私だって、弱音を吐きたい時だってあるのだ。
「うわ~~~~ん!! うまくいかないよぉ!!」
「はいはい、どうどうどう……」
夜の部屋で、私はここあちゃんに膝枕をされながら慰められていた。
私の頭を撫でる手がとてもやさしい。ここあちゃんは時々自分の正義感の強さで突っ走ってしまうけど、いつもはこんな風に優しいのだ。
「桜小路先輩を納得させるのは、やっぱり難しいのね?」
「う~ん……簡単ではないかな」
事情を知っているここあちゃんの言葉に、私はそう答える。
あれから数日が経ったけれど、私は桜小路先輩を納得させられていない。
(まりちゃんは、『試練』だって言ってたけれど……)
アプローチを変えてみても上手くはいかないのだ。
「でも、諦めないんでしょ?」
「……そりゃあね!」
銀郎隊に入る。
それは師匠への恩返しでもあるし、目的を達成するためでもある。
少なくとも、今はそうだ。
「ま、そもそも個人的にはちょっと気に食わないけどね。誘ってきたのは銀郎隊の方のくせに、わざわざ別の課題を用意するだなんて」
「むしろ試験免除なんて申し訳なかったから、ちょうどいいぐらいだよ」
「あ、言ったわね?」
ここあちゃんは、優しい手つきのまま笑う。
「なら、頑張るしかないわね。詳しい事を私は知らないから応援するしかないけれど」
「うん」
「うかうかしてると私に抜かされるわよ」
「って事は、もしかして」
「ええ。───銀郎隊の入隊試験日が発表されたわ」
ここあちゃんは横になっている私に見やすいように、スマホを傾けて見せてくれる。
「今日から二週間後かぁ……意外に遅いんだね」
「入隊試験に専念してもらうために、他の委員会や部活の全体募集とはタイミングをずらしてるらしいわ」
画面が暗くなる。
「だからアンタも早く銀郎隊に入りなさい。早くしないと私が先輩よ?」
「別に私は良いけどね。餅月せんぱ~い」
「えー? 張り合いないじゃない」
ここあちゃんが優しく笑って、それに私も答える。
そんな風に、私たちは夜に溶けていった。
■
「───報告いたします」
日光の遮られた、銀郎隊基地の、ある部屋。
桜小路唯月は、書類の束を持ちながら、目の前で座る人物へ口を開いた。
「先日の異能者暴走事故……ええ、『
雰囲気は平常時より幾分か鋭く、口調は整然としている。相手が格上である事は明確であった。
「『異能』が暴走する条件は、大きく分けて二つ。①.暴走が起こるほどに普段から頻発している。②.暴走が起きかねないほどにその『異能』が強力である」
要するに、使い過ぎと、制御できない場合に暴走は発生する。
人間の身体機能である『異能』は、それでも現実を歪める外法である事に変わりはない。使い方を誤れば、確実にろくでもない結果をもたらす。
「『
つまり、彼女は条件に当てはまらない。異能が暴走する条件にそぐわない人物だ。
「この数か月、暴走事件が相次いでいます。それも彼女と同様に、暴走するほどの条件が整っていないのにかかわらず暴走してしまう人物が」
提示した資料は、数人分の暴走に関する報告書だ。どれもこの数か月の物。
ただの暴走事故ならば平常時より多い、程度の感想しか浮かばないが、条件にそぐわない人物だらけならば話は違う。
「『早急な調査が必要』? ……ええ。そう言うと思って、既にあらかじめ事前調査は行っておきました。───いえ、勿体ないお言葉です」
頷き、クリアファイルから取り出したのは、別の報告書だ。
「事前に暴走者のデータを精査したところ、興味深い点が出来ました。それは暴走者全員が、
唯月は懐からペットボトルを取り出した。
傍らから見れば何の変哲もない、ただの水だ。
「それだけならば疑うに値しない共通点でしたが、一人の暴走者はこの水を譲り受けたそうです。そして実際に呑んだ本人が暴走を起こした……その点から、この事実にたどり着きました」
唯月は、目の前の人物へペットボトルを投げ渡す。
「医療部の解析の結果、それには精神刺激薬───接種した者の精神を過剰に刺激し、
目を細め、声を低くする。
「一連の|暴走
異能者に対し理解がなければ、そもそも暴走が起こるだなんて思考に至らない。ただ一つ言えるのは、犯人は八がいなく異能者の暴走を起こすために薬品を混入させているという点だ。
通常の人間と異能者両方を対象とするのなら───つまり暴走以外の目的があるのなら、通常の薬物で留めるはずだから。
「動機は不明。しかし異能力者を目的としている訳ですから、依存による普及を目的とした薬物混入とはまた違う、悪質な動機でしょう。恐らくは『
それも、薬品の性質から異種族ではなく異能者に対してのみの思想。
偏った反超常思想である。
「唯一の手掛かりは、その水を販売していた個人飲食店───及びその所在地」
唯月の目の前にいる人物は、渡された水を回転させ、ラベルを見た。
「場所の名前は、『新
目の前の人物は、少し考えたように顎に手を当て、やがて頷いた。
「ありがとうございます。それでは、必ずや成果を上げるように精進します。───『
■
「う~~~~~~~~~~~ん……」
翌日。
私は歩きながら、考えていた。
「どうすれば納得させられるんだろう……」
それはずっと直面している目下の問題だ。
何度考えても、いい案は出ていない。
(そろそろタイムリミットも近付いてるだろうし、私なりの結論も出さないと)
そんな事を考えている、私は桜小路班の班室へ辿り着いていた。
「……………………え?」
扉を開けた先で待っていた光景に、私は思わず口を開けてしまう。
「む……」
瓜生先輩が、上半身裸で筋トレをしていた。
「きゃああああああーーーーッ!!!」
「見るな」
「無理がありますよう!!?」
筋骨隆々だった。細マッチョというよりはゴリゴリだった。
私が指の間から瓜生先輩を見ていると、いそいそと服を着始める。
そしていつも通りかっちりと制服を着こむと、ソファに腰を下ろした。
「有栖川と唯月さんはいつもあと十分後に来る。それまでに着替えを終えていればと思っていたんだが……失敗だ」
「な、なるほど……」
「……」
「……ああ」
(え、今のどういう、意図、が……!?)
