Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第二章までの少しの間の番外編です。
各章の間に差し込まれますが、第一回は計四話を想定してます。


ぷりむ・もーべん! いち!【Purim Morven 外伝】
第一話『誰も知らない白獣の誓い』


「えっと、化粧水にブラシ……あ、ティッシュも切れかかってたわね」

 

 放課後、鍛錬の終わり。

 私は学園内のコンビニに寄って生活必需品を買い漁っていた。

 

 寮生活の都合上、それぞれの生活必需品は個々人で用意する必要があるため、この学園コンビニの商品は非常に豊富だ。大概の物はここで済んでしまう。

 とはいえ、流石に異種族用の下着や遊び道具なんかは売っていないから、結局は近隣のショッピングモールにお世話になるのだけれど。

 

「それと……ん……」

 

 最近、習慣が一つ増えた。

 

 元々は鍛錬に勉学と、真面目で飾り気のない習慣しかなかったのだけれど、寮生活が始まってから私は───何か物を買う時、二つ(・・)にする事が増えたのだ。

 

「プリン、半額」

 

 その癖で、つい食べ物を買う時は二つ手に取ってしまう。

 獅乃は「嬉しいよ」と言ってくれてるけど、流石に毎回毎回二人分を買っていくのは、あまりよろしくない。

 

 単純に私が食べたい物を獅乃が毎日食べたい訳でもないだろうし、単純に食べる量を強制的に増やしてしまうのは……良くない。乙女的に。

 あと『獅乃と一緒に食べるから』というのを免罪符にしている私がいる……ごめんなさい。

 

「……ふふ」

 

 ───けれど、私は迷う事なく二つのプリンをカゴに入れた。

 ちょっと前の私ならばもう少しうじうじとしていたのかもしれないけれど、ある出来事があった日から、私は自重する事をやめた。

 

 あれは、新卿華市の出来事から、少し経った日の事──

 

 ■

 

 その日は土曜日だった。

 普通なら当然学園は休みなのだけれど、定期的に行われる午前授業があって、私たちは眠い目を擦りながら登校していたのだ。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 

 授業を終えてすぐに、獅乃は『銀狼隊』本部へと向かった。

 新卿華市の事件をきっかけに獅乃は銀狼隊へ入隊し、以前にも増して鍛錬に励む事が増えた。

 

 私も鍛錬を欠かしていないから、むしろ同居人が努力しているのを見て身が入るぐらいだ。

 

「どうしましょう。暇になったわ」

 

 けれど、毎週土曜日は私の休みの日なのだ。

 これは自分で決めた事で、メリハリをつけるためである。元々休みなら部屋で溜めていた漫画を読んだり、毛繕いをしたりと予定を決めているのだけれど、この日は授業があるせいでそれも出来なかった。

 

「八千代も家の用事があるし、他の子も部活とか色々……そうだ」

 

 私はスマホの連絡先に目を付け、勢いよく立ち上がった。

 

「買い物しよ」

 

 ■

 

「で、なんで俺ェ?」

 

「あらいいじゃない。暇でしょう?」

 

「暇だけどよぉ」

 

 制服のままショッピングモールへやってきたアルテンブルクは、意味分からないとばかりに後頭部を掻いた。

 

「別に変な意図はないわよ。普通に友人として誘っただけ」

 

「本当かよ」

 

「荷物持ちはさせるけれど」

 

「燐世とか呼べばいいじゃねえか。アイツなら女子の手伝い喜んでするだろ」

 

「嫌よ、申し訳ないわ。その点アンタは気を使わなくていいもの」

 

 以前、余所余所しい雰囲気が嫌だった私が強制的に喧嘩を仕掛けて以降、私たちは『ある程度毒を吐ける悪友』程度の関係性にはなれた。

 獅乃や雨ノ宮くんとはまた違った関係性だけれど、これはこれで気楽でいい。

 

「……ンな事だろうとは思ったぜ。たく、()()()()()()()()()()

 

「ん? 獅乃?」

 

「なんでもねェ」

 

 溜息をつきつつも、アルテンブルクは諦めたように歩き出す。

 

「オレの買い物もさせてもらうぜ。ちょうどゲームのセールやってるっぽいからな」

 

「もちろんよ。あ、せっかくならパーティーゲーム買いなさいよ。今度みんなでやりましょ」

 

