Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

21 / 65
第十一話『次元の狭間から』

 『キョウカスクエア』の一部が崩壊したことによる被害者は、ほとんど零だった。それは迅速に動いた桜小路先輩たちと、支援部の人たちによる避難誘導の結果が大きい。

 

「───聞こえるかな」

 

 新卿華市に作られた銀郎隊所有の建物。

 その一室で、斜森凛と名乗った女子高生は、対異能者用の特殊な拘束具によって椅子に拘束されていた。

 

 弾丸は、埋め込まれたまま。

 あまり健全とは言えない状態の中で、声に反応した斜森さんは顔を上げる。

 

『はい……聞こえてます』

 

 瓜生先輩の『夢見思考の弾丸は撃ち抜けない(ギャングウェイ)』によって、斜森さんの姿はみんなに見えるようになった。それでもどうやらぼんやりとぼけているようで、まりちゃんは頻繁に目を擦ったりしている。

 

「ではもう一度、君の事を聞かせてくれ」

 

『……私は、斜森凛と申します。かつて旧卿華市に起きた「相転移災害事件」の被害者です』

 

「まずは聞かせてくれ。なぜ、その被害者である君は生きている」

 

『そのためにはまず、相転移事件の顛末を教えないといけません』

 

 桜小路先輩先輩は少し考えてから、マイクの電源を押した。

 

「よし、頼む」

 

『───数十年前、相転移炉によって、「旧卿華市」は次元の狭間に落ちたんです』

 

「次元の狭間……? それは例の『平行世界』ではなくて、か?」

 

 例の平行世界。

 それはつまり、相転移炉が利用していた、『異能の力が強い世界』の事だ。

 

 だが、斜森さんは首を横に振った。

 

『いいえ。事故によって平行世界が現実と重なった結果、旧卿華市そのものは、その二つの狭間に弾き落されました。平行世界が現実に現れるためには、その分のスペースが必要だったんです』

 

「旧卿華市が消え失せたのは……」

 

『次元の狭間に丸ごと落っこちたからです。空間そのものが移動したと捉えてください』

 

 新しい家具を家に置くためには内装を開ける必要がある。だからそのために、家の内装を丸ごと引っ越しさせたようなものなのだろう。

 

『狭間に落ちた旧卿華市からは、更地になった卿華市跡だけが、まるで空に浮かぶ映画みたいに見えていました。だから最初は元に戻る方法を探していましたが……次元の狭間はあまりにもおかしな空間で、時空間がぐちゃぐちゃだったんです。市から出る事も出来なければ、都市も取る事も出来ないし、生理現象すら存在しません』

 

「だから二十年が経っても、斜森さんは女子高生のままなんですね……」

 

『二十年……? まだ、二十年だったんですか? てっきり、五十年は経っている……ものかと』

 

「……体感時間が実際の時間間隔とずれていたんだな。長い時間密室に閉じ込められているのと同じようなものだ。無理はない」

 

 桜小路先輩は一度、マイクに電源を入れず私たちにだけ聞こえるように言った。

 そして次の言葉からは、しっかりと電源を入れる。

 

「制服すら綺麗なままなのだから、本当に変化が起きない世界だったのだろう。……変化が許されていない、と捉えるべきか」

 

『どれだけ高い所から落ちても怪我さえしないし、病気なんてもってのほかです。ただ思考と体だけが動いていました』

 

「なるほど。ではなぜ、君はさっき『キョウカスクエア』の側にいた? それに『キョウカスクエア』に突き刺さった建物はなんだ?」

 

『数年前の事です』

 

 そこまで言って、斜森さんは曖昧に首を振った。

 

『いえ……正直時間の感覚が死んでるので、本当に数年前かは分からないんですけど、それぐらい前から、ふと気が付くと時々「新卿華市」にいるんです。でも誰からも見えてないみたいで、時々見える人がいても、叫んで逃げで行くだけで』

 

「……! 新卿華市の幽霊!」

 

「ああ。時々現れる彼女が、その正体なのだろう」

 

