の腕章だ。
「あぁ、これですか。少々特殊な事情で、私は銀狼隊と風紀委員会を兼任しているんです」
「どちらも仕事も両立する事を条件とした、本当に例外だけどね」
どうやら師匠は事情を知っているらしい。なるほど、サーシャさんはその条件を満たせるほどに優秀なのだろう。
私が頷いていると、サーシャさんは胸に手を当て言葉を続けた。
「さて、本題に入りましょう。私がやって来た理由は、鈴代様に徒手空拳の技術を教えるためと、異能による治療を行うためです」
「徒手空拳と治療??」
「ええ。二階堂様からの頼みです」
話のバトンが師匠にわたり、彼は頷く。
「鈴代さん。君がまずやるべき事は二つ。そのうちの一つは、自分の異能をちゃんと使えるようになる事だ」
「私の異能……」
「そう。異能の名前と内容は分かるかな」
「名前は
「初めて発現した後、自分で名づけたんだよね。いい名前だ。そして、いい異能だとも思う。」
師匠は頷く。
「───じゃあ、『変動させられない』ってその範囲は?」
「え?」
「行動を貫くというのは、他者の制限を受けないという意味なのか。それとも物理法則すら超えて理想の行動を行えるという事なのか。代償がある事は分かっているけれど、その代償は肉体の傷という形でのみ現れるのか」
「……分かりません」
「『異能を知る』という事は、そういう事なんだ。特に鈴代さんの場合、代償があるんだから、より知っておかなけれいけない。咄嗟に使った時、取り返しのつかない事態になりかねないからね」
思い出されるのは、やはり先日の事。
私は異能を使い、ここあちゃんを助けた。しかしその代償として全身に刃物で切り付けられたような傷が刻まれた。
その程度───とはとてもいえないけれど、その程度でよかった。もしもっと無茶を重ねていれば、私はたぶん命すらも代償に捧げていただろう。
「そして二つ目。……一つ聞いておきたいんだけれど、鈴代さんの志望は『戦闘部』でいいんだよね?」
「はい! 戦闘部ですっ」
「ならよかった。けれど戦闘部を志望するという事は、戦う技術が必要という事になるんだ」
「あっ」
そこで私は気づいた。
「徒手空拳と、異能による治療……」
「はい。だから、私なんです」
サーシャさんは歯を見せずに笑った。
「もし鈴代様が自らの異能を知る過程で、加減を間違えて怪我をしてしまっても、私の異能ならば治療が出来ます。同時に私は、徒手空拳による近接戦闘を得意としているので、鈴代様には私の徒手空拳の基礎をお教えしたいと思っています」
「単純な技術による白兵戦という意味なら、サーシャは銀狼隊でも随一だ。今の鈴代さんには最適な人材って訳さ。単純な知識や異能についてなら俺が教えられるけど、技術面や治療はそうもいかないからね」
適材適所だ。
専門家が傍にいるというのなら、かなり安心できる。
すると、サーシャさんは浅くため息を吐いた。
「そうもいかないというか……二階堂様。貴方、感覚派だから教えるのあまり向いていないのでは?」
「えぇそんな事ないよ。今回に関してはサーシャの方が向いてるだけさ」
「ではお聞きしますが、普段貴方はどんな風に戦っているのですか?」
「ばーんって跳んでぎゃどーんって蹴る」
「……」
なるほど。
段々と分かってきた。
師匠は、私と同じでポンコツ気味だ。
■
放課後、二階堂先輩のところへ行った獅乃と別れ、私───餅月ここあが向かったのは、学校内のコンビニだった。
(まさか学校内にコンビニがあるなんて)
理由は定かではないが、様々な事情に応えるため、学校内にコンビニが設置されているらしい。学食もあるし、筋トレ施設なんかもあるから、学園というよりまるで大学みたいだ。
『───先日、白月街で一般異能者による
「コンビニのディスプレイでそんな事まで……」
ニュースが流れてるのは理解できるけど、超常関連のが流れているなんて、流石は月桜学園。
そのまま私は、コンビニの物色を始める。
「カップ麺やお菓子だけじゃなくて、タオルとか化粧水まであるの……? 都会のコンビニってどこもこうなのかしら……」
私の故郷にもコンビニはあったが、地方だった事もあっておばあちゃんが経営者で、野菜とか売ってるタイプだった。
中でも私が注目したのは、スイーツコーナーだ。
「ガトーショコラに……タルト……!?」
え、都会のコンビニ凄すぎないかしら!?