「じゃあ半分出せよ」

 

「3:7ね」

 

「お前なァ」

 

 ■

 

 数時間が経って、私たちの両手には沢山の買い物袋が握られていた。

 

「随分買ったなァ~……」

 

 エスカレーターに乗ったアルテンブルクは、後ろの私に振り返りながら袋を掲げる。

 呆れる彼の両手には、合計四つの紙袋がある。ただし彼の買い物(マ〇パ)はバッグの中に入っていて、つまり全て私の買った物だ。

 

「正直オマエなら全部持てるだろと思ってたけど、なるほど物理的に人の手が欲しかったのか」

 

「……いいえ。ぶっちゃけ予想外よ」

 

「おぉ?」

 

「アルテンブルク、私ね、気づいちゃったの」

 

 神妙な面持ちで、垂れた耳をそのままに私は告げる。

 

「──私、テンション上がると物欲止まらなくなるタイプだったわ! どうしよう買いすぎちゃった!!」

 

「お前意外と馬鹿だよな」

 

「なんですって!?」

 

 思わず尻尾と耳が張るけれど、正直反論は出来ない。

 アルテンブルクが持ってる買い物袋を前に出されては、流石の私も強気にはなれなかった。

 

「いや、その……こういう大きなショッピングモールって初めてだったのよ……都会のコンビニとかも同じ感じだったし」

 

「なんだ、鈴代と同じように地方出身なのか?」

 

「ん、まぁそんなとこ」

 

「ふゥん」

 

 あまり話したがっていないのを察してくれたのか、アルテンブルクはそれ以上追及してこなかった。いつもはガサツで鈍いけど、こういうところの気はきくのよね。

 

「ん……?」

 

「お」

 

 エスカレーターを降った私たちの前に現れたのは、沢山のベッドや家具が置いてあるお店だった。

 

「どういう……休憩所的な感じなの?」

 

「おま、ニ〇リも知らねえのか。これは展示だ。実際置いたらこんな感じになります~ってな」

 

「へぇ、凄いわね!」

 

 座ってみてもいいというので、思わず腰を下ろして感触を確かめる。流石は高いベッドというべきか、ふかふかで面積がすごく広い。

 

「ちょっと見て回ってもいいかしら」

 

「いいぜ。俺も枕見たいから、十分後に集合な」

 

 彼と別れ、私は日用品のコーナーに向かう。どうやら家具と一言で言っても広範囲にわたるらしく、食器類まで置いてあった。

 

「むむむ……」

 

 ──そして、私を悩ませたのは一組のマグカップだった。

 

 一つではなく、一組。つまりは二つで絵柄が揃う、二つ並べること前提のマグカップである。

 説明には『お友達や家族と!』を書かれている。

 

「とも、だち……」

 

 ……はっきり言おう。

 か、かなり憧れる……!

 

 お揃いのマグカップとは、こう……特別感がすごい! 他の友達とは一線を画すというか、まるでお互いだけは他の関係より一歩上をいっているというか!

 

「あのおおかみのおねーちゃん尻尾揺れてる~」

 

「良い事あったのかしらねぇ~」

 

「う~ん」

 

 でも、同時に思ってしまった。

 

(……獅乃、迷惑かしら)

 

 私の同居人、鈴代獅乃。

 彼女は人気者だ。

 

 良く笑うし、笑顔は可愛いし、(私からすれば)ちんまりとした姿は保護欲をそそられる。男女分け隔てなく接するし、あまり世の中の物を知らない事が良い方に出てか、誰から話をされても良い反応をしてくれる。

 

 私とて、友人として少なからず好意を持ってくれている。

 まだ出会って少ししか経っていないけれど、私たちは親友だ。

 

「でも、だからといってお揃いのとか重いかしら……」

 

 手に取り、首を傾げながら迷う。

 

「───お~い、餅月! そろそろ行くぞ!」

 

「……わっ、ま、待って!」

 

 私は咄嗟に、マグカップをカゴに入れてしまった。

 そうしてしまった以上は戻す訳にもいかず、紙袋の重量はまた増えたのだった。

 

 ■

 

「アルテンブルク」

 

「ん?」

 

「これ、あげるわ」

 

