はっきり言います、色々と散々です!
今日は土曜授業日。憂鬱だーって思いながらも登校した私を襲ったのは、教科書の忘れ物だった。
「すいません、教科書忘れました......」
「隣の人に見せてもらえ」
なお、この流れが一日に2回あった。つまり私は4時間しかない授業のうち、2時間分の教科書を忘れたのだ。
悔しい……! 何が悔しいって、忘れ物をしたこと自体はほとんど運だと思ってるからいいんだけど、1回目に他の教科が大丈夫か確認すれば借りるとかできたのに! いらない恥をかいてしまった。
その上、お昼に行った食堂では───
「すいません、カツレツひとつ」
「あいよ! 最後の1個ね!」
「あぁっーー!!?」
目の前で楽しみにしてたメニューが売り切れた。
そして大人しく別の物を食べた帰りには───
「あれ、今パツンって......髪留め切れた.......」
「あらら〜、予備持ってないの?」
「ない......八千代ちゃんは、ないよねぇ」
「私、お家の決まりで髪結ばないことになってるの~」
「......うぅっ」
その他、シャー芯が異様に折れたり、ハンカチに謎の油汚れが付いてたり、何も無いところで転びそうになったり!
とにかく、全てが散々な午前中だった。
「結局、今日はポニテじゃないのね」
「もう面倒だからこれでいくよ.......」
「いいじゃない。これはこれで可愛いわよ」
「そう。そう言われてその気になった私はチョロい女です」
ここあちゃんの手ぐしで梳かされながら、私は机にうなだれる。
結局、いい事はあんまり起きなかった。毎日が楽しいとはいえ、不運はそれらを一斉にかっさらってしまう。
(違う! じっちゃの言葉を思い出すんだ!)
───なんだい獅乃、不運な事しか起きないって? なら、自分の手でいい事を起こすしかないね。
「……よし!」
「わっ、突然何よ」
「訓練行ってくるね!」
そうとなれば、さっそく行動だ!
■
まずは一日の運気をリセットするために、日々欠かしていない自主練。サーシャさんから教わった格闘技の型を練習して、ついでに異能も体に慣らす。
色々試して一時間程度。体を整えた私は、さっと汗を洗い流して早速飛び出した。
「という訳でまりちゃん、"奇跡論"でおまじないをかけて!」
「よくわからないけど、まぁやってみよ~~~~~!!!」
『桜屋敷』に向かっている途中の銀狼隊の先輩、魔莉愛ちゃんを捕まえ、”奇跡論”をかけてもらう。以前”奇跡論”の説明を受けた際、元々は魔法から派生したもので、その原点は『おまじない』であったことを思い出したのだ。
「実は最近の研究で”奇跡論”のまじないはプラシーボってことが判明してるけどおりゃ~~~!!!」
魔莉愛ちゃんの杖から発せられた光が、私を螺旋状にキラキラ包む。体がふわっと浮いて、まるで憑き物がおちたような気分になった。
「ついでに魔除けとか除霊系の術もかけておいたよ!」
「ありがとう! あとハグして」
「はいはい」
美少女成分を補給するために抱き着いた。すると魔莉愛ちゃんは私の頭を撫でつつ、髪を持ち上げる。
「今日はポニテじゃないんだ!」
「実はかくかくしかじかで」
「それは災難。でも、凄いお姉さんに見える」
「えっ」
みんな色々と褒めてはくれたけれど、その感想を聞いたのは初めてだった。
『お姉さん』。
その言葉は、私ぐらいの年齢ならばみんな憧れる単語だ。しかも言ってくれた相手は私にとっての姉貴分みたいな人である。
「じゃあたまにはこれにしよっかな~~~~~~」
「チョロイわね……でもせっかくなら整えてあげる!」
「わーい!」
桜屋敷に移動して、髪をまりちゃんに委ねる。
流石は三年生というべきか、大人の女性に片足を突っ込んでいるまりちゃんの手さばきは見事で、あっという間に私の髪は巻かれていた。
「出来た、サイドダウン!」
髪を巻いて、片側から胸の方へ垂らす髪型だ。
元々ふわふわとした髪質をしている私だけれど、更に手触りが良くなっている感じがする!
