Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第四話『三合会』

 

 ───鮮血の様に赤い糸が伸びる。

 

 不気味なほどゆっくり距離を詰める喰凰を、糸は素早く縛り上げた。拘束の強度は最初の数倍。隙間なく喰凰の体は赤く染まりあがる。

 

「───『血雨腥風(けつうせいふう)』ッ!」

 

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血雨腥風(けつうせいふう)

『血肉を薙ぐ』異能。『半吸血鬼』である彼の性質を強化する。主な効力は血液操作であり、所有者である雨ノ宮燐世は糸状にして操る。

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 燐世の腕に従い、血液の糸は喰凰を空中へ連れて行く。ハンマー投げがごとく遠心力でぶん回し、縦の回転へ変更。最後に地面へと叩きつけた。

 

「そのまま縛ってろッ!!」

 

 地面をバウンドした喰凰に対し、肉薄したフェアナンド・アルテンブルクの武器が胴を薙いだ。頭部と脚が一撃の速度に遅れ、体が九の字に曲がる。

 人体を軽く破壊する威力で喰凰は吹き飛ばされ、校舎の横に建てられた小屋へ激突した。

 

「───いんヤぁ~~~~~、恐ろしいネ♪」

 

「……!」

 

 粉塵が舞う中、崩れた小屋の残骸から無傷の喰凰が現れる。

 同時に燐世の糸が、再び勝手に解かれた。

 

(おかしい。千切られた感覚がしなかった……)

 

 普通、彼の糸を千切ったところですぐに補強が出来る。それは、糸が血液であり、血液に縁が深い吸血鬼の血を引く彼だからこそ出来る芸当だ。

 でも、千切られる予感すら感じなかった。

 

 加えて言うのなら、傷が消えているのに、再生系能力という感じでもない。まるで傷の痕跡が消されているような違和感。

 

(万能系能力。いや、あるいは概念系の……?)

 

「優秀な若サ。撃破ではなく拘束を先行させ、その上で一撃を。チームワークもいい。でも、ごめんネ」

 

 突如、喰凰が不気味に加速した。近くの外からフェアナンドに接近し、ゆるく握られた拳が振られる。

 

「ッ!!」

 

 鉄塊と拳が衝突する。

 火花が散って───力負けしたのはフェアナンドの方だった。

 

「んだとォッ!?」

 

「軽い軽イっ♪」

 

 叩き込まれる回し蹴りの連打。フェアナンドは武器で何発かを防いだが、大半はくらい、吹き飛んだ。

 

「おいおい、ダンプカーに真っ向から勝つ力なんだぞ!?」

 

「よそ見は駄目ネ」

 

 喰凰が掴んだのは、先ほど体を拘束していた血液の糸だ。千切れて意味を失ったそれを掴むと、未だ繋がっている燐世を手繰り寄せる。

 

「くそッ!」

 

