Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第七話『センパイ/コウハイ』

 

「──という訳で、いい方法があったら教えてください!」

 

 

「え、それで最初に尋ねて来るのが相手の懐刀?」

 

 

 突然、教室へやってきた私に対して、魔莉愛先輩は口をあんぐりと開けた。

 

「だ、駄目ですか?」

 

「おもしろ~~~~!!!!」

 

 いいみたいだ。

 

「この前『何かあったら言いな』と言ってくれたので!」

 

「ド天然? 超ウケるね」

 

 魔莉愛先輩はくすくすと笑っていた。

 そのまま私たちは、廊下に壁を預けながら会話する。

 

 魔莉愛先輩は銀狼隊の活動時ではないからか、魔法使いのようなローブも帽子も被っていなかった。普通の制服姿で、長い金髪は纏めず下に降ろしている。

 

「んで、なんだっけ。唯月に『覚悟きまりすぎ~』って言われたんだっけ?」

 

「そんな軽い口調ではなかったですけど、そうです。──強すぎる意志は刃物で、だから私は銀狼隊には相応しくないと」

 

 ざっくりとだけど、こんな感じだった。

 魔莉愛先輩は考えるように顎に手を当てた。

 

「強すぎる意志は刃物ねぇ。いかにも唯月の言いそうな事だ」

 

「私は一体どうすればいいんでしょうか。銀狼隊には入りたいですけど、意志を曲げたくはありません。でも、それじゃあ桜小路先輩を説得は出来ない……」

 

「ふぅむ。しののんは、人を助けたいんだっけ?」

 

「はい。誰かを助けて、()を紡いで、()()を守れる『いい人』になりたいんです」

 

 それはおじいちゃんの遺志だ。

 『いい人』を貫くために、私は世界を肯定しなければならない。願いは叶うのだと、自分の生きざまで証明しなければならないのだ。

 

「別に私、命令を聞けないとか協力できない訳じゃないと思うんです。この前のあれは咄嗟にそう判断しちゃっただけで……」

 

「──そういう事かぁ」

 

「え?」

 

「んーん! なんでもにゃ~い」

 

 魔莉愛先輩はウィンクをしながらおどけて見せた。

 気になったけど、そう言われた以上追及は出来ない。

 

「でも、そっか。しののんは、人間が大好きなんだね」

 

「……そうですね。多分そうなんだと思います」

 

 『いい人』になりたいという願いと同じぐらい、私は夢と希望を肯定したいのだ。

 

「ふふ」

 

 妙に腑に落ちた魔莉愛先輩の言葉に笑みを浮かべれば、先輩はゆっくりと掌を顔に当てる。

 

「……………………エッモ……ッ」

 

 泣いていた。

 

「ってええぇえええ!? 大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫大丈夫……! これギャルの発作みたいなものだからァ……!」

 

「ぜーーーったい違うと思いますけど!」

 

「あ、ありがと。犬のイラストかわい。ぐすぐす……」

 

 思わずハンカチを手渡せば、魔莉愛先輩は目元をそれで拭いた。

 『洗濯して返すから』と言うと、そのままなぜか静かになってしまう。

 

「……」

 

「えっと、魔莉愛先輩?」

 

「いいじゃんいいじゃんそういうの~~~~!!!」

 

「わぁっ!?」

 

 抱きしめられて頬ずりされた。

 不快感とかはないしむしろ感触が柔らかくて最高だけど、とにかく驚いてしまって。

 

(ていうか、注目あびちゃってるし!)

 

 白昼堂々廊下で抱き合っている女子二人に対する世間の目(というか生徒の目)は冷たかった。

 けれど、魔莉愛先輩は楽しそうだ。

 

(ならまぁ、いいかな?)