「ついでにバニラのヘアミルクもつけておいたから」
「ほんとだ、いい匂いする! 凄い大人っぽい!」
おろした状態が三割増しで大人っぽく見えるとすれば、この髪を巻いた状態は五割増しで見える。
「かわいいから写真とろ~」
「いえ~い」
魔莉愛ちゃんと二人で撮る。
ふわりと薫るのは同じバニラのオイルだ。普段使ってるやつを貸してくれたのかな?
「フフフ、あのオオカミ子ちゃんの悔しがる表情が目に浮かぶねん♪」
「あれ」
ふとスマホが震えた。確認すれば、送られてきたのは雨ノ宮くんからだ。
『自撮り送っとくね』
(供給だ!)
私は雨ノ宮くんの顔ファンである。そして彼もまた、自分の容姿に自信がある。だから偶に自撮りの画像が送られてくるのだ。
今回の自撮りも見事だった。
フェミニンな恰好にアクセサリと化粧がよくマッチしている。この色気は雨ノ宮くんみたいな中性的な存在にしか出せない!
『最高!!』
そう返事を送り、お返しとばかりにいま送ったばかりの自撮りを送る。
「あ、そうだ……」
「うん? どうしたの?」
「なんでもない! とにかく今日はありがとね、まりちゃん!」
「いえいえ~、
意味深なまりちゃんの言葉を無視しつつ、私は『桜屋敷』を後にした。
■
「やぁ、鈴代さん。今日は随分とオシャレだね」
「こんにちは、師匠!」
次に私が向かったのは、銀狼隊の基地……ではなく、兎小屋である。
私が師匠と初めて出会ったあの場所だ。そして今日も相変わらず、師匠はそこにいた。
師匠は別に飼育委員会とかではないらしいけど、特別兎が好きで兎世話を買って出ているらしい。確かに他の動物たちは師匠によりついていないけれど、兎だけは別で、彼の肩や掌、足元にも沢山の兎たちがいた。
(そういえば師匠の異能も兎っぽい格好になるし、特別思い出がある動物とかなのかな?)
私はそんな兎たちに近づき、しゃがんで声をかける。
「みんな~、こんにち───」
「───あ”ー!」
その瞬間、兎たちは蜘蛛の子を散らすようにして飼育小屋の端へ逃亡していった。
「あはは……相変わらず鈴代さんは兎たちに嫌われてるね……」
「わ、私が何をしたって言うんですか……牧場にいた時はこんな嫌われてなかったのに……!」
そう。兎に限らず、動物の相手ならば、実家が牧場であった私にとってはお手の物だ。けれど、少し前から月桜学園の兎たちにはなぜか嫌われ、距離を取られる始末なのである。
「モフれない……モフれない……」
「う~ん、この子は大丈夫みたいだね」
「え?」
そう言って師匠が差し出してきたのは、唯一彼の膝の上に残った兎だ。耳がかゆいのかその子はぷるぷるとしていると、師匠が脇の下から持ち上げて渡してくる。
「あ、この子。入学式の時の子ですよね?」
「お、正解! 流石は牧場育ち。この子も、どうやら助けてもらったのを覚えてたのかな?」
「もふもふしてる!」
凄く懐かしい感覚!
兎もくすぐったそうにしているだけで嫌がる様子はない。
「ところで鈴代さんはどうしてわざわざオシャレしてここに?」
「実はかくかくしかじかで」
「かくかくしかじか?」
ダメか。
「───なるほどね、だったらよりいい方法があるよ」
「いい方法?」
「鈴代さんが一番求めているのはあれでしょ」
目配せをして、師匠は後者の方を指差した。
「今日、サーシャは保健室にいるよ」
「『
私は異能を使って走り出した。
「気を付けるんだよぉ~~~……」
■
「サーシャさん!! 甘やかしてください!!!!!」
「頭のお薬出しておきますね」
前略。
凸った私のおでこに張られたのは、処方箋だった。無言で引っぺがして椅子に座れば、サーシャさんはしぶしぶといった風に私へ向き直る。
今日のサーシャさんの服装は、普段のメイド服とは異なり制服の上に白衣だった。髪も下ろしていて、なんだかお揃いとだと思うとテンションが上がって仕方がない。
(制服姿マジで綺麗。それに白衣とかかっこよすぎる!!!)
「鈴代様もお綺麗ですよ。私の次の次ぐらいに」
(心読んできた……!)
「それで、どうしたんですか?」
「かくかくしかじかです」
「◆※♠●♭○△◇★ですね」
なんて?
