Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十五話『獣道』

 

 ──夢追人、アティカ。

 年齢は二十六歳。出身はイギリス、サマセット州グラストンベリー町。中学生の頃に飛び級し、エクセター大学では『魔術とオカルト科学』を専攻。

 

 アティカは幼い頃、グラストンベリーの農家の家に生まれ、幼い頃よりアーサー王伝説を子守唄として育ってきた。

 

(つまらない)

 

 『神童』、『百年に一人の天才』ともてはやされていた彼女には、現実世界がとても退屈に思えていた。少し努力すれば全てが上手くいく。いや、努力とすら呼べない。彼女が繰り返していたのは、ゴールが見えている過程を試行するだけの作業だ。

 

(こんな世界にいたら息苦しくて死んでしまう。こことは違う場所──そうだ、『異世界』にいかなければ)

 

 そう思い立って、彼女は大学卒業後、すぐに世界中を旅した。

 異能者と出会った。異種族と遭遇した。超常は日常に馴染み、世界の模様は変わった。

 

 そして彼女自身も異能者となったが──それでも、『異世界』に対する関心はますます増えるばかりだった。

 

(友情、恋愛、冒険、奇跡……何を取っても、この世界は凡庸だ。それはきっとこの根底現実の基礎がつまらないからだろう)

 

 それは、あるいは天才ゆえの孤独なのかもしれない。誰からも理解されないが故に、まだ見ぬ世界へ希望を抱いたのだ。

 

 そしてアティカは、『相転移炉』の存在を知る。

 

『これなら……!』

 

 『旧卿華市』を探った。跡地を調べ、情報を得た。

 『新卿華市』を探った。活動のための拠点を手に入れ、飲食店を営んだ。その果てに、地の利を手に入れた。

 

 そして数年の調査の末に、アティカは『相転移炉』の居場所を掴んだ。

 

(私は、異世界へ行く)

 

 薄暗かりの中で、アティカは笑う。

 汚れた理想を叶えるために。

 

 

 ■

 

 

(なるほど、女の子の方が隙を作るのか)

 

 桜小路唯月と鈴代獅乃の会話。

 その全てを、アティカはエネルギーを変換した『魔眼』───千里眼によって見ていた。会話の内容を理解したのは読唇術によってだ。

 

(ならば迎え撃とう。今の私ならば、全てを凌駕出来る!)

 

 『相転移炉』の保有するエネルギーは絶大だ。

 今、この瞬間も稼働して、アティカの異能を強化し続けている。

 

(もう少しだ。もう少し経てば、()()を────)

 

 視界の端を、黄金の光が過った。

 

「ようやく来たかい。おしゃべりはもういいのかな!」

 

 『相転移炉』からの供給を受けた状態で、眼力を飛ばし衝撃波を放つ。

 一撃が空間を駆け抜けて、少女の肉体を巻き込んだ。

 

「ッ……! まだァ!!」

 

 少女が、再び黄金を纏って、衝撃波を超えた。同時に彼女の頬に、刃物のような傷が刻まれる。

 

(先ほどから確認できている『異能』の代償。内容はなんだ……? 『強引に行動を実行する』、そんなところか?)

 

 分析をしながら、アティカは肉薄する。ナイフを真っすぐに振り下ろすが、少女は静かに吠えると、右腕によってその一撃を受け止めていた。

 

「ははっ! 素手でこの私の一撃を!」

 

「っ、らああぁあああああああ!!」

 

「先ほどの少年なら受け止められなかっただろうに、やるな君!!」

 

 あまりの一撃に、地面が耐えられず足元が砕ける。それでも少女は右腕でナイフを受け止め続け、その度に黄金の光と傷の量は増えていく。

 だからアティカは、奥の手を使う事にした。

 

「──()()()

 

「……!!」

 

「っ! はは、やはりこれは消耗が激しいな……!」

 

 ぐらりとアティカがふらついて、同時に少女の体が停止する。

 それは、対象を石のように停止させる魔眼の力だ。それは石化というよりは、蛇睨みの超強化版のような代物。

 

 だが、これでもう彼女は動けない。

 この魔眼は一度発動すれば、鯨さえも動きを止める。

 

(何を考えているかは知らないが、その前に殺せば終わりだ)

 

「フフ、それじゃあね」

 

 アティカは薄く笑みを浮かべて、ナイフを振り下ろす。

 

「『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』」

 

「無駄さ。動き出すために、どれだけの──」

 

 ───目潰し。

 

「っ……!?」

 

 ぞっとして、アティカは思わず上体を逸らしていた。その上を、少女の腕が通過する。

 その腕は、血だらけだった。

 

(可愛い顔して、私の目玉を潰そうと……!?)

