Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第一話『銀狼隊の方々と秘蔵っ子』

 

 ───現実はクソだ。

 

 夢や希望に価値はなく、恋や愛には意味がない。

 少年は、もっと小さな頃からそう考えていた。

 だってそうだろう。

 

 世界に希望が溢れているのなら、自分たちは()()()()にあってはいないのだから。

 

「助けて……けて……」

 

「怖いよ、おかぁさん……!」

 

「どうしてこんなっ」

 

「──うるせェぞ!!」

 

 『有雲(ゆううん)市病院立てこもり事件』。

 

 後にそう呼ばれることとなる事件は、異能犯罪集団による人質を取った立てこもりだ。

 小さな病院のホールには、訪れていた患者を含め、従業員たち全員が集められ、縄で縛られていた。

 

 人質たちは声を上げるが、犯人の一人が机を叩いて威嚇する。

 

「騒ぐんじゃねえ!! テメエらの命は俺たちが握ってんだ!!」

 

 わざとらしく、犯人はライフルを人質たちへ向ける。縛られている上に犯人は複数。いくら人質の数が多いとしても、抵抗しようはない。

 

(くそっ……)

 

 少年は、そんな事に巻き込まれた不幸を呪った。夢を見ることも出来ず、小学校からも逃げて、親からも逃げていたのに、まさか偶々訪れた病院で人質になるなんて。

 

 思わず、ぬいぐるみを抱きしめる。

 それでも恐怖は拭われない。

 

 警察は到着しているようだが、手を出せていない。犯罪者が武器を持ち、中には異能者もいるからだ。

 即ち、助けはこない。

 いくら虚勢を張っても、このままでは助からない。

 

「畜生……」

 

「おい、騒ぐな」

 

「ぐ、っ……!」

 

 胸倉を持ち上げられ、犯人は少年へ銃を突きつけた。

 それは、先ほどとは別の犯人だった。 

 

「いちいち煩い。頭を銃で吹き飛ばされたいか」

 

「ち、違っ!」

 

「それとも見せしめに死ぬか? ガキ、おい」

 

(く、苦しい……!)

 

 男の力は強い。

 首も締まり始めている。

 このままでは息が続かないだろう。

 

(誰か、()()()!)

 

 握りしめていたぬいぐるみが、地面へ落ちる。

 ぽとりと小さな音を立てて───その瞬間、音が響いた。

 

 バンッ、という低い音だ。

 遠方から聞こえたその音。

 誰もが視線を向ければ、()()()()()と、蹴り破られた扉が目に入る。

 

 扉のある入り口と、少年たちのいるホールは、長い廊下で結ばれていた。

 その間にあるのは、直線50M程度の直線のみだ。

 

「クソッ、突入か───!?」

 

 犯人が叫び、人質へ銃を向ける寸前。

 少年の頬に雫が降る。

 

(雨? 室内なのに)

 

 虹色の雫。本来あり得ない、幻想的な雫は数を増やすと、人質たちの首根っこを掴むように持ち上げた。そのまま、引っ張る様に壁際まで連れて行く。

 

 少年の肉体も、まるで手繋ぎを解かれるようにして犯人から離される。雫が体を運んでくれると、地面へ優しく下ろされた。

 

「これ、何……?」

 

「なにッ!? 待て!!」

 

 刹那、入り口の少女が加速した。

 

「───『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』」 

 

「撃てッ! 撃てーー!!」

 

 巻き起こるマズルフラッシュ。降り注ぐ閃光に対し、少女は狭い廊下の壁や天井を走りながら回避する。

 ぐん、と地面を踏みしめ、更に加速。

 一陣の風が吹き荒れ、次の瞬間、犯人たちは宙を舞っていた。

 

(一瞬で、全員……!)

 

 ふわりと香る花の匂い。驚く少年の傍に、金髪のポニーテールをなびかせた美少女が着地。強引に地面に足を付け、速度を相殺する。

 優しい瞳を凛と輝かせながら、少女は無線を取り出した。

 

「こちら銀狼隊”戦闘部”。鎮圧完了です!」

 

 少女の言葉を皮切りにして、病院の複数ある入り口が騒がしくなる。

 恐らく、警察たちが制圧を開始したのだろう。

 外の太陽の光が、無数に差し込んでくる。

 

「……あっ」

 

 少女が振り返った。

 どうやら、少年の視線に気づいたようだ。

 

「もう大丈夫ですよ。犯人は全員倒しました!」

 

 手が頭へ伸びてくる。

 暖かな体温に諭され、柔らかな笑みに梳かされる。

 

「───」

 

 たったこの一瞬で、少年たちの命は救われた。

 半透明の雨が降る中、目の前の美しく可憐で強かな人に。

 

