Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十二話『キョウカスクエア』

 

「本部に応援は要請しているが、間に合う保証はない」

 

 現場へ急行しながら、私たちは軽く会話を交わす。

 

「銀狼隊はいついかなる時も多忙を極める。そう気軽に動かせて有用な人材は多くない。その上、ここは県外だ」

 

「唯月さん。外部の組織に依頼するのはどうでしょう」

 

「時間がない。『キョウカスクエア』で事故が起きた以上、我々が早急に対策に当たらなければ様々な弊害が出る可能性がある。例えば、相転移炉を利用している人物が混乱に乗じて持ち去る、などがな」

 

 現在、新卿華市には避難勧告が出されている。それは銀狼隊と協力した行政による統制の結果だが、理由としては新卿華市、ひいては『キョウカスクエア』が戦場になるかもしれないからだ。

 

「その辺の諸々に関しては支援部に任せてある」

 

「特殊精神薬による暴走事故の件はどうしましょう」

 

 私たちの本来の目的は、暴走事件を引き起こしたとされる人物の調査だ。

 しかしこうなってしまった以上、そっちに専念する事は出来ない。

 

「優先順位はキョウカスクエアだ。だがそれと同時に、我はその件と本件は犯人が同じだと考えている。もしくは同じ組織の人間の可能性もある」

 

「根拠は」

 

「どちらも異能者を対象とした事件である事と、あまりにタイミングが良すぎる点だ。まるで一つの目的のために並行して実験を行っている──そんな風な印象を受ける。あくまでも勘だがな」

 

「……ダメでした」

 

 その会話を聞きながら、私はスマホを耳から離す。

 

「師匠、今はドイツのゲルンハイゼン? ってところで任務に当たっているらしいです」

 

「あ~……やっぱりかぁ……アイツ『最強』だけどそれだけ忙しいから」

 

 私が連絡を取っていたのは、師匠の連絡先だ。

 師匠──二階堂エデンが自由ならば、大概の問題は解決できる。だが結果は御覧の通り、海外にいるとの事だった。

 

「ならばやはり、当初の目的通り我々のみで作戦に当たる。今回の件は自体の不確定性、そして突発性から早急な解決が求められるからだ。目標は『キョウカスクエア』地下。恐らくその最深部にある『相転移炉』──および、それを利用しようとしている何者かだ」

 

 今回の問題は、相転移炉そのものではない。

 相転移炉を利用しようとしている何者か。

 

「斜森殿の願いを叶えるためだけではなく、そもそも二十年に消滅したはずの『相転移炉』が利用されている事は大きな問題だ。確実に利用者を捉え、相転移炉の無力化、ないし確保が必要となる」

 

 そのまま放置すれば、二十年前の災害が起こりかねない。まるで爆弾処理のように、慎重に行わなければならないだろう。

 

「絶対に破壊だけはするな。何らかの拍子で再び暴走が起きるとも分からんからな」

 

 いつの間にか、私たちは『キョウカスクエア』の下にまで来ていた。

 周囲には避難誘導の賜物か、人はおらず、昼間なのに不自然な静けさに包まれている。

 

 ──『キョウカスクエア』。

 

 新卿華市の中心に建てられた市のシンボル。

 六階建ての三つ棟を中心として、埼玉南部の広大な土地に建てられたショッピングモールだ。最先端技術と自然を融合させたこの建物は、まさに都市機能の一翼を担うに相応しい規模を持つ。

 

 私たちは、キョウカスクエアの中央入口へ来ていた。

 巨大な入り口をふさぐようにしてシャッターが下りている。恐らくは緊急時の機能の一つだろう。

 

「行くぞ」

 

 一歩踏み出した桜小路先輩が、右手を構える。

 

「──破壊しろ、『虚代獣(こだいじゅう)』」

 

 先輩の一撃はシャッターを食い破り、巨大な風穴が空いた。鳴り響く警報装置を無視して、私たちはキョウカスクエアの内部へと入っていく。

 

「これは……」

 

 電気の供給が途絶え点滅する灯り。吹き抜けの綺麗なショッピングモール。

 私たちを驚かせたのはそんな物ではなく──内部を徘徊する、お腹の辺りに瞳が付いた、謎の人型の大群だった。

 

