Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第五話『斜陽』

ー銀狼隊”戦闘部”入隊試験 前日 夕方前ー

 

 銀狼隊基地からの帰り、私は学園のテラスで過ごしていた。

 そこはガラス張りの景色がいい人気スポット。けれど今は放課後かつ微妙な時間だからか、他の人はいない。

 

(少し時間できちゃったなぁ~)

 

 この後はまりちゃんとおでかけの約束がある。なんでも入隊試験を双眼鏡で見たいらしくて、二人で買いに行くのだ。

 

(でも、色々あって疲れたし、眠くなってきちゃった……)

 

「───よう」

 

「ふぁいっ……!?」

 

 小さな喧騒に身を委ねて、少しばかり眠くなってきた時。

 私は声に驚いて、体を震わせた。

 

「な、なに? 誰?」

 

「あ、悪い。考え事してたか?」

 

 声をかけてきたのは、ヘッドフォンをつけた金髪の男子だ。少し申し訳なさそうな表情のまま、頭の後ろに手を置いていて……あれ?

 

「同じクラスの御神楽(みかぐら)神威(かむい)くん?」

 

「俺のこと知ってるのか? 話したことねえと思うんだけど……」

 

「あはは、偶々覚えてただけだよ。授業で当てられてたでしょ?」

 

「あぁ、なるほどな」

 

 私が笑うと、何か事情があるのか、彼は自信なさげに目を逸らした。

 

(ヘッドフォン、外さないのかな?)

 

 彼は私と会話しながら、ヘッドフォンを耳に付けたままだった。それは話してるんだから外してほしい、という事ではなく、よく聞こえるなという関心の方が強い。

 ヘッドフォンってかなり遮音性高かった気がするけれど、今のところ会話は全て成立していた。

 

「それで、何か用?」

 

「あ……うん。いまは大丈夫か? ちょうど鈴代に聞きたい事があるんだ」

 

「うん」

 

 御神楽くんは一呼吸を置くと、言った。

 

「お前、もう『銀狼隊』に入ったのか?」

 

「……それどこで聞いたの?」

 

 私が銀狼隊に入った事実は、公表が禁止されているはず。同じ銀狼隊志望の人たちにあらぬ誤解をかけられないためだ。だからもし噂が出回っているのだとすれば、誰かから漏れた事になる。

 

「お前が銀狼隊の基地を出歩いてたのを見たってやつがいてさ。他のやつはあんま気にしてなかったけど、俺、月桜関連の施設出身だから少し銀狼隊について知識があんだよ。銀狼隊って隊員以外は滅多な時以外、出歩くの禁止だろ? 可能性としては入隊したのが一番じゃねえかなって」

 

「あ~~……! なるほどね!」

 

 銀狼隊本部には当然、窓はあるし、外から入るのを見られる可能性だってある。危うく友達を疑うところだったけれど、杞憂で安心した。

 

(むしろ、疑いそうになった私が恥ずかしい!)

 

「実は俺も銀狼隊志望でさ。先に入ったやつがいるなんて噂だったから、気になったんだよ」

 

「ふむふむ……うーん」

 

 私は腕を組んだ。

 公表は禁止されている。でも『言えない』と言っても、それはもう明かしているようなものだと思う。『違う』と言うのは事実に反していて、あまり好きじゃないし……

 

「秘密にしてくれる?」

 

「あぁ。志望者として、銀狼隊に迷惑をかけるような真似はしない」

 

 私は手招きして、彼を椅子に座らせた。

 周囲に聞こえないように近づく。

 

「例の『三合会』の襲撃事件があったでしょ? あの時にししょ……戦闘部”部長”の二階堂先輩に勧誘されたんだ。それで色々あって、今は銀狼隊で活動させてもらってるの」

 

「……! 『三合会』相手に戦った一年がいたって聞いたが、鈴代の事か?」

 

「えぇっ、それも噂になってたの?」

 

