Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

39 / 65
第六話『愚者の抗体』

 

 ただ、見ていた。

 

『やだ、やだぁ!! やめてぇ!!』

 

『痛いよ、ママァ!!』

 

『いやぁ!! やぁああ!!』

 

 膝を抱え、腕の隙間から、部屋の隅で誰かが虐げられるのを、見ていた。

 

『──────』

 

 この孤児院では、職員が法だ。

 暴力は当たり前。逆らえば食事はなく、外にだって出してもらえない。子供に似合わない敬語と歪な笑顔を獲得した者だけが、泥水のような恩恵にあずかれる地獄。

 

 そんな中で、神威はただ虐げられる家族たちを見ていた。

 気配の消し方も知らないし、攻撃を防ぐ術もなかったが、彼はただ一つ、耳が良かったのだ。

 

『───』

 

 職員の投げたおもちゃの流れ弾が飛んできた。

 神威は反射的に首を傾けて避ける。目ではとらえられなかったけれど、耳で察知していた。

 

 事前に危機を察知して、回避して、回避できない暴力は大人しく受け入れる。

 それがこの孤児院の生き残り方で、それ以外の時は───ヘッドフォンを付けた。

 

『───♪』

 

 世界を嫌いにならないために、彼は音楽を聴いた。

 

 音楽に逃げている時だけは、世界をの全てがどうでもよかった。脳に流れ込む電子音だけが世界の全てだった。

 

『いやぁああああッ!!』『なんで、なんでぇ!!』『痛い痛い痛い!!』

 

 音楽に音色が加わる。

 あまり心地いい物ではなかったが、最早環境音としか受け入れなくなっていた。

 

 ただ、一つ───

 

『た■■てぇ!!!』

 

 その、救いを求める言葉だけは、強いノイズとなって心臓を締め付けていた。

 分かってるのだ。

 

 神威には、特別な力がある

 

 だから誰かを救える力があって、それを使えば、もしかしたらこの地獄を破壊できるかもしれないって。

 このクソッタレな世界を、希望に満ち溢れた世界に変えられるかもしれないって。

 

 でも、布団の中でぼんやりとそれを願い、朝起きた時には霧散して、また端で音楽を聴き続ける。

 繰り返す毎日。

 何度も願っているのに、体は動かない。

 

 ───性根が腐っているのだ。

 

 救おうとする意志は、あくまでも大衆正義に則った義務みたいなもので。 

 本心じゃあ、どうでもいいと思ってる。

 その二つは相反する物だけれど、同居してしまうのだ。

 

(クズめ)

 

 自虐して、笑って、決意して、それでも端で膝を抱えて。

 自分を呪って、無力さを受け入れて、死体のように過ごしていて。

 

 そうするしかないと思っていた。

 それでいいのだと、思いたかった。

 

 けれど。

 

『───動くな、銀狼隊”戦闘部”だ!! この施設には児童虐待の容疑がかかっている!!』

 

 逃げ続けたら、幸運にも救われてしまったのだ。

 

 ■

 

 訪れた隊員は、愛染輝夜と名乗った。

 彼、あるいは彼女は、神威のことをずっと気にかけてくれた。

 

 何度も助けられ、何度もフォローされた。

 孤児院が検挙され行き場に困っていた神威に、月桜学園の関連施設への移動の手続きをしてくれたり、プライベートなのに様子を尋ねに来てくれたり。

 

『辛い目にあったんだ。今はゆっくり休め』

 

 男性の愛染先生、黒輝夜先生は、大きな手で頭を撫でてくれた。

 

『困ったら言ってね! 沢山癒してあげる!』

 

 女性の愛染先生、白輝夜先生は、胸に抱き留めてくれた。

 

 それがどれほどの幸運か、神威はよく理解している。

 同時に、こう思うのだ。

 

───なぜ、俺がこんなに幸せでいられるんだ?

 

 神威は、救われるべきではないクズだ。

 力があったのに動かず、怠惰に惰性を貪ったのだから。本当はもっと救われる子たちがいたはずなのだ。

 

 死んだ子もいる。

 後遺症が残った子も、四肢が欠けた子だって。その子たちのほうがよっぽど幸せになるべきで、神威は言い換えれば───傍観者という名の、加害者だったのに。

 

『───』

 

 神威は感じていた。

 本当は、輝夜や助けてくれる大人たちの手を振り払うべきだと。それが報いだと。

 

 でも、彼にはそれを振り払う強さすらなかった。

 惰性を貪り、殻を破る度胸すら持ち合わせていなかった。

 

 だから今度は世界を好きにならないように───ヘッドフォンを付けたのだ。

 

 ■

 

 転んだ子供を助けた。

 その姿が、孤児院の子供と重なって、つい手を伸ばしてしまった。

 

 くりくりとした瞳。

 それが、記憶と重なって。

 

『ごっ、ごめんなさいッ!! 許して!!』

 

 つい叫んでしまった。

 ぽかんとしていた子供が泣きだして、母親に突き飛ばされる。どうやら、転んだ事も含めて神威のせいだと思っているらしい。

 

『───この人でなし! 私の子になんて事するの!!』

 

『ごめんなさい……』

 

『どっか行きなさい!! 近寄らないで!!』

 

『ごめん、なさい……』

 

 足取りはおぼろげに、神威は去っていく。

 

 確信があった。

 やはり自分は、どうしようもない最低の屑だ。

 

 たった一つ、何か行動を起こそうとしただけでこれだ。

 悪の道に落ちる事も、全の道を歩む事も出来ない。クソの役にも立たない、つまらなく、意味のない人生。

 

 なら、死ぬべきか。

 生きることをやめるべきか。

 

 薬にも毒にもなれないのなら、そんな人生は意味がない。

 中途半端が、最も罪なのだ。

 

『……変わらなきゃ』

 

 口から出たのは、消極的な覚悟。

 

『変わらなきゃ、いけない』

 

 でもそれは、何かを夢見た訳でも、自分が情けないからでもない。

 ただ、お世話になった人たちに、犠牲になった子供たちに、申し訳が立たないからだ。

 

 誰かの人生を穢す事はしたくない。

 嫌われたくない。

 せめて、マイナスでいたくない。

 

『……銀狼隊』

 

 そんな時に見たのが、銀狼隊の募集だった。

 異種族・異能者とそうでない人たちの平和のために戦い、誰かの笑顔を守る、うってつけの組織。

 

 倍率は数十倍で、特に戦闘部は合格者が例年十人を下回るほど厳しいという。

 ここに入れたら、少しはマシな自分に変われるだろうか。

 

 それとも、くだらない理由で志願する自分には、そのチャンスすら訪れないのだろうか。

 

『……決めた』

 

 神威は、チラシを握った。

 

『──銀狼隊に入れなければ、死のう』

 

 これで最後だ。

 これでもう、苦しむ事は最後にしよう。

 

 悲しみも嬉しさも全て音に塞いで、消えてしまおう。

 

 ただ、願わくば。

 何か一つだけ、そこに自分の意志を乗せるのだとすれば。

 

『なら……』

 

 どうしようもないクズが、這い上がれるのなら。

 何か一つ、この人生に誇れる物が生まれるのなら。

 

『───どうしようもない性根をへし折って、誰かを救えるいい人になりたい』

 

 嗚咽のようなそれは、音楽に消えなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。