「ふゥ──……」
浅く息を吐き、目をゆっくりと開く。
僕は後ろを振り返らないまま、前の濃霧を見据えた。
「よし……始めるよ」
「はい!」「うむ」「おう!」
三者三様の返事を受けて、僕たちは行動を開始する。まずは移動をするため、僕は横にいた辻さんを抱きかかえた。
「不愉快かもだけど、配慮はするからごめんよ」
「いえ! 提案者は私ですし構いません!」
華奢な彼女を抱きかかえれば、同じように後ろでは伊万里くんが九十九くんを抱きかかえていた。
「ちゃ、ちゃんと持ってくだされ!? 落ちるのは嫌です!」
「はーーーはっはっ!! 心配しなくても大丈夫だ、人間は簡単に死なん!」
「落とさない保証が欲しいのですが!」
嘆く九十九くんを無視して、伊万里くんは右手を前へ突き出した。
「『
彼の腰に巻かれていた半透明の鎖が、その先端を伸ばし射出される。
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【
『硝子を操る』異能。身体のあらゆるところから硝子を生成、操作でき、これは触覚の機能を持つ。腰の鎖、そして翼は束縛と自由を意味する。
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同時に僕も血液の糸を伸ばし、近くの木々へと括り付ける。そしてターザンのような要領でぶら下がり、僕たちは反動で空中へと飛び出した。
「しっかり付いて来るんだ!」
「無論! 僕たちを気にする必要はない!」
しかし、周りは濃霧だ。
空中を移動しようとすれば木々にぶつかる可能性が限りなく高くなり、その上周囲の地形は複雑怪奇。
「辻さん!」
「──『
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【
『合体させる』異能。物質と物質を繋ぎ合わせ、その性質を融合させる。ただしその物質に対して所有者の高度な理解が必要であり、複雑な構造の
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今回利用するのは、異能の副次的効果。
これを濃霧の森の中で利用すれば即ち──地形を把握できる。
元々、僕に共闘を持ちかけたのは、この異能を利用した高速移動を可能とするためだったという。
「10m先に樹木! 高く跳んでください!」
僕は濃霧で見えない前へ血液の糸を伸ばす。視界には映らないが、腕にはしっかりとした重みがきた。
指示通り反動で高く跳べば、後ろからも同様に伊万里くんが跳んだのだろう。同様に樹木の軋む音が聞こえてきた。
(よし、同じ動きは出来てるようだね)
伊万里くんには、僕の後ろを同じ動きでぴったりと付いて来るように言ってある。どうやら彼は野性的な感性に優れているらしく、この高速移動に瞬時に適応した。
僕は前へ向き直す。
濃霧を切り裂き、全身に冷風を浴びながら跳んでいると、腕の中の辻さんがびくりと震えた。
「っ、前方に木々の密集地帯!」
彼女の地形掌握範囲は半径10M。即ちその先の距離は未知の領域となる。
僕は血液の糸を生み出しながら、叫んだ。
「九十九くんっ!」
「もうやっているとも!」
紙が風になびく音がする。
彼は指に挟んでいた紙を地面へ投げると、人差し指と親指で印を結び、片目を閉じた。
「『
異能が発動し、紙は地面を転がる岩石の中へと消えていく。次の瞬間、岩石は轟音を立てて空中へと飛んだ。
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【
『意識を分散させ物体を操る』異能。自身の意識を物体に憑依させ操る事が出来る。元は所有者九十九十一の先祖であった付喪神の性質が受け継がれた物であり、彼は紙の式神を触媒として物体へ憑依し、操作する。
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「右側の木を薙ぎ倒してください!」
「承った!」
「二人は左の残った木々に」
「ああ!」「おう!」
