愉しいお祭りは過ぎ去って、あっという間に夜を迎えていた。
そろそろ寮に戻らないといけないけれど、まだ熱が抜けていない気がして、私は涼むために桜小路班の建物近くを散歩していた。
「わぁ……」
辿り着いたのは、小高い丘だった。
月桜学園はそもそもが山に建てられているせいか、時々端まで行くと見晴らしの良い場所がある。
落下防止の木の柵に手をついて、街を見下ろす。
飛び込んでくるのは、月桜学園がある街───月白街だ。
学園がある街。日々を生きる街。
ここはきっと、
「ん、鈴代か」
背後に気配を感じた。振り返るとそこにいたのは、桜小路先輩だった。
「先輩? どうしてここに」
「ここは僕のお気に入りの場所でな。大きな事があったり、大変な目に遭った後はここにくるんだ」
先輩は私の隣に来ると、同じように街を見下ろす。
「ここに来ると、街が見えて安心するんだ。電気の光は無機質だって言う人もいるが、僕はそうは思わない。それは歴史の積み重ねだ。あそこで誰かが生きてる、僕は一人じゃないって思えるからな」
「……分かります。私、出身は秋田の牧場なんですけど、牧場って夜は真っ暗なんです」
目を瞑れば、今でもあの頃を思い出せる。
「でも月桜学園に来て、寮生活が始まって、ふと外を見た時、光ってて。『私はここにいるよ』って誰かが教えてくれてるみたいで、凄く安心したんです」
「そうか。いい思い出だな」
「はい。宝物です」
不思議だ。
入学してから数日、あんなに危険な目に遭って、死んでしまうかもって思って。
そこからまた日にちが経って、また危険な目に遭って。
でも結局、日常は廻っている。
(素敵だな)
私は今、人生を全力で生きている。
それが、とっても嬉しかった。
「鈴代」
物思いにふけっていると、桜小路先輩が笑っていた。
「これはあくまで勧誘だが……銀狼隊に入ったら、桜小路班に来い」
「私が、ですか?」
「ああ。魔莉愛とかなり親しいし、斑鳩もいつの間にか心を許してるように見える。我だって、今回の一件で君の事は高く評価してるんだ。それに、君も居場所が悪いとは思っていないんだろう?」
驚いたが、意外だとは思わなかった。
そう言うと少し調子にのってると思われるかもしれないけど……でも、私には桜小路班のみんなと一緒に頑張って来たという自負があったからだ。
「……はい、みなさん素敵です。ありがとうございます……でも、少し考えさせてください」
私は申し訳ないと思いながらも、苦笑いを浮かべた。
「桜小路班は居心地がいいです。みなさんと過ごした日々はとっても楽しかった。……けれど、多分私、このままだとみなさんに甘えてしまいます」
頼りきりになって、自立できなくなったり、他の人と連携を取る際にぎこちなくなったりするかもしれない。そう考えると、寄り掛かってしまいそうで怖かった。
「別に構わない、と言ったら?」
「ふふ、私が問題です。──ですから、少し時間をください。もう少しだけ経験を積んで、大丈夫だって思えたら、その時はお世話になってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。……ただ一つ言わせてくれ」
桜小路先輩は、朗らかに笑った。
「例え班を離れたとしても、もし仮に班に来なかったとしても、僕たちはいつだって仲間で、友人だ。君が困っていたらいつでも助けに行くよ」
「っ……はい!! ありがとうございます! 私、頑張ります! 銀狼隊で、精一杯努力します!!」
──銀狼隊。
最初は、ただ凄い人たちという印象だった。
でも今は、仲間を信じる強い心を持っていて、私なんか足元にも及ばないぐらい素敵な人たちだって思えるようになった。
(頑張るんだ)
必死に抗おう。
強くなろう。
──この人たちと、先へ進むんだ。
月明かりの下で、私はそう誓った。
■
……こうして、私たちの大変だった日々が終わっていく。
でも、まだもう一つだけ、私にはやり残したことがあった。
「───」
そこは海の近くにある、小さな墓場だった。
その中の一つの前に立って、そっとしゃがみ込む。
「お久しぶりです───斜森さん」
斜森凛。
『新卿華市』で出会った、あの誇り高き人のお墓参りに、私は来ていた。
あの後の調査で分かった事だけど、斜森さんには弟がいた。
事件が起きた当時には市の外に出かけていたらしく、今でも元気に生きていた。
(最初は、迷ったけど)
けれど、事実を知らないまま過ごしていく事は、私にとってあまり良くないのではと考えた。なにせあの斜森さんの家族だ。
