Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第十七話『群・雄・割・拠/一』

 最終試験の会場、模擬市街地は、大きく分けて四つのエリアが存在する。

 

 商業施設を含む駅と、それを取り囲むようなビル群によって構成される中央および北エリア。

 それに対抗するように、巨大なショッピングモールが一つある南エリア。

 広大な平地を再開発された結果、イベント広場と公園が広がる東側エリア。

 中央から外側に向けて激しい傾斜があり、所狭しと住宅が並ぶ西側エリア。

 

 私──餅月ここあの開始位置は、その中でも南側エリアの立体駐車場だった。

 現実にほど近い再現を行われているようで、沢山の車が並んでいる。

 

「っ……ぐっ!?」

 

 突然、室内にいるはずの私にとんでもない風圧が押し寄せる。思わず剣を抜き去って地面へ突き刺し支えとした。

 周囲の車が微かに動き、軽自動車であろう何台化は横転までしてしまう。

 

(一体、何が……)

 

 思わず風のやって来た方向、市街地の中央へ視線をやれば、私は目を見開いた。

 アルテンブルクと天霧リオンが、中央の一番目立つ場所で衝突していたのだ。

 

 一瞬で理解してしまう。

 今の一撃は市街地中を巻き込んだ物であり、その余波は少なくとも1kmは離れているはずのここにまで届いたのだ。

 

「アイツ、本当に……!」

 

 試験前、アルテンブルクは妙にギラついた目つきをしていて嫌な予感を覚えたけれど、どうやら本当に天霧リオンへ攻撃を仕掛けたらしい。

 

 私は視線を外すと、低い姿勢を維持し剣を握りながら疾走を始める。

 

(中央開始じゃなくて良かった……でもこれは逆にチャンス。みんなの注目が中央へ向いているうちに、高所を取る!)

 

 立体駐車場の柵から飛び出し壁を上る。全く平坦な壁ならそれも難しいが,幸いにしてそれぞれの階に柵があるおかげで足場に出来た。

 屋上へたどり着き,私は周囲を警戒しながら外を見渡した。

 

(ショッピングモールは後ろ。あとはここに続く道路や森林ばかり。となれば,大体の場合室内に───)

 

 黒い影が,頭上を覆った。

 

「ッ……!?」

 

 即座に振り向き,既に抜き去っていた剣を振るう。

 金属同士のぶつかる音が響いて,メリケンサックとかち合った。

 

 視界に飛び込んできたのは,太陽を覆い隠す純白の翼だ。それは本来なら神秘的な印象を抱くのだろうけれど,私にとっては酷く薄汚れて見えている。

 

「っ,アンタはッ!!」

 

 身を捻り,剣を滑らせると強く弾いた。

 人影は勢いに逆らわず拳を引っ込め空へ逃げると,一際大きく翼を広げ,静止する。

 

「アンタ、よくものこのこと私の前に……!」

 

「よう。入学式ン時の借りを返しに来たぜ」

 

 私の前に現れたのは,八千代の事を蔑んだ天使の男だった。

 名前は確か,『|貴琉院(きりゅういん)』。

 二次試験においては低空飛行で森を突破し,早々と通過していたはずだ。

 

(……他の天使たちがいない。やっぱり今までの試験で落ちていたのね)

 

 今までに集団試験があったのなら,おそらく彼らはもっと厄介な敵になっていたことだろう。けれど一次も二次も,どちらも個の力が必要となる試験だった。

 協力は出来なくないが,彼らのように翼を持ち空を飛べる種族なら必要はないだろう。落ちたのなら言う事は何もないが。

 

「まさかこんなにすぐ会えるとはなぁ。俺は幸運だ」

 

 その言葉を聞いて、私はすぐにでも肉薄しようとした。

 けれど、駄目だ。

 

 『冷静になれ』とアルテンブルクは諭した。

 なら、一度止まるのだ。

 

 悪いところではなく、良いところを見つける獅乃に私は救われた。

 なら、私も誰かとぶつかった時──例えば今、すぐに否定だけをしてはいけない。

 

「……あの子に謝りなさい。貴方のした事は差別よ」

 

「ハッ,まァだ言うかよ!! 人聞きの悪いこと言うんじゃねえ」

 

 貴琉院は左手を私に突き出すと,その掌が輝きだした。

 

「あれは好き嫌いだっつってんだろ。実際黒い羽なんて汚くて見てられねえよッ!!」

 

 放たれる光線。

 私は横に跳んで躱すと,そのまま屋上の柵を足場にして宙に跳ぶ。

 回転を加えながら切りかかるが,彼は軽く拳を振りかざし受け流した。

 

「またそうやって……ッ!!」

 

「テメェこそあの時はよくもコケにしてくれたな。一年坊にこかされたって馬鹿にされちまったじゃねえか」

 

「アンタが弱いのが悪いんでしょ!!」

 

「ハッ。潰す……!!」

 

 横薙ぎに光線が放たれる。線ではなく荒れ狂う面の攻撃。私は軽い身のこなしで駆けながら全てを回避すると,私を追うようにして拳の突撃が来た。

 くるりと反転。刃を当てて攻撃を逸らせば,今度は連撃が私を襲う。

 

 身体能力をストレートに伝えてくる拳の一撃は、まともに受ければこちらが不利だ。剣で受け流し,左右の移動で躱し続けるが───

 

(ッ,後がない!)