「あ、あの! 貴方は、一体……」

 

「私ですか? へへ」

 

 少女は少しだけ照れ臭そうにしながら。

 

「───月桜学園銀狼隊『戦闘部』、鈴代獅乃です。ただいま現着しました!」

 

 少年は理解した。

 この世界は、まだ夢と希望と恋に満ち溢れているのだと。

 

 ■

 

 任務を終え、私は銀狼隊の本部を歩いていた。

 

「ん~~! 怪我人がいなくてよかった!」

 

「鈴代さん、大活躍だったね」

 

 私の言葉に反応したのは、光に反射する銀緑(ぎんみどり)の髪をした、傘を差している男性だ。彼はその中性的で、しかし高い背丈を私が話しやすいように曲げながら、隣を歩く。

 

 名を、村雲(むらくも)紫陽花(あじさい)先輩。

 月桜学園二年、銀狼隊戦闘部───そのNO.3に位置する実力者である。

 

「紫陽花先輩のおかげです! 『曇り空を抱きしめて(ルミナス・ダイヤモンド)』、超便利ですね!」

 

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曇り空を抱きしめて(ルミナス・ダイヤモンド)】[異能]

『光の雫を操る』異能。傘型の槍を展開する事で発動可能。所有者『村雲紫陽花』を中心とした半径10M《時間経過で範囲は最大100M》に光の雨を降らせる。それらは紫陽花の認識する『地面』以外をすり抜け、室内でも降る。雫は柔軟性と硬度を兼ね備え、弾丸や盾、あるいは手足のように動かす事が出来る。

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 紫陽花さんの異能と実力は、戦闘部NO.3に相応しいものだ。

 この日の任務は、紫陽花さんとの二人担当だった。組むのは初めてだったけれど、見事に助けられた訳である。

 

「流石、紫陽花先輩! 人柄はNO.1!」

 

「あはは、言いすぎだよ」

 

 銀狼隊は個性強い人ばかりだと思っていたけれど、この紫陽花先輩はそんな事はない。接しやすく、人柄も良く、手放しに尊敬できる先輩だ!

 

 紫陽花先輩は傘をくるくるする。

 曰く、異能を使っていない時でも、気分がいいから傘を広げているらしい。

 

「謙虚なのは良い事だね。でも、今の時期にあれだけ動けていれば上出来だよ。廊下の疾走、格好良かった」

 

「えへ、それほどでも。なんてったって師匠がいいですから!」

 

 すかさずのアピール!

 これが出来る弟子の作法である。

 

「エデン先輩ね。確かに、師として仰ぐのにあれだけ適した人はいない。なんたって『最強』だし」

 

「あ、おーい!」

 

 歩いていると、前から声がかかった。

 ここは銀狼隊の基地。歩いている人は、全員仲間だ。紫陽花先輩の知り合いかと思って見れば、やってきたのは親しい人たちだった。

 

「まりちゃん!」

 

「しのの~~ん! お疲れお疲れ!」

 

「お疲れ様です! みなさんも!」

 

「ああ」

 

 更にその後ろからやって来たのは、桜小路班長と瓜生先輩だ。

 

「息災か、鈴代」

 

「おかげさまで元気です!」

 

「何もしてやれてないよ。少なくとも最近はな」

 

 桜小路班長は、いつも通りにニヒルに笑った。

 後ろの瓜生先輩ともアイコンタクトで挨拶する。あ、ちょっと笑ってくれた。

 

「やぁ唯月。いや、『幹部』さまと呼んだ方が良いかな?」

 

「勘弁してくれ。後輩にならともかく、同期にそう呼ばれちゃむず痒くて敵わん」

 

 紫陽花先輩の言葉に、班長は身を震わせた。

 班長はこの間の新卿華の一件を経て、銀狼隊の『幹部』となった。割と衝撃のニュースらしく、既に一週間は経っているのに、まだこうして弄られているのだ。

 

「面倒な書類仕事が多い。というより、最上先輩に押し付けられてばかりだ」

 

「あはは……最上先輩、『幹部に真面目枠が増えた!』って喜んでたもんねぇ。変な予感はしてたけど、そっかそういう意味か」

 

「その上、新卿華との連絡も我管轄だからな」

 

「あ、聞きましたよ、表彰の話!」

 

 どうやら今回の一件は、新卿華全体にとって大きな動きを生み出しているらしい。班長の元には連日、新卿華で暮らしている住民からの感謝状や、市からの表彰の話、はたまた広報イベントなど様々な案件が舞い込んでいるという噂だ。

 

「胃が痛い話だ……我はそんな柄ではない」

 

「私たちからすれば嬉しいけどね~! 班の格も上がったし!」

 

