Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第七話『臨』

 

 ───毛並みを整える。

 

 まずは耳だ。ぴんと張った柔らかい耳に、優しく専用のブラシを通す。ここを怠ると穴に毛が入ったりして後々に響いてしまう。

 念入りに毛づくろいを終えると、今度は尻尾だ。

 

 尻尾の調子が一日を大きく左右する。時々埃や異物が入り込んだ日は違和感が物凄くて敵わない。純血の人間にも伝わる様に言うのなら、奥歯に何かが挟まった状態。アレに似てる。

 明確に体調が悪くなるとかではないけれど、あまりにも不快で全てが立ち行かなくなる感じ。

 

「よし」

 

 剣を背負い、最後に鏡の前で前髪を整えれば、準備は完了。

 私は息を浅く吐いて、寮の部屋を出た。

 

 ───今日は、銀狼隊の入隊試験日だ。

 

 どうやら隊員は用事があるらしく、獅乃は私よりも早く出て行った。

 

()()()()()

 

その言葉は、あの子が出る前に残した言葉だ。

私は今日、それに報いなければならない。

 

 寮から試験会場である銀狼隊基地本部へ向かう。

 今日は日曜日で、休日ではあるがかなりの人数が歩いていた。だがその足取りは私とは微かに違う。基地と学園は、別の方向にあるためだ。

 

 しかし、基地へ進むにつれて徐々に生徒の雰囲気が変わってくる。

 笑顔を浮かべながら向かう人たちではなく、武器を持っていたりとどこか剣呑な人たちへと。

 

(確か、他の部の試験は時間が遅いはず)

 

 戦闘部の試験は、銀狼隊入隊試験の中で最初に行われる。となれば、いま基地へ向かっている生徒は全員、隊員か志望者だろう。

 

(周りにいる人たちは、全員ライバル。……少し緊張してきたわね)

 

 見たところ、明らかに上級生と思わしき人たちもいる。銀狼隊の入隊試験に学年の制限はない。中には、二年生で本格的に目指す人だっているだろう。

 

(でも、負けてられないわ)

 

 ()()を果たすためにも、入隊試験で|躓(つまづ)いてはいられないのだ。

 そう思いつつ進む私の目の前に、巨大な建物が近づいてくる。

 

 山には似合わぬ高層ビルの外見をした、超近代的な建物───『銀狼隊本部』だ。

 

「ここが、本部……」

 

「どけ」

 

「ああ、ごめんなさ───」

 

 咄嗟に謝ろうとして、振り返り、私は目を見開いた。

 無意識に剣へ手が伸びる。

 

「アンタ……!」

 

「アァ? ……テメェは」

 

 現れたのは、三人組の男たちだった。

 内の一人、残り二人を従えて歩く男に、私は見覚えがある。

 

「入学式の日、八千代に酷い事を言っていた上級生じゃない!」

 

「ハッ!! 被害者ぶんのはやめろよなァ。あれは事実を言ったまでだろ」

 

 男は、白い翼を広げた。

 それは異種族の証。『天使』と呼ばれる、希少種族の翼だ。

 

 後ろの二人も同じ翼を持っている。どうやら、天使の三人組らしい。

 

============================================

天使】[異種族]

〇性質───飛行能力・強化身体・光操作能力

〇詳細───翼を持つ人型種族、通称『翼人』の一種。中でも数が少ない希少種族であり、絶滅危惧指定。性質から神の使いである『天使』と名称されているが、実際に『神』との関連性はそれぞれに拠る。『天使』の中にも『力天使』、『座天使』と独自の階級がある事が特徴。

============================================

 

「俺たちは選ばれし神の使い、『天使』の末裔だ。白は高貴の証。他の翼を持つ種族……ましてや汚ねえ黒い翼を持つ奴なんか認められる訳ねえだろ!」

 

「|戯演(ぎえん)様の言うとおりです。『座天使』である戯演様の言葉は全て正しい」

 

「貴方、無礼ですよ。鴉人など捨ておきなさい」

 

「アンタら……ッ!!」

 

 全身の毛が逆立つ。

 背中へ伸びた手に力が籠った。

 

「それが『銀狼隊』に入ろうとするやつの発言!? ここはどんな異種族であろうと受け入れる学園でしょうがッ!! 差別を受けるいわれはないわ!」

 

()()()はな」

 

 戯演、そう呼ばれた男は嘲笑った。

 顔を近づけ、吐き棄てる。

 

「人間の心は規則じゃ制限できない。『黒い翼』を不吉だと嫌うやつは間違いなくいるし、それは別の要素に置き換えても変わらねえ。差別される種族同士はそいつらで仲良くするし、人間は人間同士で仲良くする。お前の世界は随分と優しいみたいだが、そんなのは少数派だ」