「この学園は人が多いからな。……にしてもすげえな。俺も『三合会』の組員と鉢合わせたけど、あんま戦えなかったよ」

 

 御神楽くんは小さく拳を握り締めた。

 

「私は運が良かっただけだよ。それに、結局友達とか、二階堂先輩にも助けられちゃったし」

 

「立ち向かって成果をあげた事実が大事なんだよ。……でも、そうか。やっぱり、戦闘部に入るやつはそれぐらいじゃないと……」

 

 尻すぼみに声が小さくなっていき、最後には何かを振り払うようにして首を振った。

 

「鈴代、もう一つ聞かせてほしい。俺はどうしても銀狼隊戦闘部に入りたいんだ。明日の試験へ向けて何か、アドバイスはないか?」

 

「ア、アドバイス!? う~ん……? 私はそもそも入隊試験を受けてないし、まだまだ新人だからなぁ……」

 

 とはいえ、聞かれた以上は何か答えてあげたい。御神楽くんの瞳は真剣だ。

 

「……銀狼隊はとにかく、柔軟性が求められるかな? 対応力みたいな。戦闘部なら戦闘力は前提だけど、それ以外ならやっぱり柔軟性が一番だと思う」

 

 思い返すのは、新卿華市での事だ。元凶アティカに遭遇してからは事体が二転三転して、その度に対応する事を求められた。

 あれが頻繁に起こるのだとすれば、間違いなく柔軟性は必要となってくるだろう。

 

「あとは、『覚悟』を持つ事かな。……任務って、人の生死が関わってくるから、そこを測られる可能性は零じゃないと思う」

 

「鈴代はもう任務に参加してるのか?」

 

「うん。十回に届かないぐらいだけど……凄い体験もしたよ」

 

「なるほど……他にはないか?」

 

「『』、かな」

 

 その言葉は、思いのほかすっと出てきた。

 

「私が二階堂先輩に勧誘されたのだって、助けられて『縁』が出来たからだし、入隊時にお世話になった隊員の人たちがいたんだけどね? その人たちがいなければ入隊出来ていなかった……あるいは、覚悟の出来ないまま入隊してたかもしれないから。だから、試験会場で出会う人とか、友達との『縁』は大切にした方が良いと思う」

 

「……集団試験が過去にあったって話だからな。確かに、それは心に留めておくよ」

 

「そうなの? なら尚更だね」

 

 そこまで返事をして、ふと私は気になった。

 

「ねえ、逆に一つ質問していい? 御神楽くんはどうして銀狼隊に入りたいの?」

 

 思えば、同級生に尋ねるのは初めてだ。ここあちゃんたちにはなんとなく、先に入隊した私が理由を尋ねるのははばかられて聞けていなかった。

 

 日が微かに傾いてきて、太陽が雲に隠される。

 

「憧れの人がいるとか?」

 

「や、別にそんなんじゃねえよ。……()()()()()()から、その手段として銀狼隊がいいんじゃねえかなと思っただけだ」

 

「……! 一緒! 私も人を助けたいの!」

 

 思わず、手を叩いて喜んでしまう。

 

「ただ助けるだけじゃなくて、その人の夢や希望さえも救ってあげられるような……そんな『いい人』になりたい」

 

「すげえな。なんか……めっちゃキラキラしてんな」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうだよ。俺はそこまで綺麗には考えてねえや」

 

 御神楽くんは自虐でもするみたいに、乾いた笑いを浮かべた。

 

「……やっぱり、鈴代みたいなやつが銀狼隊には相応しいのかな」

 

「どういう事?」

 

「俺はそんな、なんていうかちゃんと考えてる訳じゃねえからさ。ちょっと自分には似合ってないのかもと思って」

 

 そこまで行って、御神楽くんは手を振って苦笑いを浮かべた。

 

「いや、忘れてくれ。なんか暗いこと言って悪かったな」

 

「……合ってない、なんて事ないと思うよ」

 

