Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第六話『ハリライオンのジレンマ』

 

「聞いたよ鈴代さん。見学なのに『異能』を使って応戦したんだって?」

 

 『H(ハウンド).T(トラッカー)』との一件後、学園へと帰った来た私は、報告のために師匠の元を訪ねていた。

 

「有栖川から連絡があったよ。大事がなかったから良かったけど、危なっかしいって」

 

「うぅ、ごめんなさい……」

 

 申し訳なくなって頭を下げれば、師匠は柔らかく笑った。

 

「まぁ、気持ちはわかるし、お説教も済んでるみたいだしね。僕から言う事は何もないよ」

 

 「お説教苦手だし」と師匠は言った。

 正直、物凄く納得できる。多分この人は怒鳴れないタイプだ。

 

「むしろ聞きたいけど、実戦を経験してどうだった? サーシャから教わった格闘術は役立ったかな」

 

「はい! その、思っていたよりも体が動いた気がします……!」

 

 実戦を意識すると緊張していたけれど、いざとなれば想像よりもするりと格闘術を発揮する事が出来た。

 サーシャさんから毎日しごかれていた賜物だ。

 

「それは良かった。明日サーシャにも言ってあげてね。きっとアイツ喜ぶから」

 

「はい!」

 

「よろしい」

 

 師匠は満足そうに頷いた。

 

「何はともあれ、無事でよかった。初任務をちゃんと終えた鈴代さんには花丸と、このご褒美をあげよう!」

 

 にこにことしながら、師匠は私にジュースをくれた。

 顔がいい人がはしゃいでるのは健康にいいなぁ。

 

 ちなみにジュースはにんじんジュースだった。

 兎かな?

 

 

 

 

 

 

 

 寮への帰り道。

 部活動の生徒たちの声が響き、夕陽が通路を照らす中を歩いていると、私は角で柱に背中を預けている人を見つけた。

 

「……来たか」

 

 柱から体を離し、ゆっくりとこちらへ向き直った。

 声は届く程度の距離。真正面にその人は立つ。

 

「二階堂先輩への報告は終わったようだな。鈴代」

 

「桜小路先輩?」

 

 その人は、今日お世話になった桜小路班の班長、桜小路唯月先輩だった。

 

「私に何かご用ですか? あ、今日の事でまだ何かあったとか?」

 

「……一つ聞かせてほしい」

 

 桜小路先輩は腕を組んで、瞳を閉じながら言った。

 

「『H(ハウンド).T(トラッカー)』との交戦時、君はあやうく拳銃によって撃ち抜かれるところだったな」

 

「……はい」

 

「眉間を撃ち抜かれれば、いくら銀狼隊医療部といえど助ける事は出来ん。だがそうなる前に拘束を解いてその場から離れていれば、少なくとも被弾する可能性を減らせたはずだ」

 

 拳銃は私の額の傍に突きつけられていた。

 魔莉愛先輩が助けてくれなければ、確かに私は死んでいただろう。

 

()()

 

 先輩は言葉を区切って、はっきりと発音する。

 

()()()()()()()()()

 

「……」

 

「動けなかった、のではなく、動かなかった。『異能』を使って離脱する事も出来ただろうに、君は『H(ハウンド).T(トラッカー)』のリーダーを拘束し続ける事を選択したんだ」

 

「どうして、分かるんですか?」

 

「冥王アルシファルスを舐めぬ事だ」

 

 理由になってない理由を言って、桜小路先輩は笑った。

 そして顎で私を指す。

 

「聞かせてくれ。なぜ、君は離れなかったんだ。なぜ君は、それを選んだんだ」

 

「……」

 

 私は下を向いて、少し考える。

 明確に言葉にしてはなかった。でも、理由ならばはっきりと分かる。

 

「逃がせば、危ないと思ったから」

 

「なに?」

 

「あの人が逃げたら、そのまま人がいるところまで行って暴れるかもしれないし、そうじゃなくても犯罪者を逃がしてしまう事が許せませんでした」

 

「命が惜しくないのか」

 

「もちろん大事です! でも、あの時の私には、()()()()()()()が許せなくて……」

 

 おじいちゃんの遺志を継いで『いい人』でいるために。何よりもそれが良いと感じる私の心に従うために、私は人を救わなければならない。

 あの時リーダーを逃がしてしまう事は、それに反する行いだった。

 

「だから、動けませんでした」

 

「……そうか」

 

