銀狼隊”戦闘部”入隊試験 三次──最終試験は、二次試験を通過した計十五人によって行われる。
私──餅月ここあは、他の志願者たちと一緒に、控え室で説明を受けていた。
「最終試験の説明を開始するぜ」
今までと同じように、最上先輩は飛んでいた。
彼はいつも通りマイクを握り、おもむろに横へ差し出す。
「んじゃ、頼んだぞ
「──ああ」
突風が、吹いた。
視界を覆ってしまいそうなほどに強烈が衝撃。
確か、窓も扉も開いていなかったはず。それなのに、どこからともなく現れたその『最強』は、静かに最上先輩の隣へと、降り立った。
二階堂先輩は、驚きに満ちた私たちを見回すと、微笑む。
「改めまして、こんにちは。戦闘部『部長』の二階堂エデンです。本来なら今日は俺、国からの依頼で仕事が入ってたんだけど、爆速で終わらせたから戻ってこれてね。それで本来なら全部この最上優が担当するはずだったところを、何とか最終試験だけ変わってもらったって訳」
彼は、異能使用時の特徴だろうか、兎耳のついた外套を羽織っていた。場のせいか、それとも容姿のせいか、威圧感がいつもよりさらに増して見える。
「やっぱり、『部長』だから自分の目で見たいしね。あ、ちゃんと誰を選ぶかの選考には僕も参加するから、そこら辺は安心するといいよ」
それは多分、組織のトップもしっかり考えているよ程度の言葉だったのだろう。
けれど私たち志願者にとって『二階堂エデンに見られる』という事は、想像以上に大きな意味を持つ。
(人類最強に採点されるだなんて……)
獅乃を通じて、私は先輩とは少し面識がある。それでも緊張が抜けないのだから、他の志願者からすれば重圧はもっと強いだろう。
私たちの動揺を無視して、二階堂先輩は説明を始める。
「今から君たちには、訓練室が再現したこの街を舞台に戦ってもらう。そして遭遇した相手を『ダウン』させていき、こちらの想定した人数まで減った時点に生き残っていた者を合格者とする。誰かとチームを組む訳でもなく、何らかのルールの中で争う訳でもない。ただ己の用いる力と策略をぶつけ合う──単純な乱闘だ。好きでしょ、そういうの」
(乱闘……直接対決……!)
思わず、私は拳を握った。
それは今までのようなルールや特別な条件があった試験ではなく、二階堂先輩の言う通り単なる戦いを意味する。
つまり、私の得意分野だ。
──同様に周囲にいる志願者たちにとっても。
「なんでもありだね。共闘するのも、突然背後から音もなく忍び寄るのも、異能で建物を吹き飛ばすのだって。ただ市街地を模した戦場で生き残れ! っていう、本当に単純な試験だ」
……だからこそ難しい。
偏に予想が出来ない。私たちの異能や戦い方、あるいは仲の良さなどによっても、戦況は大きく傾くだろう。
(……これは失敗だったわね)
こんなことなら、あらかじめもう少し情報を集めておくべきだった。初見の戦いでも負けない自信はもちろんあるが、確信には至れない。
「『ダウン』とさっき言ったが、これは志望者が脱落する事を指す言葉だね。気絶、降参、異能などの拘束による身体的制限の強制。あるいは試験官と医療部の人間による判断などで決まる。大怪我とかは止めけど、まぁ骨折程度はこちらからは止めない。無理だと思ったら自分で『ダウン』してほしいな」
怪我をしてでもリタイアせず現場に残り続ける、なんてことは出来ない訳だ。
個人的に、むしろそんな強引な選択肢を取る事は、銀狼隊として不適切だと取られる可能性すらあるのではないだろうか。退く時は潔く退くというのも、戦場では必要なことだろう。
「あらかじめ言っておくけれど、今回は通過者の人数を伝えない。──決まってはいるけど、明かさないという方針だ。これは緊張感を持ってもらう事と、積極的に誰かを『ダウン』させに行ってほしいからだね。長期戦もありえるだろうから、嫌なら自分で戦いに行こう」
今何人脱落しているから、後何人──そういった皮算用は出来ない。終わりが見えない中で、私たちは戦わなければならないのだ。
(本当に、実戦みたい……)
一瞬たりとも気を抜く事は出来ないだろう。体力配分、異能の使用頻度などもしっかりと考慮しなければならない。
「そして今回の試験を通過した人を、銀狼隊の内部で会議した後、入隊者を決定する方式だ。だからこれは試験の場であると同時にアピールの場である事を心得ておいてほしい。……どうかな、自分で仕掛けに行く必要性が上がったでしょ?」