 

 ※多分良くはない。

 

 少しの間頬ずりを受けていると、魔莉愛先輩は息を吐きながらゆっくりと顔を遠ざけた。

 でもまだ半分ぐらい抱き着いた状態だ。

 

「いやぁ~~~~、ふふ。良かった。私しののんの事嫌いはなれないなぁ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「私は基本的に唯月の味方だからさ。心理的にあの子に寄っちゃうし、少し意地悪してしののんにはアドバイスしなくてもいっかなぁなんて思ってたんだけど」

 

 魔莉愛先輩は優しい笑みで、割と怖い事を言った。

 思わず体が強張るけど、「でも」と魔莉愛先輩は続ける。

 

「そんな風に素敵な事を言えるしののんを放ってはおけないなぁって。よし、特別に私の事をあだ名で呼ぶ権利をあげよう!」

 

「えぇっ、あだ名ですか?」

 

「ほらほら、かもんぬ」

 

 手招きする魔莉愛先輩。 

 私は少し悩んで、絞り出した。

 

「………………まりちゃん!」

 

「きゃわ~~~~!!♡ よし、それでいこう!」

 

「はい! まりちゃん!」

 

 絞り出した割には良い感じかも!

 意見が合致した私たちはハイタッチをした。

 

「私、人の事をよくあだ名で呼ぶけど、あだ名で呼ばせることはあんまりないから誇っていいよ。銀狼隊の人と見習いみたいな曖昧な関係性じゃなくて、ちゃんとセンパイコウハイになった証」

 

「ありがとうざいます?」

 

「まっ、それは置いておいて。さっき言った通りしののんにエモ感じちゃった訳だし、一つアドバイスしてあげる」

 

 先輩は人差し指を立てた。

 

「──唯月は何も、しののんに無茶を言ってる訳じゃないよ。乗り越えられるかな、乗り越えられたらいいなと感じてるから、証明しろなんて言い出したの」

 

「桜小路先輩は、私が乗り越えられると思ってる……?」

 

「うん。あの子は曲がりなりにも銀狼隊の班長だからね。下の子を見る能力はあるよ。これは無理難題じゃなくて、試練だと捉えればいいんじゃないかな」

 

「試練……なるほど」

 

 確かに、私は今まで解決策のない問題を解かされている気分だった。

 けれど試練──いつか乗り越える事が前提の事なんだとしたら、随分気持ちは楽になる。

 

「なら、まずは色々とやってみる事が大切ですかね」

 

「そうだね。しののんなりの答えを示し続ければ、唯月だってきっと納得してくれるよ。……多分ね」

 

「分かりました!」

 

 私は力強く頷いて、頭を下げる。

 

「まりちゃん、相談のってくれてありがとうございました!」

 

「うんうん、また困ったら何でも聞きな」

 

「はい!」

 

 私はそう言い残して、廊下を進もうとする。

 でも気になる事が一つ残っていた。

 

「あの、まりちゃん。さっき私の事、『嫌いじゃない』って言ってましたけど」

 

「うん?」

 

「好きにはなってくれないんですか?」

 

「え”っ」

 

 喉の奥から滲んだ声がでて、まりちゃんは口を手で抑えた。

 

「あ、も、もちろん先輩後輩としてですよ!?」

 

「………………………………よね!」

 

 これはあくまで、センパイコウハイ関係ならもっと仲良くなれるのでは、という意味だ。

 

 するとまりちゃんは顔を赤くして、口元の歪みを手で必死に戻そうとしていた。

 それでも駄目だったのか諦めて、こちらにジト目を向けて来る。

 

「人たらしめぇ」

 

 そして、人差し指をぴしっと立てた。

 

「次なにかあったら、()()()()()()()()()()()()()

 

 それは何よりも明確な、答えだった。

 

 

 ■

 

 

 ──その日の任務は、隣町で起きた異能者の暴走を止める事だった。

 

「うがーーー!! こうも数が多いと本人にたどり着けないよぅ!」

 

「感情に任せて"奇跡論"を使うなよ。相手は民間人だ」

 

 会話を交わし合うまりちゃんと瓜生先輩。

 そこに桜小路先輩と私を加えた四人は、住宅街の中心で、分身する民間人と戦っていた。

 

「がッ、ああああああ!!」

 

「ふえるふえるふえるふえるふえるうううううううう」

 

「オレが本体だ!」「いやボクだ!」「アタシよ!!」「私だ!!」「我だ!!」「ワシだって!!」「僕も!!」「俺様が!!」「自分ですよ!!」「わちきじゃ!!」「うちだって!!」「某の方だ!!」

