Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第八話『ライトノベル』

 

「ねえ唯月?」

 

 桜小路班、班室───通称、『桜屋敷』

 それは彼らに与えられた、主に会議や準備を行う建物。

 

 学園の森の奥に存在し、元々は大人数で会議をする際などに使われていた建物だが、新しい基地が出来た事で意味を失った。現在では桜小路班が使用しているのと、時々祝い事で大広間を使うぐらいである。

 鈴代獅乃が初日に訪れた場所こそが、ここだ。

 

 有栖川魔莉愛は、ソファで足を組む桜小路唯月の上から顔を覗かせた。

 

「アンタ、ちょっとしののんに厳しすぎない? 結構頑張ってると思うんだけど~」

 

「そうだな。努力はしていると思っている」

 

 突然上に現れた顔に驚かず、童顔に似合わない力強い声で唯月は答えた。

 

「逆に聞くが、お前は入れ込みすぎではないか? 随分と仲がいいじゃないか」

 

「アタシとしののんはもう普通に先輩後輩だもん~。今度服買いに行くし!」

 

「私情を挟むのはどうなんだ」

 

「私情ってほどじゃないわよ。ただ、アンタが厳しい分、一人ぐらいは味方がいなきゃでしょ?」

 

 自分が特段厳しい自覚はあるのだろう。唯月は返事をしなかった。

 

「何も甘くしろって言ってるんじゃなくて、何を求めているかぐらいは教えてあげてもいいんじゃない? 相手は新入生よ」

 

「新入生だからといって優しくする理由はない。この学園にやって来る者の事情は千差万別だ。であるならば、一介の高校生として扱う方がむしろ不適当だろう」

 

「でも新人候補には変わりないわ」

 

「そこで折れるのならばその程度だったという事だ」

 

「えぇ~?」

 

 不服そうに口を開いて、魔莉愛は唯月の耳を引っ張る。

 煩わしそうにそれを払うと、唯月は部屋にいるもう一人の人物へ声をかけた。

 

「斑鳩。お前はどう考えている」

 

「私の意見などどうでもいいでしょう。この件は二階堂エデンから唯月さんが請け負った案件のはず。そこに()()()の意見など必要ありません」

 

 妙にそこを強調した瓜生に対し、魔莉愛は目を細めた。

 

「……何が言いたいのよ」

 

「"奇跡論"なんていうトンチキな技術を扱う女は、頭が軽そうでいいなと思っただけだ。暇なら勉強の一つでもしたらどうだ」

 

「アンタだって銃弄ってるだけじゃない!」

 

 胡坐をかいた瓜生の足元。シートの上には銃の部品が並べられていた。

 ガシャガシャと音を立てる。

 

「俺は自分の仕事道具を弄っているだけだ。そういうお前は役に立たない棒きれの手入れはいいのか(笑)」

 

「むき~~~~!!」

 

「やめないかお前ら」

 

 唯月の静止が入り、二人は一旦にらみ合い程度に落ち着いた。

 

「斑鳩。言いたい事は分かるが、俺はアドバイスを必要としている。それは魔莉愛の意見も一理あると感じているからこそだ。だからこそ、同じ班員としてお前の意見も聞きたい」

 

「……唯月さんがそうおっしゃるのであれば」

 

「うわっ、出た。唯月大好き男」

 

 瓜生はその言葉を無視して、考えるように目を閉じる。

 

「意見を求められてなんですが、これ以外言えません。……有用なら良い。無能なら無しです。その点でいえば、鈴代獅乃は無能ではない。『異能』も成長すれば稀に見るレベルで強力になるでしょう」

 

「精神性についてはどうだ」

 

「管轄外ですね。知っているでしょう、唯月さん。──俺の価値判断基準は、()()()()()()()()()か」

 

 瓜生斑鳩はリアリストである。

 必要なのは感情論ではなく、研ぎ澄まされた合理性。地に足付けた確立された理論と現実を愛する。

 

 その点が強すぎるからこそ、現実の反対である空想──その象徴であるような、『奇跡論(近代魔法)』を扱う魔莉愛とは相性が悪い。

 

「性格や感情は二の次です。それを判断するのは俺ではなく、鈴代獅乃の精神性を危惧している唯月さんでしょう。誰かに意見を求める事ではないと思いますが」

 