九十九くんの操る岩石は、密集した木々へ突撃していく。僕たちから見て右側の木々の大半がその重量に負けて地面へ落ちる中、血の糸と硝子の鎖は無事な樹木へ突き刺さった。
そのまま真っすぐ、僕たちは空中を移動していく。
(ここまでは想定通りだ)
──僕が指示役、辻さんが地形の把握。僕と伊万里くんが移動を担当し、万が一の障害は九十九くんが破壊する。
四人分担で移動を繰り返すこのスタイルこそ、僕の考えた作戦だ。これならば安全性と、単独よりも格段に速い移動速度を継続できる。
作戦を考えていて遅れていた分も、かなり挽回できた。
けれど──
(このままじゃ、先頭組に追いつけない)
僕は一瞬頭上を見上げる。
彼方で微かに見えているのは夜凪さんの火炎で、その後ろを低い位置で追随しているが*LuSsiqさんだ。
いくら僕らの移動速度が速くなったとはいえ、彼女らや、陸の最速組には追いつけない。
チラりと腕時計を見る。
(制限時間は後十分もない。普通にやっても間に合わない。でも、これは機動力の試験じゃないと最上先輩は言っていた。ならやはり──)
「雨ノ宮くん!」
「どうしたんだい!」
「──
「ッ!」
急いで前を向く。
僕たちは移動を繰り返した結果、高低差の激しい地帯の、ちょうどくぼみの所に来ていた。目の前に立ち塞がるのは巨大な丘だ。あるいは濃霧を貫くほどに上へと伸びている。
普通なら迂回するか、もしくは丘を一気に越えるのが正しいのだろう。
「辻さん、
「くぼみの一番下──抉れたところに、
「ビンゴだ……! 下へ向かうよ! ついてきてくれ!」
「ああ、見つかったのだな!」
血液の糸を伸ばし、方向を急転換。くぼみの地面ぎりぎりのところまで落下すると、壁に空いた穴を確認した。
それは、自然に出来たというのはあまりに綺麗な円形の穴だ。どうやら穴が塞がらないよう、コンクリか何かで補強されている。
「突っ込むよ!!」
人二人ぐらいなら余裕で通れるその穴へ、僕たちは進んでいく。
「──!」
入ってすぐ、感じたのは空気の違いだ。
当然と言えば当然だが、その穴の中は暗く、また外のように濃霧に包まれていない。
「やっぱりだ。やっぱりこの試験には──正規ルートがあった!」
この試験は、機動力を測る試験ではない。
それは即ち、機動力を生かす以外の方法で。例えば頭脳やひらめきを利用すれば、攻略できる何かがあるという事だ。
それがこの穴。
人工的に作られた、正規ルートである。
「どうする雨ノ宮、このまま担いだまま進むか!」
「出口が空中でないとも限らない。そうしよう!」
僕と伊万里くんはそれぞれ辻さんと九十九くんを担いだまま、穴の中を高速移動していく。
入り組んだ道ではあるが整備されているおかげで迷う事はない。
「……! もう少しで分かれ道があります! 恐らく右です!」
微かな罠にも、辻さんのおかげで対応できる。
暗闇の中をしばらく進み、やがてその先に光が見えてきた。
「辻さん、外に出たらすぐに周囲の把握を!」
「了解です! ──このままいったりましょー!」
そうして僕たちは、光の中へ飛び込んだ。
──視界が、再び霧へ包まれていく。
けれどもさっきのように濃霧ではなく、始まった時と同じ薄霧だ。
周囲を見渡せば、どうやら僕たちは丘の中に出来たトンネルを真っすぐ進んできたらしい。
腕の中の辻さんが、突然手を伸ばして叫んだ。
「──見えました、ゴールです!!」
彼女の指さす先、薄霧の向こう側に、微かな人影が見える。
そのうちの一人は、酷く分かりやすかった。なぜなら、燃え盛る翼を携えていたのだから。
「行こう!」
血液の糸を生成。
木々を再び伝って移動し、伊万里くんも同様に。
(ここまでくれば、すぐに──)
その瞬間、僕の後ろから、ドンッという鈍い音が聞こえた。
てっきり僕の背中に、何かがぶつかったと思った。けれど衝撃はなくて、聞こえてきたのは音だけだ。
「ぬっ……!」
「おわぁっ!?」
「ッ……!」
後ろの二人の声と、知らない誰かの声が響く。
そこにいたのは、全身ぼろぼろの金髪の少年──御神楽くんだった。