消極的な戦法は極限まで減らす方針なのだろう。
これにより、私たちはより積極的な戦いを強いられることになった。
「それと、君たちにはこのリストバンドを付けてもらう」
二階堂先輩は手首を掲げた。
「これは俺たち試験官へ自主的な『ダウン』を伝えられ、なおかつ俺達からの信号を受け取る事が出来る機械が付属したリストバンドだ。中央のボタンを押すと、待機している試験官に特殊な信号を送る事が出来る」
そして最上先輩は、壁にくっつけてあったタブレットを取ると、何かの操作をし始めた。
ぴーっ、ぴーっ、とリストバンドが軽快な音を鳴らす。
「今、俺はこのタブレットからこのリストバンドに信号を送った。これが試験中に鳴った場合、それはこちらからの『ダウン』宣言となる。例えば大怪我してるのに続けようとした場合だね。要するにドクターストップと思ってほしい」
先ほど言っていた、『試験官及び医療部による判断のダウン』だろう。
「なお、今回の試験では訓練室の端に常に試験官が常駐する。彼らはさっきみたいに妨害をする訳ではなく、試験で異常事態が起きた際に行動するだけだ。だから他の志願者と間違えて攻撃をしないように」
二階堂先輩が横に親指で示したのは、最初からいた瓜生先輩と村雲先輩だ。
(確か、瓜生先輩の異能は他の異能の無効化で、村雲先輩のは広範囲に及ぶ物だったはず)
異常事態に対する配置としては適任という訳だ。
「それと、もし彼らでも対処できない事が起きた場合は──俺が出るよ。
(……上等ッ)
場を保障された。
なら、死力を尽くして自分という存在を使い潰すのみ。
「説明はこの辺で終わり。質問はないかな?」
「よろしいでしょうか」
すらりと、真っすぐに天霧くんの手が挙げられる。
「試験会場は二次試験と同じく、市街地を再現した訓練場とのことですが。では、先ほどのようなギミックなどはあるのでしょうか。また、リストバンドが壊れた場合はどうすれば良いですか?」
「一つ目の答えは、否だね。ただの市街地と思ってもらっていい。時間経過で地形が変わるなんてこともない。二つ目に関しては、そうそう毀れる事はないと思っていいよ」
二階堂先輩は、片手に持っていたリストバンドを空中に放った。
くるくると宙を舞い、弧を描いて舞う。
すると、隣にいた村雲先輩は差していた傘を畳み、素早く槍へと変形させた。一歩踏み出し、閃光のような一突きをリストバンドへ放つ。
金属すら貫きかねない威力の一撃。しかしリストバンドは、受けた衝撃によって飛び、二階堂先輩の掌に収まった。
彼はリストバンドのラバー部分を摘まみ、それが無傷である事を示すと、私たちに笑いかける。
「ほら、こんな風に。それでも万が一壊れた場合でも僕たちは気づけるから、その場合はより注意してその人を見るようにするよ。新しいリストバンドを与えることも出来るけれど、試験中に渡すのは他の志願者に位置がバレるからおすすめはしないかな」
そして二階堂先輩は、また私たちを見渡した。
「他の質問はあるかな。よし、それじゃあ、君たちの健闘を祈るよ」
浅く呼吸をして、もう一度。
「生易しい試験ではないと思う。これは潰し合いだから。けれどどうか、どうかこの困難を乗り越えてほしい。──その果てに、この『最強』のたもとまでおいで」
■
最終試験は、市街地を再現した特殊訓練場で行われる。
そこは銀狼隊本部から少し離れたところにある、広大な土地を利用して作られた場所だ。通常の演算装置よりも高度な技術による装置が備え付けられており、より精密な再現、そして広い再現を可能としている。
志願者たちの移動は目隠しをした上で、車によって行われた。銀狼隊特製の車両は耐震性に優れ、どんなところにも移動できるように変形さえも行える。
故に志願者たちは建物の屋上で、駐車場の中心で、あるいはショッピングモールの通路に配置をされた。特定の五感、あるいは第六感などに優れる場合には別途対策が行われ、彼らは完全にランダムかつ己の知らない場所に配置された事になる。
『処置、解除』
──計十五人。彼らに施されていた目隠しや耳栓などが、唐突に解かれた。はらりと落ちるのは銀狼隊のマークが入った布や機械だ。どうやら音声認識で解ける仕組みらしい。
瞬間、彼らの目の前に広がったのは、広大な市街地の光景である。二次試験の森とは比べ物にならないほど、本物としか思えない街。