「……そうだな。お前の意見はもっともだ」

 

「アタシは全然いいと思うけどね!」

 

「有栖川の意見も間違ってはない。そも、これは正解のない問いだ」

 

 重要なのは、桜小路唯月が納得できるかどうか。

 

「鈴代獅乃は、()()()()()()んだよ。『夢』と『希望』という誰にでも共感できる理念を信じ、その上であの人柄」

 

 唯月は魔莉愛を親指で指した。

 

「見ろ。緩そうに見えて全然ガードの硬い有栖川がもうこのざまだ」

 

「なるほど、確かに」

 

「え。いま罵倒した?」

 

「人とすぐに仲良くなり、心を救ってしまうあいつは、まるでライトノベルの主人公だ。きっとアイツはこの先もそれを貫き続ける」

 

 内容は明るくとも、そう語る唯月の表情は、暗い。

 

「だが俺は知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならばこそ、傷を最小限に防がなければならない。アイツの芯は些か強すぎるのだ」

 

 転ぶのなら、軽い転び方を。

 理想を貫いて、貫いて、貫いて貫いて貫いて貫いて──その先に待っていたのが深い絶望だとしたら、行く末は死か、死よりも恐ろしい絶望だ。

 

「それに、折れなければ、いつかアイツは────」

 

 その言葉を聞いて、魔莉愛は分かっていたように視線を逸らし、瓜生は目を見開いた。

 

「あぁ……なるほど。確かにそう考えた方が合理的だ」

 

「否定できない。そうなった人間たちを、私たちは何度も見てきたもの」

 

 彼らは銀狼隊。

 学生だとしても、何度も生死の境を彷徨ってきた者たち。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「エデン先輩はその辺を併せのんでいるみたいだが、俺はそうなるぐらいならば事前に防ぐ」

 

 唯月は立ち上がり、拳を握る。

 その瞳が、赤く輝いていた。

 

「とはいえ、鈴代獅乃はそう簡単に変わらんだろう。だから、()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、もしくは()()()()()()()()()()()()、だね」

 

「ああ。……出来る事なら、後者を望みたいが、どうだろうな」

 

「多分前者でしょう。ああいう|質(たち)は直面しなければどうにも」

 

「だろうな。だが、生半可ならば認めん」

 

 有栖川魔莉愛は、その言葉に半分呆れながら笑った。

 瓜生斑鳩は無表情のまま、それでも言葉を肯定して。

 

 最後に、桜小路唯月は目を細める。

 

「──我が一番、強さを貫く事の難しさを知っている。故に、我がその判決を下さなければならぬのだ」

 

 

 ■

 

 

 桜小路唯月は、北海道出身の少年だ。

 身長は同年代に比べて低く、また童顔である事もあってか、中学生の頃は小学生だと勘違いされていた。

 

 親は一人だけ。

 ギャンブル中毒だった父親は死んで、母親はまだ父親の事を忘れられず、常に幻覚を見ながら過ごしている。生活は祖父の残した遺産だより。

 

 そんな彼は、内気な性格もあいまってか、小さい頃から虐められがちだった。

 

「──何これw」

 

「あっ」

 

 中学校からの帰り道。

 唯月は読んでいたライトノベルを、クラスの虐めっ子たちに取り上げられた。

 

「うわ! すげえ恰好! 変態じゃん!」

 

「こんなの読んでんの!?」

 

「お前キモっ!」

 

 挿絵を開きながらの罵倒。この年齢の少年たちにとっては、ライトノベルの挿絵というのは刺激が強かった。

 でも、間違いなく唯月はそれが好きだった。笑ってしまうような空想が好きだった。

 

「ぁ……うん、へへ。そう、だね。読むのやめるよ……」

 

 でも、唯月は笑って同調した。

 抵抗するのは怖かった。殴られたり罵声を浴びせられるのが嫌いだった。

 

「……なんだよつまんねェ」

 

「いっ”つッ!」

 

 手に持ったライトノベルで叩かれた。

 乾いた音がして、唯月は雪の中に転がる。

 

「おい、もういこうぜ!」

 