 パンフレットにも載っている女子高生の幽霊。やっぱりそれは、数年前から現れ始めた斜森さんだったのだ。

 

「だから私、助けを求めていました。この現状をどうにかしたくて、どうにもならなくて……」

 

 そこで斜森さんは、私を見た。

 

「鈴代さん。もしかして貴方、何か誰かからの干渉を弾くような異能を持ってませんか?」

 

「えっ?」

 

 思わず驚いて声を上げてしまった。

 だが、それに心当たりはある。

 

「……あります。『自分の行動を絶対に貫く』異能が」

 

「やっぱり。貴方が私を認識できたのは、その異能が理由だと思います」

 

「そういう事か」

 

 代わりに理解したのは、桜小路先輩だった。

 彼は振り返り、私に伝えてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()。恐らくは新卿華市に入った瞬間、自動的に異能が認識の妨げを弾いたのだろう」

 

「自動的にですか? 私の異能、そんな力が……」

 

「もしくは、無意識に違和感を弾こうとお前が思ったのかもしれん。異能は意志を反映する。芽生えたばかりのうちは勝手に発動してもおかしくはない」

 

 思い返せば、新卿華市に入った途端、私の心臓は不整脈のような症状を訴えた。異能を発動した事の代償だと考えれば、納得できる。

 

「じゃあ、次元の狭間に落ちた旧卿華市を認識しようとして、私の『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』は動いたんですね……」

 

「納得できる理由があったのなら、それが正解だと思います。建物の衝突は……正直、私にはわかりません」

 

「───『ハイゼンベルクの第三原則』だよ」

 

 口を挟んだのは、まりちゃんだ。

 彼女は普段とは違う鋭い目つきのまま、斜森さんを見ている。

 

「『ハイゼンベルクの第三原則』……『観測は現実を変える』。奇跡論ではよくある事だけど、観測した瞬間、その観測したという結果そのものが現実に影響に及ぼすんだよね。おそらくしののんが斜森さんを認識した瞬間、次元の狭間におちた旧卿華市が()()()()()()()()んだと思う」

 

「観測した事で、次元の狭間のずれを強引に直そうとする機能が働いたのか」

 

「どちらかといえば、斜森さんを認識するためには『旧卿華市』を認識する過程を経るんだと思う」

 

「……つまり、私の異能は斜森さんを絶対に認識する。だからその過程に存在する世界を先に認識して、その結果『旧卿華市』が『新卿華市』と重なった、って事ですね」

 

 これは連鎖的に起きた事なのだ。

 異能と、法則と、存在とが偶然が重なり、起こってしまった、事故。

 

 それを私たちが理解して、斜森さんは目を細めた。

 

『私が「新卿華市」に出現するようになった理由。それは──()()()()()()()()()()()()()()()()です』

 

「待ってくれ。相転移炉は旧卿華市に存在していた。更地になった時に一緒に次元の狭間に落ちたのではないのか?」

 

『相転移炉の本体は地下深くに存在していました。外部に公開されていた情報の半分は嘘です。それは私が、旧卿華市の科学者の人と共に、この二十年で調べました。恐らくその相転移炉が起動している時だけ、私は鈴代さんに認識された時と同じように、強制的に新卿華市に引っ張られるんです』

 

 斜森さんの額に脂汗が滲む。

 待って──なんだか様子が。

 

『そうです。誰かが、相転移炉を利用しようとしている。あれだけの事件が過去に起きて、()()()研究所の人たちだって後悔していたのに、それでも利用しようとしている誰かが』

 

「……斜森さん?」

 

『ごめんなさい。これから少し早くします。──私、()()()()()()()()()()。そもそもこの世界にとっては異物ですから』

 

 斜森さんを包んでいた、不思議なブレが大きくなる。

 その笑顔は歪だった。

 綺麗で、最後を受け入れた薄氷みたいな笑み。

 

「斜森さ──」

 

『お願いがあるんです……ッ』

 

