Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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エピローグA───『泣いて苦しんで、頑張ったのだから。』

 そこからの一日は、大変だった。

 

 

 『新卿華市』で起きた今回の事件は、想像よりも多くの人に見られていたらしい。黄金の空は、その色彩を隣の県にまで滲ませていたとの事だ。

 

 銀狼隊だけじゃなくて、月桜学園の人たちがあんなに動き回っているのを初めて見た。私たちも偉い人に色々事情を聞かれたり、後は少しだけ事後処理に関わったりして、あっという間に時間は過ぎていった。

 

「バイタル安定、傷跡もなし。鈴代様、いーしてください」

 

「いーーーーー」

 

「内出血も収まっている、と……はい、全て問題ございません♡」

 

 私は医務室で、サーシャサンからの問診を受けていた。とはいえ傷自体は、悪化する前にまりちゃんが頑張って(ほんっっとうに頑張って!)治してくれていたから、ほとんど残っていなかった。

 

(本当にありがとう、まりちゃん!)

 

 顔面をくしゃくしゃにしながら"奇跡論"を使っていたまりちゃんを、私は一生忘れない。

 

「まったく、こんな短期間に医務室へ来た新入生は鈴代様が初です。『異能』の性質上、仕方ない事だとはいえ、お体は労わってくださいね」

 

「はい、気をつけます……」

 

「とはいえ、まだまだ肉体が未熟だという点も十分にあるでしょうから、また鍛えなおしです。今度の訓練は覚悟しておいてくださいね♡」

 

「ぴぃっ」

 

 小鳥のような声を出して私は肩を震わせた。

 とりあえず、後日の私が泥のように頑張る事は決まったみたいだ。

 

「獅乃!」

 

 突然扉が開かれて、入って来たのはここあちゃんだった。

 よく見ればその後ろから、アルテンブルク君と燐世くんもやって来ている。

 

「ここあちゃ、むぐぅ」

 

「無茶しすぎよ!! 心配したんだから!」

 

「あはは、ごめんね」

 

 ここあちゃんに抱きしめられて、私は申し訳なくて苦笑いを浮かべた。

 

「本当にもうっ───何かあったら、一体どうしてやろうかと」

 

「ここあちゃん!? 誰を!?」

 

 人を殺しそうな目つきで、ここあちゃんは虚空を睨む。

 すると隣にそっとアルテンブルク君がやってきて、私に耳打ちをした。

 

「……ここに来るまでの間、こいつ怒りまくって大変だったんだぞ! オレたちの声も聞こえないぐらいで……まぁ、お前を見たら安心が勝ったみたいだから良かったけどな」

 

「そ、それはなんだか……お疲れ様」

 

「ったく……餅月、少しは落ち着け。無事だっていうのは連絡で分かってた事だろ」

 

「血塗れって聞いたら誰でも心配するでしょ!」

 

 溜息をつくアルテンブルク君に、ここあちゃんは相変わらずきびきびと返す。

 あれ、でもなんだか、二人の距離が知らない間に縮まってる……?

 

 そんな事を考えていると、燐世くんが傍にやってきた。

 

「とにかく、無事で良かったよ。……ところで、伝言を預かってるんだ」

 

「伝言?」

 

「あぁ。『銀狼隊』の桜小路さんからだ。──問診が終わったら、桜小路班の班室へ来てほしいってさ」

 

 その言葉に、私は目を丸くした。

 

 

 ■

 

 

 裏庭の森を抜けて、桜小路班の建物、『桜屋敷』にたどり着く。

 前に来てから数日しか経っていないはずなのに、酷く懐かしい気がした。

 

「失礼しまーす……」

 

 扉を開ければ、明かりがついていないのか薄暗かった。

 誰も来てないのかな? 電源を入れようと中へ入ると、中心だけ明かりがついている事に気づく。

 

 そこにいたのは、班長の椅子に座っている桜小路先輩だった。

 

「──来たか」

 

 彼は立ち上がって、私の方を向く。

 

「よく来たな。ご足労に感謝する」

 

「桜小路班長……」

 

 私は首を傾げた。

 

「口調、戻っちゃったんですか?」

 

「ぐふぅ」

 

 桜小路先輩は苦悶の声を上げた。

 