 いじめっ子たちは興味を失って、ライトノベルを雪の中へ放り込んだ。

 さくりと音を立てたライトノベル。

 

「はは……は」

 

 こうして抵抗しなければ、必要最低限の怪我で済む。だから唯月にとってにへらと笑うのは癖みたいなもので。

 唯月は、静かにライトノベルを拾い上げる。

 雪のせいで湿っていて、乱暴に扱われたせいか紙は所々千切れていた。

 

「ごめんね……ごめんね……」

 

 唯月に出来るのは、ただ本に謝る事ばかりだった。

 

「た、ただいま……」

 

 唯月は家に帰った。あまりいたくはないけれど、外は雪で寒くて死んでしまうから、仕方なく帰ってきた。

 

「唯月! 帰ったの!! 帰ったら早くお父さんに挨拶しなさいッ!!」

 

 家の奥から怒号が飛んでくる。

 体が縮こまって、手が震えるのが分かった。でもそのままにしていたらもっと酷くなるから、唯月は家の奥へ進む。

 

「お、お父さんただいま! 今日も学校楽しかったよ!」

 

 唯月が声をかけたのは、誰もいないからっぽ居間だ。

 でもまるでいるかのように、今日あった事を話していく。そうしないと、母親に殴られるから。

 

 すると、母親が唯月の顔の痣に気づいた。

 

「唯月、アンタ怪我したのかい?」

 

「っ、えっと」

 

「どんくさい子だねッ! アンタが悪いんだから自分で治療しな!」

 

「……はい」

 

 頭上から降る怒号。だから唯月は、ライトノベルを握り締めて頷くばかり。

 

「ほらお父さん。唯月が色々話してくれてますよ~」

 

 返ってくる言葉はない。

 

 ──ドギャッ!

 

「あガッ……!」

 

「アンタの話がつまらないからお父さん返事をしないじゃない!! 謝りなさい!!」

 

「ご、ごめんなさっ」

 

「ほらもっと!! そんなの持ってる場合じゃないでしょ!!」

 

「あっ!!」

 

 手を払われて、ライトノベルがぐしゃりと転がった。

 思わず視線がそっちに向いて、それが癪に障ったのか母親は唯月の髪を掴む。

 

「いたいッ、痛いよぉッ!!!」

 

「うるさい! ほらこうしなさい! 土下座ァ!!」

 

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 無理矢理床に叩きつけられて、唯月は謝った。 

 何が悪いのか、誰が悪いのか、何をすればいいのかも分からないままに。

 

 ただ唯月は、転がったライトノベルだけが気がかりだった。

 

「捨ててきなさい! そんな物があるからアンタは駄目になるのよ!」

 

 

 ■

 

 

 ライトノベルを読んでる時だけは、嫌な事を忘れられた。

 ライトノベルは全てを教えてくれた。

 

 夢も希望も、理想も非現実も、全部全部ライトノベルが教えてくれた。

 

「いいな……凄いなぁ」

 

 そのとき読んでいたのは、突然右腕に獣が宿った主人公が最強になる話だ。中学生だった唯月にはとても魅力的で、素晴らしくて、本当に夢中だった。

 

「でも、こんなのやめなくちゃ……じゃないとまた怒られる……それに殴られる……」

 

 『好き』を貫くと、現実が立ち向かってくる。

 強くはいられない。それは、とても勇気のいる行動だから。

 

「こんなの意味ない。いらない」

 

 唯月はゴミ箱にライトノベルを捨てた。

 そのままその場を勢いよく走り去っていく。

 

 カランと、音がした。

 

「────」

 

 後から来た人が、ゴミ箱にコーヒー缶を捨てた。

 中身がまだ残っていて、ライトノベルを汚していく。

 

 じくじくと、汚れていく。

 好きな物が。大切な感情が。

 

「ひ、っぐ……ぅ……うぅ……」

 

 ───捨てる事なんて出来なかった。

 

 黒く染まったライトノベルを一生懸命ティッシュで拭いたけど、完全には取り切れなくて。むしろ表紙は剥がれてしまって。

 唯月は座りながら、必死にライトノベルを抱きしめていた。

 

「いやだ……もう嫌だよ……」

 

 このままじゃ帰れない。捨てなければ怒られる。

 でも、手放せない。手放したくない。これだけは。これだけは、これだけは。

 

