Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第五話『初任務』

 

 ──『H(ハウンド).T(トラッカー)』事務所。

 

 そこは、颯町の外れに位置する個人所有の中型ビルだ。表向きはIT系企業のテナントだと偽っているが、実態は他の裏組織との密談や会議に使われる拠点である。

 

「武器融資の件はどうなっている」

 

「順調です。ですが、先日提示された料金よりも釣り上げられていて……」

 

「……足元を見やがって。なんとかならねぇのか」

 

「それが、もう価格交渉は受け付けないらしく……これ以上は取引を中止するのもやむを得ないとの事です」

 

「チッ、社会に巣くうゴミの分際で……!」

 

 この日、彼らはビルに集まって会議を執り行っていた。

 その時だ。

 

 ──突然、窓ガラスが爆ぜた。

 

「「「ッ!!?」」」

 

 カランと地面に弾丸の転がる音。

 

 その場にいた十数名が立ち上がり、無数の武器がそちらへ向けられる。

 全員が警戒態勢。しかしその隙を突くようにして、今度は()()()()()()()()()()()

 

 突然の状況に誰も追い詰めない刹那、一人の少年が爆風と共にビルの中へと飛び込んでくる。

 

「なっ……ここは高層階だぞ!?」

 

 『H(ハウンド).T(トラッカー)』の意識はガラス窓へ向いていた。故に、乗り込んできた彼らに対して、明確に反応が遅れる。

 

 少年は、着地するよりも前に呟いた。

 

「───蹂躙しろ、『虚代獣(こだいじゅう)』」

 

 

 ■

 

 

 桜小路先輩の異能──理想塗れの虚代獣(ブラキウム・アナイアレーション)が発動する。

 彼の右腕から黒いエネルギーが飛び出して、会議室を薙いだ。

 

「「「ぐわぁああああッ!!」」」

 

 中央の大きな机もろとも吹き飛ばし、人が軽く吹き飛んでいく。

 一瞬にして半数を倒された『H(ハウンド).T(トラッカー)』たちは、それでも構えた銃を桜小路先輩に発砲した。

 

「温い!」

 

 身を屈め、小柄な肉体を生かした疾走。

 黒いエネルギーを纏った先輩は降り注ぐ弾丸の雨を真っ向から弾き飛ばし、一瞬のうちに大半を壊滅させた。

 

「くそッ、どうなってんだよォ!?」

 

 一瞬にして戦力差を悟ったのだろう。

 残った数少ない『H(ハウンド).T(トラッカー)』のメンバーは踵を返すと、部屋の入り口のドアへ我先にと走る。

 

「ばぁっ」

 

「ッ!?」

 

 その行く手を、扉の傍であらかじめ潜んでいた魔莉愛先輩が阻んだ。

 

「逃げちゃだぁ~め♡ 全員もれなくここで沈むのだー!」

 

 魔莉愛先輩はウィンクと共に杖を構え、その先端が青色に淡く輝きだす。

 それは、曰く『魔術』とは異なるこの世に存在する神秘の一つ──"奇跡論"という法だ。

 

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"奇跡論(Lex Spei et Miraculorum)"】[魔術類法]

〇性質───近代魔術技法・西洋神秘

〇詳細───元来存在する魔術とは異なる『実用科学として魔法原則を研究すること』、あるいはその利用によって発生する神秘的現実改変の総称。近代魔術と称されることもあるが、その真の実態は伝承された使用者しか理解しえない。『異能』や『種族特性』とは違い、特殊な素養を必要としない技法。

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「500C(キャスパー)色相(Hue)はトパーズ、ピッチ(Pitch)はシャープ、構成(Weave)はルーズ!」

 

 呪文にも設定にも聞こえる言葉の後、突如として会議室に散乱した椅子たちが宙へと浮いた。

 しかし、その動きは若干遅い。『H(ハウンド).T(トラッカー)』の一人は、拳銃を素早く構えて発砲し──

 

「がッ……!?」

 

 直前、窓の外から飛来したゴム製の弾丸によって獲物を落とした。

 それは離れた建物からスナイパーライフルによってこちらを援護している瓜生先輩の一撃だった。最初の窓を割ったブラフも彼の一手だ。

 

「瓜生サンキュ~! そーらー!」

 

 杖の動きに従い、浮遊した椅子たちは逃げ出そうとしたメンバーたちを押しつぶす。

 雪崩のような椅子に潰され、『H(ハウンド).T(トラッカー)』のメンバーは床に転がった。

 

