──『
そこは、颯町の外れに位置する個人所有の中型ビルだ。表向きはIT系企業のテナントだと偽っているが、実態は他の裏組織との密談や会議に使われる拠点である。
「武器融資の件はどうなっている」
「順調です。ですが、先日提示された料金よりも釣り上げられていて……」
「……足元を見やがって。なんとかならねぇのか」
「それが、もう価格交渉は受け付けないらしく……これ以上は取引を中止するのもやむを得ないとの事です」
「チッ、社会に巣くうゴミの分際で……!」
この日、彼らはビルに集まって会議を執り行っていた。
その時だ。
──突然、窓ガラスが爆ぜた。
「「「ッ!!?」」」
カランと地面に弾丸の転がる音。
その場にいた十数名が立ち上がり、無数の武器がそちらへ向けられる。
全員が警戒態勢。しかしその隙を突くようにして、今度は
突然の状況に誰も追い詰めない刹那、一人の少年が爆風と共にビルの中へと飛び込んでくる。
「なっ……ここは高層階だぞ!?」
『
少年は、着地するよりも前に呟いた。
「───蹂躙しろ、『
■
桜小路先輩の異能──
彼の右腕から黒いエネルギーが飛び出して、会議室を薙いだ。
「「「ぐわぁああああッ!!」」」
中央の大きな机もろとも吹き飛ばし、人が軽く吹き飛んでいく。
一瞬にして半数を倒された『
「温い!」
身を屈め、小柄な肉体を生かした疾走。
黒いエネルギーを纏った先輩は降り注ぐ弾丸の雨を真っ向から弾き飛ばし、一瞬のうちに大半を壊滅させた。
「くそッ、どうなってんだよォ!?」
一瞬にして戦力差を悟ったのだろう。
残った数少ない『
「ばぁっ」
「ッ!?」
その行く手を、扉の傍であらかじめ潜んでいた魔莉愛先輩が阻んだ。
「逃げちゃだぁ~め♡ 全員もれなくここで沈むのだー!」
魔莉愛先輩はウィンクと共に杖を構え、その先端が青色に淡く輝きだす。
それは、曰く『魔術』とは異なるこの世に存在する神秘の一つ──"奇跡論"という法だ。
============================================
【"
〇性質───近代魔術技法・西洋神秘
〇詳細───元来存在する魔術とは異なる『実用科学として魔法原則を研究すること』、あるいはその利用によって発生する神秘的現実改変の総称。近代魔術と称されることもあるが、その真の実態は伝承された使用者しか理解しえない。『異能』や『種族特性』とは違い、特殊な素養を必要としない技法。
============================================
「500
呪文にも設定にも聞こえる言葉の後、突如として会議室に散乱した椅子たちが宙へと浮いた。
しかし、その動きは若干遅い。『
「がッ……!?」
直前、窓の外から飛来したゴム製の弾丸によって獲物を落とした。
それは離れた建物からスナイパーライフルによってこちらを援護している瓜生先輩の一撃だった。最初の窓を割ったブラフも彼の一手だ。
「瓜生サンキュ~! そーらー!」
杖の動きに従い、浮遊した椅子たちは逃げ出そうとしたメンバーたちを押しつぶす。
雪崩のような椅子に潰され、『
「とらとらとらー!」
「我ら奇襲に成功せり、であるな」
物の数秒。
私にとっては一瞬として思えない間で、桜小路先輩たちは数十人を鎮圧して見せた。
「凄い……まばたきする暇もなかった……!」
「我々が班での行動を許されているのはこの連携力ゆえだ。それに、敵に異能者や異種族がいなければ自ずとこうもなる。……さて」
桜小路先輩は会議室を見渡す。既に『
彼は床に転がるメンバーの中から、一際上等な服装をした一人を見つけると、立ち上がろうとする彼の腕を踏みつけた。
「ぐっ……! お、お前たち、『銀狼隊』だな!? なぜこの場所が分かった!」
「『平和』というのはお前たちの想像以上に頑強なのだ。特にそれは乱す者に対して強く働く」
「言っている意味が分からない!」
「要するに、良からぬ事など考えるなと言っているんだ。お前が『
桜小路先輩は懐から手錠を取り出した。
「対異能者・異種族用の合金手錠だ。並みの身体強化能力者ならば捉える事が出来る。最も、お前たちには普通の手錠で良いだろうがな」
「……その思考が」
『
そして顔を上げ、目を見開く。
「その選民思考がッ!! 世界の滅びをもたらしているとなぜ理解できない!!」
握られた拳が地面を叩いて、リーダーは唾をまき散らしながら喚く。
「力の差があるから争いが生まれる!! 違いがあるから差別が生まれる!! 異種族も異能者も存在しない方が世界にとって何倍も平和だッ!! でなければッ、そうでなければ!!」
男は地面を搔くように、指を立てた。
瞬間、その腕が青白く光る。
「俺はいま頃、幸せだったはずなんだッ!!」
「ッ、こいつ──!」
上からのしかかる椅子と地面との間に、ぽっかりと空白が出来る。それは異能を発動させた男が加速して、入り口の扉へ突撃した事による影響だ。
リーダーの男は、さっき話題に上がった
桜小路先輩や傍にいた魔莉愛先輩も、反応が遅れた。
「──『
だから、扉に一番近かった私だけが、間に合った。
異能を発動させて、私の肉体が黄金色を纏う。
(願うのは、男に追いつけるだけの速度!)