 桜小路先輩は、満足そうに笑った。

 それは納得がいったような声色を含んだ、息混じりの声で。

 

 だから。

 

 

 

「やはり君は──()()()()

 

 

 

「……え?」

 

 私はその言葉に、思考が止まった。

 桜小路先輩はそんな私を鼻で笑って、鋭い眼光を向けて来る。

 

 夕暮れ時に反射する赤い瞳は、まるで獣のよう。

 

「考えていた疑念が確信に変わった。鈴代獅乃、やはり()()は危険分子になりえる」

 

「ど、どういう事ですか!」

 

「貴様が桜小路班に同行する事となった理由。エデン部長はお優しい方だから見学だとしていたが……まどろっこしい事は嫌いだ。全て話してしまおう」

 

 私の驚きをそのままに、桜小路先輩は続ける。

 

「先日行われた銀狼隊会議の議題、その一つは貴様の入隊に関する事だ。我はそれに対し反対を申し出た」

 

「な……」

 

「それは先の『三合会』襲撃事件の事を聞いてから、ずっと貴様の事を危ういと感じていたからだ。それでもエデン部長の言う事だからと進もうとしていた貴様の入隊に待ったをかけ、我は桜小路班で様子を見る事を提案した」

 

「つまり、今回の『H(ハウンド).T(トラッカー)』の一件は私を試すために……?」

 

 桜小路先輩は頷いた。

 

「結果として、お前は見学であるにも関わらず異能を使用して応戦したな。それは良い。そんな事は銀狼隊志望ならいくらでもある事だ。みな正義感が強いからな。問題はその後だ。貴様は自分の命が危険に晒されようと任務を続けようとしたな」

 

 桜小路先輩の瞳が、強く開かれる。

 

「──危ういよ、お前は。普通はそんな事をしない」

 

「あ、危ういって!」

 

 私は思わず、否定するように腕を振った。 

 

「それの何が悪いって言うんですか!? 例え命を犠牲にしても、私は私の正しさを貫きたいだけです!」

 

()()そのものだよ。その考えは蛮勇に過ぎない」

 

 桜小路先輩は目を細めて続けた。

 

「お前はきっと揺るがないんだろう。例え誰かに否定されようとも、笑って未来を切り開こうとするんだろう。うるさい、ふざけるなと。諦念を否定して前に前に前に」

 

 でも、と。

 彼は言った。

 

硬すぎる意志というのは、刃物だ。あまりに鋭すぎると、寄り添う味方さえも傷つける。傷つけた後で、後悔を抱える羽目になる。……あるいは、傷つけた事にさえも気づかない。そして折れる時は、ぼっきりだ。鋭いから良く折れる」

 

「……それでも、私はッ」

 

「はッ、だろうな」

 

 桜小路先輩は吐き棄て、視線を逸らした。

 

「言っても聞かん事は分かってる。それに貴様の師匠(エデン部長)にも恩はあるしな。……チャンスをやろう」

 

 再び私を見る。

 

「貴様の見学期間が終わるまでにあと数日ある。この数日の中で、我に『銀狼隊に相応しい存在だ』と証明して見せろ。その性質を抱えていながらも、入れる意味があるのだとな」

 

「証明って……」

 

 そんなの、無茶苦茶だ。

 先輩の匙加減で、私の運命は決まってしまう。

 

「嫌ならばやめると良い。だがその場合お前は銀狼隊に入れない。入れないようにする」

 

「……本気なんですね」

 

「無論だ」

 

 桜小路先輩の口調は所々乱れていた。

 きっと、本音なんだろう。本気なんだろう。

 

 だったら、私だって本気で応えなければならない。

 

「……分かりました。やります」

 

「そうか」

 

「やってみせます! やり通してみせます!! 私にはやりたい事があるんです!!」

 

 拳を握って宣言した私に対し、桜小路先輩は興味がなさそうに視線を逸らした。

 そしてそのまま、振り返って道の奥へと消えていく。

 

 いつの間にか、夕陽は落ちていた。

 

「──精々頑張ると良い。鈴代獅乃」

 

 完全に姿が見えなくなって、私は息を吐く。

 そして下を向きながら、震えて呟く。

 

「……『覚悟がない』って言われたり、『覚悟決まりすぎ』って言われたり……」

 

 私は上へ拳を突き上げた。

 

「も~~~~!!!! 一体どっちなのさぁ~~~!!!」 

 

 虚しく、叫びは響いていた。

 

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