Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十三話『出揃い踏み』

 ──見上げた空を、虹色の光が切り裂いた。

 

「ッ、ルシア……!?」

 

 歌姫は響き渡るバックミュージックを連れて、光は彼方へ消えていく。

 けれど、七色に染まった空気だけそう易々と戻らない。しっかりと尾を残していった。

 

(そういえば楽しみにしててって、正体の事だったんだな)

 

 一次試験後の会話を思い出す。彼女が去り際に呟いた言葉の意味を、俺はその時になって知った。すげえ女の子だ。俺とは全く違う世界を生きる存在。

 

 同じなのは、異能が音楽関連であるということ。

 

「……同じなのに、なんでアイツは」

 

 この混乱の中を、なぜ進んでいけるのだろう。誰かに惑わされない芯を持っているからか、あるいは場の音楽を作り出してしまう異能の性質の違いか。

 

 それでも、音に乗るという一点は同じはずだ。リズムが崩れれば、音楽系の異能を使う事は出来ない。

 なら、なぜルシアは──

 

「捉え方が、違う?」

 

 ルシアは、バックミュージックの中で、真っすぐ飛んでいる訳ではなかった。木々の障害物を見事に避けつつ、まるで飛行を()()()()()()()()()()()

 全てが順調でもなく、時には迂回をしながら、彼方へ消えていった。

 

 俺にとって音楽とは、耳を塞ぐ物。

 つまりは、内側へ向かう物だ。

 

「躍ってる……」

 

 アイドルならライブで、観客の反応と共に動く事もあるだろう。全ての出来事に自分を動かして、その度に音を作り出し、更新する。

 

 ルシアにとっての音楽は、世界と自分を共鳴させる物。

 外側へ向かう、自己表現なんだ。

 

「──!」

 

 その事実に気づいたら、試さない訳にはいかなかった。

 やれる気はしなかったけれど、やれないつもりもなかった。

 

 だって、同じだ。

 『音楽系の異能』という一点でルシアが俺に近づいたように、俺達は根本的な部分で共通しているはずだ。

 

 なら出来る。

 音楽なら、出来る。

 

 解釈を広げろ。

 騒音も、木々の擦れも、熱狂も。

 

「──この場の全てを、音楽に!」

 

 ヘッドフォンを投げ捨てた。壁にぶつかって砕け散る。

 それが、音楽の始まりだった。

 

 次いで、地雷が爆ぜる。リズムが上がる。

 俺の身体能力が微かに上がって、跳躍する。

 

 壁に足を付けて、転びそうになる。けれどそれがダウンビートを生み出して、俺は矢継ぎ早に壁を掴んだ。

 一気に駆け上がって、その場でリズムを取る。

 

 いける。

 耳元だけの音楽なんて必要ない。

 

 これなら、例え高低差の激しい地形でも、躍るように進める!

 

「『誰ガ為ノ音色(ヘッドフォン・アンセム)』!」

 

============================================

誰ガ為ノ音色《ヘッドフォン・アンセム》】[異能]

『音に適応する』異能。本人の周囲に発生する音に適応し、身体能力の向上や外的要因に対する反応速度を上昇させる事が出来る。また、周囲の音を利用する事で音波を放つことも可能。

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 一つのきっかけで、この世の全ては音楽になる。

 ルシアの与えてくれたヒントを元に、俺は駆け出した。

 

 周囲の景色が、線のように伸びて過ぎていく。森を包む霧によって視界は最悪だ。数M先も満足に捉えることは出来ない。

 けれど視界は必要ない。俺には、耳がある。

 

 咄嗟に地面に転がっていた石を拾うと、前方へと投げつけた。樹木や岩石、そして地形にぶつかり音が反射する。

 

(──8M先に倒木。一気に跳べば飛び越えられる。むしろ足場にして……)

 

 頭の中で電卓を弾きながら、俺は森を進む。

 やがて、地雷や異能の音は微かに少なくはじめ、代わりに人の呼吸や話し声が増えてきた。

 

 もう一度、俺は石を放り反響を利用する。

 

「……っ! 辿り着いた!」

 

 音の先端にいるのは、沢山の志願者たち。即ち、そこがゴールラインだ。

 ならもうなりふり構っていられない。時間を確認する術は今の俺にはない。だったら、急ぐしかない。

 

 ──俺は気づかなかった。

 

 ゴールラインを超える手前、隆起した地形から突然現れた、複数の人影に。

 

 ■

 