 買い物終わり。

 私が紙袋から取り出したのは、小さな箱だった。

 

「これ……どら焼き?」

 

「ええ。この前肉巻きを食べて感動してたでしょ?」

 

 少し前の昼休み、四人で食事を初めてした時、アルテンブルクは獅乃の作った肉焼きに感動していた。彼がイギリス出身で、日本料理をあまり知らないが故だろう。

 私は自慢げに笑うと、箱を彼に押し付ける。

 

「今日のお礼。日本の和菓子ってば凄いのよ? 特にどら焼きは外国の人に人気で、味や食感のバランスがとにかくいいんだから! コンビニにだって売ってるし、最近は───」

 

「いや、それぐらい知ってるぞ」

 

「……え?」

 

「肉巻きを知らなかったのは、単純に今まで食べた事なかったからで───」

 

 直後、アルテンブルクは「あぁ」と呟いて眉間を揉んだ。

 

「えーっとな、俺が日本に来たの───六歳とかそんぐらいの時だぞ」

 

「騙されたわ」

 

「騙してねえよ!? くそ、尻尾逆立たせんな!」

 

「ほぼ日本人じゃない!!」

 

「血はイギリスだけどな!! でも驚いた時に『Wow』より『うお』が出るぐらいには日本人だ」

 

 六歳から日本という事は、少なくとも十年ぐらいはもう日本にいるということだ。

 確かに言われてみれば、アルテンブルクの日本語には一切の淀みがない。

 

「じゃあ英語とは話せないの?」

 

「Nah, I just save my English for people who deserve it.」

 

「騙されたわ」

 

「Bullshit.」

 

 なんて言ってるのかは分からないが、多分二つ目は『騙してねえよ』という意味だと思う。

 後で英語辞典でも引いてみようかと思っていれば、アルテンブルクは私の紙袋を指した。

 

「つか、さっきから思ってたが……お前、大体の物二人分買うんだな。鈴代の分か?」

 

「え? あぁ、うん。消耗品とか食べ物ばっかりだけどね」

 

「二人、随分と仲がいいよな。俺と燐世みたいにガキの頃からの付き合いじゃなくて、入学式からだろ?」

 

「そうね。仲がいいっていうか、それ以上に……」

 

 少し照れ臭くなったが、まぁ今更かと諦めた。

 

「私が獅乃のこと大好きなのよ。私、初対面の時に思いっきり自己紹介失敗しちゃったんだけど、あの子はそんな事気にせずに手を握ってくれたわ」

 

 今でも覚えている。

 あの暖かさを、あの衝撃を。学園にはこんな子がいるのかと面食らった。

 

「鈴代が人たらしってのは理解できるな。オレも少なからず良い印象はある」

 

「獅乃に手を出したら容赦しないわ」

 

「めんどくせェ~~~~~~」

 

 溜息を吐きだしたアルテンブルクは、「でもまぁ」と前置きをした。

 

「───私『が』とは言うけど、鈴代だってお前のこと大好きだろ」

 

 彼は持っていた紙袋たちを渡してくる。

 

「寮帰ってみろよ、両想いどもめ」

 

 呆れたように、アルテンブルクは笑った。

 

 ■

 

 私が帰ってきたとき、獅乃はまだ留守だった。

 だから紙袋の中身を開封して、消耗品はストック場所に置いて、料理を作りながら彼女を待った。

 

 学園の寮、といえば色々なタイプがあるのだろうけれど、月桜学園は個々人──主に異種族の事情に配慮してか、全ての部屋に浴室とキッチンがある。

 学食や大浴場もなくはないのだけれど、なんでも自立を促すためだとかで、開いてないことも多い。

 

もうすぐ帰るね~!(ちっちゃいライオンが一生懸命走ってるスタンプ』

 

「ふふっ」

 

 獅乃のメッセージに笑みを浮かべつつ、ほんのちょっぴりだけ、何かを期待して、マグカップをソファの傍に置きながら帰りを待った。

 

「ただいま~!」

 

「おかえりなさい」

 

 訓練を終えた獅乃は、シャワーを浴びてきたのかふわりといい匂いがした。 

 どうにも獣人の嗅覚はいらない情報さえも察知してしまう。私は鼻を鳴らすと、獅乃が後ろ手に持つ何かに気づいた。

 

