Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第三話『Slug Fest』

 

 マイクのゲインが上がる。

 りぃんというハウリングの音が聞こえて、最上さんの声が一際大きくなった。

 

「んじゃ、説明はこんな感じで終わりかな」

 

「……聞きそびれちゃったね」

 

「アイツらのせいだわ」

 

 ここあちゃんと二人で肩を落とす。説明を聞きに来たのに、いつの間にか説明が終わっちゃった……

 

「って事で最後は……うん、『模擬戦(エキシビション)』といこうか」

 

 視線を後ろにやれば、恐らく上級生だと思われる人が、一歩前に出てきた。手首を回して、剣を持って……臨戦態勢といった感じだ。

 視線を戻して、最上さんは手を上げた。

 

「こん中に新入生の銀郎隊志望、かつ戦闘部志望で腕に自信のある子。手上げてもらえる?」

 

「「「……!」」」」

 

「わ、結構いっぱい……ここあちゃんも!」

 

 上がる手の数に驚いて隣を見れば、ここあちゃんは笑っていた。

 

「エキシビションって事は現役の隊員と戦えるって事でしょ。そんなのアピールする絶好のチャンスじゃない」

 

 最上さんの視線が体育館を横断する。

 う~んと唸って、やがて視線を止めた。

 

「いい目をしてるね。じゃあ君にしよう。こっちにおいで」

 

 手招きされ、一人の少年が前に出て来る。

 

「さっきの!」

 

「アイツ……!」

 

 選ばれたのは、さっき色々と言ってきた彼だった。よく見れば近くには雨ノ宮くんがいる。

 最上さんは出てきた彼へマイクを差し出した。

 

「クラスと名前、あと差し支えなければ種族も。頼むね」

 

「……フェアナンド・アルテンブルク。一年C組。ただの人間」

 

 彼はフードを取って、抑えられていた髪を払うように頭を振ると、ようやく容姿が明らかになった。

 

 煤のような灰色の髪に、凶悪としか言いようがない鋭い目つき。サメみたいに尖がってる特徴的な歯は……ギザ歯? というやつだろうか。

 

「今から君と戦うのは銀郎隊戦闘部の二年生。実力的にはかなり上の方。どう? 自信ありそう?」

 

「ああ」

 

「いいね」

 

 最上さんは笑って頷くと、翼を使い空中へ上がった。

 アルテンブルク君と銀郎隊の上級生は、自然と位置に着く。

 

「それじゃあ合図出したら模擬戦スタートね。当然殺しはなし。危ない場合は割って入るからね」

 

 返事はない。最上さんはそれを了承とした。

 

「んじゃ、レディー……───ファイト!」

 

 勝負が始まる。

 緊張感が走る中で、しかし互いに動かなかった。

 

 上級生は首を傾げ、問いかける。

 

「どうした、来ないのか」

 

「……」

 

「カウンター系の能力か、狙いがあるのか……まぁいい。ならばこちらから行かせてもらうぞ」

 

 ポケットに突っ込んでいた手を抜くと、上級生は緩慢な動きで掌を開いた。飛び出した無数の粒のような何かは突如としてアルテンブルク君へと加速する。

 

 けれど彼が軽く裏拳が降れば、弾ける音と共に地面に何かが落ちた。一連の行動が早すぎて分からなかったけれど、それは破裂したBB弾だった。

 

 柔らかい素材のBB弾とはいえ、速度が乗ればそれなりの威力にはなるはず。けれどアルテンブルク君に表情を変える様子はない。

 

「やるじゃないか」

 

「……あせェ」

 

「へぇ? なら───」

 

 上級生は再び球を取り出す。今度は、確認するまでもなくその正体が分かった。なぜならそれは、手の平ほどの大きさの鉄球だったからだ。

 

「これはどうだッ!!」

 

 凶悪に、速度はより速く。

 空気を切り裂く音が聞こえて、鉄球がアルテンブルク君を貫く想像が確かに過る。

 

 それに対し静かに、アルテンブルク君は心臓に手をやった。

 

「───『昏き深淵の果てまでも(S l u g F e s t)』」

 

 爆発音。

 瞬間、灰色の輝きが満ちて、体育館の地面がアルテンブルク君を中心に裂けていた。

 その足元には、数十キロにも及ぶはずの鉄球が、微塵となってめり込んでいる。

 