 

「だぁああああああ!!!」

 

「こいつっ……!」

 

 少女が躍動して、アティカの右腕を掴んだ。そのまま万力のような力で捻り上げると、一瞬にしてアティカの腕は悲鳴を上げる。

 

「このっ、放せっ!!」

 

 アティカの瞳が輝いた。

 衝撃波が少女に向けて放たれる。

 

 飛び出たそれは、今までよりも強力な放出だ。少女の胸あたりに直撃して、その肉体を激しく揺らすが───瞳は、死んでいない。

 

()()

 

「……なら、これはどうかな!!」

 

 アティカは左手を伸ばして、少女の首を締めあげた。

 腕と首、互いに締め上げ合う泥仕合。

 

()()を続けるのも限界だろう!!」

 

「ぐ……ぅ……!」

 

 少女の顔が青くなっていく。

 体に刻まれる傷も、増えている。これ以上続けば重症になりかねない。

 

(勝った!)

 

「……ぇ」

 

 少女の、口が小さく動く。

 

「せん、ぱい──『相転移炉』ぉ……()()()して……!」

 

「───は!?」

 

 視界の端に、漆黒が滲む。

 思わず振り返って、アティカは、右腕を『相転移炉』へ向けて振りかぶろうとしている桜小路唯月を見た。

 

(『相転移炉』を破壊!? それをすれば事故が起きかねないというのに、血迷ったの!?)

 

 だが、現実は目の前に迫っている。

 

(認識を阻害する!? 眼力を飛ばす!?)

 

 だが、その全てにアティカは否を突き付ける。

 

(止めなければ!)

 

 アティカは肉薄して、桜小路唯月に向かって飛び掛かる。

 

「やめろ! それだけは───!」

 

「ああ、()()()()

 

「……は?」

 

 くるりと、事も無げに桜小路唯月は振り返って、アティカへ握腕を向ける。

 

「代わりに受けてもらおう。──おかげで、途轍もない一撃が出来た」

 

 漆黒の獣が、形を成して飛び出す。

 

(っ、なぜだ!! 確実に『相転移炉』に意識は向いていたはず!!)

 

 だが。

 

(───ぁああああああ!! そういう事か!!!!)

 

 遅れて、アティカは理解した。

 

(私がそう判断したのは、この少女を見ていたからだ!! 全部、演技だった!! この子、首を絞められながら、全身に傷を負いながら、致命傷に陥りながら───全てを偽っていた!!!!)

 

 偏に、精神力の結晶。

 その頑強さに、アティカは砕かれた。

 

 漆黒の光が、アティカを一瞬にして染め上げる。

 

 魔眼を働かせる余裕すらなく、彼女はその中に沈んで。

 肉体はぼろぼろに砕かれた。

 

「───」

 

 極光が晴れた頃、桜小路唯月は、彼女を見下ろす。

 するとアティカは、顔を上げないままに呟いた。

 

「……ばけ、もの…………め」

 

「言いえて妙だな」

 

 彼は次いで、体中の至る所に傷を作っている少女を抱き上げて、言い放つ。

 

「然り。()()は"獣"だ。ただし───『銀色』のな」

 

 

 ■

 

 

「ここか……!」「二人とも!!」

 

「……! 斑鳩、有栖川!」

 

 アティカとの決着がついてすぐに、最奥の扉が開け放たれて、瓜生先輩とまりちゃんが入って来た。

 二人は部屋の中を見渡し、状況を把握すると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「外はどうなった」

 

「二人で殲滅しました。もちろんまだ残っていますが、直前に全ての『瞳子』は停止しました」

 

「っ、しののんッ!!?」

 

「ぁ……」

 

 私は意識を朦朧とさせながら、抱き着いてくるまりちゃんの感触を感じていた。全身血塗れな事がなんだか恥ずかしい。

 視線だけを送りながら、何とか笑いを浮かべる。

 

