Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十六話『理想塗れの虚代獣』

 僕──桜小路唯月は、ひたすら前に進んでいた。

 

(体が重い。『虚代獣』を使いすぎてる)

 

 それに、刺された腕が痛い。思ったより深く傷が刻まれている。

 アティカとの交戦は、思った以上に強く負担を与えていた。

 

(でも、立ち止まる訳にはいかない)

 

 前を向く。

 空は、未だに黄金を放っていた。

 

(伝わってくる。あれは、本当の厄災だ)

 

 立ちはだかるのは、アティカの暴走によって生まれた超ド級の一撃、『異界天亡(Holy Eve)』。

 間違いなく今までで最大の敵で、まさに世界を破壊しつくす──ライトノベルの敵みたいなやつ。

 

 地平線が歪んで、どこからともなく強風が吹き荒れていた。それは、市をまるごとを飲み込もうとしている証だ。

 触れてすらいないのに、体が捻られているみたいに苦しい。

 

(不思議な気分だ)

 

 怖い。

 震えが止まらないし、嫌だ。今すぐにも逃げ出したい。あんな強い奴に立ち向かうだなんて、一人じゃ無理に決まっている。

 

 弱い人間なんだ僕は。

 背が小さいから誰かに虐められるし、『異能』がなかったら今だって教室の隅で怯えていたかもしれない。『中二病』なんて仮面をかぶらなければ他人とまともに話せないような、ちっぽけでどうしようもないやつ。

 

(でも、僕は背負うと決めた)

 

 有栖川さんも、斑鳩も、鈴代さんだって、怪我をしている。

 僕だって万全とは言えないけれど、その中で一番強いのは僕だ。

 

 だったら、僕がその役目を果たす。

 

 気力が溢れている。 

 やってやろうって気概がある。

 

 そうして僕は、市の中で一番高い場所──小高い丘の頂点にたどり着いた。

 

「───!」

 

 太陽を覆い隠すほどに巨大な瞳が、僕を見つめていた。

 僕が近づいたのもあるけれど、『異界天亡』は確実に大地へ落ちてきている。

 

「出し惜しみは無しだ」

 

 僕は踏ん張ると、『異能』を開放した。

 右腕が漆黒を纏う。次いで、全身に漆黒を回す。

 

「……いくよ!」

 

 地面を強く蹴って跳んだ。

 凄まじい推進力を経て、僕の肉体はあっという間に上昇。

 

 ほど近かった『異界天亡』が、より巨大になっていく。

 数秒も経たないで、瞳は文字通り手が届く位置にまで近づいた。

 

「喰らい付け──『虚代獣』ッ!!」

 

 漆黒が獣を象る。

 顎のように研ぎ澄まされた右腕は──とうとう、その瞳に触れた。

 

「ぐっ、っぅ……ぁああああああああああアアァアアあああぁあッッ!!!!」

 

 その瞬間、体がバラバラに引き裂かれるような痛みに襲われた。肉体を繋ぎとめようとしている細胞一つ一つが、別々の方向に引っ張られているような感覚。

 

 人間が味わっていい痛みではない。この世界に存在していい痛覚じゃない。

 異形の法。異界の律。

 あきらかに、常軌を逸している。

 

「ッッッ”ウ!!!!! ぁああ”ぁあああああああッ!!!!」

 

 衝突が轟音を奏でている。

 黄金と漆黒が周囲にばら撒かれて、世界を汚していく。

 

 感覚で理解してしまう。

 これは、人の手に負えるような代物じゃない。僕が今やっている事は、地殻変動を野に咲くたんぽぽが止めようとしている感じだ。到底、敵う訳がない。

 

「負ける、かぁああああああ!!!!」

 

 叫んで、気力を奮い立たせて、抗って、抗って。

 でも限界が近い。勇気や根性だけじゃ現実はどうしようもない。必死に『虚代獣』によって抑えつけている均衡が、僕の肉体と共に崩れていく。

 

(あ……これ無理だ)

 

 砕けていく。

 意志も、肉体も。

 

 これが最も成功率の高い選択だったのは言うまでもない。僕以外の誰かが立ち向かったところで、きっと負けていた。

 

 でも、このざまだ。

 抗ってみても、僕にはどうしようもなかった。例え強くなっても、本質だけは変わってくれない。

 

その時僕の脳裏に過ぎったのは、かつての自分だった。

 

 ───『なるんだ……強く、つよく……なるんだ……!!』

 

 ちょっとだけ、力が籠った。

 

「ッ────嫌だァああああああああ!!!!」

 

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 

 僕はもう、無力なあの頃の僕じゃない!!

 好きな物すら自慢できない、どうしようもない僕じゃない!!

 

 雪の中でライトノベルを抱きしめていた子供じゃない!!

 

(あの日から、僕は変わった!)

 

 体に力を籠める。

 崩れかけていた漆黒を、なんとか繋ぎとめる。

 

 足りなくたっていい。抑えろ。

 至らなくたっていい。継ぎ接げ。

 

(でも、まだ足りない!)

 

 僕は臆病だから、まだ、自分を信じ切れない。

 どうしようもない僕だから、一人じゃ、立ち上がり切れない。

 

 ──唯月!

 

()()……()()()

 

 ──唯月!!

 

 先輩が、いた。

 

 初対面の時から馴れ馴れしくて、距離感が近くて困った人だった。でもそれが誰にでもじゃない事を知って、ちょっと嬉しくなったりして、それでも仮面を貫き続けた。

 

 ───唯月さん!!

 

 同級生が、いた。

 

 同級生なのに自分の事をさん付けするし、敬語も使う変な奴だった。合理性を追求するところを他の人は機械みたいだと言うけれど、誰よりも強く在ろうとするその姿は、むしろ人間らしく見えて仕方がなかった。

 

 ───班長!!

