「『新卿華』はねぇ、観光地なんだよ!」
高速を走る銀郎隊特製の白い車に乗りながら、まりちゃんはパンフレットを開いてはしゃいでいた。
「近代的な建造物と最新技術が使われた
「私、テレビで見た事あります! 確かこの前は『X ja〇an』のYOS〇IKIがVtuberとして登場したんですよね?」
「違う違う~。この前のは『GA〇KT』の方!」
「そっちか~」
どうやら思い違いをしていたみたいだ。
「とにかく今の『新卿華』は新しい観光地&若者の聖地みたいになってるんだよね~。埼玉の方にあるから行ったことないけど」
「二十年前の『
「『相転移事故災害』?」
「今の『新卿華』市の前、『旧卿華』市が滅んだ原因となった、新技術による人災だ」
助手席に座る桜小路班長が答えてくれる。
「それは新たなエネルギー産業を生み出すために、我々の持つ超常の力を利用する考えから始まった。そのために開発されたのが『
「平行世界と同調……?」
「『共鳴』と言い換えてもいいかもしれない。つまりは、その平行世界の『法則』を借りる事が出来たという事だ。技術的な話をすると複雑になるから省くが、その世界の『法則』を借りると、この世界では不可能なほど高密度のエネルギーを抽出出来たんだ」
「……??」
だ、だめだ。科学的な話は文系(志望)の私には難しすぎる。
ちんぷんかんぷんになってくらくらしてきた。
「例え話だが、宇宙では酸素がないから火が燃える事はない。『相転移炉』は宇宙空間で火を燃やすために必要な『酸素』を引用するみたいなものだ」
「……あっ」
なんとなくわかってきたかもしれない。
つまりは、強いエネルギーを必要としたから、『エネルギーがもっと強くなる』世界の法則を現実に持ってきたんだ。
「その機械を利用して異能を使えば、通常時よりも更に巨大なエネルギーを生み出す事が出来た。旧卿華市は一台エネルギー産業都市として発展。栄華を誇った。が──そこで起きたのが『相転移事故災害』だ」
「失敗したんですか?」
「ああ。そもそもその機械が出来たのは、異能研究による偶発的な物で、全ての法則が解明されてからではなかったんだ。つまり安全性も中身も良く分からないまま、目の前の利益に踊らされ利用していた訳だ」
「激しく非合理的ですね。人間とは愚かなものです」
「今回ばかりは瓜生に同意かも~」
瓜生先輩の発言に、まりちゃんが表情を暗くしながら同意する。どうやら、事件を知る人々にとっては簡単に呑み込めない出来事だったようだ。
「……何が起きたんですか?」
「『
「深く重なって、どうなったんですか?」
「『現実世界の法則』と『平行世界の法則』が完全に重なり合うという事は、同じ部分も異なる部分も全てごちゃまぜにするという事だ。重力はねじ曲がり、地面は上下を繰り返し、朝と夜は数秒ごとに行き来して──旧卿華市は、まるごと消し飛んだ」
「け、消し飛んだ……!?」
あまりにも規模が大きな話だ。普通の災害や事故なんてレベルじゃない。
「正確に言えば、全ての建造物とその時卿華市にいた全ての人間が、最初から存在していなかったように消え失せた。後に残ったのは卿華市だった土地だけだ」
「その後は大丈夫だったんですか?」
「事故が起きてから数年間はずっと時空間異常が起き続け、とても人が住める環境ではなかった。だが当時の超常系の出来事をまとめていた組織、『超常委員会』がなんとか元通りにして、そこから再開発が行われた結果が『新卿華市』だ」
「なるほど……消えてしまった人たちは、どこへ行ったんでしょうか……」
「さてな。一説によれば異次元に消えたともされるし、エネルギーによって消滅したともされているが──誰一人として無事ではないのは確かだ」