 

「少数派だとしても、正しいのはこっちよ!」

 

「そうだなぁ! その方がいいかもなぁ!! でも───差別は、()()んだよ。それに言わせりゃあ、俺達のこれは差別ではなく好き嫌いだ。俺たちは黒い翼を持つ奴が心底汚く思えるし大嫌いなんだよ。趣味嗜好まで口出しするつもりか? ああ?」

 

「ッ……!!」

 

 どこまでも神経を逆撫でする発言と言い方だ。差別を振りかざしていることは事実なのに、言葉を飾り付けて逃げようとしている。

 友達をコケにされて黙っていられる私ではない。そうして刃を抜き去ろうとした時、ふと私たちの間に影が躍った。

 

「そこまでにしとけ、餅月」

 

 フェアナンド・アルテンブルク。

 私の友人である彼は、剣に伸ばした私の手を抑えた。

 ぐるりと視線を回し、戯演を視界に収める。

 

「事情は知らねえが、やり合うんなら試験中にしろよ。噂じゃあ志願者同士での直接対決もあるって話だ」

 

「テメェ、突然入り込んできて何様のつもりだぁ? 正義の味方のつもりかよ。あんまふざけた事してっと───」

 

「それとも、なんだ」

 

 アルテンブルクの髪が伸びる。

 纏う雰囲気が一瞬、どこか中性的なそれになり、微かに風が吹いた。

 

「今ここで問題を起こして、挙句の果てにオレに潰されて失格になるか? あ”ぁ?」

 

「ッ……!?」

 

 彼の覇気に押されたのか、飛び出しそうになった言葉を飲み込んで、戯演は一歩引いた。

 

「チッ……わぁったよ。決着は試験で付けてやる。お前たち行くぞ!」

 

「「はッ!」」

 

「テメェら三人、絶対に叩き潰してやる……!」

 

 捨て台詞を残し、三人は踵を返して去っていく。

 私はその言葉に違和感を抱いた。

 

「……三人?」

 

「あはは、それは僕のことだろうね」

 

「あぁ、雨ノ宮」

 

 後ろから雨ノ宮がやってきた。どうやら近くにいたようだが、アルテンブルクの動向を見守っていたらしい。ちゃんと仲間だと認識されて目の敵になってしまったようだ。

 

「……はぁっ」

 

 浅く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。

 危ないところだった。あのままじゃ、ここで乱闘を開始しして試験に影響を及ぼすところだっただろう。

 

 周囲からも少し注目を集めてしまった。

 それに対しては、雨ノ宮が手で追い払う事で対処してくれる。

 

「アルテンブルク、さっきは───!?」

 

 私の顔に飛んできたのは、拳だった。

 咄嗟に右手を突き出し、手首を弾いて軌道を逸らす。

 

「ッ、どういうつもりよ!」

 

「目ェ覚めたか? ……しっかりしろよ。お前はこんなところで躓くタマじゃねえだろうが」

 

「……それは、そうだけれど」

 

「因縁があるのかい?」

 

 雨ノ宮の言葉に、私は無言で頷く。

 大体事情を察したのか、二人が苦笑いでそれを受け入れた。

 

「いつもの正義感かよ……気持ちは分からなくもねェが、一度冷静になれ」

 

 アルテンブルクが投げ渡してきたのは、冷えた水のペットボトルだった。

 

「ここで失格になっちゃ鈴代になんて言い訳すんだ。馬鹿な事してんじゃねェぞおい……やるなら試験でだ」

 

「……」

 

 私は一口水を飲んだ。

 

「アンタ、いい奴ねぇ……」

 

「本当に大丈夫かお前」

 

 心底意味が分からず気持ちが悪い、という風にアルテンブルクが引く。

 真剣に心配されるのはこれが初めてかもしれない。

 私はもう一杯水を飲むと、頬を叩いて気持ちを入れなおす。

 

「そうね、アンタの言うとおりだわ。───私の言い分は間違ってない。だから、正々堂々とぶつける事にする」

 

「おう」

 

「持ち直したかい? じゃあ、行こうか」

 

少し時間を消費してしまった。

ちらりと腕時計を確認すれば、時間は『9:42』と表示されている。

 

ビルの前には既に人だかりができていて、どうやら既に中へ入れるらしい。

入り口横には今日の予定表が貼ってあって、一番上にはこう書かれている。

 

銀狼隊”戦闘部”入隊試験 10:00~

 

時間はまだ余裕がある。

いつの間にか緊張はほぐれていた。

 

「よし───行くわよ!」

 

「おう」「うん」

 

 二人と一緒に歩き出す。

 私たちは、巨大な扉をくぐり、銀狼隊本部へと足を踏み入れた。

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