 

 後輩が、()()()

 

 どうしようもないぐらい大馬鹿で、どうしようもないぐらい頑固で、どうしようもないぐらい理想的な人。危うく感じるけど、同じぐらい夢を抱かざる負えない、とんでもない人。

 

(そうだ。そうなんだよ)

 

 先輩になった。

 後輩が出来た。

 

 ()は終わり、季節は巡って───()が来た。

 

(背中はもう、みんなに押されてたんだ)

 

 重みを感じる。

 でもそれは、後ろ指を指される重圧じゃなくて、期待と信頼の賜物。

 

(ありがとう)

 

 僕は、ただ笑って。

 

 ───『仮面』を脱ぎ捨てた。

 

 

 ■

 

 

 『異能』とは、人間の強い感情や経験を反映する鏡だ。

 

 その存在理由は一つ──所有者の願いを叶えること。

 即ち、現実に抗う事。

 

 その精神の絶望と向き合い、乗り越えた時──『異能』は本領を迎える。

 

 それはまるで、誰かが信じた『夢と希望の物語(ライトノベル)』のように。

 

「『理想塗れの虚代獣(ブラキウム・アナイアレーション)─────雪解けの咆哮(Beyond The Shitty winter)』」

 

 

 

 ──桜小路唯月

 

 

 

 ─────『覚醒

 

 

 

 

 先輩に、友人に、後輩に、過去の自分に報いるために。

 唯月は至った。

 

「──」

 

 視線を上げる。

 依然として迫る、巨大な瞳。

 

「────ッ!!」

 

 全身に纏っていた漆黒が、()()()()()()()

 それらは代わりに全身へ巡りながら、雪のような純白が混ざり始める。

 

 執念と後悔、二つの色彩が織り込まれて、体の中心から途轍もないエネルギーが迸った。

 

「もう一度勝負だ──絶望!!」

 

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理想塗れの虚代獣(ブラキウム・アナイアレーション)─────雪解けの咆哮(Beyond The Shitty winter)】[異能][覚醒:第二段階(イデアオーバー)]

『過去を喰らう』異能。右腕が触れた対象に不可逆の性質を付与する。付与された対象は二度と同じ状態に戻る事はなく、どんな事になろうとも未来へ進み続ける。

全てを背負って前へ行くという、桜小路唯月の覚悟の顕れ。

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 覚醒者には、その異能の性質強化や、時として新たな力が与えられる。

 唯月の発現させた力は、『不可逆』の付与。

 

 白銀が、右腕から瞳に流れ込み、巨大な全身を包み込む。

 『不可逆』の性質が、瞳に与えられた。

 

「はぁあああああああああ!!」

 

 右腕を突き出す。

 今や、桜小路唯月が支配するエネルギーは瞳にも劣らない。次元すら破壊してしまいそうなエネルギーを携えて、瞳を殴りつける。

 

 ──衝突。

 火花が散って、再び唯月の肉体は引き裂かれそうになった。

 

「ぐ、っぅ……!」

 

 脳の血管が千切れそうだ。鼻血が出てきた。

 それでも、腕は徐々に瞳を破壊し始める。

 

 瞳は、唯月の腕を跳ね返せない。呑み込みもしない。

 ただ少し、傷が入ったのなら、向かうのは破滅のみ。

 

(お前はもう──()()()()!!)

 

 相手がどんなに強大であろうとも。冷たく、暗い現実であろうとも。

 

 桜小路唯月の拳は───絶望を砕くッ!!

 

「────!!」

 

 声にならない叫びが木霊して。

 

 ぱちん、と。 

 何かが割れる。

 

 それは、巨大な瞳に亀裂が入る音だった。

 

 最初は小さかった罅も、加速度的に大きくなっていく。

 巨大な瞳が、その大きさに見合うだけの時間、砕けていく。

 

 地割れみたいに瞳を駆け巡って──最後に、ばらばらになった。

 

「ぁ……」

 

 宝石みたいに破片が散って、黄金の空が祝福のように晴れた。

 青空だ。

 歪んでいた地平線が、元の輪郭を取り戻していく。

 

 それを認識した瞬間、唯月の肉体から力が抜けていく。

 上空から、少年は落下を始めた。

 

(やった、んだ……倒せたんだ……)

 

 体が冷えていく。

 貧血だ。血を流し過ぎている。

 

(あんなの倒せるなんて……はは、大した奴じゃん、僕)

 

 痛くて、辛くて、苦しい事ばかりだった。

 一年間戦ってきたけれど、その中でとびっきり大変だった。

 

 もう二度とこんな目に遭いたくなんかない。

 そもそも唯月という少年は、痛い事が嫌いだ。苦しい事に耐性なんか持ってない。

 

 ──それでも。

 

「唯月っ!!」

 

「────」

 

 ふわりと、優しく誰かに抱き留められた。

 聞き慣れた桜みたいな声。出会った日に耳元で聞いてから、忘れた事なんてない。

 

「有栖川、さん……」

 

「魔莉愛だよ……魔莉愛でいいよ……!!」

 

「魔莉愛さん」

 

「唯月さん!!」「班長!!」

 

 遠くから走って来る二人が見える。

 

「……はは」

 

 なんだか、笑ってしまった。

 

 ──そうだ。

 

 唯月は、苦しい事なんか嫌いだ。痛い事だって嫌だ。

 それでも。

 

「みんなが無事で、よかった」

 

 ただ、みんなが幸せであるのなら、その甲斐があった。

 

 

 

 

 そう思える仲間が出来た事が、桜小路唯月にとって、何よりの幸福だったのだ。

 

 

 

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