「当然の一歩だ。唯月さんにはその器がある」

 

 『桜小路班』は戦闘部の所属から、幹部桜小路の直属班となった。それはつまり実質的な昇進を意味する。まりちゃんや瓜生先輩も、これからは戦闘部としての動きよりかは、班長を補助する動きが増えるらしい。

 

「我らは所用の帰りだが、二人は任務の帰りか?」

 

「そうです! ばっちり人助けしてきました!」

 

「さっすがしののん偉い!」

 

「わわっ」

 

 まりちゃんが私を抱きしめて頬ずりしてくる。恥ずかしいけれど、これはこれで柔らかくて嬉しい。

 そんな私たちを尻目に、紫陽花先輩は笑いながら傘をくるくるした。 

 

「そうそう聞いてよ有栖川先輩。鈴代さんってば、小さい子の初恋奪っちゃったみたいなんだ」

 

「えっ!? むらちゃんそれどういうこと!?」

 

「ちょっ! 紫陽花先輩! 言わない約束だったじゃないですか!」

 

「いやぁ、ついね。微笑ましくって」

 

 紫陽花さんが言っているのは、犯人を制圧した後、一番近くにいた小学生の子のことだ。

 恋……をしているのかはともかく、『また会えますか?』、『俺強くなります!』、『連絡先教えてください!』と凄い懐かれたのは事実。

 

(流石に連絡先教える訳にはいかなかったから、断ったけど!)

 

 ともかく、珍しい体験をしてしまった訳だ。

 

「まぁ、よくある事だ」

 

「そうなんですか!?」

 

「人間は助けられた相手に好意を持ちやすい。それが鈴代のように整った外見をした相手ならば尚更だ」

 

「褒められた!」

 

「唯月~~~~~~~~~~~……?」

 

「あれ、これ僕が悪いの!?」

 

 まりちゃんに詰められ、班長は素が出ていた。

 でもごめんなさい班長。褒めてくれてあれですけど、まりちゃんの気持ちはわかるので大人しく犠牲になってください!

 

「ヘッ」

 

「瓜生先輩いま鼻で笑いました!?」

 

「鼻で笑ってなどいない。ちゃんと笑ったんだ。初恋奪い系天然女子高生」

 

「悪化ー!」

 

「こらこら」

 

 私たちがやんややってると、紫陽花さんは声をかけて空気を戻してくれる。

 

「仲の良い事はいいけれど、廊下で騒いで誰かの邪魔になってもいけないし、せっかくなら休憩室へ行こうか」

 

 ■

 

 銀狼隊休憩所。

 全部で広い体育館ぐらいのスペースがあるそこは、文字通り隊員たちの休憩場所だ。仮眠室や遊戯室などとも連結しており、常にリラックス効果のある音楽が流れている(※ちなみに瓜生先輩は「自分の部屋で休みたい」と言い残し帰っていった)。

 

「おるりァッSA3!!!! 残るか、残るか……!? ……っしゃぁリーサルゥ!!」

 

 私たちが休憩室を訪れた途端、目に入って来たのは、ガッツポーズを決める男の人の姿だった。

 

(変な人がいる)

 

 誰かとプレイしているのなら分かる。でもその男の人は、一人でプレイしていた。誰もいない広い休憩室のテレビの前で、ひたすら画面へ向かってコントローラーを握り締めていたんだ。

 銀狼隊の人だとは思うけれど、やはり例に漏れず変人みたい。

 

「ふぅ~~~~……」

 

「どうも刃流樹(はるき)先輩。またゲームですか?」

 

「お、おぉー、そうそう。アプデが入ったんだよ。オレってゲーム大好きっ子じゃん? 見過ごせねえわな」

 

「ねえねえアンタ、いつ来てもここでゲームしてない? なに? 暇なの?」

 

「任務ねえ時は基本的に暇! 有栖川もやるか?」

 

「興味なーい」

 

 ちょうど区切りのついたタイミングだったのか、男の人はかけていたゴーグルを額まで上げると、既に私たちに気づいていたのか、特に驚きもせずこちらへ振り返った。

 

 刃のように鋭い切れ目に、切りそろえられた短髪。黒髪黒目の容姿は、古き良き日本人を思わせる。

 

「桜小路班のやつらもおすおす。あれ、知らねえ子もいるな! ……つう事は、アンタがエデンの秘蔵っ子か」

 

 刃流樹、そう呼ばれた人はゆっくり立ち上がると、私に手を差し出してきた。

 

「銀狼隊戦闘部、朝比奈(あさひな) 刃流樹(はるき)だ。ゴーグルがトレードマークね。よろしく。ラムネ喰う?」

 