だってどこにでもあるコンビニでこんなに手の混んだ物が買えるなんて!
「でもカロリー……」
思わず後ずさりしてしまい、その拍子に買い物カゴが揺れる。
カップ麺にチルド食品、コンビニ限定ジュースにグミ、etc……。
獅乃と食べようと思って何も考えずにカゴに放り込んでいたんだけど、ここにスイーツを追加するとなると私の乙女的な部分が崩壊してしまう。
私の思考を代弁するように、尻尾が左右に揺れていた。
(入学式後で忙しかったから、最近は鍛錬も出来てないし……)
「むむ、むむむ……」
───かたっ。
「ん?」
横から音がして、思わず振り向く。
「げっ……」
「げっ、て何よ」
「いや、別に……」
スイーツコーナーの入り口にいたのは、アルテンブルクだった。
どうやら彼も買い物に来たらしく、その手に握られていたのは、カップ麺とカロリーメイトだ。
「……アンタ、獅乃に栄養バランスの事言われたばかりでしょ?」
「わーってるよ……! それを言うならお前だってカゴ入れてるじゃねえか」
「私は買ったことなくて初めてだし獅乃と分けるからいいのよ」
「なんだその謎理論……」
アルテンブルクはそれでもカップ麺を手に取ると、一度だけ私に視線を送った。
「……ッ」
けれども何も言わず背を向けると、そのまま買い物を終わらせて店の外へ出て行いく。
「………………何よあれ」
もやもやする。
自他ともに認める正直者である私からすれば、アイツみたいな煮え切らない態度は看過できない。
(でも、感情のまま動くのは良くない)
入学式の日、悪口を言ってきた先輩の喧嘩を売ったのは、結果的に見ればよかったかもしれないけれど、あまり褒められない。
それにここでアルテンブルクを叱咤すれば、多分今度は獅乃に叱られる。
「そうだ」
私は呟くと、素早く会計を済ませてアルテンブルクを追いかける。
「待ちなさい!」
「あ? まだ何かあるのかよ……」
「ちょっとこっち来なさい」
「なんでだよ」
「いいから!」
私は彼の手首を掴むと、強引に引っ張り、移動を始めた。
木刀が回転して、空中をゆったりと飛んでいく。
アルテンブルクは軽々とそれをキャッチして、首を傾げた。
「……グラウンドまで連れてきてどういう事だ」
「アンタの表情、言いたい事があるのに黙っている人の顔だわ」
私は片手で木刀を握り、もう片方の手の人差し指を突き付けた。
「私の事が苦手なのか、事情が事情だけに緊張しているのかは知らない。でもこのままじゃ、獅乃や雨ノ宮くんに申し訳ないでしょ」
「……」
気まずい空気というのは伝染する。
私とアルテンブルクが不和のままでは、いつか四人グループは立ち行かなくなるだろう。
「それに、銀狼隊の紹介の時、アンタ以外弱いやつみたいになってた事も癪に障るわ。……だから私と───」
木刀を両手で握り直す。
「───模擬戦しなさい! お互いに溝があるのなら、違う言語で対話よ!」
「……わーったよ。正直俺もこのままじゃいけねえとは思ってたんだ」
彼は片手で木刀を握り、半身をフリーにした状態で腰を下ろした。
「受けてやる。
剣呑な雰囲気が私たちを包み、やがてどちらからともなく駆け出す。
内心で、私は笑みを浮かべた。
(
風圧にあおられてか、グラウンドの端に置かれたビニール袋がかさりと音を立てた気がした。