「いや、あれはなんというかその、ラストバトル特有の口調変化というか、過去を乗り越えはしたけど訣別には時間を要するというか……いやまぁ」

 

 苦笑いを浮かべながら、恥ずかしそうに笑った。

 

「まぁ……徐々に変わっていく……よ。()も違和感あるとは思っているけどね」

 

「そっちの方が似合ってますよ! 我? とかなんか変でしたもん」

 

「ふぐぬぅっ」

 

 桜小路先輩は悶絶した。

 

「フ、フ……まぁ、その話はどうでもいい。今日僕が君を呼んだのは、真面目話をするためなんだ」

 

「……今回の任務に関して、ですか?」

 

「ああ」

 

 そうして、桜小路先輩は纏う雰囲気を一変させる。

 まさしく桜小路班のみんなが慕う、班長然としたものに。

 

「まずは今回の件、本当にご苦労だった。君がいなければ命を落としていた場面が何度もあった。礼を言わせてほしい」

 

「いえ、私は私の出来る事をしたまでです」

 

「うん。でも、それとは別に───」

 

 桜小路班の赤い瞳が、私を射抜く。

 

「──君はやっぱり、命をなげうったな」

 

「っ……!」

 

 告げられた言葉は、想像していた通りだった。

 自覚はあったのだ。そもそもこの見学期間は、桜小路班が私の性格を懸念しての事。

 

 即ち、命を犠牲にしてでも目的を果たしてしまう、刃物のような意志。

 

 私は『新卿華市』の一件で、それを抑えるどころか、むしろ桜小路先輩を動かすほどに強く主張してしまった。

 

「無論、命を賭ける事を間違いだとは言わない。僕たち『銀狼隊』には、往々にしてそういった瞬間が訪れる。でも、君は少々真っすぐ過ぎる。言い換えれば融通が利かない。それは、あまり良くない事なんだよ」

 

「……はい」

 

「今回は君のその性格に助けられた事は確かだ。でもそれを問答無用で容認すれば、命の価値が著しく軽くなる。分かるね」

 

 口調も相まってか、まるで師匠に諫められているような感覚だった。

 その言葉は、全て正しい。最初に桜小路先輩に言われてから何度も考えたから分かる。

 

「でも、私も間違ってはいません」

 

「そうだ。これは主義主張の違いであって、どちらかが正論という話じゃない。──だからこそ、もう一度聞かせてほしい事があるんだ」

 

 桜小路先輩は、人差し指を立てた。

 

「君は、これからも意志を曲げないのか。例え絶望が訪れようとも、今回みたいに死にかけたとしても……絶対に揺らぐ事なく、前へ進むのか」

 

「はい」

 

 私は即答した。

 迷う事など、一つもなかった。

 

「何度言われても、変わる事はありません。───()()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

「『いい人』になるために、私は進み続けます」

 

 我ながら青い言葉だって、思う。

 人はそれを蛮行だと呼ぶのだろう。生き急いでいる、そう感じるかもしれない。

 

 でも、それでも構わないのだ。 

 人間は理想から逃げられない。そして私は、その生き方を理想であると感じてしまったのだから。

 

「……そうか」

 

 先輩は、浅く息を吐いた。

 

「意志を貫くには、覚悟が必要だ。同時に硬すぎる意志は、刃物だ。振り回せば周りを傷つける。その刃物を振り回そうとしている君を見たから、僕は君を相応しくないと断定した。覚悟を持つことの苦しさを、僕は分かっているからだ

 

「……はい」

 

「でも。だからこそ、君にその覚悟がある事は、『新卿華市』の件で十分に理解した。その覚悟は蛮勇ではなく、正しく勇気であるのだと」

 

「────」

 

「だったら、一人で、抱え込むな」

 

 一言一句、しっかりと区切って、先輩は言う。

 

「僕たちは『銀狼隊』。深い暗闇に満ちたこの世界を切り開いて、差別と理不尽がない世界を作ろうとする者たち。助けるのは共にで、傷つけるのも共にだ」

 

「……?」

 

「『()()()()()()()()()()()()、それを履き違えるな」

 

「……………………えっ? そ、それって!」

 

 私の胸に、何かが飛んできた。

 反射的にキャッチして、それを眺める。

 

 『銀狼隊隊員証』と書かれたカードが、私の瞳に反射した。

 

 顔を上げる。

 ぱちんと明かりがつく。

 

「鈴代獅乃───銀狼隊、入隊だ!」

 

 ぱぁーん!