 荒い息を抑えて、斜森さんが顔を跳ね上げる。

 

『貴方たちが何者かは正直分かりません……! でも、もし叶うのなら、この町を終わらせてくださいッ……旧卿華市を、私たちが生きた街を……!』

 

 必死だった。命を使って、斜森さんは抗っていた。

 

『「相転移炉」が誰の手にも渡らなくなれば、「旧卿華市」が重なる事はないありません……! もう誰も傷つかずに済む!』

 

()()()()()? でも、それをすれば貴方を含めた他の人たちは──」

 

『他の人なんて……もう、いません』

 

 斜森さんは、精一杯笑った。

 

『──みんな死んでしまったの。二十年は長くて、耐えられなくて。子供すら生まれないし、何も出来ないから……私が看取ったの。死体を埋めて、お墓を立てて……ごめんって言いながら、みんな、みんな……』

 

「……ッ」

 

 桜小路先輩は唇を嚙んだ。

 嫌な予感はしていたのだろう。斜森さんの表情は、とても尋常ではなかったから。

 

「……一つ、聞かせてくれ」

 

 だからこそ、聞かなければならなかった。

 声を震わせながら、桜小路先輩は訪ねる。

 

「斜森凛さん……なぜ貴方は……生きていた……? 誰もが亡くなったというのに、何十年も生き続けて……こうして現れて……なぜ市の終わりを望むんだ? その果てに、貴方は死んでしまうというのに……」

 

『許せなかった、から……』

 

 斜森凛さんは、突然現れた次元の狭間の存在ではなくて、どこにでもいる女子高生のように、泣いていた。

 

『高校近くのクレープ屋に……寄ったの……初恋の……人と……公園で、遊んだの……。市から出ても、いつかみんなと……集まろ……う……約束をして……タイムカプセルを埋めて……でももう掘り返しにいけない……っ』

 

 ブレが激しくなる。

 それは、異物を追い出すような、酷く歪んだノイズみたいで。

 

 斜森さんは、自分が消える事が分かっていた。

 それでも私たちの前に出てきて、弾丸を喰らいながら、私たちに説明をしてくれた。

 

 私──ただ、涙を流す事をやめられなかった。

 

「なんで……その為だけに、ここまで……」

 

 斜森さんは、震える体で、力強く。

 

『──だって、故郷だもの』

 

 それは、執念だ。

 それは愛だ。

 

 斜森凛という、誇り高き意志を突き通した人の──たった一つの願い。

 

『お願いします……どうか………………私の故郷を、家族を……終わらせて……次元の狭間なんて形じゃなくて……ちゃんと、正しい形で……』

 

 姿が消えていく。

 それは次元の狭間への回帰ではない。異物を消そうとする世界による、完全なる消滅。

 

 桜小路先輩はマイクを強く握った。

 

「最後に教えてくれッ!! 『相転移炉』を利用している者の居場所はどこだ!!」

 

『相転移研究所……現キョウカスクエアの……地下三階……です』

 

 斜森凛の旅路の終わり。

 私の知らない物語の、終幕。

 

 ならば、せめて、せめて。

 

「斜森さんッ!!」

 

 『願い手(わたし)』は叫んだ。

 マイクも握らずに、硝子越しに、強く。

 

「──()()()ッ!! 必ず、貴方の願いは遂げるから!!!!

 

『────』

 

 斜森さんは答えなかった。

 ただ最後に、微かに目尻が上がった気がして。

 

 彼女はいとも容易く、消滅した。

 役目を終えた拘束具が、からんと落下する。

 

「──聞いていたな、お前たち」

 

 桜小路唯月は振り返る。

 願いを遂げるために。託された荷物を運ぶために。

 

「目標はキョウカスクエア、地下三階。早急に準備を始めろ」

 

「「「はい!!」」」

 

 私たちは動き出す。

 一度だけ、斜森さんの痕跡に振り返って。最後の表情を忘れないと、強く胸に刻んで。

 

 

 ──涙を拭って、前へ踏み出す。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。