「ごめ……ん。無茶しちゃった……」

 

「一体どうしてこんなッ!! 唯月!?」

 

「事情は後にしろ。それに酷い有様だが、傷自体はどれも軽症だ。治療すれば十分に助かる」

 

「っ、あぁもう!! 私が言えた事じゃないけど無茶しすぎ!!」

 

 まりちゃんは掌を翳して、"奇跡論"で少しずつ傷を治してくれる。もちろんすぐには塞がらないけれど、少しだけ痛みが和らいでいく感じがした。

 

「それで……そこに転がってるのは、アティカでいいんだよね」

 

「ああ」

 

「そっか。二人は、勝ったんだね」

 

「鈴代のおかげでな」

 

「ああっ……!」

 

 まりちゃんは泣きそうな顔で、私を抱きしめてくれる。それが嬉しくって、なんだか眠ってしまいそうだった。

 本当はそのまま眠ってしまいたかった。でも、その前に、私たちは、それを聞いてしまった。

 

「……フフ」

 

 四人ではない、笑い声。

 底冷えするようなうすら寒い声。

 

 誰ともなく息を呑んで、アティカの方へ視線を向ける。

 

「噓でしょ……?」

 

 床に倒れて。転がって。それでもなお、動く人間がいた。

 

「あれほどの攻撃を受けて、なお……」

 

「──お嬢ちゃん、"奇跡論"の使い手だろう」

 

「ぇ……?」

 

 呼ばれたのは、まりちゃんだった。

 

「その服装……滅んだ『有栖川』家の物かなぁ……? そうか、だからそんなに……強いのか……」

 

「なんで……それを、知って」

 

「『ハイゼンベルクの第三法則』───『観測は現実を変える』。ひひ……私も『魔眼』を使う者として、『相転移炉』を利用する者として、そういった知識は入れておいたのさ……」

 

 アティカの肩が、笑いに合わせて不気味に上下する。

 

「……まずい」

 

()()()()()。君たち二人が来てくれたおかげで───」

 

「止めないとっ、まずい!!!!」

 

「『相転移炉』を観測してくれたおかげで、『法則』が濃くなった」

 

 桜小路先輩が駆け出す。

 だけどそれよりも、アティカが懐から何かを取り出す速度の方が早い。

 

 それは、私たちが追っていた、特殊精神薬が入った注射器だった。

 

()()()()()

 

 首筋に薬品が撃ち込まれる。

 同時に、『相転移炉』が今までにないほど脈動を始めた。

 

「さぁッ!!」

 

「───!」

 

 突然、アティカが起き上がった。

 そして──瞳のない、空洞を上へ向けた。

 

「"扉"を開く時だッ!!!!」

 

 アティカの全身から、『黄金』を帯びた柱が立ち上る。同時に『相転移炉』を埋めていた液体が、根こそぎ消えていくのを私たちは確かに見た。

 

 魂すら持っていかれるような凄まじい衝撃。

 柱は天井を貫き、どこまでも、どこまでも伸びていく。

 

 けれどその『黄金』は、私が纏う『黄金』とは全く違う───例えるのなら、神秘を纏ったような、異質な色彩だった。

 

「……! これは」

 

 不意に地面が脈動を始める。

 天井が揺れて、不安定な箇所が崩壊を始めた。

 

 崩れ始めている。建物全体かは分からないけれど、少なくともこの空間が。

 

「斑鳩、アティカを背負え。ここで死なせる訳にはいかん」

 

「了解しました」

 

「光は空へ昇って行った。脱出するぞ。───外で何かが起きている」

 

 私たちは、その場から走り出した。

 

 

 ■

 

 

「……うそ」

 

 それは、誰の言葉だっただろうか。

 私たち四人の言葉だったかもしれないし、空を眺めていた一般の方の呟きだったかもしれない。

 

 少なくとも、たったいま、この瞬間、新卿華市にいた全ての人々が、空を見上げていた。

 

 だって目を離せなかった。空に浮かぶ()()から。

 いや、違った。目を離せなかったのは私たちじゃない。

 

 ──空に浮かぶ、()()そのものだ。

 

「なんで、空が黄金色に変わって───巨大な瞳が浮かんでるの……?」

 

 青空は奪われた

 