「あ、でもね」
まりちゃんはパンフレットをめくりながら、思い出したように私へ振り返る。
「それ以降、新卿華市にはある噂があるんだよねぇ。女子高生の『幽霊』が出るって噂!」
「非科学的だ。いる訳ないだろう」
「うりゅぅうーーーー!!」
「ま、まあまあ!」
噛みつくまりちゃんをなだめる。
幽霊。幽霊か……
「……でも、あれですね。もし仮に『幽霊』がいたとしたら、きっとその人は卿華市の事が大好きなんですね」
「ほえ? どうして?」
「だって、死んでも街に残り続けるだなんて、好きじゃないとやってけないです」
「そうかなぁ。離れたくても離れられないのかもしれないよ? 地縛霊的な」
私は自然と笑う。
「でもきっと、そう考えた方が楽しいですから。それにもしそうだとしたら、私はその人の『好き』って気持ち、認めてあげたいです」
自分でも、楽観的な思考だとは思う。
それでもまりちゃんは私の頭を抱きしめて。
「うっ……愛い愛い愛い愛い~……」
「ま、まりちゃんっ?」
「は~~~、しののんいい子。ずっとこのままでいてほしい!」
(ちょっと恥ずかしい……)
なんか、子供扱いされてるみたいだった。
でもその考えは間違いなく自分の考えで、取り下げる気も、否定されるつもりもない。
「……だがまあ、妙な話だ」
「何が?」
「異能関連の事故が起きた市で、また異能者関連の事件が起きているとはな」
「いやいや、この世界ならそんなのあたり前でしょ~。珍しくもないない」
「だといいがな」
桜小路先輩は、静かに窓の外を眺めていた。
「杞憂である事を祈ろう」
■
新卿華市の調査、および新卿華市にいると思われる暴走事故を人為的に起こした人物の捕縛。
それが、私たち桜小路班に与えられた任務だ。
(最初は人探しから始まりそう)
一応怪しい飲食店は見つかっているらしいけど、素直にそこへ行けば見つかる保証はない。むしろその飲食店が手掛かりにならなかったら、振り出しに戻ってしまう。
出来る事なら厄介な事にならないでほしいと願う。
「っと、着いたな」
銀郎隊専用車の微かな揺れが止まって、私たちは新卿華市へ到着する。
車が止まったのは大きな交差点の角だ。既に外に出るまでもなく、人の多さと町の大きさが伝わってくる。
「想像よりずっとおしゃれなんだけど!」
「凄いですね!」
「見て見てあれ! 噂の『キョウカスクエア』!」
桜小路先輩や瓜生先輩が降りて、横に座っていたまりちゃんが降りたのに続いて、私が最後に降りる。
カツン、と靴がアスファルトに音を立てて。
──何か、心臓を撫でられるような違和感がした。
「ぇ……?」
痛みとかがある訳じゃない。この前の不整脈にも似たような感覚があった。
「──でさー─が」
「しかし──だ──か」
「それ──しょう」
桜小路班のみんなは特に違和感は感じなかったみたいで、仲良く話している。
私は驚きで会話が耳に入らない。
周囲を見渡す。
大きな町。行きかう人々。パンフレットで見ていた新卿華市となんら変わらない光景。
「……!」
自然と、私の視線は建物の影で佇む
でもそれは違和感があった訳ではなく、本当になんとなくだ。
「セーラー服……?」
顔を伏せ、表情の見えない、茶髪のシュシュを付けた少女。
セーラー服に憧れて調べていた時期があるから分かる。彼女のセーラー服は、最近の物ではなく、昭和から平成中期に着られていた、オールドタイプの物だ。
「なんでだろう……」
『──!』
声が届く距離ではなかったのに、確かに彼女は私の声に顔を上げた。
ガラスのような瞳が私を射抜いて、小走りで私の方へ近づいてくる。
自然と、私も惹かれるように足取りがそちらへ向いた。
「えっと。あの、何か」