 

============================================

乱々反射(スパンコール)】[異能]

『分身する』異能。自分と少しだけ違った『自分』を生み出す異能。生み出された『自分』もまた同様の異能を持つ。生み出された『自分』は平行世界のありえた本人であるとされている。

============================================

 

「ただの『異能』の暴走なのになんで襲ってくるんですか!?」

 

「獣人は往々にして凶暴な本能を併せ持つ。錯乱状態でその本能が刺激され、自分を含めた人間全てを傷つける状精神状態に陥っているのだ」

 

 上下左右を埋めるその民間人には、ここあちゃんのような黒い尻尾と耳が生えていた。

 性別も顔も骨格も一人一人違うのに、遺伝と思われる獣部分や顔立ちなんかは妙に似ていて。

 彼らは()()()()()()()()たちだ。

 

「これで暴走事故は今月三件目……一体最近どうなっている……」

 

 桜小路先輩は悪態をつきながらも,襲い掛かる民間人の攻撃を避けるばかりだった。

 

(相手は民間人……先輩たちは異能を無暗に使えない!)

 

 犯罪者ならばいざしらず、今回の相手は民間人。

 周囲には行政を統制する警察や、支援部の人たちだっている。こっそり異能を使う訳にもいかない。

 

 だから私たちは今、まりちゃんの""奇跡論""で作られた半透明のシールドの内側で耐えている。

 

「本人さえ気絶すれば分身は消えるのに~!」

 

「地道に探すほかないだろう。この百に及ぶ分身の中からな」

 

 桜小路先輩はそう言いつつ、周囲に視線を巡らせる。

 

「分身能力には往々にして付きまとう問題だが、既に本体と分身との境目が曖昧な可能性すらあるな。避ける事を徹底しなければ」

 

「瓜生っ、一回『弾丸』やってみてよ!」

 

「無駄だ」

 

 瓜生先輩は顔を顰めた。

 

「通常の分身能力者ならばそれでいい。だが今回厄介なのは、()()()()だという事だ。分身と呼称してはいるが、その実態は平行世界の本人」

 

「その上、分身能力者は暴走時本人と分身の境目が曖昧になる。その状態で斑鳩の『異能』を使えば、本体すら消し飛ぶかもしれん。正確に言えば、どれが本体として残るか分からない」

 

 もし仮にこの世界の人が消し飛び、平行世界の人が残ってしまえば、それはもう別人だ。ただ同一の存在というだけの。

 

「そ、それって」

 

「『死』、だな」

 

 もちろんそれは可能性の話なのだろう。

 でも、民間人を殺す可能性があるのに、異能は使えない。銀狼隊はそういう組織だ。

 

「もっとも、事前情報で『本人』の外見的特徴は分かっている。問題は傷つけず気絶させる方法だ」

 

 異能を使えば『本人』に手を届かせることは簡単。でも、それだけの事を起こすには余波が必ず付きまとうのだ。

 私は拳を握って、考えた。

 

(みんな困ってる……それにこの人、苦しんでる)

 

 私は分身能力者を見た。

 誰もが顔を歪め、自分の力に振り回されている。

 

(抗ってるんだ。頑張ってるんだ)

 

 苦しみは、抵抗と努力の証。

 私はそれを肯定したい。

 

(なら、私がすべきなのは!)

 

 こうして動けないまま誰かに任せる事ではなく、動く事。

 でも、無断では動かない。私は意志を飼いならさなければならないのだから。

 

「桜小路班長!」

 

「……なんだ」

 

「『異能』を使わせてください」

 

 桜小路先輩は、心底嫌そうな顔をした。

 この人だって、分かっているのだ。分からないはずがない。

 この状況において、最も『異能』が役立つのは私だと。

 

「私の『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』なら、本人を傷つけず気絶させられます」

 

「……」

 

 桜小路先輩は、一瞬だけまりちゃんと瓜生先輩を見た。

 二人とも、ゆっくりと頷く。

 

「いいだろう。『本体』はこれだ」

 

 桜小路先輩はそう言って、資料を見せてくれる。

 葵耳飾りに、尻尾にはスカーフ……うん、これなら大丈夫そう。

 