 彼の言葉に、私は真正面から否定をぶつける。

 

「御神楽くん、私に話しかける時に『大丈夫か?』って聞いてくれたよね。それ以降も私のこと気遣ってくれてたし、色々優しい人なんだなって感じた。それに動機だって素晴らしいと思うよ。向いてないなんて事、全くないと思う!」

 

「……そうか」

 

 落ち込んでいるのか、それとも考えているのか、微かに判別の出来ない微妙な表情を浮かべて、御神楽くんは視線を迷わせる。

 

「……なぁ、一つ聞いていいか」

 

「うん、どうしたの?」

 

 彼は頭を搔いて、少しだけ息を吐きつつ、私を真っすぐ見た。

 

「───どうしようもない奴でも、誰かを救えると思うか?」

 

「え?」

 

「クソ野郎でも、改心できると思うか? 誰かから優しい言葉をかけられる資格もないようなゴミでも……生きてて良いって、思うか?」

 

「……そんな人、いないと思うな」

 

「いや、そういう事じゃなくて」

 

()()()()

 

 私は強く、首を振った。

 

「どうしようもない人なんて、いない。例え間違ったことをしてしまったとしても、それは間違えただけだよ。人間はみんな……いい人になれる。そう私は信じてる」

 

 私のおじいちゃんは道を間違えた。でもそれは性根が悪な訳じゃなくて、自分を貫くだけの強さを持てなかっただけ。

 犯罪者だって、そのはずだ。人はみんな強いんだ。私はそう信じている。

 

「そっか」

 

 御神楽くんは、何か吹っ切れたように笑った。

 

 

「───アンタ、結構残酷なんだな」

 

 

「……え?」

 

「いや、なんでもねえよ。……今日は助かった。明日の入隊試験頑張るよ。合格したらよろしくな」

 

 立ち上がり、彼はひらひらと手を振ると、その場を去っていった。

 

「……」

 

 何とも言えない気持ちになって、私は思わず彼の去っていった方向をしばらく眺めていた。

 

(何か、傷つける事を言ってしまった……?)

 

 少し考えたけれど、答えは出ない。

 私なりに会話には気をつけていたはずだ。

 

 けれど、最後の御神楽くんの表情からは『これ以上踏み込ませない』という意思を感じた。

 私の何かが、御神楽くんの地雷に触った事は確かだと思う。

 

「……」

 

「しのの~ん♪ あれ、考えごと中?」

 

「あ、まりちゃん!」

 

 抱き着いてきたまりちゃんの手を握り返し、私は微かに首を振る。

 

(いや、考えても答えが出ないのなら、多分いまは仕方ない。……なら私は、目の前のことを楽しまなきゃ)

 

 そうしなければ、『ありがとう』と言い残して去った御神楽くんにも、目の前のまりちゃんにも失礼だ。

 自分を納得させ、私は立ち上がると、空へ向けて人差し指を立てた。

 

「よぅーし! 明日に向けて、買いだしいくぞー!」

 

「おー!」

 

 出来る事を、出来るだけやる。

 そう誓って、私は歩き出した。

 

 ■

 

 ───陽が傾き、オレンジ色に染まった道を御神楽神威は歩く。

 

「クソッ……変なこと言っちまった」

 

 口から出るのは自己嫌悪の言葉だ。

 鈴代獅乃との会話の最中、神威はつい隠さずに思っていたことを言ってしまった。

 

(普通、色々教えてくれた相手にあんなこと言うかよ……! 口悪りぃにもほどがあるぞ!)

 

 『残酷なやつ』などと、感謝こそすれど、悪態をつくような相手ではなかった。例え彼女の言葉が神威を刺激したとしても、悪いのは偏屈な自分の方なのに。

 

「……ッ」

 

 フラッシュバックする。

 己の過去を。

 

 決して拭えない、贖罪を。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 根がどうとかは分からないけれど───少なくともあの日以降、彼は人道を外れたのだ。

 

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