 それは私たちを認識すると、あまりに人間離れした様子で飛び掛かってくる。

 

「な、なにこいつら!?」

 

「斑鳩!」

 

「了解」

 

 銃口が火花を散らして、弾丸が眼人間へ着弾。

 その瞬間、気持ちの悪い動きは動力を失ったように止まって、地面へと落ちた。

 

()()()()()()。──間違いなく異能者による尖兵です」

 

「やはり敵対者がいるようだな。でなければ説明がつかん」

 

 桜小路先輩の腕が大群を薙ぐ。

 遅れて私たちも駆け出した。

 

「こいつら瞳が弱点みたい! 人型だけど人間だと思わないで! 体も機械だよ!」

 

 発砲音と"奇跡論"の色彩の中で、私も拳を構える。

 

(『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』──!)

 

 願うは、この眼人間たちを倒せる力。

 黄金の光を纏った私は、お腹の弱点ごと眼人間たちを殴り飛ばした。

 

 それでも眼人間たちは、通路の奥から無数に湧いてくる。

 

「唯月! あそこのエレベーターだと地下二階までしか降りられないみたい!」

 

「なら階段からだ!」

 

 空を飛びながら掲示板を指さしたまりちゃんの声に頷いて、桜小路先輩が一直線に光線を放つ。

 弱点なんか関係なく、直線状にいた眼人間たちは消滅した。私たちは先輩の開いた道を突き進んでいく。

 

「瓜生先輩っ! 大丈夫ですか!? おぶりますか!」

 

「問題ない。これぐらいならばついていける」

 

「銃担いでるのに流石です!! 筋トレしてただけありますね!」

 

 異能を使って移動している私たちに比べ、瓜生先輩の異能はそういう類ではない。だからこその心配だったのだが、杞憂だったみたいだ。

 一階から地下二階へ、襲い掛かる眼人間たちを蹴散らしながら降っていく。

 

「それにしても、これだけの数の人形を生み出すだなんて、どんな『異能』よ……」

 

「いいや、流石にありえん」

 

 杖に立ちながら降るまりちゃんに対し、手すりを滑る瓜生先輩が答えた。

 

「数は容易に百体を超える。この規模の異能者が無名な訳がない。そしてそんな異能者を俺達は知らん。考えるに──事前に準備していたと考えるのが妥当だろう」

 

 そして私たちは、立ち入り禁止のコーンを横目に地下三階へと差し掛かる。

 

「事前に、って……それじゃあまるで」

 

 階段を降り終えて、フロアへと。

 

「罠、みたいな……」

 

ばァ

 

 まりちゃんの喉元に、ナイフが迫っていた。

 

「え」

 

「ッ──!!」

 

 まりちゃんの首根っこを引っ張って、桜小路先輩がナイフを殴り折った。

 そのまま手を伸ばすが、人影は軽い身のこなしで宙へ逃げる。

 

「まりちゃん、大丈夫!?」

 

「けほっ、けほっ……ッ! だい、じょうぶ……ッ!」

 

 首根っこを引っ張られ服が首を絞めつけた事と、ナイフが喉元に迫った恐怖。二つがまりちゃんへ襲い掛かっていたけれど、彼女は何とか耐えていた。

 

「う~~~~~~~~ん流石は銀狼隊の桜小路唯月。完璧な奇襲のつもりだったんだけど」

 

「貴様、何者だ!」

 

「はじめまして。私の名はアティカ。本当は最奥で待つつもりだったんけど、暇だから来てしまったよ。こんなにも早く舞台に上がる無礼を許してほしい」

 

(なに、この人……!)

