───極光が吹き抜けを通過する。
天使───戯演は翼を駆動させ、その一撃をなんとか回避した。
硝子の割れる音が連続して、その極光の正体。加速した餅月ここあは踵を返すと、再び戯演へ向けて突撃する。
「ちぃっ……!」
まるで縦横無尽に落ちる流星みたいだった。吹き抜けを中心として、あまりにも素早い動きで包囲網を形成。
飛んでいるのに。制空権を持っているのは戯演であるはずなのに、彼女の支配下から逃げ出せない状況にいた。
「はッ!!」
戯演は、乾いた笑いを吐いた。
「テメェだって同じじゃねえか!! 結局は俺を暴力で屈服させんだろ!?」
それが的外れである事は分かっていた。けれど彼にはもう、それぐらいしか訴える言葉を持ち合わせてはいなかったのだ。
極光が通り抜ける。
翼の羽が、数割持ってかれた。
「ぐぅッ……!」
「……そうね。私にはあの子みたいに言葉を通す力はなかったわ」
なんとか体勢を直すが、すぐに視界からここあが消えていた。視線で追う事は出来ない。彼は、感覚だけで飛行を続ける。
「でも、屈服はさせない。もう貴方にどうしてもらうとか、こうしてもらうとか……そういうの辞めたから」
ここあは、ずっと一貫して『謝罪』を求めていた。それはその行為そのものが、八千代のためになると考えていたからだ。
自己満足が含まれていたとしても、彼女のためと動いた事は事実である。それは誰かの為だった。
でも、ここあはもうやめたのだ。
戯演を変える事は出来ないと悟った。
「だからこれは、私の我儘。これ以降は、もう私が思っているだけの言葉」
「ッ、ぐぉおおおおお!!」
「───!」
戯演は翼を総動員させ、加速した。
速度とは、力だ。ならば高速で動き続ける相手に攻撃を仕掛ければ、それを利用できるという魂胆だ。
メリケンの一撃が、戯演へ向かっていたここあへ迫る。
けれど彼女は冷静に剣を握っていない左手を突き出し───メリケンの棘以外の部分に指を合わせ、決して軽くない音と共に一撃を受け止めた。
「は?」
「『
メリケンが大理石のように白く染まり、その瞬間に崩壊していく。まるで石みたいに崩れて彼の手から零れ、吹き抜けの下へと落下していった。
『
接触による『神格化』が行われ、同時に破壊が起きたのだ。
「クソがぁッ!」
しかし抵抗はここあの包囲網の隙を突いた。彼は吹き抜けを抜け出し廊下を飛んでいく。その先ならば窓はある。そして外へ出れば、後は彼の領域だ。
素早く窓を拳で突き破り、飛び込むように身を放り出す。
「ははッ!! どうだ白狼!! ここまで来れば俺の───!」
極光が、瞬いた。
彼女は上下反転して、破られたガラスの残った
重力と白狼の身体能力、そして異能を総動員した彼女は、あっという間に彼へ到達する。
ここあは、彼の口を塞いだ。
「……どうして」
そして、止められた言葉の続きを話す。
説得の言葉ではない。改心を促す言葉でもない。
これは、餅月ここあが抱える胸の内を曝け出す───ただの訴えだ。
「───どうして、ただ翼が黒いだけで否定されなければならないのッ!!」
決して重くはないここあの体重が加わって、二人は落ちていく。
「あの黒い翼は、あの子が尊敬する両親からもらった大切な物……! アンタは知らないでしょう! あの子が幼い頃に翼を馬鹿にされて、何度も何度も水で洗った事をッ!! 黒いのが悪いのだと思って純粋に
それを乗り越えて、友人たちに恵まれた少女の事を戯演は知らない。
今はもう、黒い翼を誇れるようになったことを、戯演は知らない。
───そんな中、また馬鹿にされるのかと一瞬でも怯えた彼女がいる事を、戯演は知らない。
「どうしてあの子の個性を否定するの!! 受け入れなくてもいいから、否定しない姿勢をどうして持たないのッ!!」
肯定する必要はないのだ。それは、趣味嗜好がある限りどうしても難しい事だから。
ならば、否定しなければいい。受け入れるのではなく、拒絶しないこと。必要なのは、意識だ。
二人の落下は加速していく。
「嫌いなら関わらなければいい!! 心ではなく立場や能力で見ればいいじゃないッ!! あの子の翼以外をアンタは知ろうともしてないッ!!」
加速する。
「ッ……!」
加速する。
「内面を知った結果好きになれなくても構わない!! でもッ!」
加速する。
「加害者になるなッ!! せめて───傍観者でいなさいよッ!!」
激突。
その寸前で、ここあは身を反転させていた。
「───」
戯演の肉体を抱きとめたまま、無傷のまま、降り立ったのだ。
クレーターが広がっている。それは彼女らが高層階から落ちた証拠だった。
「……ふんっ」
「ぐっ……!」
ここあは、戯演を投げ捨てた。
そして無言で、剣を突き付ける。
戯演は、口をぱくぱくとさせて何か言いたげだった。
けれどうまい言葉が思いつかなかったのか、それとももう何も言えなかったのか。
「…………俺の負けだ」
───彼のリストバンドば、静かにリリリと音を立てた。
■
剣を収めて、私は踵を返す。
もう言いたい事は言った。だから用はもうない。
(……あ)
そのはずだったけれど、寸前で一つ思い出した。
それは、試験前に聞くはずだったことだ。あの時は
「アンタ、一つ聞かせなさい」
「……なんだよ」
「天使なんでしょ。なら───『神』の居場所を知ってる?」
「あ……?」
あまりにも意外な言葉だったのか、天使の男は呆けた声を出した。
けれどすぐに顔を落とし、首を横に振る。
「天使だからといって、あくまで俺たちに『神』との関連性はない。例え『神』が実在していたとして、俺は知らねえ」
「そう」
その言葉が聞ければ、満足だった。
むしろ、間違っていてよかった。
「やっぱり、偏見も差別も良くないわね」
───|天使