 

 私は既に屋上の端まで追い詰められた。外に出るよりも留まった方がいいと咄嗟に判断した私は,両手で剣を持ち直し,メリケンの金属部分に剣の腹を当てる。

 そのまま,受け流すために体を動かそうとするが,駄目。

 

()()()()ッ!!?」

 

 翼が大きく,脈のようにしなる。

 風を受けた彼の体が大きく加速し,私の事を外へ押し出した。

 

「ッ……!」

 

 どこにも接する事なく,私の体が宙へ放り投げられる。

 立体駐車場は五階建て。屋上から一階までの高さは約13M。

 

 体を包む風を感じながら,私は咄嗟に身を捻った。

 その勢いで剣を投げ,地面へ突き刺す。フリーになった両手をしっかりと開き,そのまま地面へ着地。

 

 同時に,私はしっかりと足から地面へ着くと,勢いよく横へ倒れ,そのまま後転のようにぐるりと背中から回る。

 止まらず勢いを利用し立ち上がると,先んじて突き刺していた剣を回収。

 

 五点着地,あるいはロール。

 高所から落ちた際に衝撃を分散させる着地法を使い,私は無傷で地上へ降りた。

 

 上を見上げる。貴琉院が,ゆっくりと翼を使い降りてくる。

 

「随分な技術じゃねえか」

 

「……別に,貴方の価値観とかどうでもいいの。変えろなんて言わないわ」

 

 私は無視して,剣を突き付ける。

 

「───でも,貴方の言葉であの子は傷ついた。これは立派な誹謗中傷。なら謝るべきでしょ」

 

 例え気持ちがなくとも。そこに込められた心がなくとも。

 そのポーズをされるだけで,救える心だってあるのだ。

 

 少なくとも私は,この天使が何のお咎めもなくこれからも過ごしていくのが,許せない。

 

「嫌だね」

 

 彼もまた,拳を構える。

 

「そんなに謝らせたいのなら,俺を倒せ。その代わり俺がお前を倒したのなら───土下座してもらうぜ」

 

「望むところよ。……ところで,アンタ」

 

「あ?」

 

「……いいえ」

 

 そこまで言葉を繋いで,私は首を横へ振った。

 代わりに,剣を下段に構える。

 

「なんでもないわ。()()()()()()()()()()のように,アンタの翼も捥いであげる」

 

「ッ……!! 我ら誇り高き天使を愚弄するか,犬公ッ!!」

 

 翼が震え,彼の肉体が急降下を始める。

 それを見届けて,私は走り出した。

 

 ■

 

 東側エリア。

 そこは、公園とイベント広場が広がる平地のエリアだ。

 

「──『血雨腥風』」

 

 五指から血糸を伸ばし、地面を経由して剣山のように出現させる。

 しかし彼女、『|流人(りゅうじん)』という異種族の少女は、肉体を水に変換し、糸の隙間をすり抜けた。

 

「あっぶなー!」

 

 水に変換された彼女は、そのまま僕へ向かって細く伸びながら突撃してくる。軽く身をひねり回避するが、まるで巻き戻しのように背後からもう一度攻撃。再び回避。

 

 指を動かし糸の結界を張るが、やはり液体である彼女を捉えることは難しく、血と水の交わる広場の中で、僕は回避を続ける。

 

(これが流人。厄介だな)

 

============================================

流人】[異種族]

〇性質───流水変化・半物理無効

〇詳細───肉体が水分(主に水)によって構成されている種族。ある者は『三割人間、七割流水』の状態、ある者は『十割人間零割流水』など、個々人によって基礎状態が違う。

============================================

 

(二次試験でも地雷を綺麗に避けて進んでいた。確か名前は、有坂さん)

 

 予め休憩時間に志願者たちを観察し、情報を入れておいて正解だった。でなければ遭遇時、強襲されて一撃で僕はやられていただろう。

 

 どういう訳か、志願者に配られたリストバンドは流水の後ろ部分に付けられていた。便利な性質でもあるのだろうか。

 