 その手に握られていたのは、彼の背丈を超えるほどに巨大な、鉄の塊のような何かだ。おおよそ常人に扱える訳のない、例えるなら工事現場の鉄骨のようなそれ。

 彼はそれを振り下ろし鉄球を破壊したのだろう。

 

「なッ……!」

 

「大方、自信を持った生意気な新入生を叩き潰すっていうエキシビションだったんだろぉが。───舐めんなよ」

 

 巨大な武器を肩に担いで、彼は凶悪な笑みを浮かべる。

 短髪だったはずの髪は腰ほどまで長く、そして鮮やかな青のインナーカラーが、背面に入っていた。

 

 理由は分からない。だが彼はこの一瞬で、変貌を遂げたのだ。

 

「俺は最初からアンタらを喰うつもりなんだ。歓迎してくれよ、先輩ッ!!」

 

 アルテンブルク君の腕が動いて、気づいた時には上級生へ肉薄,武器が体を薙いでいた。

 全てを吹き飛ばす衝撃が響いて───恐らく上級生は何らかの方法で防御を取ったのだろうけど、あっけなく壁に激突し、まるで雑巾のように床に落ちる。

 

「まじかよ」

 

「現役の戦闘部を一撃で……!」

 

「やっべぇ!」

 

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昏き深淵の果てまでも(S l u g F e s t)】[異能]

『理想を継ぐ』能力。二つの側面から構成される能力。一つは彼が本来持つ対象を治癒する力。もう一つは、彼の亡くなった姉の容姿の一部、そして力を再現する。心臓部分から取り出す鉄塊も、彼の姉が生前扱っていた武器である。

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「チッ……想像以下だ」

 

 気絶した上級生を他の人が連れて行く。多分、異能医療を専門とする部署が治療するのだろう。

 

 最上先輩はそれを見て、口笛を吹いた。

 

「ひゅ~、やるねぇ君。そいつは決して弱い方じゃないんだけどな」

 

「なら俺が強かっただけだ。それよりも手ごたえがなさすぎる。次はアンタが相手してくれよ」

 

「ん? 俺? まぁいいけど───」

 

「いや、我が行こう」

 

 出て行こうとした最上先輩を止める声があった。直後、二階のギャラリーから小さな人影が降りてくる。

 右手に包帯を巻き、眼帯を付けたちょっと痛い外見の男の人。ここあちゃんたちの喧嘩を仲裁した、桜小路という名の先輩だった。

 

「お、戦闘部No.4」

 

「へぇ、No.4……」

 

「桜小路唯月だ。不足はないであろう?」

 

「いいぜ。不足はねえ」

 

 鉄塊を肩にかけ直し、アルテンブルク君は凶悪な笑みを浮かべる。例え相手が誰であろうと、彼が勝つ気でいるのは明らかだった。

 

 それに対し桜小路先輩はゆっくりと右手の包帯を剥がすと、眼帯の奥が赤く光り輝く。

 

「威勢がいいな。───我が現実を教えてやろう」

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 数十秒後───さっきの上級生と同じように、アルテンブルク君は壁に叩きつけられていた。

 

「くそッ、なんだッ、その力…………!」

 

「良い『能力』。良い使い方。良い気概だ。一年前の我よりも貴殿の方が圧倒的に強いがしかし───荒い。パワー系がパワーをぶつけるだけが通用するのは精々同じぐらいのレベルの相手のみ」

 

「ッ……!」

 

 アルテンブルク君は反論しない。おそらく図星だと理解しているのだろう。それは脇腹を抑える様子からも伝わってくる。

 

「貴殿なら入隊試験程度、余裕で突破できるだろう。楽しみに待っている。(ゆめ)、怠るな」

 

「あたり前、だッ……! 入隊したらまずテメェをぶっ潰してやるよ」

 

 アルテンブルク君は満身創痍になりながらも、態度を変えず貫いた。

 その後、彼に寄って来た銀郎隊の人の手を払いながらも、しかし指示には逆らわず、彼は恐らく保健室の方へ歩いて行った。

 

それを見届けて、最上先輩は柔和な笑みを浮かべた。

 

「いや〜いい勝負だったね! といっても半分ぐらいの人は見えなかったと思うけど」

 