 

「その子たち、『瞳子(ドウシ)』による歓迎は楽しんでくれているみたいだねぇ。何よりだ」

 

 三合会の喰凰に対する感情が恐怖なのだとすれば、アティカに抱いた感情は生理的嫌悪に近かった。

 

 長い黒髪に白衣。不気味な女性。

 その瞳は幾何学模様に輝いている。

 アティカと名乗った彼女は、うすら寒い笑みを浮かべていた。

 

「それともこう言った方が良いかな? ──私こそが、『相転移炉』を利用しようとしている君たちの敵だ」

 

「ならば大人しく投降しろ」

 

「おおっと!」

 

 放たれた弾丸は、黒髪のカーテンを切り裂くにとどまった。

 アティカは地下三階の扉をくぐると、明らかに常識を無視した身体能力で壁に着地した。

 

「そう焦らないで。私は待っているからね。それじゃあまた」

 

「待て!!」

 

 ふわりと浮いて、壁を走って消えていく。

 その後を追うために、私たちは地下三階のフロアへ突入した。

 

 そこは、例えるのなら廃墟となった商店街だ。

 

「二十年前、旧卿華市の発展のために計画されていた地下街でしょう。もっとも、例の事故で頓挫していましたが……」

 

「どうやら、相転移炉関連の事は一筋縄ではないらしいな……ともかく、追うぞ」

 

 左右のうち、アティカの去っていったのは右だ。通路には、依然として大量の眼人間──『瞳子』が徘徊している。

 駆け出した桜小路先輩やまりちゃんたちに続くようにして、私も後を追った。

 

 ──どくん。

 

「──っ」

 

「鈴代?」

 

 心臓が不規則に脈打った。 

 私を呼ぶ瓜生先輩の声が遠い。

 

 この感覚を私は覚えている。

 これは──

 

「違うッ!! ()()()()!!」

 

 咄嗟に叫んだ。

 瓜生先輩が即座に弾丸を地面へ向けて撃ち込むと、そこの地点を中心として靄が晴れるように視界が反転した。

 

 アティカが向かったのは右ではなく、左だったのだ。

 私たちは、何らかの力によって、()()()()()()()()()

 

 そして反対を振り向いた私たちに降り注いだのは──通路を埋め尽くす数の『瞳子』だった。

 

「よいっしょぉ!!」

 

 まりちゃんが杖を振るえば、"奇跡論"によって半透明のバリアが展開。球形の形状が降り注ぐ『瞳子』たちを食い止めていた。

 

「そのまま抑えていろ!」

 

 黒い光が薙いだ。

 桜小路先が再び前方へ力を開放して、通路に風穴が出来る。

 

「また相転移炉関連!?」

 

「流石にそれで認識が入れ替わる事はないだろう。つまりは、アティカの異能と考えるのが妥当だ」

 

「異常な身体能力に、眼人間を操る操作能力。それに認識を騙す力……そんな色々出来る異能があるんですか?」

 

「ないとは断言できん。当人次第で異能には無限の可能性がある」

 

 とはいえ、これで相手の策の一つは見破った。

 後はその背中を追うだけだ。

 

「……しまった。──これも罠だ」

 

「っ……!」

 

 だが、私たちは気づいた。

 既に左右の通路は、『瞳子』たちによって埋め尽くされている事に。

 

 階段の方を見る。

 どうやら『瞳子』たちは私たちを追尾しているみたいで、上からもどんどんと数が増えてきている。

 

 桜小路先輩は、右手を開閉させた。

 

「……光線の連射は出来ん。この後あの女との戦闘を控えていることを考えれば、これ以上消耗は出来ない」

 

「私の『異能』も、どうにか出来る自信は……」

 

 逃げる道は既になく、人数差はあまりにも顕著だ。

 だが、ここで力を出してしまえば、アティカと名乗った女性を倒せる確率は下がる。まだ手数があるかもしれない以上、絶望的といった良いだろう。

 

「それにここは地下です。唯月さんが全力を出せば倒壊の恐れもある」

 

「……」

 

 桜小路先輩の返事に、迷いが見えた。

 状況は火を見るよりも明らかだ。明らかに私たちは、追い詰められている。

 

「──しののん。確かにアティカは、左の奥へ向かったんだよね?」

 

「は、はい! 異能が自動的に違和感を弾いてくれて……それで、見えました」

 

「なら、しののんは必要だね」

 

「……まりちゃん?」

 

 ざわつく心臓を抑えて尋ねれば、まりちゃんは静かに杖を構えて、呟いた。

 

「──ここは私と瓜生で時間を稼ぐ」

 

「まりちゃん」

 

「それしかない。迂回する事は出来ないし、私と瓜生じゃ火力にも期待できない。あのアティカとかいう女に太刀打ちするには、唯月としののんの力が不可欠なの!」

 