き、気まずい!
学園に入学してから様々な人と関わって来たとは思うけれど、ここまで高速で会話が詰まったのは初めてだ。
(こうしちゃいられない。鈴代獅乃、頑張るんだ!)
私は拳を握って会話を試みた。
「あの、先輩! 筋トレしていたなら暑くないですか? エアコン付けますか?」
「必要ない。肉体の冷却は終わっている」
「今日の任務、何があるんですかねぇ」
「それは後でわかるだろう。考えても仕方がない」
「喉乾いてませんか!? お茶飲みますか!」
「自前のがある」
じっちゃ、これだめだーー!
全然会話できてない! というか多分、あまり会話を求めるタイプじゃない!
問題なのは、私がこういう人とのかかわり方を知らない事だ。
むしろ瓜生先輩は会話を弾ませようとせず、銃を取り出すと手入れを始めてしまった。
(ぴ、ぴんち……?)
私が頭を抱えていると、瓜生先輩はちらりと視線を送ってきた。
「……無理して俺に話しかける必要はない」
「え?」
「作戦中、最低限の連携はもう取れるんだ。互いに合わないコミュニケーションを続けるなど非合理的だろう」
「……! 非合理的……!?」
「どうした」
「コミュニケーションを非合理的だなんて、そんな風に考えた事なかったです! 周りにはお話大好きな子ばかりだったので」
カルチャーショックだった。
男女の差、というのもあるのだろうか? まさかコミュニケーションが不必要だと捉える人がいるなんて、今までの生活では想像できなかった。
「君は……馬鹿なのか?」
「ばっ!? そ、そんな事言わないでくださいよ! 勉強は得意じゃないですけど!」
元々勉学は得意じゃない。特に理系は嫌いだ。
「君は底抜けに明るいな。羨ましい限りだ。俺にはそのマインドは出来ん」
私の言葉に、瓜生先輩は銃の手入れをしながら答えた。
だが、それに対して私は返事を返せなかった。なんとなく、そこに違和感を感じたから。
「──
「……まいったな」
瓜生先輩は自分を笑うように、視線を逸らした。
「君は物を知らない割に鋭いな。その通り、微塵も羨ましいとは思っていない。こっちの方が社交的に見えただろう」
「そういう理由なんですか!?」
「合理的コミュニケーションだ」
「……」
合理。
瓜生先輩は、良く合理という言葉を使う。肯定的な時も、否定的な時も。
「あの。なんで瓜生先輩は、そんなに合理的にこだわるんですか?」
「面白い理由などない」
「それでもいいです!」
「……『合理性』は何よりも正しいからだ」
銃を拭きながら、瓜生先輩はぽつぽつと話し始めた。
「『合理』とは理屈に合っている事。それを突き通せば、間違いはない。文句は出るかもしれんが、それはあくまでも感情論だ。誰も俺を否定する事は出来ない」
「……瓜生先輩は他人に否定されたくないんですか?」
「そうではない。ただ、俺はお前たちのように心を通わせ、感情で物事を語る生き方を選べない。人は正しすぎる論理を『面倒だ』、『苦しい』と呼ぶが、俺にとっては逆なんだよ」
カチャカチャ、と銃の音がする。
「俺にとっても最も苦しくなくて、信じられる生き方が『合理的』なんだ。それが最も良い生き方なのだと、そう確信している」
「それは……」
苦しんできた人の、言葉だった。
感情と人間の不完全さに惑わされ、その果てに合理性を選んだ人の、言葉。
人というより、機械のような。
あぁ、それはなんて──
「──同情などしてくれるなよ」
「え?」
「非合理的だ。他人の生き方を憂いるな」
「いいえ。同情なんてしませんよ」
私は首を横に振った。
「……その表情、本当に?」
「はいっ。ただ、強い人なんだなって思ったんです」
そう。
私は、瓜生先輩の生き方に同情なんて微塵もしていない。
ただその機械みたいな合理的な生き方に、先輩の力強さを感じただけ。
「立派だと思います。自分で正しいと思う生き方を見つけて。特に私なんて、『合理的』なんてあまり考えないから尊敬します!」
どうしても私は感情論で考えてしまう。
想いを、願いを汲もうとしてしまう。
そんな私の言葉を聞いて、瓜生先輩は表情を変えなかった。
「……俺にはお前の事を尊敬などは出来ん。だが、否定しない事は出来る」
「はい。正しいと思います」
それもまた強さだ。
多様性という名前の、尊重出来る強さ。
「でも先輩。
「…………………………さてな」
瓜生先輩はたっぷりの沈黙を含んだ後に、小さな三文字を吐き出した。
その三文字に、『合理性』が含まれてなかったことが、きっと答えなのだろう。
「──二人ともいるな」
「やほ~♪」
そうこうしていると、班室に桜小路先輩とまりちゃんが現れた。
「席に着け。次の作戦を説明するぞ」
「あ、はい!」
促されて、私は移動を始める。
(良かった)
桜小路先輩、まりちゃん、瓜生先輩。
その視界に三人の事を収めながら、私は考えていた。
(例え銀郎隊に入れなかったとしても、私──みんなの事を好きでいられる)