 弱い。

 変わる事も出来なくて。

 

 何より、好きな物を否定されて、黙っている自分が大嫌いで。

 

「こんなのっ、死んでじまえばいい”のにッ……!」

 

 吐き棄てた言葉は、惨めな自分への罵声だった。

 

「───あれ、桜小路くんじゃん」

 

「……!」

 

 声をかけられて、前を向く。

 そこにいたのは、いじめっ子たちだった。

 

「うぇ、何もってんだよそれ!」

 

「きったねぇ!」

 

「あっ!」

 

 コーヒーで汚れたライトノベルは奪われて、いじめっ子たちはそれを地面に捨てる。雪と砂利に混じった地面は、汚かった。 

 

「うぇいうぇ~い!」

 

「捨てちまえよこんなの!」

 

 蹴られて、潰されて、ライトノベルがぼろぼろになっていく。

 好きな物が貶されていく。

 

「っ……あぁあああああああ!!!」

 

 限界だった。

 唯月はいじめっ子に突進して、精一杯突き飛ばす。

 

「いやだ、いやだああああああああ!!!!」

 

「っ、なんだこいつ!」

 

 それでも彼は非力で、いじめっ子は小さく転んだだけ。

 むしろ少し抵抗しただけで、唯月は息が上がっていた。

 

「は? 何コイツ」

 

「やっちまおうぜ」

 

「さんせー」

 

「っ……!」 

 

 ライトノベルを拾い上げた唯月に、いじめっ子たちは向かってくる。

 

(嫌だ! 怖いのは嫌だ! 逃げだしたい! 苦しくなりたくない!)

 

 足が震えて動けない。腕も力が入らない。

 このままじゃ、またやられてしまう。

 

(こんな時───()()()なら)

 

 浮かんだのは、ライトノベルの主人公。

 せめて、そうなれたら、勇気が。

 

「は」

 

 間抜けな空気が出た。

 

「はーーはっはっはっは!!! ぼ、わ、我は冥王アルシファルス!!」

 

「はぁ?」

 

「んだそれ」

 

「右腕に獣を宿せし者! 大切な物を踏みにじるのなら、我が相手にっ、なるぞ!! うがぁああああ!!」

 

 唯月は叫んで、華奢な体で立ち向かった。

 拳を振って、噛みついて。それでも相手は複数で、ぼこぼこにされて。

 

「テメッ、きもいんだよ!!」

 

「死ね死ね死ね!!」

 

「っ……! ッ……!!」

 

 いつの間にか、唯月はその場にうずくまって、母親に土下座するときみたいな恰好で攻撃を受け続けていた。

 痛い。背中も、腹も、頭も痛い。傷が何個も出来てる感じがする。

 それでもライトノベルは腕の中にあった。

 

(離さない……! 絶対に、絶対に!)

 

 それでも歯を食いしばって、必死に耐える。

 それが長い間続いて、やがていじめっ子たちは疲れたのか退いた。

 

「はぁ、はぁ……なんだこいつ、全然動かねえ!」

 

「め、めんどくせぇ。もういいだろ!」

 

「汚ねぇままうずくまってろ!」

 

 最後に唾を吐き棄てて、いじめっ子たちは去っていく。

 それを音だけで感じながら、唯月は地面を見つめていた。

 雪と砂利の地面に、水分が混ざり始める。

 

「フ、フフ……あ、あくは屈したようだな……我の威光の、前に……っ」

 

 口が痛い。血が出ている。背中はずっと蹴られ続けてるみたいに痛い。

 髪もぼさぼさだ。多分千切れたりしてる。

 

 でも、ライトノベルは唯月の手の中にあって。

 

「ふ……ぐっ……ぐす……」

 

 ライトノベルを抱きしめる。

 降り始めた雪を全身に浴びながら、唯月は叫ぶ。

 

「強くならないと……もう、もうっ、好きな物を踏みにじられるのは嫌だ……!」

 

 

 弱き少年は、強さを貫く事の過酷さを知った。

 

 

「なるんだ……強く、つよく……なるんだ……!!」

 

 ────ぐしゃぐしゃになったライトノベルの主人公が、笑っている気がした。

 

 

 

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