「鈴代獅乃です、よろしくお願いします! 頂きます!」

 

 握手に応じ、ラムネをもらった。

 

「というか、私って秘蔵っ子なんですか?」

 

 ラムネのすっぱあまさに悶えながら、私は尋ねる。

 弟子で自負はあるつもりだが、秘蔵っ子という呼ばれ方は少し違和感があった。私の疑問に答えてくれたのは、朝比奈先輩だ。

 

「おうよ。鈴代ちゃんの存在はいま銀狼隊中で話題なんだぜ? 『二階堂エデンが入隊試験前に新入生を推薦した。きっと彼が育てた秘密兵器に違いない』ってな」

 

「ひ、秘密兵器……!?」

 

「先輩、秘密兵器と呼んでいるのは貴殿だけだと記憶していますが」

 

「そんな事はねえよ。あれほら……あの……も言ってたし」

 

「言葉になっていませんが」

 

「悪かったって『幹部』さま! つい口デカくなる事あるだろぉ?」

 

 いつもの調子なのか、唯月先輩は肩を竦めるばかりだった。

 

「ていうかよ、全体の場で挨拶はしねえのか? もう入隊してるなら正式な発表が必要だろうに。入隊式まで引っ張るのかよ」

 

「あ、それは私も思ってました! 知らない奴が基地を歩ていると思われないかなって」

 

 朝比奈先輩と今日初めて出会ったように、私はまだ戦闘部の人とも顔合わせをしていない。むしろ任務で被った紫陽花先輩が例外だ。

 出来れば挨拶をしたいけれど、任務が連続してそれを言い出せるタイミングもなかった。

 

 そんな風な疑問を問うと、おもむろに班長が朝比奈先輩に耳打ちする。

 

「先輩、ごにょごにょ……」

 

「ん? ……ほー……あーーーー……そういうね」

 

「な、なんですか?」

 

「いいや? 流石は『秘蔵っ子』だなと思ってな」

 

「え、えええ!? なんですか!?」

 

「っはははは!」

 

 応えるつもりのない朝比奈先輩に詰め寄るが、豪快に笑って受け流される。何か不穏な物を感じて他の人にも視線を送るけれど、みんなにこやかに微笑んだ。

 

「ま、そんな事はいいとして。───なぁ」

 

 風が吹く。

 凶星のような、肌をぴりりと刺す空気。

 

 思わず唾を飲み込んだ私に、朝比奈先輩は横目を向けてくる。

 

「鈴代ちゃんって、強いのか?」

 

「つ、強さですか?」

 

「こら朝比奈、戦闘狂やめなって!」

 

「あでっ」

 

 まりちゃんのチョップを受けて、朝比奈先輩の圧が霧散していく。

 

「いいじゃねえかちょっとぐらい! 新人の戦闘力測るのは大事だろ!?」

 

「しののんはそもそも、唯月の見極めをパスしてここにいるんだよ? 今更測る必要なんてなーし」

 

「いやいやいや、でもオレ様が測る事に意味があってだなぁ……」

 

「あの!」

 

 咎めるまりちゃんと、食い下がる朝比奈先輩。

 私はその二人の争いに、待ったをかけた。

 

「それってつまり、朝比奈先輩が私と模擬戦してくれるって事ですか?」

 

「お、おぉ。そうだぜ。へへ……まさかやる気か?」

 

「はい、お願いします!」

 

「えぇ!? しののん!?」「よしきた」

 

 二人はまた、正反対の反応を見せる。

 そんな私の肩に手を置いたのは、苦笑いを浮かべる紫陽花先輩だった。加えて、唯月先輩も声をかけてくれる。

 

「別に断っていいんだよ、鈴代さん。強制でも任務でもないし」

 

「お前の価値は我が既に確認済みだ。今更必要あるまいよ」

 

「ありがとうございます。でも、私も気になるんです。───自分の今の実力が」

 

 入学から早一カ月強。

 私は、様々な人に助けられながら、力を付けてきた。その力が現役の隊員と戦った時、どれほど通用するのか、確かめてみたいのだ。

 

「おぅし。ノリ気なら是非もない。文句はねえだろ? ……な?」

 

 朝比奈先輩は好戦的な笑みを浮かべると、ソファの端に手を伸ばす。死角で見えていなかったが、そこにあったのは木刀だ。

 

 恐らく平均よりは長く、鞘に入っているのか、刀身部分が二重だ。ぶつけ合った傷なのか、至る所に切り傷らしき物が刻まれている。

 見るからに年季の入った獲物を拾い上げると、朝比奈先輩は上げていたゴーグルを装着しなおした。

 

「───訓練室へ行こうぜ。そこでやり合おう」

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