(液体だから物理攻撃が効きにくい。とはいえ──もう攻略法は見えた)

 

 僕は即座に、糸の結界を解いた。

 

「諦めたの!? ならもらっちゃうよー!」

 

 有坂さんは僕の首目掛けて迫ってくる。大方、巻き付いた後に首を締め上げ僕を降参させる作戦だろう。

 しかしそれは、僕の誘いだ。

 

 僕は懐から血液パックを取り出すと、即座にその封を引きちぎる。

 宙に舞う液体。それを──向かってくる彼女へ向けて突撃させた。

 

「ひぃぃぃぃッ!?!」

 

「やっぱり。思った通りだ」

 

 その血液は僕によって操作された、いわば面の攻撃だ。本来なら血を被る程度で済むのだろうけれど、彼女にとっては事情が変わる。

 

「やっぱり、()()()()()()のは良くないんだね」

 

 彼女の肉体は、水だ。

 即ち水分。そして僕の操るのは血液で、この二つが混ざればどうなるかは子供でも分かる。

 

 簡単な視覚の問題だ。 

 性質がどうこうとか言う前に──二つが混ざれば、血が勝つ。

 

 その弱点に気づかれない限り、アドバンテージは自分にあると思ったのだろう。

 だから彼女は僕に仕掛けてきたけれど、こうなった以上退かざる負えないはずだ。

 

「や、やばっ」

 

 呟きを残して、彼女は広場から少し離れた噴水の方へと逃げていく。流水の動きはとても早く、足で追おうとも間に合わない。

 そして、噴水の方に逃げたのは水を得るためだろう。恐らく僕を誘い込もうとしているのだ。

 

でも、布石はもう打った。

 

「『血雨腥風』」

 

 右手を翳し、僕は()()()()()を操る。

 すると有坂さんの逃げていく方向から血の壁──僕からすれば小さな血液だけれど、液体であり高さのない彼女はとっては壁に見えているはずだ──がせり上がった。

 

「ぴやぁああああっ!?」

 

 壁は四方から生まれ、有坂さんを飲み込もうとする。

 けれど彼女は身を縮こまらせ、すぐに鋭い槍のように姿を変えた。恐らくだが、血液が混ざる前に高速で移動し、血の壁を貫こうとしたのだろう。

 

 けれど、それをするワンアクションの隙があれば、僕には十分だ。

 

 血の壁を乗り越え、僕は指先を細くなった彼女の先端、恐らく首や顔に相当する部分に添える。それだけで彼女は一瞬身を強張らせた。

 

「……こ、降参ですぅ……」

 

 スライムのようにぷるぷるとした腕を作り出した彼女は、それで中央のボタンをタッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 中央二人の争いが始まった時,僕───雨ノ宮燐世は悟った。

 あの争いに参加してはならない。そして,余波も受けてはならないと。

 

(開始位置がランダムでないのなら,伊万里くんや辻さんと共闘したかったところだけれど……)

 

 二次試験時,僕は他人と協力する事で力を抑えていた。

 だから最終試験では全力を出すけれど,それはそれとして,天災の争いに参加できるほど強くないという自覚がある。

 

 三合会襲撃事件の時,僕はその弱みを自覚した。

 この世界の強さは青天井であり,今の僕が扱う力には限度があり,だからこそ伸ばすべきは『戦略』であるのだと。

 

「ふぅ……」

 

 有坂さんとの戦いを終え、彼女が回収されていった後、僕は一息を付く。

 僕は彼女と戦った広場を離れ、僕は傍にあった橋の上にまで来ていた。

 

 東側は広場と公園が広がっている。建物らしい建物は少なく、遮蔽がない。

 だからこそ、橋の上を取れたのは幸運だった。ここからなら周囲のクリアリングが出来る。

 

(逆に言えばここや周囲の建物に人は集まりやすい。最大限警戒をしないと──ん?)

 

 周囲を警戒する中、僕は遠くから聞こえる物音がする。

 静寂でなければ分からないほど、小さな音。音自体が小さいのではなく、発生源が遠いのだ。

 

 柵の間から目を凝らし、広場の先にある公園を見つめる。

 同時に気づいた。

 流動する緑と、散る火花の重なりに。

 

(あれは……誰かが戦っている……?)