ゴーストタウンだという事を除けば、それを偽物だと脳は認識できないだろう。
『開始まで、3、2,1……』
同時に、進行役である二階堂エデンの声によって、その宣告はなされる。
『銀狼隊”戦闘部”最終試験──開始』
大半が咄嗟に位置と他の志願者の情報を手に入れようとした。
屋外の者は周囲を見渡し、室内の者は窓付近や高所を目指そうとする。
──神の悪戯か、あるいは星による導きか。
広大な街の、ちょうど中心地点。広く形成された十字路の中心に降り立った少年──天霧リオンは、即座に異能を開放した。
それは、一次試験後や二次試験中に使用された、正体不明の異能。
彼を彼たらしめる、理外の力である。
「『
彼の足元を中心として、破壊の波が広がっていく。
大地に亀裂が走り、形を保つ事も出来ずめくれ上がる。傍の建物が耐えられず硝子が弾け、次に骨組みが崩壊を始めた。まるでジェンガが崩れるように綻んだ大地へ沈んでいく。
それは空間そのものが掌握された事による、世界の叫びだった。
他の誰でもない、ただ一人の少年が、この場を支配した事の証明だったのだ。
誰もが一瞬で理解した。
津波、大嵐、隕石、噴火、地殻変動───この一撃は、太古の昔に祖先が経験してきた、本来持ちえないはずの原始的恐怖。その体現であるのだと。
あるいは反応さえできればどうにか出来たかもしれない。けれどその一撃は、街にいる誰にも平等に終焉をもたらす一撃だ。
ならば、既に先手を取られている時点で、誰の手にも勝機は、な、く───
「『
ビルが、一棟倒壊した。
けれどそれは一撃が与えられた事による影響ではなく、一人の少年が上空へ駆け上った際の代償だ。
腰まで伸びた長いインナー混じりの髪が、纏う暴風に揺れる。
フェアナンド・アルテンブルクが、両手に握りしめた姉譲りの鉄塊を、真っすぐ力の奔流に振り下ろした。
耳を劈く轟音。
次いで、衝突した力同士がうねりを見せ、周囲を暴力的かつ乱雑に破壊していく。
地割れが車道を裂き、ビルがドミノ倒しを起こし、クレーターが隆起と陥没を繰り返す。
「ヴルゥァアアアアアッ!!!!」
掛け声一発、フェアナンドの鉄塊が振り抜かれた。二つの力の均衡が崩れたのだ。
彼が野球のホームランのようにリオンの一撃を蹴散らせば、鉄塊の生み出した風圧が再び空間を薙ぐ。
それはリオンの前髪を微かに揺らすだけの影響をもたらし、最終的に二人の周囲に凪を生み出した。
今までの出来事と比べればはるかに静かなまま、フェアナンドは倒壊したビル群の上に降り立つ。
「……|最初(はな)っから試験官に攻撃を仕掛けるような野郎だ。どうせ
ゆらりと、かがめていた上半身が上がり。
振り下ろしたままだった鉄塊を肩に担ぎ、凶悪な笑みを向けて。
「天霧リオンッ! 一人だけ台風の目にはさせねェよッ!!」
その切っ先を、リオンへ向けた。
「俺は、テメエを倒して銀狼隊に入るッ!! やりあえやキザ野郎!!」
───対して。
「素晴らしい」
天霧リオンは、同じく瓦礫の上で、フェアナンドとは正反対のニヒルな笑みを浮かべ、仁王立ちをしていた。
一歩、踏み出す。
彼の足元は、たった一度の衝撃によってクレーターが生まれた。
けれど彼は、なんともないように歩む。その度に彼の足場を整えられる。瓦礫がひとりでに宙へ浮き、彼の歩む道を形成しているのだ。
それはやがて階段のように姿を変え、瓦礫の王への一本線を生み出す。
「臨むところだ、フェアナンド・アルテンブルクよ」
金髪が風にたなびく。
空間が彼に|頭(こうべ)を垂れ、軋むような音が響き始めた。
一歩、踏み出し。
加速する。
「───君の全力を、どうか私に見せてくれ」
「引き出してみろよ。───それまでテメエが立っていたらなァッ!!」
破壊の音が、連鎖する。
周囲の動揺を置き去りにして、両者は再び激突した。
■
「アンタ、よくものこのこと私の前に……!」
「よう。入学式ン時の借りを返しに来たぜ」
──ある者は、暗き確執と。
「……試験の中心は
──ある者は、先を見据えた計算を。
「さぁて──ステージの時間だよーっ!」
──ある者は、己の本質から全うするために。
「……合格するんだ。死なないために、俺は、俺は……!!」
そして。
ある者は──本質から目を逸らし。
未だ幼き少年少女は、最後に雌雄を決す。
──最終試験、開幕。
賽は投げられた。
辿り着いたこの場所で、天災と共に舞え。