 実際、私には見えてなかった。

 色々呟いているところを見ると、ここあちゃんには見えていたようだ。

 

「あんま詳しく説明するとアルテンブルク君が恥ずかしいと思うから軽く言うね。まずアルテンブルク君は飛び上がって天井を蹴った。加速を加えて武器を振り下ろしたんだけど、桜小路は右手の能力で軽く受け止めたんだ。それで彼が驚いている間に回し蹴りを脇腹に叩き込んで、今って感じ」

 

 気が付いたらアルテンブルク君が壁にめり込んでいたように見えたけど、実際は高度なやり取りが行われていたらしい。

 

「まぁあれだね。彼はやられてしまったけど、そもそもその前に銀郎隊を一人撃破しているし、大金星。対する桜小路はちゃんと味方の仇を取ったし、銀郎隊の威厳を保ってくれた。どちらも素晴らしい活躍……───ってところかな」

 

 上手い具合に、最上さんはそう締めた。

 

 ───結局その後、何人かの新入生が銀郎隊の人に挑戦を挑んだけれど、アルテンブルク君以外に勝てた人はいなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

「あーもう! 私が挑戦してたら絶対勝ってたのにっ!」

 

「まあまあ、運は仕方ないよ」

 

「だってアイツだけいいところ見せて、まるで『アイツ以外の新入生は大したことない』みたいな雰囲気だったじゃない? 許せないわ……!」

 

 帰り道、ここあちゃんは持ち歩いている剣の柄を指で弾きながら、大変怒っていた。結局ここあちゃんは選ばれず、毎回その度に耳と尻尾が粗ぶっていたのを覚えている。

 

 アルテンブルク君の活躍を見てか、彼の後に手を上げる人は多かった。戦いなんてしなさそうな人まで上げていて、彼は他の人に勇気を与えたのだろう。例えその意図がなかったとしても。

 

「……みんな凄いなぁ」

 

 舞い散る桜の花弁を、目を細めて眺めながら私は呟く。

 

「凄い力を持ってて、戦う意思もあって。……私も誰かを助けたいって思いはあるけど、誰かを傷つける覚悟はあまりないから」

 

 傷つくなら自分だけでよくて、それで誰かが助かるのなら私は動けるだろう。でも誰かが傷つくのなら、その責任は私に降りかかる。

 自分以外の誰かの責任を負う覚悟は、ない。

 

 それを考えると、少しだけ不安になる。

 

「アルテンブルク君の言う通りかもね。泥に塗れる『覚悟と力』は、私にはないのかも」

 

「『覚悟と力』? ふん。それ、結局アイツが言ってただけの事でしょ」

 

 力強く息を切って、ここあちゃんは私に振り返る。

 

「愚問だわ。私は戦い方の一つとして、『戦闘行為』を選んだ。でも戦い方は一つじゃない。何かを倒す事だけが戦い方じゃないの。銀郎隊なら、医療部の人や技術部の人だって戦ってる(・・・・)

 

「……」

 

「責任は確かに、その人自身の問題よ。でも力なんか必要ない。それに獅乃には───力があるじゃない」

 

「え?」

 

「あ、『能力』って意味じゃないわよ。貴方には、()()()()()()()()()があるじゃない」

 

 困惑する私に、ここあちゃんはずっと力強く微笑んでいた。

 

「私の事を誤解せず、理解(・・)しようとしてくれた。偏見を持たず、友達のために戦った私をきちんと見てくれた」

 

「でも、あたりまえだし。それだけだよ」

 

それだけ(・・・・)でじゅーーーーぶんよ!」

 

 ここあちゃんは私の肩に両手を置いた。びっくりして、顔を上げる。彼女の顔がほど近いところにあった。

 

「『白い翼』持つ人が『黒い翼』を持つ人を差別する世界なのよ! そこには色の違いしかないのに。そんな世界で、おかしい事をきちんとおかしいと怒れて、偏見を持たず私たち(異種族)と向き合えるって事が、どれほど大事かって」

 

「ぴゃっ」

 

「私の耳や尻尾だって、人によっては()()()()()()()なのよ」

 

 ここあちゃんは耳を指さす。

 ぴこぴこと揺れ動き、尻尾は感情の上下に従いわしゃわしゃと動いていた。

 