なおさら、それを隠しておくのは良くないと思ったのだ。
遺品は消えてしまったから、斜森さんの最後を必死に伝えた。
凄い人だったと、尊敬で出来る人だったと。
(弟さん、泣いてたな)
既に三十台に差し掛かった、立派な弟さんだった。
お姉さんの事を聞くたびに涙が増えて行って。
ずっと気がかりだったそうだ。姉はどうなってしまったのかと。まだどこかで生きているのではないかと。
だから、知れてよかったと笑っていた。
強い人だと思った。あの人の弟さんらしい。
「斜森さん。今日は報告に来ました。──貴方の愛した街は、ちゃんと終わりましたよ」
あの後、『相転移炉』は役目を終えたように、完全に機能を停止させた。曰く、元々内部が破損していたらしく、奇跡的に成り立っていたに過ぎなかったらしい。
それによって、もう二度と旧卿華市が現れる事はない。
次元の狭間に吹き飛んだあの市は、正しい意味で役目を終えたのだ。
「『新卿華市』の人たちは、市がめちゃくちゃになって大変そうでしたけど……復興はすぐ済みそうです。だから多分、また前を向けます」
ゆっくりと、立ち上がった。
「私も頑張ります。貴方みたいに、自分の意志を貫ける人になれるように」
あの日、私は斜森さんに何よりの尊敬を覚えた。
たった一人で、異能すらないのに、何十年間も故郷のために抗い続けた、あまりにも誇り高き人に。
焦がれた。
焦がれてしまった。
なら、目指す以外ない。
──人間は、理想から逃れられないのだ。
「頑張ります。頑張ります。一生懸命、頑張ります」
あとどのくらい歩けば、貴方にたどり着けるんだろう。
どれぐらい絶望に抗えば、貴方の一端に触れられるんだろう。
それは分からない。
もしかすると、距離は無限かもしれない。
──構わない。
なら、ゆっくり仲間と手を取り合って、歩けばいい。
クレープ屋に寄って、将来の話をして、日常を愛しながら。
その時に初恋の人でも出来ていたら、きっと幸せ過ぎて、笑ってしまうだろう。
「それじゃあ、また来ますね。本当に……ありがとうございました」
私はそう告げて、斜森さんのお墓に背を向けた。
振り返らず、ゆっくり、ゆっくりと。
■
「──君がまさかもう『幹部』になるだなんてね。成長が早くて驚いているよ」
銀狼隊基地の一室で、桜小路唯月と二階堂エデンは面会していた。彼ら以外には誰もいない。既に門限の時間は過ぎているが、彼らは特権で外出している。
「一年前の唯月が嘘みたいだ。訓練とかでも負け続きで、演技すら出来ずぷえぷえ泣いてたのに、いまやこんなに立派になっちゃって」
「『異能』にも振り回されてましたから……ていうか僕に言わせてみれば、みんなが強すぎるんですよ」
繰り返されるのは思い出話だ。
子の一年、彼らは様々な任務、日常、トラブルを経て絆を育んできた。
「……色々な事があったね」
「ええ。また、新たな一年が始まります。エデン部長にとっては最後の一年ですか」
「将来どうしよっかなぁ……」
「貴方なら引く手あまたでしょう。月桜学園関連機関、世界中の研究機関、
唯月は微かに笑う。
「というか、多分今回の海外任務でも勧誘されたんじゃないですか?」
「まぁねぇ! 俺って『最強』だから。……でも」
エデンは、ため息とともに苦悩を吐いた。
「選択肢が多すぎるっていうのも考えすぎでさぁ。俺、こう見えてあんまり夢とかないから」
「ご冗談を」
「冗談でもないんだけどね」
些細な会話を交わして、二人は笑う。
思い出したようにエデンは顔を前へ向けた。
「そうだ。改めて、鈴代さんの事、ありがとう」
「礼には及びません。元はと言えば、僕の我儘です」
その直後、唯月の顔から笑みが消えた。
「今回の事を経て確信しました。やはり鈴代獅乃は────巨悪になりえる」
「……え?」
二階堂エデンは、意味が理解できないように瞬きした。
「巨悪? 何それ?」
「……気づいていないのですか?」
「うん」
「珍しい事もあるものだ」
予想外に頷きながら、唯月はゆっくりと口を開く。
「───鈴代獅乃は、絶対に諦めません。例えどんな絶望が立ち塞がったとしても前へ進んで、最後には命を燃やし尽くすでしょう。それは限りなく人の善性そのものに迫った姿であり、同時にそのためならば、一般的な倫理や常識などは切り捨てられるでしょう」
そう。
唯月が、最初からずっと懸念していたのは、それだ。
『巨悪の可能性』。
鈴代獅乃の危険の本質は、そこにある。
「即ち、彼女は──自分が正しいと信じられる何かのためならば、世界を滅ぼせる」
