Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第二話『強撃戦士の心臓継承(サクセッサー)』

「ウ”ゥル───ゥァッ!!」

 

 勢いをつけて高く跳躍し、俺は頭上に掲げた鉄塊を振り下ろす。

 

「『白黒狂騒曲(キネレヱジ・レイヴン)』!」

 

 『異能実習』担当、愛染輝夜先生───女性に変化した通称、白輝夜先生は、俺の鉄塊に対し異能を発動。

 花弁が散るように、彼女の全身は大量の白い鴉へと置換され、一撃は空振り地面を叩いた。

 

「「「カアァッ───!!」」」

 

「ッ、くそ!」

 

 数十体の白い鴉は、連携しながら俺の全身を攻撃し始める。鴉のくちばしは獲物の肉を啄むことが出来る優秀な攻撃手段。

 異能によって強化された肉体はそう易々と傷を受けないが、鉄塊を振り回しても小回りの利く鴉たちを追い払う事は出来ない。

 

「しゃらくせェ!!」

 

 鉄塊を振り上げ、即座に地面へ振るう。衝撃波を発生させることで鴉を追い払い、形勢をリセットすることが目的だったが───しかし、鉄塊が地面を叩く瞬間、俺の視界に映ったのは鴉が先生の肉体を再構成する瞬間だった。

 

(このタイミングで、肉体を戻した……!?)

 

「ふっふー♪ 甘いよ」

 

 白輝夜先生の獲物、すらりと伸びた日本刀が、地面を叩く直前の鉄塊を受け流す。相当な重量と力で振ったはずが、反対に利用され、一撃は受け流された。

 そのまま勢いよく刃が跳ね、俺の首へと添えられる。

 

 先生の異能は、あくまで『肉体の性転換』、『肉体の鴉への転換』であり、身体強化は含まれない。つまりこの人は、俺の一撃を素の肉体と技術で受け流したということだ。

 

「ッ……!」

 

「はい、私の勝ちです!」

 

「……負けました」

 

「「おおぉっ!!」」

 

 その瞬間、模擬戦を見ていたクラスメイトたちから歓声が沸く。

 白輝夜先生は日本刀を鞘に仕舞うと、全員へ手を振って合図を送った。

 

「さて、それじゃあ四時間目の授業はこれで終わり! みんな後片付け初めてね~!」

 

「「は~い!」」

 

 クラスメイトは動き出し、各々道具の整理を始める。

 

「チッ……雑魚どもが」

 

「こ~ら! ───クラスメイトに全勝したとはいえ、暴言は頂けんぞ、アルテンブルク」

 

 言葉の途中で異能を発動し、男性へと戻った先生は、片翼を広げながらたしなめてきた。

 実技は白輝夜先生、それ以外の時は黒輝夜先生としっかり決まっているらしい。模擬戦が終わったから戻って来たのだろう。

 

「へーい……気ィつけます」

 

「聞く耳を持っていないな」

 

「大概が一撃で沈んだようなやつらじゃないすか。俺が配慮する理由はねェっす」

 

「修羅の国の出身か、お前は」

 

 先生の言葉を受け流しつつ、俺は異能を解除した。そして一緒に後片付けを始める。

 

「アルテンブルク。先ほどの模擬戦だが、悪くはなかった。だが圧倒的にテクニックが足りないな。パワー系の自覚がなまじあるからどうしてもそっちに寄ってしまうのだろうが、それが通用するのは同格か格下のみだ」

 

 言われ、過るのは数週間前の銀狼隊の説明会だ。

 俺はあの時、銀狼隊の『桜小路唯月』と戦った。その時にも同じことを言われた気がする。

 

「パワー鍛えンじゃ駄目ってことすか」

 

「それも必要だ。しかし今のお前に必要なのは、長所を伸ばすのではなく短所を消すこと。特にパワー系は絡め取られやすい。俺のように対策を持っている者からすればカモになるぞ」

 

「……うす」

 

「必要なら今度俺のところへ来い。指導してやる」

 

「頼ンます」

 

 実力のない奴、信念の伴わない奴に頭を下げるのは御免だが、この人になら良いと思っている。

 先生はしっかり頷くと、手を叩いて撤収作業を急かした。

 

 ■

 

「ふゥ───」

 

 授業後、俺は学園のシャワー室で汗を流すと、誰もいない更衣室で涼んでいた。いつもなら授業後のこの時間は混雑しているが、土曜授業の場合はそれでもう寮へ帰れる。だから多くの生徒は寮へ直行してからシャワーを浴びるのだ。