 

「「「「おめでとうー!!」」」」

 

「え、えぇええええええええ!?」

 

 気が付けば、みんながクラッカーを鳴らしていた。

 

「こ、ここあちゃん、アルテンブルク君、燐世くん、まりちゃんや瓜生先輩!?」

 

「ちょっとー、私もいるよ!」

 

「おめでとうございます♡」

 

「八千代ちゃん、サーシャさんまで!!?」

 

 机の影や死角に隠れていたのは、私の友達や桜小路班の先輩たちだった。

 クラッカーの雨が降りかかりながらも、私の肩が思わず跳ねる。

 

「い、いや、入隊って!」

 

「合格って事さ!」

 

「し、師匠!? ドイツにいたはずじゃ!?」

 

「ぶっ飛んで帰って来た!」

 

 扉が開け放たれて、師匠が飛び込んでくる。

 び、びっくりした!

 

「言っただろう? 段階を踏むって。必要な事は満たしたって事さ」

 

「で、でも」

 

 私は桜小路先輩へ振り返る。

 

「い、いいんです、かね………私、班長にとんでもない事言っちゃった気がするんですけど!?」

 

 脳裏に過るとんでも発言。

 

 『───絶対に『銀狼隊』には入れなくなるぞ!!』

 

 『そんな事どうだっていい!!!!!』

 

 今思い返してみたらだいぶアレだよね!!?

 

 黙っていた方がいいのかもしれないけど、尋ねてしまうぐらいにはやらかしだったと感じている。

 

「え、そうなの? 俺は聞いてないけど」

 

「え?」

 

 思わず先輩に視線を向ければ、彼は意味ありげに首を傾げると。

 

「何のことだ? あぁ、『新卿華市』でのことは大変だったからな。記憶が少し曖昧で……何と言っていたんだ?」

 

「……い、いえ。勘違いだったかも、です」

 

「そうか。なら良かった」

 

 桜小路先輩は、笑って許してくれた。

 なら……なら。いいのかな。

 

 私は、隊員証を握り締めた。

 

「はいっ、よろしくお願いします!!」

 

「──それと!! もう一つ!!」

 

 なごみそうになった雰囲気を破るように、師匠が待ったをかける。

 みんなが思わず面食らって驚いていると、咳払いをした。

 

「こほん。これはまだ幹部会で決まったばかりの事で、正式な発表はまた別の機会にあるんだけど……」

 

 そこまで言って、師匠は桜小路先輩へ振り返る。

 

「桜小路唯月。今回の『新卿華市』の一件を解決した功績を評価して、君を───銀狼隊『幹部』に任命します」

 

「ぇ……? ぼ、僕が!?」

 

「そう! 君は新入生たちの入隊式のタイミングから『幹部』になる。一年間、頑張ってきたもんね」

 

 師匠は、いつの間にか近づいてきたサーシャさんから服を受け取り、広げる。

 軍服のようにも見えるそれには、全体的に『銀狼』の意匠が施されていた。

 

「『幹部』の証、専用の羽織だ。これに袖を通す事で、『幹部』への昇進を承諾した事になる」

 

「───」

 

 桜小路先輩は固まって、羽織を見つめていた。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 それでもゆっくりと頷いて、その羽織に袖を通す。

 不意に羽裏が靡いて、『銀狼』が強調された。

 

「唯月ーーー!」

 

「わぁっ!?」

 

 それを見届けて、まりちゃんは桜小路先輩に抱き着く。

 

「おめでとう! 本当に、ほんっとうにおめでとう……!!」

 

「唯月さん、おめでとうございます」

 

「ありす……魔莉愛、斑鳩……」

 

「班長、おめでとうございます!」

 

「……ありがとう」

 

 そうして、私たちは共に喜び合って、くすりと笑顔を浮かべた。

 

 

 ■

 

 

「獅乃、ほっぺにチョコついてるわよ」

 

「むぐぅ……ありがとう」

 

 その後、私たちは桜小路班の建物で、サーシャさんが作ってくれたスイーツを食べていた。

 元々みんなが集められたのはそのためで、私の入隊祝いと、桜小路さんの昇進祝いを兼ねていたそうだ。

 