「そんな、まさか」
「ありえるでしょう。『異能』は精神を反映する鏡だ。彼女はいつか、邪魔する者全てを振り払ってしまう」
それはまるで───戦地を駆ける
「しかし今はまだ可能性でしかない。なにより彼女の意志の強さは、みんなの希望になりえる」
あまりにも強い輝きを放ち、世界を変えてしまうほどの異能を持ち、その上であの人柄。
魅了されないという方がおかしい。魔性の女のようないっそ異能的なものではなく、純粋な人間的魅力だ。
「……うん、そうだね。彼女は間違いなく、『夢と希望』になれる」
そこはエデンも感じていたこと。
否定せず頷いた。
「ならば、やるべき事は一つ。もしも危うさと希望を孕んだ後輩がいるのなら──少しでも良い道へ手を引いてやるのが、僕たち先達の務めです」
桜小路唯月は前を向く。
その瞳が映すのは、理想か、破滅か。
「育てましょう。歩みましょう。共に戦いましょう。苦しい時は荷物を分け合って、一緒に背負って、地獄さえも笑って踏破しましょう。それこそが──」
強く、覚悟を宿して。
「月桜学園、銀狼隊です」
■
獣は感情を手放さない。
誰に否定されようと。
どんなにぼろぼろになろうとも。
焦がれてしまったんだ。
生涯全てを賭けたっていいって思ったんだ。
この荒野に道標はない。
それでも、少年少女は歩き出す。
───夢と希望の"獣"に、どうか月と銀色の祝福を。
-以下後書き-
以上、『プリム・モーヴェン』第一章でした。
章タイトルとかは先入観が出来てしまうのであまり付けない主義なのですが、もしつけるとしたら今回の『獅子と刃は使いよう』だと思います。
獅乃ちゃんをあまりにも端的に表した言葉。
時間にしてみれば前回の序章から約二カ月の時間が空いてしまいましたが、まあまあ良い更新速度ではないでしょうか。その代わり今回は楽しすぎて命を削ったので第二章は遅くなります(最後ぐらいまではやりたい事決まってるから書き出せば早い)。
あと、唐突ですがプリム・モーヴェンは現在進行している第一部と第二部、そして全てが結実する第三部の三部構成でお送りする予定です。エタは寒いんでしません。
さて感想ですが、いやーーーーーーー楽しかったですね。友情も努力も勝利も執念も渇望も書けました。
今作の自分ルールとして『一番面白いところだけを抽出して文字数を削る』というのがあるのですが、いかがでしたでしょうか。相転移炉らへんはもう少し説明が必要かな~なんて思いましたけど、大丈夫でしょ(楽観的)
第一章のコンセプトは『貫く事の過酷さ』でした。
序章で獅乃ちゃんは目指すべき理想を定めた訳ですが、じゃあ真っすぐ進めばいいだなんて事はありえません。その辺は僕が一番知ってる君こと桜小路唯月くんが代弁してくれました。夢を貫く事は、犠牲を伴う。それでも進む。こういう考えが根底にあるんだと思います。
■
桜小路唯月くんは、元々友人たちと遊んでいた時からいたキャラクターです。獅乃ちゃんと銀狼隊を絡ませていくにあたりどうしようかなと悩んでいたところに白羽の矢が立ちました。作中では獅乃ちゃんの意志の強さがあまりにも目立ってしまい、銀狼隊たちの成分が薄まってしまうのではと危惧していましたが、その辺唯月くんは頑張ってくれたと思います。
『覚醒』とか、ライトノベルとかね。こういう根が一般人だけど成長する子は大好きです。
あと『覚醒』のところは序章の時から考えてました。『展開の出し惜しみはしない』がコンセプトなのでどんどん出していきます。
あと、個人的に気に入っている子は魔莉愛ちゃんです。ああいう哀しみ背負ってる系ギャル好き。あと本人には知られなくとも支えているという癖に刺さる。
本当なら彼らの過去編ももう少し書きたかったですね。機会があれば一年生辺も書きたい。
全然関係ないけど斜森凛さんは学生時代『しゃもりん』ってあだ名で呼ばれていました。というか、この子の名前はそこから生まれてます。
■
第二章について。
第二章は『銀狼隊入隊編』になります。第一章で出番の少なかったここあ、フェアナンド、燐世たちが主人公ですかね。あとは銀狼隊であんまり出ていない医療部、支援部、技術部とかのネームドを出したい。
ただし獅乃ちゃんがメインな事は変わりないので、銀狼隊入隊試験の裏で、実は闇が蠢いていて……? みたいなことになりそうです。(あと一番性癖のサーシャさんをもっと出したい)
第二章も今回以上の密度、今回以上の面白さ(多分)でお送りするつもりなので、読まれている方は楽しみにしてくれると嬉しいです。