 私にとっては、可愛いし、暖かそうだな、羨ましいなとしか思わない。

 でも、世の中には人と違うだけで差別を向ける人がいるのも、確かだ。

 

「獅乃。貴方のそれは力よ。だから何にも恥じる必要はないわ。胸を張りなさい。偏見を持つ誰よりも、貴方は強いの」

 

「ここあちゃん……イケメンすぎるよ……!」

 

「……貴方のそのイケメン判別は何なのかしらね」

 

 ごめんね、癖みたいなものだから。

 面食いとかじゃないよ

 

「ありがとうね、ここあちゃん。少し元気が出たよ」

 

「私は事実を曲げる事が嫌いなだけ。それよりお腹空いたから、お昼食べに行きましょ」

 

 前を向いて、ここあちゃんは歩き始める。

 その背中を追いかけながら、しかし私の心は少し曇ったままだった。

 

(……認めてくれるのは嬉しい。でもそれじゃダメなんだ。偏見を持たない事が力だとしても、誰かを倒せない力には限界がある。だから、私は───)

 

 心が沈みそうになった。けど心が落下を始める前に、それを視界に入れてしまった。

 

「え?」

 

 校舎の壁が、破壊される。

 根元が破壊された事で連鎖的に天井までが崩れた。とんでもない破壊音が響いて、思わず耳を塞いでしまう。

 

 大量のブロック片が砂埃を巻き起こす。

 悲鳴がそこら中から上がる。

 学生服を着た、どこかで見た上級生───銀郎隊の人が、吹き飛ばされて、私たちの足元に転がってきた。

 

「なに……どういう事ッ!?」

 

「ッ……!」

 

「っ、だ、大丈夫ですか!?」

 

 咄嗟に脈を確認しようとして手を伸ばせば、逆に握り返された。

 驚いて体を震わせれば、彼は髪の隙間から、片目だけでこちらを見て来る。

 

「全員、逃げろッ……! 襲撃だッ!!」

 

「しゅう、げき?」

 

「開幕祭に犯罪者が紛れ込んでいた。───香港犯罪組織『三合会(トライアド)』だ……!!」

 

 私たちの困惑を薙ぐように、破片の山を越えて、一人の男が姿を現した。

 

「───いやァ~~~~~幸運だナー! かわい子ちゃんがいちにーさんしー……邪魔な肉塊がざっと二十とカ?」

 

 柔和な笑みを浮かべた、線の細いサングラスをかけた男だった。

 一目見ただけで、理解できない事が理解できる。纏う雰囲気が常人のものではなく、確実に殺伐とした世界に住む住人である事に。

 語尾が崩れるような、不思議な発音。日本語が第一言語ではない人特有のなまりがあった。

 

「初めましテ、月桜学園のみなさん。ボクの名前は『喰凰(ティフォン)』。そこのニーチャンの言うとおり、北米三合会っチュう組織の龍頭(ロンタウ)です」

 

 北米三合会。

 龍頭。

 

 その危険性を私は完全に把握できない。でも、心臓が強制的に警笛を鳴らしている。まるで目を合わせるなというように。今はそれだけで、十分だった。

 

 喰凰は指を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 その時だった。

 ───突然伸びた鮮血の様に赤い糸が、喰凰を縛り上げたのだ。

 

「えっ……?」

 

「ほうワー!?」

 

 糸をなぞる様にして視線を送る。そこに立っていたのは、銀郎隊の紹介の時、私たちに声をかけてきた同級生、雨ノ宮くんだった。

 

「おいおい、一体これはどういう状況だい……!?」

 

「───現実逃避はやめろよ燐世」

 

 そして、近づくもう一つの影。

 髪が伸び、鮮やかな青のインナーカラーが裏に忍ぶ。心臓から鉄の塊にしか思えぬ武器を取り出して、アルテンブルク君は笑みを浮かべた。

 

「敵だッ……! このむしゃくしゃを解消してくれるやつがいるってだけでじゅ~~~~~~~~~~ぶんだろッ!!」

 

「……雄に興ミないんだけどなァ~~~……」

 

 雨ノ宮くんの拘束が、まるでお菓子を崩すようにあっさりと解けていく。

 

「……!」

 

「ま、いッか。前菜(・・)ニゃあちょうどいい」

 

 喰凰は、サングラス越しに鎌首をもたげた。

 

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