「とらとらとらー!」

 

「我ら奇襲に成功せり、であるな」

 

 物の数秒。

 私にとっては一瞬として思えない間で、桜小路先輩たちは数十人を鎮圧して見せた。

 

「凄い……まばたきする暇もなかった……!」

 

「我々が班での行動を許されているのはこの連携力ゆえだ。それに、敵に異能者や異種族がいなければ自ずとこうもなる。……さて」

 

 桜小路先輩は会議室を見渡す。既に『H(ハウンド).T(トラッカー)』のメンバーたちは大体が気絶している。

 彼は床に転がるメンバーの中から、一際上等な服装をした一人を見つけると、立ち上がろうとする彼の腕を踏みつけた。

 

「ぐっ……! お、お前たち、『銀狼隊』だな!? なぜこの場所が分かった!」

 

「『平和』というのはお前たちの想像以上に頑強なのだ。特にそれは乱す者に対して強く働く」

 

「言っている意味が分からない!」

 

「要するに、良からぬ事など考えるなと言っているんだ。お前が『H(ハウンド).T(トラッカー)』の長だな」

 

 桜小路先輩は懐から手錠を取り出した。

 

「対異能者・異種族用の合金手錠だ。並みの身体強化能力者ならば捉える事が出来る。最も、お前たちには普通の手錠で良いだろうがな」

 

「……その思考が」

 

 『H(ハウンド).T(トラッカー)』のリーダーは、小声でつぶやき、拳を握った。

 そして顔を上げ、目を見開く。

 

「その選民思考がッ!! 世界の滅びをもたらしているとなぜ理解できない!!」

 

 握られた拳が地面を叩いて、リーダーは唾をまき散らしながら喚く。

 

「力の差があるから争いが生まれる!! 違いがあるから差別が生まれる!! 異種族も異能者も存在しない方が世界にとって何倍も平和だッ!! でなければッ、そうでなければ!!」

 

 男は地面を搔くように、指を立てた。

 瞬間、その腕が青白く光る。

 

「俺はいま頃、幸せだったはずなんだッ!!」

 

「ッ、こいつ──!」

 

 上からのしかかる椅子と地面との間に、ぽっかりと空白が出来る。それは異能を発動させた男が加速して、入り口の扉へ突撃した事による影響だ。

 

 リーダーの男は、さっき話題に上がった()()()()()()()()()()()()()使()()()()異能者だった。

 桜小路先輩や傍にいた魔莉愛先輩も、反応が遅れた。

 

「──『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』ッ!」

 

 だから、扉に一番近かった私だけが、間に合った。

 異能を発動させて、私の肉体が黄金色を纏う。

 

(願うのは、男に追いつけるだけの速度!)

 

 扉に立ち塞がり、突撃してくる男と同等の速度を得る。

 代償として、二の腕に痣のような赤黒い跡が刻まれた。

 痛みを無視して、得た速度で男に立ち向かう。そして、相手の腕に触れた。

 

(そのまま、体重を利用して──!)

 

 右腕を両手で掴み、腰を起点にして捻って上体を下げる。

 

「やぁっ!!」

 

「ぐぅッ!」

 

 背中に男を乗せ、そのまま地面に叩きつけた。速度が加わった一本背負いは確かに威力に変わり、男は苦悶の声を上げながら再び地面へ転がる。

 

「抵抗はもうやめてください!」

 

「鈴代獅乃!! 動くなと──!」

 

 私を制止しようとした桜小路先輩の声が止まり、その目の色が変わる。

 理由はすぐに私にもわかった。

 なぜならば、男はいつのまにか懐から拳銃を取り出していたからだ。

 

「餓鬼がっ、死ねぇッ!!」

 

 引き金に手がかかる。

 でも、私はそこから動こうとしなかった。

 

(動いたら、()()()()()

 

 それは、許してはいけない。

 

「諸々省略、構成(Weave)はシャープ!」

 

「っ、てめぇ!!」

 

 魔莉愛先輩の杖から光線のような物が出て、男の手から拳銃が弾かれた。

 悪態をつきながら男は、もう一度青色の光を纏う。それは異能を発動させる合図だ。

 

 同時に、突然会議室の椅子の何個かが爆発した。

 それは火炎だった。椅子が突然炎上したのだ。

 

「な、なんで突然っ」

 