 二人と御神楽君が、空中でぶつかる。

 三人は衝撃で弾かれて、それぞれ別の方向に落下していった。

 

「九十九くん! 伊万里くん!!」

 

「振り返るな!」

 

「ぐあっ」

 

 手を伸ばそうとした辻さんを止めて、顔を強引に前へ向かせる。女性に対してありえない行為だとは思うけれど、今はそれどころじゃない。

 

「他人の心配をしている暇じゃないだろう! 自分の通過を最優先にするんだ!」

 

 言い切り、僕は彼女を抱えたまま、再度近くの木々に血の糸をくくりつける。

 最後に強く加速して、僕たちはゴールラインを駆け抜けた。

 地面に足裏を擦り、強引に勢いを殺し、静止する。

 

「──雨ノ宮燐世さん、辻遊菓さん、二名の通過を確認」

 

 いつの間にかゴール側へいた村雲先輩の声が響く。

 宣言がなされたという事は、僕たちは通貨で来たらしい。

 

 けれど僕はそれを気にせず、森の方へと振り返った。

 

「二人はっ!!」

 

 叫んだ途端、濃霧の中から半透明の鎖が飛び出す。伊万里くんの異能の鎖だ。

 それはゴールライン近くの地面へ上から突き刺さると、強い力が加わっているようで震え出す。

 

 濃霧を切り裂き、伊万里くんが鎖に引っ張られて飛び出してきた。どうやらメジャーの巻き戻し機能のように、鎖側へ自分を引き寄せたらしい。

 そのまま彼は上からゴールラインを通過すると、頭からも足からも、前後左右がばらばらのまま転がった。

 

「伊万里結城さん、通過を確認」

 

 僕は咄嗟に駆け寄ると、彼を抱き留める。

 

「伊万里くん、大丈夫かい!?」

 

「っああ、僕は大丈夫だ! けれど九十九くんを落として来てしまった!!」

 

 曰く、ぶつかった衝撃で九十九くんを落としてしまい、二人はそのまま別々の方向へ散ってしまったようだ。濃霧の中で探す事も出来ず、仕方なく一人で進むことにしたのだという。

 彼は再び濃霧の中を見る。僕もつられて視線を戻した。

 

「わりぃ、大丈夫だったかッ!?」

 

「御神楽くん」

 

 荒い息を吐きながら、御神楽くんが傍にやってくる。彼もぼろぼろだというのに、どうやら真っ先に二人の事を心配してくれたらしい。

 伊万里くんは上半身を起こしつつ、親指を立てた。

 

「ああ! 大丈夫ではないが、そもそもこれは試験で、起きたのは事故だ! 責める事も出来ないというより、僕こそ問いたい。君は大丈夫か?」

 

「っ、ああ。俺は全然大丈夫だ。それよりももう一人は……」

 

「……来てくれるといいのだが」

 

 すると、村雲先輩がストップウォッチを確認しながらこちらへやってくる。

 

「残り三十秒だね」

 

 その言葉に、妙な緊張が走った。

 

「……落ちたのはゴール近くだ。それほど遠くはない筈だけれど」

 

 彼の異能は、自分の体を運べるような力ではない。そこだけは不安点だ。

 ここまでやってきた仲間だ。どうせなら通過してほしい。

 

  ──体の芯まで震えるような振動が、大地を揺らした。

 

「えっ……?」

 

「な、なんだこれ、地震……?」

 

 誰もが濃霧を振り返る。

 まともに立っていられないような振動が、どんどんどんどん勢いを増していく。

 

「っ……!」

 

「大丈夫かい?」

 

 思わず倒れそうになった御神楽くんを支えた。

 けれど僕も、強くなる振動に同じく転びそうになってしまう。

 

(一体、何が……! なんなんだこの地響きは!)

 

 強く、強く、震えが強くなっていく。

 唐突に、濃霧が膨れ上がった。

 

 ──違う。膨れ上がったように見えたそれは、濃霧が暴風に押され、上へと霧散していく光景だ。

 

 徐々に正体が明らかになっていく。

 振動がより強く、そして途轍もない悪寒が、体を支配する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (そうか……なんで僕たちは、忘れていたんだ……!)

 

 疾走した勢いを強引に掻き消すため、足裏を地面に擦り付け摩擦によって減速していく。何十Mも地面を抉り、無理矢理に慣性を殺して強引に止まった。

 

(この場に()がいないのはおかしいじゃないか! だって()は、一次試験で既に力を見せていたというのに!)

