Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第一話『怒気(どき)っ! 素敵な同級生!』

 

 突然、私の背中には翼が生えた。

 

 誰からも石を投げられ、親からも疎まれる日々が続いた。

 『ごめんなさい』が口癖になった。一体何が悪いのかも、分からないのに。

 

 そんなある日、君はやって来て、私の翼を嬉しそうに撫でた。

 

 「なんて綺麗な翼なの! ねえあなた、私とお友達になりましょうっ!」

 

 世界に色がついて、私は二回目の誕生を迎えた。

 千の雑言よりも一の鈴の音があれば、きっと私たちはどこまでも行けるのだ。

 

 差別という深い闇に満ちた、曇天の向こう側にさえも。

 

───最上(もがみ) (ゆう)銀顧録(ぎんころく)

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 結局、入学式にはぎりぎり遅刻してしまった。注目を浴びたのは恥ずかしかったけれど、席が後ろの方だったのがまだ幸いだった。

 そして始まったのは、大まかな学園の説明と、偉い人たちのお話だ。こういうのは例え特別な人たちが通う学校でも変わらないらしい。

 

 中でもすごかったのは、生徒会長だと名乗った三年生だった。

 曰く、神話の時代から生きる『神様』の血を引いているらしく、実際に伝説上の人とも会ったことがあるらしい……と、私の席から近くの人たちが言っていた。

 

「二階の……ここかな?」

 

 そして今、入学式を終えた私は女子学生寮───今日から住むことになる寮へやってきていた。

 

 流石マンモス校(敷地面積)というべきか、まるで何かの童話に出て来るお城のような大きさの寮……というか、最早マンションか何かみたいだった。想像ではシェアハウス的な感じだと思っていたけれど、そんな事もないのかな?

 

 寮母さんやすれ違った先輩と挨拶しつつ、私は渡された鍵に書いてある部屋の前にやってきた。

 

「……」

 

 がさり、と物音がする。

 という事はつまり、中にいるのだ。私と同室で、これから三年間を共にすることになる子が……!

 

 『203』と書かれたキーホルダーのついた鍵を鍵穴に差し込んで、私はドアノブを握る。

 

(……入学式前に色々あったけど、そんな人ばかりじゃないだろうから。どうか怖い人ではありませんように!)

 

 意を決して、私は中へ入った。

 

 部屋の中には、ベッドと机が、左右それぞれシンメトリーになるように置かれていた。今日が穏やかな日であったせいか窓は開かれていて、心地いい夜風が肌を撫でる。

 私は一歩、部屋の中に踏み込んで、そこにいる子へ声をかけた。

 

「は、初めまして! 私、同室になった鈴代獅───」

 

 空色の瞳が、私を見つめていた。

 

 凛々しく理性を感じる顔つき。自己研鑽をしている事が分かる、すらりとした肉体。スカートの下から伸びる長い足は羨ましいの一言だ。

 そして何よりも存在を引き立たせるのは、腰ほどまで伸びた純白の髪。そして、その頂点から生える、狼のような大きな耳。当然と言えば当然なのだけれど、代わりに側頭部には人耳がなかった。

 

 彼女は私の傍に一瞬で近づいてくると、右手を両手で握って、不自然なほどに頬を釣り上げた。

 手汗が、すごい。

 

「は、は、初めまして! わた、私は餅月(もちづき) ここあ』!」

 

ぎゅぴっ……───!」

 

「よろしくっ、ね……!!」

 

 思わず変な声を出してしまう。

 それは綺麗さに圧倒されたからでも、剣幕に押されたからでもない。

 

 私は、彼女に見覚えがあった。

 というよりも、入学式前に学園にいた人なら、大体は見覚えがあるのではないだろうか。

 

(こ、この人……! 入学式前に喧嘩してた女の人だーーーーーーーー!!!!!っ)

 

 間違いない! 犬耳で、白髪で、綺麗で、あぁああよく見たらベッドのところに使ってた剣置いてあるじゃん!!? なんかちょっと汚れてるの確実に使ったからだよねぇ!?

 

 (じ、じっちゃ、やっぱし、おい入る学校まぢがえだがもしれね!)

 

「よ、よろしくね……」

 

「は、はい」

 

 思わず私は、何度も頷いてしまう。

 色々と情報量が多くて、今はちょっと処理しきれない。

 

 すると、彼女……餅月さんは私の反応を見て何かを察したのだろう。ゆっくり釣り上げていた頬が戻っていって、暗い顔をすると手を離して一歩下がった。

 『あぁもう……』と呟くと、勢いよく頭を下げる。

 

「っ、ごめんなさい!」

 

「えぇっ!?」

 

「ああっ、突然謝られて意味わかんないわよね。それも含めて……ごめんなさい」

 

 

 ばつが悪そうに,言葉尻は小さくなっていった。

 

「貴方のその反応,入学式前の私を見たんでしょう? 喧嘩してる時の,私の」

 

「うん,まぁ……」

 

「怖かったわよね。入学式前に,突然刃物持ち出して喧嘩してるだなんて……この学園じゃあそういう喧嘩は多いらしいけど,それでも私たち新入生にとっては……ね」

 

 剣を持ち,メリケンをはめた人と戦う餅月さんの姿が脳裏に浮かぶ。

 確かに,ぴりぴりとした雰囲気や,風を通して伝わる衝撃などは,中々忘れられるものではない。

 