「ちょっ、まじ!? ──瓜生ーーーーーーー!!」

 

 魔莉愛先輩が叫んだ。

 窓の外から一発の弾丸が飛んできて、私とリーダーの真横に着弾する。弾丸を中心として、まるで楔のような尖った物体が地面に食い込んだ。

 

 瞬間、男の肉体の青い光は引っ込んで、爆ぜたはずの炎も元からなかったように消失した。

 同時に私の体に宿っていた速度も消えてしまう。

 

「い、一体何が……」

 

「しののん、異能を使おうとしないで! 瓜生の弾丸は()()()()()()()()の!」

 

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夢見思考の弾丸は撃ち抜けない(ギャングウェイ)】[異能]

『現実を補強する弾丸を作り出す』異能。『異能は現実を改変する力である』という理論の下、作り出した弾丸は、撃ち込んだ地点を中心として半径5Mの現実を補強する効果を持つ。補強された現実は異能・異種族などによる超常の現実改変の影響を受けない。

ただし地形に対して撃ち込んだ場合、無効化出来るのは外部に対して現実改変を行う異能・種族特性のみであり、身体強化能力者などに対しては直接撃ち込む必要がある。

異能の所有者、『瓜生斑鳩』は常に異能を利用するために組み立て式のスナイパーライフルを携帯している。

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 瓜生先輩の放った弾丸は、私とリーダーの男の異能、そして魔莉愛先輩の"奇跡論"を無効化したのだ。

 

「くそっ、どいつもこいつもッ!」

 

「動くな」

 

 影が躍って、男の頭が一瞬ぶれる。それは肉薄した桜小路先輩の一撃による結果だ。男は脱力して、そのまま意識を失った。

 

 後に残ったのは私たちのみ。

 桜小路班は、突入から数分で一つの組織を壊滅させた。

 

「おわっ、た……ぁ」

 

 私は思わずその場に座り込んで大きく息を吐いてしまう。

 初めての実戦。初めての現場。イレギュラーはあったけれど、無事に終える事が出来た。

 

(……て、手は出しちゃったけど!)

 

「こら~~~!!」

 

 魔莉愛先輩は両腕を上げながら、私に近づいて抱きしめてきた。

 そして痣になっている腕を取って、頬を膨らませる。

 

「何やってるのー! 見学って言われてたでしょ! しかも『異能』まで使うなんて!」

 

「ご、ごめんなさい! でも逃がしちゃいけないと思って」

 

「単純な速度なら、最初の反応が遅れたところで唯月が追い付ける! それに外には瓜生だって待機してるんだから!」

 

 魔莉愛先輩は怒りながらも、その"奇跡論"を発動させて私の腕を治療してくれる。

 サーシャ先輩から受けるそれとは少し違う感覚に戸惑いながらも、痣は綺麗さっぱり消えた。

 

「これでよし。念のため戻ったら医療部の人に見てもらいなさい! それとこの事は二階堂に報告するからね!!」

 

「うっ、わ、分かりました」

 

「ほら、唯月も何か言ってよ!」

 

 魔莉愛先輩はぷりぷりと怒りながら、桜小路先輩を指さした。

 だけど彼は何も言わなくて、段々と差された指がへにゃる。

 

「唯月?」

 

「……お前、()()()

 

 そこまで言いかけて、桜小路先輩は首を振った。

 

「いや……そうだな。『見学』という身分であるのに手を出し、不確定要素を増やしたお前の行動は看過できない」

 

「……はい」

 

「だが、被害を出さないために動こうとする姿勢は悪くない。判断も早かった……」

 

 頷く。

 

「安心しろ。この事で銀狼隊に入れなくなる事はない。だがこれが何度も続くようならそれもありえるからな」

 

「わ、分かりました!」

 

「ならば良い。支援部に連絡をして我々は撤収するぞ」

 

 桜小路先輩背中を向けて、懐からスマホを取り出した。

 

「それじゃあ私たちも、外に出て瓜生と合流しよっか!」

 

「……」

 

「あれ、しののん?」

 

 でも私は、少しの間桜小路先輩から目を離せなかった。

 だって、この人は明らかに、何かを言いかけたから。

 

(一体、何を言おうとしたんだろう)

 

「しののーーん?」

 

「……そうですね、行きましょう!」

 

 私は首を振って、魔莉愛先輩へついていく。

 結局、その疑問が払しょくされることはなかった。

 

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