『あ、貴方っ!!』
声をかけようとして、遮られた。
彼女の声は、まるでしばらく声を出していなかったように掠れていた。
そして私は、告げられた言葉に目を見開く事になる。
『──
「ぇ……」
『旧卿華市』、『相転移炉』、『相転移事故災害』、『幽霊』。
様々な単語が私の脳裏を過って、思考を始める寸前。彼女は私の両肩を掴む。
「あれ、しののん、誰かと喋ってるの?」
私の様子を伺いに来たまりちゃんが尋ねる。
でも、少女は気にせず叫んだ。
『お願い──
「この、市を……? 一体どういう──」
その時だ。
さっきみたいな、不整脈みたいな違和感がもう一度あって。
視界に映る全てがノイズみたいにぶれて──爆音が響いた。
「はっ!?」
「っ、何……!!」
視線が向く。
市の象徴とも呼べる、『キョウカスクエア』の上層階。その一部に、
「キョ、キョウカスクエアがーーーーー!!?」
崩れた『キョウカスクエア』の通路部分が、音を立てて地面へ落下する。
その下には当然、人もいた。
「──有栖川!!」
「っ、あいっ!!」
まりちゃんは杖に両足を乗せると、凄まじい速度で空へ躍り出した。そして落下する通路部分へと突撃すると、その中を高速で駆け抜ける。
アクロバット飛行によって通り抜けたまりちゃんの背中には、沢山の人を包んだシャボン玉みたいな物があった。
「おちゃのこさいさい!」
「──顕現しろ、『
桜小路先輩は既に空へと跳んでいた。
右手に纏わせた獣の力使い、誰もいなくなった通路部分を両手で掴んだ。硝子と鉄骨の砕ける音がする。
そのまま、桜小路先輩は通路部分を、誰もいない野原へと投擲した。
巨大な穴と衝撃波が響くが、人的被害は零だ。
「駄目!! まだ来てる!!」
思わず周囲を見渡せば、空き地や、他の建物にもめり込むように建造物が出現している。
まるで、その空間に転移してきたように。
謎の少女は叫んだ。
『──っ、
「認識……!? なに、分からない! どういう事!」
意味不明だ。
この人と近づいたと思ったら突然建物が崩れて。挙句の果てに認識しないで?
私が混乱していると、まりちゃんが近づいてきた。
「認識……? しののん、そこに誰かいるの!?」
「だ、誰かって,ずっといるじゃないですか!!」
「
「っ──います!」
まりちゃんは勢いよく振り返る。
「瓜生!! 撃って!!」
「OK」
冷静に状況を観察していた桜小路班最後の一人、瓜生先輩は、いつの間にか構えていた銃を解き放つ。
その狙いは、謎の少女だった。
『
『きゃぁァアッ!!』
「ど、どうして突然!?」
詰め寄る私に、まりちゃんは周囲へ視線を促す。
「………………え?」
──市の崩壊が、止まっていた。
まるで元から何もなかったように、出現した不明の建物たちは、姿を消した。
「なん……で……」
「『ハイゼンベルクの奇跡論第三原則』──『観測は現実を変える』」
弾丸を取り除かないようにしながら、まりちゃんは謎の少女の傷を治していた。
「難しい話は抜きにして、つまり、しののんがこの子を認識した瞬間に崩壊は始まったんだ」
「そんな事……っていうか、まりちゃんたちにはこの人が見えてないんじゃないんですか?」
「見えてないよ。でも、奇跡論じゃ『見えない』なんて割とありふれた事だから」
謎の少女の傷が塞がって、まりちゃんは顔を上げる。
その頃には、桜小路先輩も瓜生先輩も、近くに来ていた。
「そこにいるんだよね。誰かさん。貴方は一体、何者?」
『……伝えてもらっていいですか。見えてるの、貴方だけなので』
「は、はい」
それまで黙っていた謎の少女は、静かな声で私に告げる。
「──私の名前は、
彼女の肉体は、常にノイズみたいにぶれていた。