Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十五話『第二次試験を終えて-後編 ──愚者とアイドル/フィクサーズ』

「だぁっ……!!」

 

 控え室に戻ってきて、俺は肺の中の空気を全部吐いた。

 それは肉体的な疲れから来るものではなく、精神的な疲れからくる息だった。

 

(あぶねえ、なんとか突破できた……本当にギリギリだった……!)

 

 壊れたヘッドフォンを握り締めながら、俺はうなだれる。

 いつの間にか、控え室の人数は随分と少なくなっていた。だからだろうか、その隙間に自分の疲労が染み込むような感じがする。

 

(次が三次……最終か)

 

 思い出すのは、自分のせいで脱落した同級生、九十九十一の事だ。

 

(……きっと、良い奴なんだろうな。俺なんかとか比べものにならないほど)

 

 彼は俺とぶつかったせいで二次試験を突破できなかった。それを謝りはしたが、彼は笑って許すだけだった。それ以上何も追求せず、俺に対して責める事もなかったのだ。

 だから、俺が後悔し続けるのは良くない事なんだろう。雨ノ宮たちも気にしない方がいいと諭してくれた。

 

 でも、自分がどうしようもないクズだと分かっているから、思ってしまう。

 通過するべきだったのは、自分ではなく九十九の方だと。

 

「───」

 

 同時に実感が襲ってくる。

 次が、最後なんだ。

 このまま進めば銀狼隊になれる。

 

 それは俺にとって、自分との約束を果たす事と同じだ。

 

(生き延びる。生き延びて、しまう)

 

 銀狼隊の試験を受けて合格できなければ、俺は死ぬと決めた。

 それはあまりにも愚かしい自分との決別のためだった。

 自分というどうしようもない存在が生み出す悲しみや苦しみに、終止符を打つための決意だった。

 

 でも、合格して銀狼隊になれば、少なくとも価値を証明できる。

 そしてその立場ならば、人を救う事が出来る。

 

「フ、……ゥッ…………」

 

 体が震えて、途切れ途切れの息が出てきた。でもそれは、不安や恐怖からではなく、安堵の震えだった。

 

(決めたはずなのに……もういいやと思ったのに──いざ死ななくていいかもってなると、安心しちまうんだな)

 

 己の人間らしい部分に、心底反吐が出る。

 

「……!」

 

 俺は後ろを振り返った。

 

「わーーーーっ! ……あーーー……れ?」

 

「よ、ようルシア」

 

 そこにいたのは、いつぞやと同じように俺を驚かそうと後ろから迫っていたルシアだった。彼女は両手を狼のように立てて満面の笑みを浮かべていたが、俺の反応に段々と不満そうな顔を見せる。

 

「……ほんとに耳、いい」

 

「これ俺が悪いのかよ」

 

「そうだよー」

 

 ぴょいと跳ねて、彼女は俺の隣に腰を下ろす。

 彼女の格好は、出会った時のように眼鏡をかけたスタイルだった。けれどアイドルの『*LuSsiq』だと認識した途端、その可愛さが何割か増しに見える。

 

「……お前、アイドルだったんだな」

 

「その通り! あれ、でもあんまり驚いてない?」

 

「いや驚いてるぜ。ただあんま知識ないから、有名だってことぐらいしか知らなくて」

 

「ぶー」

 

 足をパタパタとさせて、ルシアは不満気に頬杖をつく。

 彼女はおもむろに、腰に付けた小さなポーチからCDを取り出した。

 

「じゃあはいこれ! 今度聞いて私のこと好きになってね♪」

 

 ぱちりとウィンク。

 思わず肩が跳ねた。

 

 ……あぁ、アイドルオタクの気持ちが分かる。例え営業だと分かっていても、至近距離でこんな可愛い女の子からアピールされたら、心が堕ちてしまうだろう。

 俺は思わず、自分の心を誤魔化すためにCDの内容に目を通した。

 

「こ、これさっき流れてたやつか?」

 

 ルシアは異能発動時、バックミュージックが流れていた。最初は何の音楽かと気にも留めていなかったが、もしかすると彼女自身の曲なのだろうか。

 

「そうだよ! 流れてたのはそれにも入ってる曲で、私の代表曲なの!」

 

「へぇ、なんていうんだ?」

 

「『いろとりどりのセカイ』!」

 

「……いい名前だな」

 

 心の底から、そう思った。

 『いろとりどりのセカイ』──やっぱり、そうなんだ。

 

 彼女にとって音楽とは()()()()()()なのだ。

 

「伝わって来たよ。俺はお前のこの曲のおかげで、二次試験を突破できたんだ」

 

「え? どういう事?」

 

「俺、異能の使い方下手でさ。ずっと音楽の事を後ろ向きに捉えていたんだけど──お前のこの曲が教えてくれた」

 

 CDの、曲名の部分をなぞる。

 