 燐世は咄嗟に血液の供給を解除。糸との繋がりを断つが、働いた慣性を殺すより先に、喰凰の掌が迫る。顔面を狙った確かな一撃。

 当たれば、致命傷は避けられない。

 

~~~~~~~~~~~~~

 

「───」

 

 ……その様子を、私は黙って見ている事しか出来なかった。

 介入する力も、身を犠牲にする覚悟も、私には足りない。

 

「……今」

 

 隣で様子を伺っていたここあちゃんが、風と共に加速する。一瞬で雨ノ宮くんと闇組織の男の間に出現すると、腰に携えた片手剣を抜き去り、男の一撃を受け止めていた。

 

「オヤ、君も相手になってくれるの?」

 

「はぁあああああッ!!」

 

 いつの間にか、ここあちゃんと剣は白い輝きを帯びていた。

 一歩、叫びと共に接近したここあちゃんは、剣を振り下ろし男の胸を切り裂いた。

 

「『逆説道化(クラウンダスト)』」

 

 男が呟き───逆再生のように、傷と血が戻る。残ったのは男の気味の悪い笑みだけだ。

 ここあちゃんは舌打ちをつくと、咄嗟に男を弾丸のような蹴りで飛ばし、距離を取った。

 

「っ、助かった……!」

 

「しっかりしなさい! 気を抜けば殺されるわ!」

 

 ここあちゃんは両手で剣を持って、真上に掲げた。

 

「───目覚めなさい、『神殺死乃最終兵器(ジャガーノート)』」

 

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神殺死乃最終兵器(ジャガーノート)】[異能]

『神を殺す』異能。対象を『神格化』する異能であり、同時に所有者である餅月ここあは『神殺し』の性質を得る。神格化された対象は身体能力強化・治癒力上昇など様々な副次的効果を得るが、部分的に神格化、もしくは部位や物体によってはこの効果は働かない。彼女は普段自身を神格化させ、副次的効果によって戦闘を行っている。また、彼女の持つ剣は常時神格化されている。

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 瞬間、彼女の髪の白さを上回る純白が、全身を包み込んだ。

 突風を伴ったそれは、何も知らない私にさえ息苦しさを感じさせるほどの、圧を持ち合わせていた。

 

 そしてここあちゃんは、振り返らずに声をかける。

 

「私と雨ノ宮がフォローに回る。だからアンタはぶっ飛ばしなさい!」

 

「───よォく分かってんじゃねえか」

 

 彼女たちの背後から現れたのは、至る所が傷つきながらも、ギラついた笑顔を浮かべ、肩に鈍器を背負ったアルテンブルク君だった。

 

「あはは、やっぱり僕も巻き添えか……まぁいいんだけどね」

 

 苦笑いを浮かべる雨ノ宮くんを尻目に、ここあちゃんは私の方へ振り返る。

 

「獅乃は早く逃げなさい! ここにいたら巻き込まれるわ!」

 

「でも、ここあちゃ───」

 

「いいネぇ~~~~! 強気な子は好きサ」

 

 胸の埃を払いながら、闇組織の男はゆっくりと笑みを浮かべる。

 

ちょうどいい(・・・・・・)。オニイさんと、あ・そ・ぼ♪」

 

「───」

 

 口を結んで、苦笑いを浮かべて、強く笑って。

 三人は、三者三様の反応を見せた。

 

「……!」

 

 戦いが、本格的に始まった。

 それを見て、私は───怪我を負った銀郎隊の人の元へ走った。

 

「大丈夫ですか、しっかりしてください……!」

 

 手を取って、脈を確認。良かった、生きてる……!

 けれど息は荒く、よく見ればガラス片が体に突き刺さり、出血もしていた。足を見れば、紫に腫れている。どうやら骨折もしているようだ。

 

「っ……なぜ、逃げない……! 俺の事などいいから走れ……!」

 

「出来ません! 何も出来ないけど、逃げる事は出来ません……から!」

 

 ここあちゃんに『逃げろ』と言われた時、真っ先にこの人の事が浮かんだ。力を振るう事は出来ないけれど、この人を見捨てる事はしてはいけないと思った。

 

 ここあちゃんは言ってくれた。

 誰かを支える事も、戦いだと。

 

 ならば私は、私が出来る限りの『戦い』に殉ずるべきだと、そう思った。

 

 同時に、完全に闇組織の男の意識が三人に向いた、この瞬間こそがチャンスだとも、感じた。

 だから私は走ったのだ。

 

 ここあちゃんを、信じて。

 不甲斐ない自分を恥じながらも。

 

「今の私には、これしか出来ないから……!」

 

 いつの間にか周囲から人はいなくなっていて、どうやら逃げたらしい。それが正しい判断だと思う。この時点で戦う力と覚悟を持っている三人の方が珍しいのだから。

 

「……おかしい」

 

「何が、ですか?」

 

「なぜ───銀郎隊が来ない(・・・・・・・)……?」

 

 銀郎隊。

 学園内に存在する自治組織。

 異能犯罪に対抗する組織。

 

 この状況に打ってつけの、力を持つ人たち。

 

「来ない……来れない(・・・・)?」

 

 耳を澄ます。

 三人と一人の戦いの隙間に、遠い叫びと雑多な音が響いている。

 

「犯罪者が紛れ込んでいるのは、ここだけじゃ───!」

 

 その時。

 遠くの校舎が、大きな爆炎に包まれた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「「「「ッ!!!?」」」」

 

「いー忘れてたけどサ。助けなんか来ないよ。名乗ったデショ、『北米三合会(トライアド)』って」

 

 『組織犯罪』。

 その四文字が、全員の脳裏を過る。

 

「ミンナで来たよ。楽しい楽しい、目的(・・)のためにネ」

 

 例え喰凰が組織のトップだとしても、彼に匹敵するほどの、あるいは彼に少し劣る程度の犯罪者たちが学園の至る所に入り込んでいるのだとすれば、銀郎隊が助けに来れない事も納得する。せざる負えない。

 