 

 振り返った時、その軌跡に存在していたのは、巨大な風穴だ。

 木々も、濃霧も、丘も、くぼみも。

 その全てを、彼は蹴散らしてきた。

 

「及第点、だな」

 

 彼は、ぽつりとつぶやく。

 僕は思わず生唾を飲みこんだ。

 

天霧リオン──彼は、ずっとスタートラインにいたんだ!)

 

 ■

 

 ──数分前。

 

  朝比奈刃流樹と瓜生斑鳩は、夜凪朱莉を始めとした空中を進む志願者への妨害を終えていた。

  彼女らは既に濃霧の奥へと消え、彼らの手の届かないところまで進んでいる。

 

「ひゅ~。しかしまぁよく行けたもんだなぁ。オレたち結構頑張ってたってのに」

 

「貴方は居合を、俺は実弾を封じられてましたから妥当でしょう。むしろ『朱雀の夜凪』がこの程度で落ちるなど考えたくはない」

 

「ま、それもそうだな」

 

 二人の相性は悪くなかった。

 刃流樹は雑なところがあるが、その実戦闘においては合理的な思考を見せる事がある。非殺傷を優先し木刀を選択するところや、逆に日常においては雑になるバランス感覚の良さなど、斑鳩にしてみても好感が持てるのだ。

 

 軽い雑談を交わしながら、彼らはその場を去ろうとする。

 与えられた仕事は妨害のみ。後は精々観戦室へ向かうぐらいである。

 

「ん……?」

 

「おぉ? どうしたよ瓜生」

 

 斑鳩が、スタートライン近くに佇む人影へ気づいた。

 二人は首を傾げつつ近づいていく。

 

「お前は……天霧リオン?」

 

 一次試験終了後、刃流樹たちへ攻撃を仕掛けた異端児。

 彼はスタートラインを微かに超えた地点で、仁王立ちのまま動いていなかった。

 

 制服が微かに風に靡く。

 刃流樹は、木刀を肩で弾ませながら問いかけた。

 

「どうした。体調でもわりぃのか?」

 

「──いえ、問題ありませんよ」

 

 意外にも、まともに返事が返って来た。

 刃流樹は横の斑鳩に視線を送るが、帰ってきたのは肩を竦めるポーズだけだ。

 

「試験はいいのか? もうそろそろ時間になるぞ」

 

「そうですか。なら、()()()()()()()()()

 

「ああ……?」

 

 要点を得ない会話だ。

 思わず疑問を漏らせば、リオンは微かに視線を上げる。

 

「──ここから他の志願者たちの動きが良く見えました。突っ切る者、空を行く者、策略を巡らせる者。誰もが見事だ。観察に徹した甲斐がありましたよ」

 

「……見えたって、森の中は霧だぜ?」

 

「そうですね。だが、私には関係のない事です」

 

 未だ、意図が見えない。

 刃流樹はしびれを切らして声を上げようとしたが、リオンが半身だけ振り返ったのを見て、止めた。

 

「少し離れることをお勧めします」

 

「お前、()()()

 

 刃流樹の言葉に、リオンは微笑を浮かべた。

 再び前を向く。

 

「また、会いましょう」

 

 天霧リオンが一歩踏み出した。それと同時。

 

 ──大地に轟音が響いた。

 

 それは彼の足元が爆発した音だった。

 暴風を纏い、霧を押しのけ、不可視の力を受けて加速する。人の視覚を超えたそれは、まるで稲妻だ。

 

 障害があろうとも関係ない。

 彼が地形に触れた途端、風穴が空いて消滅する。通り過ぎた後に風が遅れてやってきて、それはソニックブームを起こし森を蹂躙した。

 

 約、六秒。

 

 それが、彼がスタートからゴールへ辿り着くまでの時間だった。

 彼の通った道には巨大な穴が空いていた。まるで超巨大な掘削機で何時間もかけて通ったような跡で、その奥にはスタートラインが微かに覗いている。

 

 そして、彼は己の通った痕跡と肉体の調子を確認し、呟いた。

 

「及第点、だな」

 

 リオンの登場に、周囲の誰もが戦慄を隠せない。 

 森の痕跡を見て誰もが理解させられてしまう。自分たちが超えてきた道程を、この少年は、数秒でいとも容易く突破したのだと。

 

「──三十分経過。第二試験、終了です」

 

 村雲紫陽花の声で、粛々と告げられる事実。

 混乱冷めやらぬ中で、試験は終わりを迎えた。

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