 みんながみんな、自由に騒いでいて……なんだか少しお祭りみたいだ。

 

「まったく、『銀狼隊』に入って遠くへ行っちゃったかと思ったけど、全然変わらないわね」

 

「えへ、遠くへなんか行かないよ。それよりも、ここあちゃんたちはこの事知ってたの?」

 

「ええ。ちょうど獅乃たちが帰って来た後ぐらいに、二階堂先輩からお誘いいただいたわ。主催が二階堂先輩なの」

 

「師匠が?」

 

 私たちの視線は、部屋の端で話している師匠へ向いた。

 

「───『Gottesanbeterin(ゴッテスアンペーテリン)』」

 

「す、すげえ……!!」

 

「かっこいいです!」

 

「二階堂先輩、ドイツ語喋れるんですね!?」

 

「ふふ、これぐらいこの『最強』にしてみれば朝飯前さ……」

 

 師匠は、燐世くんとアルテンブルクくんと、なんか……なんかやってた。

 

「なんでも、獅乃たちが『新卿華市』で大変だったと時にドイツにいたのを気にしてるらしいわ」

 

「お仕事だから仕方ないのにね」

 

「私もそう思うけど、弟子放っといてソーセージかじってたのに責任感じてるらしいわよ」

 

「なんか師匠らしいなぁ」

 

 私たちが行っていたのは任務で、その責任を負う必要なんかどこにもないのに、優しい人だ。

 

「し~~ののん♪」

 

「わっ」

 

 そんな風に笑っていると、私は突然背中に重みを感じた。

 振り返れば、まりちゃんが抱き着いている。

 

「まりちゃん! 桜小路さんと話すのはもういいの?」

 

「あ~、いいのいいの。……ほら見て」

 

 まりちゃんが指さす先は、やはり師匠たちの方だった。

 

「───『Schwarzward(シュヴァルツシュルト)』」

 

「すげえええ!」

 

「か、かっこいい! そうだ、エデン先輩!」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

「僕、新しい力が出来たんです! 名前を付けてくれませんか……!」

 

「ふぅむ。ならいいのがあるよ。───『Kugelschreiber(クーゲルシュライバー)』」

 

「くーげるしゅらいばー……! 意味は何ですか!?」

 

「ボールペン」

 

「ボールペン!!! ……ボール、ペン……!?」

 

 

 

「男ってバカだよね~」

 

「あはは、楽しそうでいいと思いますよ……?」

 

 どうやら、師匠たちに吸い込まれた桜小路先輩に見切りをつけてこちらへやってきたらしい。

 

「それにしても、しののんおめでとうー! 頑張ってたもんねぇ、よしよしよし……」

 

「わ、くすぐったいです」

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 少し低い声が聞こえてきて、まりちゃんは視線を向ける。

 ここあちゃんが、眼を細めて見ていた。

 

「距離近くないですか? 『銀狼隊』の先輩とはいえ、あんまり獅乃に近づきすぎるのも良くないと思うんですけど」

 

「ん~~~~~~? そんな事ないよぉ~?」

 

「───」

 

「わぁ」

 

 まりちゃんに抱き留められていた体が、突然ここあちゃんの方に引き寄せられる。

 尻尾の毛が不思議と逆立っていた。

 

「いえ、近いです。あんまり馴れ馴れしいのは良くないと思います」

 

「────」

 

 まりちゃんもまた、眼を細めた。

 全身から青いオーラが出ている。

 

「あはは。いやいや~、私たち、センパイコウハイだから。『銀狼隊』の戦友、だから。ね、しののん?」

 

「は、はい!」

 

「それを言うなら、私と獅乃は親友なので! ね、獅乃!」

 

「うん、うん!」

 

「───!!」「───!」

 

 ハテナマークを浮かべる私の左右で、二人はにらみ合っている。

 な、なんだろう? 一体なんで二人はこんな雰囲気に?