 名状しがたい異物感を伴った黄金色が、新卿華市の空を汚染している。

 その中央に浮かぶのは、幾何学模様を浮かべた巨大な一つの瞳。

 

 ──その瞳は、私たち全員を見つめ続けながら、ゆっくりと落下を始めていた。

 

 瓜生先輩はそれを見つめながら、表情を苦し気に歪める。

 

「……やられました。スマホの連絡機能が使えない。というより恐らく、電波が通っていない」

 

「つまり、それって」

 

「今、新卿華市は外部の空間と隔離されている」

 

 忌々しげに、瓜生先輩は呟いた。

 

「───あれがそのまま落ちれば、新卿華市はまた()()()()()()()!」

 

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【『異界天亡(Holy Eye)』】

〇性質───皆既天食・相転移災害・異次元への扉(ゲート・オブ・スペース)

〇詳細───夢追人アティカが特殊精神薬による暴走状態に入り、相転移炉に蓄えられたエネルギーの全てを消費する事で発動した相転移災害。新卿華市の上空全てを覆いつくし、最終的に市の全てを飲み込み異世界へと転移させる。

『異世界へとたどり着きたい』、そう願った者が辿り着いた、ありきたりな終着点。

============================================

 

 ───市が、終わる。

 旧卿華市も、新卿華市も、一緒くたに呑み込まれて、ここではないどこかの世界へ吹き飛ばされる。

 

「そん、な……そんな……!」

 

「しののん……!」

 

 痛む体を強引に動かして、"奇跡論"によって運んでくれていたまりちゃんの手から離れる。

 

()()()()()()は求めてない……! 斜森さんが望んだのは、こんな光景じゃない!!」

 

 もっと晴れやかで、終わった後に誰もが笑顔になるような、そんな終わり方だったはずだ。

 なのに、また市が吹き飛ぶだなんて、そんなのは悲劇でしかない。

 

「──止めなきゃ」

 

 私はふらつきながら、しっかりと立ち上がる。

 

「止めなきゃ……! ここで立ち向かわないと、全てが無駄になる!」

 

 斜森さんの努力も、まりちゃんと瓜生先輩が稼いでくれた時間も、桜小路先輩と切り開いた道も。

 そんなの、絶対に許せないから。

 

 私の肉体が、黄金を纏う。

 

「だったら私は、()()()()()!!」

 

 

 

 

「──大丈夫だよ」

 

 

 

 

 一瞬、誰の言葉か分からなかった。

 肩に手を置かれて、私は振り返る。

 

()()()()()()()()()

 

「班、長……?」

 

 眼帯を取り去って、包帯も付けていなくて、軍服さえもなくて。

 今までも聞いた事がないほどに穏やかな声色で、彼は言った。

 

「あとは、()がどうにかする」

 

「っ、班長!?」

 

 私の声を無視して、桜小路先輩は高く跳ねると、キョウカスクエアを経由して建物の屋上を走っていく。

 前へ、前へ、その姿はどんどん小さくなっていった。

 

「ちょっ……!」

 

「鈴代、いい」

 

「瓜生先輩、何で止めるんですか! 班長を追いかけないと──」

 

 私は振り返って、言葉を失った。

 

「…………なんでそんなに、落ち着いてるんですか?」

 

 その疑問は正しい筈だ。

 空の色が変わって、恐ろしく巨大な瞳が空に現れて、それは市をまるごと滅ぼしてしまうほどの存在で。だったら焦るなんて次元を超えて、死に物狂いにならなければならないはずだ。

 

 でも、二人はただ笑っていた。

 

「なに、簡単な事だ」

 

「そうそう。複雑な事なんて何もないよ」

 

「じゃあ、なんですかそれ。一体なんで……!」

 

「───唯月さんは、誰よりも強いからだ」

 

 それは、確かにあまりにも単純で、簡単な回答だった。

 

「しののんや世間は二階堂エデンを『最強』だっていうかもしれない。でも、私達はあの子こそが『最強』だって思ってる」

 

「あの人は『全部任せろ』と言った」

 

「それに、見た? あの子、自分を強く見せるための仮面すら脱ぎ捨ててる。そんな物なくたって、私たちは変わらないのにね」

 

「全くだ。例えどうあろうとも──」

 

 二人はもう一度、笑った。

 

「俺たちはあの人を、子どもみたいに、心の底から信じてるのさ」

 

 

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