扉に立ち塞がり、突撃してくる男と同等の速度を得る。
代償として、二の腕に痣のような赤黒い跡が刻まれた。
痛みを無視して、得た速度で男に立ち向かう。そして、相手の腕に触れた。
(そのまま、体重を利用して──!)
右腕を両手で掴み、腰を起点にして捻って上体を下げる。
「やぁっ!!」
「ぐぅッ!」
背中に男を乗せ、そのまま地面に叩きつけた。速度が加わった一本背負いは確かに威力に変わり、男は苦悶の声を上げながら再び地面へ転がる。
「抵抗はもうやめてください!」
「鈴代獅乃!! 動くなと──!」
私を制止しようとした桜小路先輩の声が止まり、その目の色が変わる。
理由はすぐに私にもわかった。
なぜならば、男はいつのまにか懐から拳銃を取り出していたからだ。
「餓鬼がっ、死ねぇッ!!」
引き金に手がかかる。
でも、私はそこから動こうとしなかった。
(動いたら、
それは、許してはいけない。
「諸々省略、
「っ、てめぇ!!」
魔莉愛先輩の杖から光線のような物が出て、男の手から拳銃が弾かれた。
悪態をつきながら男は、もう一度青色の光を纏う。それは異能を発動させる合図だ。
同時に、突然会議室の椅子の何個かが爆発した。
それは火炎だった。椅子が突然炎上したのだ。
「な、なんで突然っ」
「ちょっ、まじ!? ──瓜生ーーーーーーー!!」
魔莉愛先輩が叫んだ。
窓の外から一発の弾丸が飛んできて、私とリーダーの真横に着弾する。弾丸を中心として、まるで楔のような尖った物体が地面に食い込んだ。
瞬間、男の肉体の青い光は引っ込んで、爆ぜたはずの炎も元からなかったように消失した。
同時に私の体に宿っていた速度も消えてしまう。
「い、一体何が……」
「しののん、異能を使おうとしないで! 瓜生の弾丸は
============================================
【
『現実を補強する弾丸を作り出す』異能。『異能は現実を改変する力である』という理論の下、作り出した弾丸は、撃ち込んだ地点を中心として半径5Mの現実を補強する効果を持つ。補強された現実は異能・異種族などによる超常の現実改変の影響を受けない。
ただし地形に対して撃ち込んだ場合、無効化出来るのは外部に対して現実改変を行う異能・種族特性のみであり、身体強化能力者などに対しては直接撃ち込む必要がある。
異能の所有者、『瓜生斑鳩』は常に異能を利用するために組み立て式のスナイパーライフルを携帯している。
============================================
瓜生先輩の放った弾丸は、私とリーダーの男の異能、そして魔莉愛先輩の"奇跡論"を無効化したのだ。
「くそっ、どいつもこいつもッ!」
「動くな」
影が躍って、男の頭が一瞬ぶれる。それは肉薄した桜小路先輩の一撃による結果だ。男は脱力して、そのまま意識を失った。
後に残ったのは私たちのみ。
桜小路班は、突入から数分で一つの組織を壊滅させた。
「おわっ、た……ぁ」
私は思わずその場に座り込んで大きく息を吐いてしまう。
初めての実戦。初めての現場。イレギュラーはあったけれど、無事に終える事が出来た。
(……て、手は出しちゃったけど!)
「こら~~~!!」
魔莉愛先輩は両腕を上げながら、私に近づいて抱きしめてきた。
そして痣になっている腕を取って、頬を膨らませる。
「何やってるのー! 見学って言われてたでしょ! しかも『異能』まで使うなんて!」
「ご、ごめんなさい! でも逃がしちゃいけないと思って」
「単純な速度なら、最初の反応が遅れたところで唯月が追い付ける! それに外には瓜生だって待機してるんだから!」
魔莉愛先輩は怒りながらも、その"奇跡論"を発動させて私の腕を治療してくれる。
サーシャ先輩から受けるそれとは少し違う感覚に戸惑いながらも、痣は綺麗さっぱり消えた。
「これでよし。念のため戻ったら医療部の人に見てもらいなさい! それとこの事は二階堂に報告するからね!!」
「うっ、わ、分かりました」
「ほら、唯月も何か言ってよ!」
魔莉愛先輩はぷりぷりと怒りながら、桜小路先輩を指さした。
だけど彼は何も言わなくて、段々と差された指がへにゃる。
「唯月?」
「……お前、
そこまで言いかけて、桜小路先輩は首を振った。
「いや……そうだな。『見学』という身分であるのに手を出し、不確定要素を増やしたお前の行動は看過できない」
「……はい」
「だが、被害を出さないために動こうとする姿勢は悪くない。判断も早かった……」
頷く。
「安心しろ。この事で銀狼隊に入れなくなる事はない。だがこれが何度も続くようならそれもありえるからな」
「わ、分かりました!」
「ならば良い。支援部に連絡をして我々は撤収するぞ」
桜小路先輩背中を向けて、懐からスマホを取り出した。
「それじゃあ私たちも、外に出て瓜生と合流しよっか!」
「……」
「あれ、しののん?」
でも私は、少しの間桜小路先輩から目を離せなかった。
だって、この人は明らかに、何かを言いかけたから。
(一体、何を言おうとしたんだろう)
「しののーーん?」
「……そうですね、行きましょう!」
私は首を振って、魔莉愛先輩へついていく。
結局、その疑問が払しょくされることはなかった。