「鈴代獅乃、これを使え」

 

「っと」

 

 瓜生先輩が投げ渡してきたのは、注射器だった。

 

「鎮静剤だ。医療部から拝借しておいた。それを使えば異能以上に確実に気絶させられる」

 

「ありがとうございます!」

 

「お前が使う方が合理的だと判断したまでだよ」

 

 注射器を握って、私は視線を巡らせる。

 無数に空間を行きかう獣人。──その中に、資料で見たのと同じ人を見つける。

 

「っ、バリアの解除お願いします!」

 

「カウントダウンでいくよ! 3……2……1ッ!」

 

 半透明のバリアが消え失せて、その瞬間、邪魔が消えた獣人たちは一斉に飛び掛かってきた。

 

「『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』!」

 

 私の肉体が加速する。視線を定めていた『本人』へ一瞬で肉薄して、私は勢い良く抱き着く。

 そして注射器を握り直すと、そのまま首筋に鎮静剤を流し込んだ。

 

「アアアアァッ、ァアアアアア!」

 

「落ち着いてください! 大丈夫、大丈夫ですから……っ!」

 

「アァアッ……アア……」

 

 段々と腕の中で動きが鈍くなる。

 目蓋が完全に落ちる瞬間、視界を埋め尽くしていた分身たちが、元からいなかったように消滅していく。

 

「よしっ! ナイスしののん!」

 

「及第点だな」

 

「ありがとうございます!」

 

 まりちゃんと瓜生先輩に感謝しながら、私は民間人を地面に降ろす。

 同時に場の緊張は解けて、警察や支援部の人たちが事態の後処理に動き出した。

 

「なんとかなって、よか──」

 

 ──どくんッ

 

「ッ!! ごほっ、ごほッ!!」

 

 突然、心臓が縮むような感覚があった。

 同時に息が苦しくなって、脈が不自然に早くなった。

 

「しののん!」

 

「異能のっ……代償です……!!」

 

「待ってね、いま処置するから!」

 

 胸を中心とした節々もずきずきと痛む。

 心臓の鼓動がいつもよりリアルに感じられて、凄く気分が悪かった。

 

 早い時と普通の時が行ったり来たりして。息も苦しいし、汗もかいてきた。

 それでもまりちゃんは"奇跡論"で治療をしてくれて、ようやく少しずつ落ち着いてくる。

 

「っは……! 大丈夫に、なってきました……」

 

「よかったぁ。今回の代償はそういう感じなんだね」

 

「色々あるみたいなんです。前は腹痛とかもありました」

 

 『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』は私の力を超えた行動をした際、代償を必要とする。受け入れる覚悟はいつでもあるけれど、いざ起きれば苦しいものは苦しいのだ。

 私は息を整えると、桜小路先輩に向かってピースをした。

 

「どうですか! 先輩! 私ちゃんと言う事聞いて、連携取れましたよ!」

 

「……そうだな」

 

「私だって、銀狼隊で戦えます!」

 

 ちょっと不自然かもだけど、笑顔を浮かべて、私は力強く言い放つ。

 それに対し、桜小路先輩は笑って。

 

「今回は見事だった。あのままでは消耗戦になっていたし、大きく損害を出さずに事件を解決できたのは鈴代の活躍が大きい。前回と違い許可も取っていたしな」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「ああ」

 

 桜小路先輩は頷く。

 

「──()()()()()()も頑張ってくれ。まだまだチャンスはある」

 

「……へっ?」

 

「撤収するぞ。鈴代は後で医療部に見てもらうように」

 

 そう言い残して、桜小路先輩は軍服を翻し、車の方へ向かっていった。

 その様子を見ていた瓜生先輩が近づいてきて、私の肩を叩く。

 

「ドンマイ」

 

 彼もその後に続いた。

 まりちゃんは、苦笑いを浮かべながら、ぽんぽんと私の頭を撫でる。

 

「あはは、駄目だったねぇ」

 

「……う」

 

 私は涙目になりながらまりちゃんに抱き着いた。

 

「上手くいったと思ったのにぃ~~~~!!」

 

 

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