「何か買ってきたの? 連絡に書いてあったかしら」

 

「あちゃ~……こっそり冷蔵庫入れておいて後で出そうと思ってたのに……」

 

 堪忍したように、獅乃は手荷物を前へ持ってくる。

 それは白い正方形の、取っ手が付いた何かの箱だった。

 

「はいっ、ケーキ!」

 

「えっ」

 

「新卿華市の件でまた心配かけちゃったからさ。それにほら、ここあちゃんこの前の帰り道、食べたそうにしてたでしょ?」

 

「ケーキ……」

 

 渡されたケーキの箱を受け取る。

 ずっしりと重くて、中を覗けばチョコとチーズ、計四つのカットケーキがあった。

 

「美味しいケーキ屋さんどこにあるか分からなかったから、雨ノ宮くんとアルテンブルクくんに探すの手伝ってもらったの!」

 

「あぁ、そういう……まったくもう。いいところあるじゃない」

 

「うんうん! ありがたかったよ」

 

 帰り際のアルテンブルクの態度は、つまりそういう事だった訳だ。

 

「───」

 

 ケーキを見つめていると、記憶がフラッシュバックする。

 故郷の思い出──いや、思い出と呼ぶには苦々しい、記憶の断片。

 

「ケーキなんて、買ってもらったことなかったな……」

 

「ここあちゃん?」

 

「……ううん、何でもない」

 

 思わず目頭が熱くなった。

 けれどそれは過去を思い出した悲しみじゃなくて、それ以上の暖かさをくれた獅乃への感謝だ。

 

「……」

 

 んく、とつばを飲み込む。

 正直、出さなくてもいいやなんて思ってたけど、多分この子なら、喜んでくれる。

 

「じゃ、じゃあこれ……」

 

 私はケーキを机において、ソファの傍に置いてあった紙袋を差し出した。

 

「プレゼント……」

 

「えっ! ……わぁっ!」

 

 マグカップを取り出した瞬間、獅乃の目が輝いた。

 私が買ってきたマグカップ──それは、犬と猫が一緒に寝てるイラストが連続している物だ。どうせお揃いにするならと、それぞれっぽいイメージの物を選んでみた。獅乃は猫ではないけれど、ネコ科という事で、ここはひとつ。

 

「えっえっ、かわいい~~~!」

 

「ほ、ほんと?」

 

「うん!!!」

 

「良かった……勝手にお揃いなんて駄目だと思ったけれど」

 

「そんな事ないよ! ここあちゃんから貰えるならなんでも嬉しい!」

 

「……そっか」

 

 ぴんとはっていた尻尾と耳が脱力していく。

 獅乃は、私からの贈り物なら何でも喜んでくれるらしい。

 

 もちろん方便だろう。そうだろう。

 でも、正直こんなに喜んでくれてると、まともに受け取ってしまいそうな魅惑がある。

 

「あ、そうだ! お揃いといえば、私も考えてたんだよ!」

 

 獅乃が見せてきたスマホには、色違いのスリッパが置いてあった。確かにこの間、『備え付けのより可愛いスリッパ欲しいね』と話していた気がするけれど……

 

「うぐぐ」

 

 まずい。

 私の中での獅乃可愛い度が格段に上昇している。元からマックスではあったけれど、あまりに心を揺さぶられて流石にまずい。

 

「獅乃」

 

 でも、それを形にしないのも何かおかしいと思って、私は思わず真面目な声色で呼び止めた。

 

「ありがとう」

 

「……ふふ。こちらこそだよ」

 

「その話はまた後でしましょう。ご飯作ったから食べて」

 

「わ、ほんとだ気づかなかった! ありがとう! そういえばね、今日訓練中に───」

 

 ───明日は、日曜日。

 

 ご飯を食べたら、ケーキを食べて、今日あった事の話をして。その後は、さっきのスリッパの話をして。時々流れてるテレビについ目が引き付けられて、芸人さんのトークに一緒に笑って。

 

 気が付いたら寝落ちてて、朝起きたらもう昼前ぐらいで。やっちゃったと笑って、それで、それで──その時には、台所にマグカップが二つ増えているのだ。

 

 私たちは多分、そんな三年間をこの部屋で送るのだろう。

 殺伐とした毎日の隙間で、私は身を委ねた。

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