「でも!」

 

()()()()

 

 食い下がろうとする私の言葉を遮るようにして、桜小路先輩は背中を見せたまま言い放った。

 それは、覚悟を決めた表情で。

 

「っ……」

 

 違う。

 覚悟を決めていたのは、桜小路先輩だけじゃない。

 

 まりちゃんも、瓜生さんも──誰もが、覚悟を決めていた。

 

「有栖川。斑鳩」

 

「うん」「はい」

 

「──ここは任せる。だから」

 

 彼は振り返る。

 翻る軍服の、心臓部分を強く掌で叩いた。

 

「あとは、()()()()()

 

「うんっ!」「……はい!」

 

「……ふっ」

 

 桜小路先輩は私へ視線を向けて来る。

 

「鈴代。……いけるな」

 

「っ……はい!!」

 

 射抜く視線に、力強く首を振った。

 

 その時だ。

 痺れを切らしたように、にじりよっていた『瞳子』たちが動き出す。

 

 私たちはそれぞれ、右と左──否、前と後ろを向いて。

 

「いくぞッ!!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 『瞳子』の大群と対峙する。

 

「──蹴散らせ、『虚代獣』!!」

 

 桜小路先輩の右手が黒を纏って、前方へ駆け出す。

 道を切り開くは、破壊の奔流。

 

「『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』!」

 

 黄金を纏って、私はその後に続いた。

 後ろから聞こえてくる争いの音に、振り返らずに。

 

 

 ■

 

 

 二人が通路を進んでいって、私──有栖川魔莉愛と瓜生は、"奇跡論"によって構成されたバリアの中にいた。

 普段なら傷つかないバリアも、大群を前にして徐々に破壊されつつある。

 

「まさか俺たちが残る事になるとはな」

 

「……」

 

「唯月さんはともかく、まだ『銀狼隊』に入っていないような奴に任せて良かったのか?」

 

「でも、反論しなかったって事は、アンタも賛成だったんでしょ」

 

 私は首を横に振った。

 そして、笑う。

 

「──()()()だと思ったんでしょ。瓜生」

 

「……いいや。少し、違う。合理的だとはあまり感じなかった」

 

「ありゃ、外しちった」

 

「四人で切り抜けた方が恐らく良い。そっちの方が合理的だが──信じようと思ったんだ」

 

 私は目を丸くした。

 

「……信じる? アンタが?」

 

「俺の中の合理性をあの二人は上回ったというべきか。……()()()、合理性を追求しすぎて他者から拒絶されていた俺を、唯月さんが拾ってくれた時と同じだ」

 

「……そっか」

 

 "奇跡論"のバリアが、また小さく割れる。

 

「アンタも、前に進んでいるんだね」

 

「ふん。……それはどうでもいいが、どうする」

 

 瓜生はアサルトライフルを装填した。

 

「俺たちの攻撃力は、唯月さんたちに比べれば皆無だ。この数相手に俺が連射しようとも捌ききれないだろう」

 

「『破壊』をもたらす"奇跡論"を使うわ」

 

「…………お前、いいのか」

 

「うん。それが最適解だって、アンタも分かってるんでしょ」

 

 そう言うと、瓜生は罰の悪そうな顔をした。

 

(ああ。だから、アンタは嫌いになれない)

 

 口では合理性合理性とばかり言うけれど、心の底では、不器用なだけで人の事を考えている。

 ──私が、何かを破壊する"奇跡論"を苦手としている事なんて、最初から分かっていたはずなのに。

 

「そこにアンタの『弾丸』が組み合わされば、絶対いける」

 

 私は片目を閉じて、舌を出しながら笑った。

 

「私たち、相性最悪だけど──力の補完だけは完璧だもんね」

 

「──」

 

 バリアが割れる。

 四方八方から、『瞳子』たちが襲い掛かって来る。

 

(不思議なものね)

 

 しののんがいつか、言っていた。

 『人間は理想から逃げられない』と。

 

(今なら、少し納得できる)

 

 だって私は。

 

 あれだけ逃げて、逃げ続けて、逸らし続けて。

 ついに記憶の彼方にまで追いやれたはずの──

 

 ──夢が死んだ日(あの日)を、直視しようとしている。

 

 

 

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