「音楽は、耳を蓋ぐためにある物じゃなくて、世界と自分を繋ぐためにある物なんだって。お前にとっての音楽って、世界ってこんなにも綺麗なんだって……そんな風に考えたら、ちゃんと異能を使えるようになったんだよ」

 

「……なんだか恥ずかしい」

 

「わ、わりぃ」

 

 確かに、少し申し訳ない事をしたように思える。

 俺の言葉は、彼女の音楽性を丸裸にするような行為だったから。当然全てを理解したつもりではないけれど、でも、彼女にとっての世界と音楽の一端に触れたことは、きっと間違いない。

 

「……ねえ、これだけ聞かせてほしいな」

 

「なんだ?」

 

()()()()()?」

 

「ああ」

 

 俺は、食い気味に即答した。

 

「お前の音楽、すげえ楽しかった」

 

「──なら、よかった」

 

 そうして彼女は立ち上がって、突然俺の両手を握った。

 

「ありがとう! ねえねえ、試験が終わったらでいいからさ。御神楽くんの音楽も聞かせてよ!」

 

「お、俺の音楽!? 曲とか作った事ねえよ……!」

 

「でも異能は使えるんでしょ? 別に曲を聞かせてほしい訳じゃなくてさ。御神楽くんにとっての音楽って何なのかを、音に乗せて教えてほしいんだ」

 

「カラオケとかって事か?」

 

「そうそう! もしくは楽器の演奏でも!! あ、作曲挑戦してみる~?」

 

 笑顔で、ルシアは俺との少し先の未来を話してくれる。

 そこに込められていたのは、試験を通して新たに出来た友人に対する、単純な願いだった。

 

 『いろとりどりのセカイ』──彼女は、この世の全てを楽しんでいる。

 

 でも、俺は。

 俺は。

 俺、は。

 

「…………あ、ああ」

 

 気が付けば、頷いていた。

 ルシアは更に笑みを深めて、強く手を握る。

 

「約束だよ!! そしたらそれまでに私の事を知ってもらわないとね! そうだなぁ、二人とも愛かったら合格お祝い会で、二人とも落ちたら慰め会! どっちか受かったら──落ちた後どうするかの話をしよ!」

 

「うん」

 

 だから俺は、精一杯笑った答えた。

 

()()()()()()()()

 

「私も!」

 

 彼女は言い終えると、ぴょんと跳ねて背中を向けた。

 

「それじゃあ、またね! 最終試験、お互いに頑張ろ!」

 

 俺は、手の平を力なく振って彼女を見送った。

 

「───」

 

 力が抜けてしまう。

 ただ、立ち尽くすばかりで。

 

「死にたくねえなぁ……」

 

 俺は、いま上手に笑えているだろうか。

 

 ■

 

「……上手くいった」

 

 お手洗いの鏡の前で、僕は静かに呟く。

 

(九十九くんが落ちてしまったのは単純に残念だけれど、それでも作戦自体が成功したのは僥倖だった。僕の推測は、間違っていなかったのだから)

 

 二次試験での作戦の成功は、僕の考え───つまりは、試験には攻略法があるという説を支持するものだった。

 やはり銀狼隊側が求めているのは単純な戦力だけではなく、思考を巡らせ可能性を探れる人材。つまりは頭脳となれる人間だ。

 

(けれど恐らく、次はこう上手くはいかないだろう。僕が試験官だとすれば、二次試験で通用したような方法をもう一度は採用しない。むしろ頭を使ってくる志願者が、理不尽に直面した時、()()()()()を測るはずだ)

 

 目を細める。

 

(だからこそ、僕の真の目的が芽を出すだろう。そういう意味でも、やっぱり作戦は成功だった。───合格しよう)

 

 僕は自分に言い聞かせて、お手洗いを後にする。

 すると廊下に出た時、端の方に餅月さんがいるのが見えた。

 

「あっ……いや、やめとこ」

 

 彼女は壁に背中を預け、目を閉じて瞑想をしていた。集中しているのだろう。

 さっきお手洗いに行く前にフェアも見かけたけれど、アイツも餅月さんと同じように瞑想中だった。そして話しかけても返事はなかった。

 

(二人とも、妙に似てるとこあるからなぁ)

 

 最終試験の概要はあと十分程度で発表になるはずだ。

 なんとなくデジャブを感じた僕は、おとなしく志願者控え室に戻ろうとする。

 

「───少し、いいか」

 

 そんな僕の行く手を阻んだのは、一人の少年だった。

 腰ほどまで伸びた金髪の髪に、威風堂々たる立ち姿。いっそ感心を覚えてしまいそうなほと見事な少年は、王者然とした笑みで僕を射抜く。

 

「君は……天霧リオンくん」

 

「名前を憶えてくれているとは光栄だな、雨ノ宮燐世」

 

 彼は微かに目尻を上げて、続けた。

 

「第二試験での策略、見事だった。まさか()()()()()をやり切るとはね」

 

「ああ、僕たちが通って来た道の事かな? あれは偶然見つけたもので──」

 