 

 他の気配がない事を確認し、僕は血の糸で移動していく。

 微かな遮蔽物で身を隠しつつ公園の入り口まで来れば、より音は鮮明になってきた。

 

 ──杖によって植物を操っていると、巨大な斧を振り回す人の戦闘が視界に飛び込んでくる。

 

(確か、千羽ネルムさんと……もう一人の名前は分からないな。斧背負ってるのは見た事あるけど。確か二次試験では地上組の人だったはずだ)

 

 地上組。即ち、餅月さんやフェアたちと共に先頭を駆け抜けていた集団の一人。それに追随出来た事と、巨大な斧を操っている事から身体強化能力者だと分かる。

 

 僕は二人の死角から、様子を見守る事にした。

 

「ッ……! 『|森の鼓動(La Terre)』!」

 

 千羽さんが杖を振るうと、公園の木々が呼応し枝を伸ばす。

 公園は自然の豊かな土地だ。森に比べて人工物もあるとはいえ、中央や他のエリアに比べれば相当彼女に有利なはず。

 

「甘いッ!!」

 

 少年が吼えた。

 彼の持つ戦斧は、まるで機械のような継ぎ目を持ち、オレンジと黒の色彩を合わせもつ、2Mはあるかという特異かつ巨大な代物だった。

 

 踏み込みと同時、戦斧の根本が排熱のように空気を吐き出す。

 振るわれた刃は四方から迫りくる枝の大群を、一撃、二撃と続けて両断。

 

「枝など|小(こ)っぽな物ばかりではなくッ!! もっと巨大な物をぶつけてこい!」

 

 肉薄し、戦斧が空間を薙ぐ。

 千羽さんは咄嗟に植物を操作し自分の体を運ぶが、その植物すら切断されてしまった。

 

「ぐぁっ……!」

 

 彼女の肉体が宙を舞う。

 そこで少年は手を緩めない。戦斧を軽々と片手で握り、自分も同様に空中へと。そして戦斧を構え、必死に植物で守ろうとする彼女へ、一撃を──

 

 そこへ、僕が割り込んだ。

 

「『血雨腥風』」

 

「ぬぅっ……!?」

 

 血の糸が、戦斧の持ち手を縛り上げる。

 動きが止まった隙を見計らい、僕は木々に糸をくくりつけると、ワイヤーアクションのように宙を跳び、その途中で千羽さんを抱きしめ回収した。

 

「なぁっ……!? えっ、えぇ!?」

 

「舌噛むよ。気をつけて喋ってね」

 

 幸いにして糸をくくりつける自然には困らない。僕はそのまま、彼女を連れて移動していく。

 

「突然の事で驚いてる事だろう、千羽ネルムさん。あ、名前は噂で聞いた。二次試験で目立ってたからね」

 

「な、なんで私を助けて……?」

 

「提案があるんだ」

 

 そして僕たちは、元の場所から離れた、一際緑の深いところに着地する。

 彼女を離し、転びそうになるのを支えて、言った。

 

「──僕と君で協力して、他の志願者を倒さないか」

 

「えぇ!?」

 

 二次試験で見ていて、さっきから観察していて、僕は一つの結論にたどり着いたのだ。

 

「君と僕の異能は、多分相性が物凄く良い」

 

 ■

 

「ひゅーーー!! 始まったなぁこれ!!」

 

「いえーーー!!! さいしゅうしけーーーん!」

 

 朝比奈先輩とななたまさんが両手を上げて騒ぎ出す。

 二人が見ているのは、中央で行われた天霧くんとアルテンブルク君の衝突だ。

 

「凄いですね、一年生でこの力は。上位陣さえも喰われそうだ」

 

「はぁ、アイツら入隊したら任務で街壊したりしねえよな……? 寒気してきた……」

 

「せ、先輩。大丈夫ですよ。きっとあの子たちはいい子ですって」

 

 最上先輩は先を想像して怖くなったのか、翼で自分の身を摩る。村雲先輩が慰めても効いてないみたいだ。

 十中八九原因はうちの師匠だろう。ごめんなさい……。

 

 私が心の中で謝っていると、まりちゃんがモニターを指さした。

 

「あ! 東側で雨ノ宮くんが千羽ちゃん攫った!!」

 

「なにぃー!? ボーイミーツガール!」

 

 ななたまさんが反応を見せた!!

 

「ほうほう。千羽ちゃんの顔が赤くて雨ノ宮くんが真顔……ちょっとまって、『しー』してる! 静かにねってやってる!!!」

 

「落ち着け七咲ぃ!!」

 

「ぎゃんっ!」

 

 最上先輩に引っぱたかれたななたまさんは、ぐでっとソファに沈んだ。

 

「うぅ、ひどいよぅ……」

 

「ま、コイツは置いといて……徐々に各地で動きが始まってるな。中央でぶっぱした時はどうなるかと思ったが、無事に続いてよかった」

 

「それでしたら、ちょうど西側で動きが出ましたよ」

 

 タブレットを見ていた班長が、反対向きにして私たちに見せてくる。

 

「西側エリアには、御神楽神威がいる。──どうやら面白いめぐり合わせになりそうです」

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