 

 俺はというと、燐世が朝からどっかへ消えたので時間を持て余していた。

 

(ゲームは気分じゃねえし、飯も朝飯喰いすぎてまだいい。鍛錬は……先生のアドバイス聞いてからの方がよさそうだな)

 

 とはいえ、肝心の先生は今日予定があるらしく既に帰っていた。だから今の俺は完全に手持ち無沙汰な訳だ。

 

(仕方ねえ。どっか帰りにぶらついても───)

 

 突然、スマホが震えた。

 手に取って確認すれば、餅月からの通話が。

 

「……んだよ」

 

『今すぐ「ル・グルー」に来なさい』

 

「あぁ?」

 

 『ル・グルー』。

 白月街に構えられたその商業施設は、フランス語で『鶴』を意味するショッピングモールだ。月桜学園の生徒、および街の人間にとっては、買い物へ行くとしたらここである。

 

「なんでだよ」

 

『いいから』

 

 プツッ。

 

「……はぁ」

 

 俺はため息とともにスマホを仕舞うと、潔く服を着始めた。

 

 ■

 

「じゃ、私はこっち見てるから。何かあったら電話しなさい」

 

「お前は母親か」

 

 そうして合流してから少し。俺たちはそれぞれ自由にショッピングモールを見ることになり、別行動を始めた。

 餅月が向かった先はブティック。俺の予想ではここから二時間弱は暇と思っていいだろう。異種族の場合種族ごとの事情があるため、衣服に費やす時間が三割増しになるとは、ある種の常識である。

 

 俺は目的を果たすためにゲーム屋にやってきた。

 そして最新作コーナーへ向かうと、パーティーゲームを手に取りレジで会計する。元々買うつもりなどなかったのだが、ショッピングモールくんだりまで連れてこられたついでだ。

 

(とはいえ、目的を達成しちまったな)

 

 正直俺はあまり買い物をする方ではない。ネットで揃うのならそれでいいだろとさえ思う。だからいざ時間が出来て困り始めたのだが、そんな時視界の端を見覚えのある人物が横切り始めた。

 

「でさぁ、そこがミソな訳よ!」

 

「しかし我にはむしろディスアドバンテージに───」

 

「アンタらは……」

 

「お?」「ん」

 

 あまりに纏う空気が違いすぎて───いやあるいは俺が勝手にそんな印象を抱いているだけかもしれないが、とにかく、現れた二人組は、銀狼隊の最上優と桜小路唯月だった。

 大きな夜鷹の翼と、特徴的な軍服。この組み合わせは、忘れようにも忘れられない。

 

 最上先輩の瞳が細められ、微かに翼が揺れる。

 

「お前は確か……アルテンブルク、だったか」

 

「覚えているぞ。説明会の時の新入生だな。確か、鈴代さんとも友人だったか」

 

「あぁ、鈴代ちゃんの! へぇ意外な繋がりだな」

 

(当然っちゃ当然だが、鈴代は認知されてるんだな。そういや世話になったのは桜小路先輩のとことか言ってたか)

 

 鈴代は既に銀狼隊への入隊を果たしている。そして彼女からは、時折任務のことや銀狼隊のことを聞かされているせいで少しばかり知識があるのだ。

 

「うす、アルテンブルクっす。桜小路先輩のことはよく聞いてますよ」

 

「……ちなみになんと言っていた?」

 

「『銀狼隊の中で一番頼りになる先輩』だそうです」

 

「そうか。……フフ、僕は頼りになるのかぁ」

 

 気取った言葉遣いの下に隠せない素が出ていた。これが鈴代の言っていた『仮面』の下なのだろうか。とにかくこの中二病が半分演技だということは悟った。

 あるいは、その『仮面』が取れかかっている最中なのかもしれない。

 

 そんな俺たちのやりとりに、最上先輩の目尻が微かに上がる。

 

「なんだぁ? 随分としおらしいじゃねえか。『先輩』だの敬語だのって。以前は随分と荒々しかった記憶があるがな」

 

「まぁあん時は『異能』使ってたんで……通常時は流石に普通っすよ」

 

「使用時に気分が高揚するのか?」

 

「そんなとこっす」

 

 俺の異能、『昏き深淵の果てまでも(S l u g F e s t)』は使用時に……少々姉さんに()()。その結果が、戦闘時や前後の戦意高揚だ。

 

「あとはまぁ……あんときは、色々焦ってもいたんで」

 