「──木を隠すなら森の中、といった感じだろうか」

 

「……!」

 

 その単語、その言い方は、()()()()()()()()出てこないものだ。

 そして僕は、それを聞いた途端に言葉を止めて目を見開いてしまった。それは天霧くんにとって、十分すぎる回答だったのだ。

 

「やっぱりか。合っていたようで安心した」

 

「……君は、一体」

 

「第二試験、君は()()()()()()()()いたな。君の異能なら簡単にこの試験程度突破できたはず。なのにそれをしなかったのは、最終試験を警戒しての事だろう」

 

 彼は片目を閉じて、楽しそうに声を低くした。

 

「君は他の志願者と共に突破する事で、自分を『単独突破した強者』から『複数人で突破したただの志願者の一人』に印象を変えたんだ」

 

 その推察は、あまりにも的を得ているものだった。

 

 そうだ。僕が辻さんたちと協力したのは、自分という存在を隠すため。

 例えば最終試験が、志願者同士の勝負だったら。例えば最終試験が、妨害ありだったら。第二試験で目立った存在──例えば夜凪さんや天霧君には、同じように目立った誰かが仕掛けてくるだろう。

 

 あるいは反対に、目立っていない志願者が仕掛けてくるかもしれない。ならそれも良いと思っている。なぜならその程度、返り討ちに出来るからだ。

 だから僕の取った作戦は、この後の試験をより有利に進めるためのものだったのだ。

 

(何より恐ろしいのは、天霧くんの本質を捉える力……)

 

 それらの僕の行動全てを、彼は『木を隠すなら森の中』という一言で表現して見せた。

 僕からすれば、初手で王手を取られた気分だ。

 

「良い事だ。銀狼隊の試験とは一筋縄ではいかないようだからな」

 

「……そういう君は、()()()()()()いたんだね」

 

「ほう」

 

 天霧くんは、嬉しそうに声色を跳ねさせた。

 

「なぜそう思った」

 

「たった一つさ。──最後尾は、良く見えただろう?」

 

 その解答に、天霧くんは答えず。

 しかし微かに声を漏らし、歯を見せて笑みを浮かべた。

 

(半分カマかけだったけど、合ってたか)

 

 天霧くんは、二次試験において最後尾、そして時間ぎりぎりから一気に捲るという奇行を見せた。僕も最初は理由が分からなかったけれど、このやり取りの中でなんとなく理由に気づいたのだ。

 

「素晴らしいな。期待して仕掛けて見て正解だった」

 

「……ていうか、天霧くん。君って多分、この試験の事をアピールの場だと捉えているよね」

 

 一次試験後の行動、そして二次試験での奇行。その全ては、恐らく合格後、銀狼隊として働き始めた後を見据えた行動だ。

 

「ああ」

 

 彼はもう、大げさな反応すら見せずに言い切った。

 

「君は()を見てる。合格した後、自分という存在を先輩たちや同期にどう印象付けるか。そのために動いているんだね。情報を取っていたのも同じだ。入隊した後の()()がどんな力を持っているのか、あらかじめ頭に入れておきたいんだろう?」

 

 僕は冷静に言っていたけれど、その言葉に一切反論しない天霧くんを少し怖く思っていた。

 だってそんなの、実質的な勝利宣言だ。

 

 ──『自分は例え誰が相手でも、どんな試験でも合格できる』という。

 

「……素晴らしい」

 

 天霧くんは、強く笑うと、一歩近づいてくる。

 そして僕の瞳を覗き込んできた。

 

「……!?」

 

「必ず合格してくれ。君は必ず、未来の銀狼隊にとって重要な存在だ。だから、必ずいてほしい」

 

「いて、ほしい……?」

 

「いつか分かるとも」

 

 彼は満足そうに鼻を鳴らすと、踵を返した。

 

「一つ忠告しておこう。最終試験、開始直後は──()()()()()()()()()だ」

 

 意味深に一言を残して、彼は去っていった。

 

「天霧、リオン……」

 

 その背中を見て、僕は思わず呟いていた。

 

(推察力、思考力共に尋常じゃない。しかも単に頭が回るタイプじゃなくて、野性的な直感も優れている。その上、試験で見せたあの規格外の異能? ──とんでもない怪物じゃないか……!)

 

 なまじ、僕は自分を頭脳派だと認識している。それと同時に、負けないぐらい武力もあると。完全無欠とは言わないが万芸に秀でる才能がある。

 だからこそ理解したのだ。僕とタイプが違うにせよ、天霧リオンという存在は、本当に規格外の存在であることに。

 

(……そんなの。まるで)

 

脳裏に過った考えを留める事は出来ない。

まるで溢れ出る濁流のように、僕は重ねてしまう。

 

(まるで、二階堂エデンみたいな───)

 

「──時間だ! 説明始めるぞ!」

 

 その思考は、言葉に掻き消された。

 僕は頭を振って、控え室に駆け出す。

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