「だからもし,同居人の人……貴方が私を知らなかったらいいし,もし知っていても笑顔で接すれば大丈夫だと思ったんだけど。ちょっと変な笑顔になっちゃったし,勢い凄くなっちゃったし……ごめんなさい」

 

「い,いえいえ! 全然大丈夫,です!」

 

「……」

 

 咄嗟に,しまったと思った。

 イメージが先行して敬語で返事をしてしまった。言葉の文字数の分だけ,彼女と距離が離れるのを感じて,なんだかお互いに気まずくなってしまった。

 

 やがて数秒の間を経て,彼女は視線を横に逸らしながら,呟く。

 

「……不本意だったのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。でも貴方には関係がなかったわね,ごめんなさい」

 

「……もし良ければ,教えてください」

 

「……ええ」

 

 餅月さんは耳を撫でながら,ぽつりと言い始めた。

 

「──入学式前にね,仲良くなった子がいたの。彼女は『鴉人(からすびと)』で,背中に黒い翼が生えていたわ」

 

「すぐに意気投合して,私たちは仲良くなって,一緒に歩いてたの。そしたら,天使の末裔? だって上級生が来て,彼女の黒い翼を汚いって馬鹿にしたの。その子,凄い悲しそうな顔をして俯いちゃって。私,それが許せなくて,謝りなさいって迫ったわ」

 

「そしたら相手が暴力をちらつかせてきて,だから私も応戦したの。そしたらいつの間にか人が多いところで戦っちゃって」

 

「でもね。その子,全部終わって解放された時,私に会いに来てくれたの。そしたらにこにこしながら『ありがとう』って。だから私,後悔してないわ。反省はしているけれど」

 

 いつの間にか私たちは,向かい合う様に置かれたベッドに腰かけながら話していた。

 そうして彼女が話を終えると,申し訳なさそうに表情を変え,謝る。

 

「でも,暴力振るっていたのは事実だし,理由がどうとかは貴方には関係のない事よね。今ならまだ間に合うだろうから,別の部屋の人と───」

 

「えっ!? ううん、大丈夫ですっ、大丈夫!」

 

「……!?」

 

 私は思わず,餅月さんに迫り,その右手を両手で握りしめていた。

 

「あのね,私謝らないといけない事があるんだ。さっきは怖がってごめんね!」

 

「……はぁ?」

 

 少し抜けた表情をして,餅月さんが謝る。あ,こういう言い方が素なのかな?

 

「特に事情も知らずに,ただ目で見た事だけで判断して,怖がっちゃったから。ごめんねって言いたい!」

 

「そ,そう?」

 

「うん! あとね,私他の人と変わってもらうつもりはないよ! 餅月さん───ここあちゃんが良い!」

 

「えぇっ?」

 

「だってここあちゃんは、友達のために(・・・・・・)戦ったんでしょ?」

 

 私は笑顔を浮かべた。

 嬉しくなって、ただ、純粋に。

 

「決して怖い人なんかじゃないよ。方法は褒められないかもしれない。怒る人は沢山いると思う」

 

「そう、ね。先生たちにたっぷり怒られたわ」

 

「だったら、私はその分褒めてあげたい。友達のために怒れた、貴方を」

 

 誰かのために怒って、誰かの幸せを願える。それがどれだけ特別な事で、どれだけ必要な事か。私はその事実を、ただ肯定したい。

 甘くやわらかな世界を、自らの意志で認めてあげたい。ただそれだけなのだ。

 

「私、貴方と仲良くなりたい」

 

「……言い訳だとは思わないの?」

 

「言い訳なの?」

 

「……」

 

「そこで即答できない人は、嘘をついてないと思うな」

 

 ここあちゃんは、やられたという風に「ぅ……」と声を漏らした。

 

「静かな感じの子かなと思ったのに、貴方、随分ぐいぐいと来るのね」

 

「そうかな?」

 

「ええ。おかげで空回りしてばかり。……こんなはずじゃなかったんだけどな

 

 ここあちゃんは苦笑いを浮かべ、言葉と共に息を吐きだした。

 

「鈴代さんよね。ありがとう。正直ずっと落ち込んでて……でもそんな風に言ってくれて嬉しい」

 

「良い事をした人を肯定するのは当然だよ」

 

「そう思える人が、この世界にどれだけいるのかしらね。……でも、そう考えると」

 

 少しだけ照れ臭そうに頬を掻いて、ここあちゃんは笑う。

 

「同室が貴方で、私は幸運かも」

 

「……!」

 

「第一印象は最悪かもだけど、これから挽回するからさ。私も仲良くしたいな」

 

 そうして彼女は、目を細める。

 同時に甘やかな夜風が流れ込んできて、その表情を花弁が彩る。

 

「これからよろしくね、しの」

 

 それは思わず見惚れてしまうぐらい、綺麗な笑顔だった。

 貴方の頬に落ちる桜になってもいいと、思うほどに。

 

 私はそれから元気に返事をして、夜遅くになるまで、お互いの事を話した。同年代の友達と()()()沢山話したこの日を、私は生涯忘れる事はないだろう。

 

 かくして。

 

 ───『』と『』が見守る中で、私の学園生活は始まったのだ。

 

 

 

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