 入学してからしばらくの間は、自分が本当にここでやっていけるのかとぴりぴりしていた。だかなおさら言動が悪化していたのだ。

 そこらへんをなんとなく察したのか、最上先輩は意味ありげに笑えば、隣の桜小路先輩に目配せする。

 

「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。時間あるか? せっかくだしゆっくり話そうや」

 

 ■

 

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 

「ども~」

 

 二人に連れられやってきたのは、ショッピングモール端にある喫茶店だった。かなりレトロな雰囲気で、人は少なく広々としており、流れるBGMはジャズ。全体的に古き良きお店という感じで、落ち着きを促される雰囲気だ。

 

 既に注文した品は出揃った。

 俺は珈琲をちまちま飲み始める。

 

「ここは店主が趣味でやってる店でな。売上とか関係なし。だから人の入りとか気にしないし、一日中いても怒られないからお気に入りなんだよ」

 

「ほぉー……」

 

 入り浸れる喫茶店は貴重だ。覚えておいて損はないだろう。

 

「んで、桜小路先輩は……」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもねっす」

 

 ふと視線を送れば、最上先輩の隣でパンケーキを口いっぱいに頬張っていた。

 むぐむぐと飲み込むと、先輩は軽く笑いこちらへ皿を押してくる。となれば、まぁ断る理由もない。

 

「……うめ」

 

「フ、そうだろう。ここのパンケーキのふんわり感は他では味わえんからな」

 

「口元にカスついてるっすよ」

 

「むぐぐ……」

 

 イメージ崩壊がすげえ。

 いや、こっちが素なのか。今度鈴代に改めて聞いてみよう……。

 

 桜小路先輩は相変わらずパンケーキを頬張りながら、俺に対し視線を送ってくる。

 

「そういえばそろそろ入隊試験が近いが、何か対策はしているのか? 当然志望は『戦闘部』であろう?」

 

 今日から約一週間後、銀狼隊の入隊試験は行われる。

 現役の隊員からその話を振られるなんて、少し()()()()を期待したいところだが……まぁ、この二人の様子を見るに期待しない方がよさそうだ。

 

「あぁ、まぁそうっすね。でも準備なんかしてねえっすよ」

 

「ほう? いいのか?」

 

「良いも悪いも──日々の鍛錬が既にその準備っすよ」

 

 ふざけているのか、それともあえての発言なのか、少し俺はため息をつきながら続ける。

 

「そもそも、銀狼隊活動に必要なのは現場力でしょ。一夜漬けで乗り越える学校のテストじゃあるまいし……入隊に必要なのは、()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「っはは! 違わねえな!」

 

 最上先輩は腹を抱えて笑った。何がそんなに面白いのか分からないが、ともかく的の外れた回答ではなかったようだ。

 

「その通り。必要なのは自力だ。おっと、勘違いするなよ。これは別に試験内容のリークじゃねえ。──その程度の見通しが出来ねえ奴には、そもそも入隊しても活躍なんざ無理ってだけだ」

 

「つか、桜小路先輩言ってたじゃないすか。──お前なら余裕で入隊試験ぐらい突破できる、って」

 

「それはあくまで例年ならば、の話だがな」

 

「あ?」

 

 含みのある言い方をされ、思わず疑問を返す。

 

「毎年試験内容は変わる。今年の試験が安易とは限らん。あくまで貴殿に投げた言葉は、激励になれば良いと思ってのことだ」

 

「なるほどね、俄然燃えるっすわ」

 

 俺は笑みを深める。

 

「リベンジの約束、忘れてねェっすよね。必ず行ってやるっすよ」

 

「フ、楽しみにしておく」

 

「ま、一回目で落ちても二回目三回目とあるんだ。気負わねえようにな」

 

 笑いながら言う最上先輩は、桜小路先輩の頭に手をやった。

 

「現にこの新『幹部』様は、去年の二回目の試験で合格したからな」

 

「頭を撫でるのはやめていただきたい」

 

「二回目だと?」

 

 つまり、一回目の試験で──有望株が多くいたであろう最初の試験で落ちたにも関わらず、一年間で『幹部』に選ばれるほど成長を遂げたと、そういう事だろうか。

 

「言ったであろう、貴殿は既に一年前の我よりも強い。我のこの力は、銀狼隊に入ってからの一年弱で手に入れたものだ」

 

「……そうだなぁ、お前には言っていいだろ」

 

 最上先輩は意味深に笑みを深めれば、頭から手を離し、今度は肩を組む。

 

「───コイツはこの前、『覚醒』を迎えたぜ」

 

「『覚醒』!? 『イデア化』か!」

 