「要するに不幸なんです。だからこうして会いに来ました!」
「確かに私を見たければいつもでとはお伝えしましたが……」
「私、この前の新卿華市の一件で結構頑張ったと思うんです」
「それに関しては入隊祝いを兼ねて食事を御馳走したはずですが」
「デスヨネ~……」
そう、私が朝からサーシャさんのことを考えていながらも尋ねようとしなかった理由は、もちろん居場所を知らなかったのもあるのだけれど、それ以上に説得材料が足りないからだった。
つい師匠にそそのかされて(!?)やってきてしまったけれど、サーシャさんとはあくまで師弟関係と仲間に留まっている。
反論できる要素はない。
私は潔く立ち上がった。
「……フフ、冗談ですよ」
「え?」
「あまりにもキラキラの表情をしてらしたので、意地悪したくなっただけです。───せっかく私を尋ねて来てくれたんですから、それを無碍にする私ではございません」
「ほんとですか!」
「少し待っていてください」
サーシャさんは立ち上がると、保健室を出てどこかへ消えた。
そして数分としないうちに返ってくると、その掌に載っていたのは一枚のお皿だ。
「ショートケーキ、ですか?」
「ええ。ちょっとした手違いで作りすぎてしまった分です。後ほど自分で食べようと思っていましたが、よろしければどうぞ」
「いただきます……!」
持ってきてくれたフォークで小さく切り分け、口の中へ放り込む。
「美味しい……! 前食べた時もおいしかったですけど、これも凄く美味しいです!」
「こらこら、保健室は本来食事禁止なので、お静かに、ですよ」
「……!!」
片眼をつむり、唇に人差し指を当てたサーシャさん。
あまりの可愛さに私は無言で頷くばかりだ。
「それにしてもいい食べっぷりですね。今度個人的にお菓子を作った際は持って行ってあげますよ」
「いいんですか!?」
「ええ。味の感想を聞かせてください」
そこまで言うと、サーシャさんは顎に手を当て首を傾げた。
「さて、私が出来る事といえばこの程度ですが……あっ」
何か思いついたように口を開けると、静かに私の横へやってくる。
「せっかくおめかししてらっしゃるのですから、私とお写真などどうですか?」
「え””ッ!!」
凄い声出た。
「許されるんですか!?」
「ええ。メイド服ではありませんが……」
「むしろいいです」
特別感があって!
そうして私はサーシャさんと自撮りを撮った。
メイド服ではなく、制服と白衣を着た普段とは違うサーシャさんと。
「……むぅ、背が足りない」
精一杯手を伸ばしてスマホを上げるが、身長差的に限度がある。
「ちょっと借りますね」
「あっ」
サーシャさんは私からスマホを撮ると、絶妙な位置にスマホを構えてくれる。
(サーシャさん、背高い……!)
「はい、対格差に感動してないでしっかりポーズとってください」
「はぁい」
ぱしゃり! と一枚。
スマホを返してもらって、すぐに確認する。
「……ぐ」
うめき声が出た。
なぜなら、並んだことによってサーシャさんの顔の良さが際立ってしまい、私が明確に劣っているからである。
(否定はできない……でも乙女的に全部を受け入れるのはちょっと抵抗が……!)
ニコッ。
「鈴代様もかわいいですよ」
「……」
私は満足です。
■
───不幸なつもりが、沢山の人に幸せをもらってしまった。
私は恵まれていると思う。
困っていたら助けてくれる人たちがいて、我儘を聞いてくれる目上の人だっている。それは牧場にいた時も、学園に来てからも変わらない。
だったら私に出来る事は、それに対する感謝を忘れない事。そして、その受けた幸福を誰かにまた繋ぐ事だ。当然色々してくれた今日の人たちには追って感謝を返すとして……まずは、隣人へ感謝を示そう。
「とはいえ、ケーキ食べた後にケーキは失敗……いやいや、それは私だけだもんね」
私が持っているのは、『白月街』で有名なお店のケーキだ。
チョコレートケーキとチーズケーキが二つずつの、合計四つ。これはあらかじめアルテンブルク君と雨ノ宮君に聞いておいたオススメだ。
「ここあちゃん、喜んでくれるといいなぁ」
髪はふわふわで、心は弾んで、掌には甘いケーキがあって、寮に帰れば親友がいる。
私はなんて幸せ者だろう。
───確かな『日常』を嚙み締めながら、私は帰路についた。
「ただいまー!」