 それは即ち、救援が期待できない。

 喰凰を三人で倒さざる負えないという事実の提示だ。

 

「だからサ」

 

「───ッ!?」

 

 喰凰が躍動。不気味に跳ねて、燐世の顔は手で覆われた。

 

「君たち、諦め──「諦めないわよッ!(諦める訳ねェだろッ!!)」───ホウワッ!!」

 

 喰凰の胸がバツ字に刻まれる。同時にフェアナンドが鉄塊を振るい、思い切り吹き飛ばした。

 真芯に衝撃を受けた喰凰が、地面をバウンドする。

 

(生死を考えてる暇はない……! その前に私たちが殺される!!)

 

「はッ……! 君たち豪胆すぎだろッ!」

 

 一瞬呆けたが、すぐに意識を前へ向けた燐世が血液を糸に変える。地面を貫通した無数の糸は、ぶっ飛んだ喰凰の真下に出現すると、まるで針の様に尖って串刺しにした。

 

「『逆説道化(クラウンダスト)』」

 

 瞬時に、粉砕。

 現代アートのような糸に座りながら、彼は依然として笑ったままだった。

 

 光が走る。

 

「油断、したわね」

 

 白い獣が宙を舞い、燐世の糸ごと上空から斬撃が走った。

 両断される喰凰の肉体。

 

 そこに距離を詰めたフェアナンドが短く息を吐き、相手の肉体を地面ごと上空へぶち上げる。

 

 舞う肉体と断片───

 

「『逆説道化(クラウンダスト)』」

 

 ───修復。

 

 全ての行動を無に帰すように、肉片は衣服ごと原形を取り戻した。

 

「不死身かよッ……!」

 

「いーえてひょ~~~! ん? いいえて、妙? 日本語難しネ」

 

「ハッハハ!! 不死身だァ……?」

 

 喰凰が耳元で聞こえた言葉に振り返る刹那、フェアナンドの武器がその横顔を殴り飛ばした。

 宙を舞う喰凰。それを追いかけて、フェアナンドは地面へ叩きつける。

 

「不死身っつうならよォ~~~~~!! 死ぬまで殺す(・・・・・・)までだッ!!」

 

 殴打。

 殴打、殴打殴打

 

殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打────!!!!!

 

 残像が残るほどにフェアナンドの鉄塊が叩きつけられ、喰凰がそれを受け続ける。

 さながら、凄惨な事件現場のように血液が散り、肉たたきの音が木霊する。それでも能力が働いているのか、破壊と再生がリピートされる。

 

「ォ……ぐゥォ!!」

 

「ギャハハハハ!!!! 『最強』、『最強』ッ!! やっぱり俺はッ───」

 

 遠方で爆発が、二回(・・)

 

 それで、フェアナンドの動きが止まった。

 

「ア?」

 

「ニッポンのコミック風に言うなラ」

 

 金属音が木霊する。

 校舎の壁に、フェアナンドの持っていた武器が、突き刺さってた。

 

 後に残ったのは、力を利用され、両腕がへし折れたフェアナンドと。

 サングラスの隙間から、笑みの消えた瞳を向ける喰凰だった。

 

「───遊びは終わりサ、餓鬼ども」

 

「ッ、ゴ”ァッ……!?」

 

「フェアッ!!」

 

 フェアナンドの腹に蹴りが突き刺さり、マウントを取っていた彼が吹き飛ばされる。

 喰凰は跳び起きると、首を鳴らしながら嗤った。

 

「あァ~~~~~、馬鹿の相手は疲れる。ま、力不足の餓鬼(・・・・・・)は単純だから助かるよ」

 

「ン、だと……!?」

 

 ───その発言は、フェアナンドにとって地雷に等しく。

 彼は、感情を抑えられなかったのだ。

 

「ッ、ぶっ殺すッ!!」

 

「フェア、挑発に乗るな!!」

 

「うるせえッ!!」

 

「ぐっ……」

 

 止めにかかった燐世の手を払い、フェアナンドは両腕の傷を強引に治す。そして素手のまま、拳を握り締めて喰凰へ肉薄した。

 

「喰凰ォオオオオオオオンッ!!」

 

「アッハハ、猪かよ!」

 

 フェアナンドの拳が、喰凰へ迫る。

 そこには途方もない程のエネルギーが込められていて、人体を破壊するのに容易だろう。

 

 でも。

 それよりも、相対するように、拳を握っている喰凰の一撃の方がきっと───遥かに重い

 

 だから、ほつれを突くような、その間隙に。

 

「───ッ!!」

 

「な……んッ……!?」

 

 ここあは入り込んで、フェアナンドを突き飛ばした。

 

(やっちゃった、やってしまった……!)

 

 歯を食いしばり、ここあは自分の行動を少しだけ後悔する。それは、こうしてしまった以上、自分が無事ではいられないだろうという確信からだ。

 

 餅月ここあは、困っている誰かを見過ごせるような人間じゃなかった。

 

 美しい黒い翼を馬鹿にされた友人を救ったように。

 彼女は、困っている誰かを……それこそ、尽きようとしている命を見過ごせる人間では、決してなかったのだ。

 

(なんだ、やるじゃん私)

 

 そんな自分を少しだけ怒りつつも、誇らしく思う。

 

「『逆説道化(クラウンダスト)』」

 

 ただでやられる気は彼女になかった。

 力一杯振り絞って、剣を構える。

 

「はぁあああああああああああああああッ!!!!」

 

 ───でも。

 

 ここあは忘れていた。

 

 困っている誰かを見過ごせない。命を賭しても、助けてしまう。

 そんな彼女が認めていて、認めてもらって。

 

 そんな風に、暖かな世界で生きられる───友人が、いた事を。

 

「───ぇ」

 

 燐世が叫んでいた。

 フェアナンドが歯を食いしばっていた。

 ここあが目を見開いていた。

 

 彼女と喰凰の間にある、僅かな隙間に。

 

「ッ……!!!」

 

 泣きそうな顔の、獅乃が立ち塞がった。

 

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