 

「……私の方が付き合い長いです」

 

「入学してからの関係でしょ? 私としののんはあだ名で呼び合う関係だから」

 

「私と獅乃、同室なんです。毎日寝る前にお話してます」

 

「私の方がお世話してあげてるよ。しののんも色々助かってるって言ってくれてるし」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」「ぐるるるるる……」

 

「?」

 

 私は分からないまま、振り子みたいに左右に振られていた。

 視線で師匠たちに助けを求めるけれど、苦笑いを浮かべて逸らされる。

 

 と思っていたら、突然前に投げ出された。

 

「わっ?」

 

「獅乃、ちょっとどいててね」

 

「うんうん。私たち、どうやら話し合わないといけないみたいだね~?」

 

「ふふふふふふふふふふふ!」「あははははははは!」

 

 笑いあって、二人は至近距離で目線を飛ばし合っていた。

 

「……仲良しなのかな」

 

「鈴代」

 

「あ、瓜生先輩」

 

 私が腕を組んで考えていると、部屋の隅にいた瓜生先輩が近づいてきた。

 そして隣でにらみ合っている二人を見ると、ため息をつく。

 

「お前は人気者だな。挨拶をしようと思っていたが、タイミングが中々なかった」

 

 そして、手を差し出してくる。

 私はゆっくりと握った。

 

「改めて、ありがとう。お前のおかげで俺たちは今回の件を解決する事が出来た」

 

「いえ……そんな事ないですよ」

 

「いいや。唯月さんの活躍は大きかったが、お前がいなければそもそもアティカにたどり着く事すら出来なかったはずだ」

 

「アティカ……あの人は、どうなったんですか?」

 

 今回の元凶、『相転移炉』を利用しようとした、夢追人。

 桜小路先輩が『異界天亡(Holy Eye)』を破壊した後、私は気絶していたから、その処遇を知らなかった。

 

「あれは現在留置所で治療中だ。『異能』の過度な使用が祟ったようでな。生きてはいるが、まだ目覚めていない。なんとも非合理的だよ」

 

 瓜生先輩は首を振ると、話題を打ち切る。

 

「もう一つ、伝える事があったんだ。鈴代、お前は以前、俺の合理的思考を事を否定しないでくれたな」

 

 先輩が行っているのは、『新卿華市』へ出発する前、班室で交わした会話だ。

 確かに私は、先輩の考えを否定しなかった。でもそれは、私自身が全く先輩の思考を良くないとは思わなかったからだ。

 

「お前は唯月さんと同じだ。柔軟性があって、例え自分の意見と合わない誰かがいたとしても、良い点を自然と見つけて想う事が出来る」

 

「普通の事です」

 

「俺は特別だと思っている。だから──俺はお前を尊重したい」

 

 瓜生先輩は、微かに笑みを浮かべた。

 それは今まで見た中で、一番穏やかな表情だった。

 

「困った事があれば言え。多分、()()()()()()()()()()で、俺はお前の力になれる」

 

「え? それは一体、どういう……」

 

「今はまだ分からなくても、きっとわかる日が来るよ。それじゃあな」

 

「あ、瓜生先輩!」

 

 私は思わず、その去っていく背中を追おうとする。

 

「獅乃!」「しののん!」

 

「うぇっ!?」

 

 咄嗟に呼ばれて、思わずびっくりして肩を震わせた。

 振り返れば、ここあちゃんとまりちゃんが私の方を見ている。

 

「「私とこの子(人)、どっちが大事なの!?」」

 

「……?????????????」

 

 私の頭はショートした。

 出来る事ならこのまま分からない顔をしてやり過ごしたい。でも、なんだか二人は答えを待っているみたいで、ずっと黙っている。

 

(どうしよう!? どっちかを決めるみたいな感じになっちゃってるんだけど!)

 

 悩んだ末に、本当に苦肉の策だけど、私は叫んだ。

 

「どっ……どっちも大事!! だ、だいすき!」

 

「「……」」

 

 ──二人の顔がみるみる赤くなっていく。

 

 ここあちゃんは尻尾がぶんぶんと動いて、耳を撫でながら顔を逸らして。

 まりちゃんは髪をくるくると巻いていた。

 

「……半分冗談のつもりだったのに、凄く照れるわ」

 

「えへへ……そ、そうだね……」

 

(た、たすかった?)

 

 なんだか妙な雰囲気になってしまった私たち。

 そんな三人を見て、部屋の端で一緒に優雅にスイーツを楽しんでいた八千代ちゃんとサーシャさんが呟いた。

 

「人たらしだぁ」

 

「まったくですね」

 

 

 

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