 俺は思わず身を乗り出してしまう。

 

 ───『覚醒(かくせい)』。

 正式名称は、『覚醒(イデアオーバー)』。海外の機関が名づけたために正式名称はイデアオーバーだが、日本では一般的に『覚醒』、あるいは『イデア化』と呼ばれる。

 

 己の異能を極め、その本質を掴み、新たな極地へと至った証。一般への認知度は低く、異能者の中でも極一部しかたどり着けない。

 しかし覚醒者には、新たな力や異能の純粋な強化……まるで至った者を祝福するように、ギフトが与えられるという。

 

「っ……どう、なった」

 

「随分と抽象的な質問だな。我の場合は、新たな力の獲得だった」

 

「『クーゲルシュライバー』な」

 

「いや、その名前はいいですよもう……」

 

 桜小路先輩は目を逸らしつつ、微かに右手へ漆黒を宿す。

 

「新たな異能、というよりは、技の獲得というような感覚だ。我の獲得した『不可逆の性質付与』は、異能エネルギーを最大限まで高めた際に使用できる一時的なもの。普通の異能のように普段使いは出来ん」

 

「とはいえ、実質的な二つ目の力か……」

 

 『不可逆』。話を聞いている限り、傷を負った相手の再生を妨害したり、一度進み始めた物体の運動を強制的に続けさせるなど、桜小路先輩の元々の異能と組み合わせればかなり強力な力だ。

 

 ただでさえ異能を極められるような人物が、新たな力を獲得してしまう。

 言葉にするだけでも、その脅威度はかなり高い。

 

(こりゃ、『幹部』に選ばれる訳だな)

 

 実績や実力に関係なく、席を用意するには十分だと感じる。

 

「ま、それは本題じゃねえんだ。……つまり俺が言いたいのはよ」

 

 最上先輩は快闊に笑い、俺に人差し指を突き付ける。

 

()()()()()()ってこった。どうせお前にも目標的なのはあんだろ? なら、その過程でどんな失敗しようとも、足掻き続ければ()()なれる」

 

「まぁ、我の場合は既にマイナススタートであったから、少々事情は異なるだろうがな」

 

 銀狼隊『幹部』たちが、それを笑って俺に話しているという現状。

 そこに込められている物は───期待、そして、重圧。

 

「上等だ。先輩自ら激励もらっちまったんだからな。首を洗って待っててくだせェよ。───いつか必ず、アンタらを倒す」

 

「……ぷはっ」

 

 最上先輩は思わず噴き出した。

 

「言いたい事は分かるが……敵は俺らじゃなくて、犯罪者だっつうの!」

 

「……あ”ー」

 

 俺は恥をかいた。

 

 ■

 

「ったく、餅月め、変な勘違いしやがって」

 

 寮へと帰り、俺の手に握られていたのは餅月からのプレゼントだった。

 奴曰く、俺がイギリス育ちで日本食を全然知らないと思っていたらしく、和菓子であるどら焼きを押し付けてきたのだ。

 

 だが俺は六歳の頃から日本に来ている生粋のラーメン好きだ。そこら辺の認識の誤解があったのだが、それはそれとしてあげた物だからと返させてはくれなかった。

 

()()()()に対するプレゼントよ』

 

 変な笑い方をしながら言い放たれたその言葉には、なんだか色々な含みが入っている気がする。

 

「あ、帰ってたんだね」

 

「おう、おかえり。どら焼きあんぞ」

 

「どら焼き? 食べる食べる! どうしたのこれ」

 

「さてな」

 

 わざわざ説明するのもめんどくさい。手を振って払えば、燐世も追及はしなかった。

 

(……今度なんか菓子やるか)

 

 ふと、そんな風に思った。

 そういう関係性を面倒だと思う反面、以前では考えられなかった生活に不思議な満足感があるのも事実。

 

 ───今でも俺は、時々思ってしまう事がある。

 あの時生き残ったのは、俺で良かったのかと。

 

 もちろん、その思考が、そう考えてしまうこと自体が、姉や両親に対する冒涜であると分かっている。けれど同時に、どうしても考えてしまうのだ。

 

(頑張らねえとな)

 

 入隊試験は間もなくに迫っている。

 それが、姉さんと俺の理想を果たすための最初の一歩だ。

 

 俺は静かに、心臓に手をやる。

 

(見ていてくれ、姉さん)

 

 俺の中で。そして、空よりも遠い場所で。

 心臓を紡ぐ俺は、今日も一つ一つを積み重ねるのだ。

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