Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第二十一話『善なる傍観』

 ───極光が吹き抜けを通過する。

 

 天使───戯演は翼を駆動させ、その一撃をなんとか回避した。

 硝子の割れる音が連続して、その極光の正体。加速した餅月ここあは踵を返すと、再び戯演へ向けて突撃する。

 

「ちぃっ……!」

 

 まるで縦横無尽に落ちる流星みたいだった。吹き抜けを中心として、あまりにも素早い動きで包囲網を形成。

 飛んでいるのに。制空権を持っているのは戯演であるはずなのに、彼女の支配下から逃げ出せない状況にいた。

 

「はッ!!」

 

 戯演は、乾いた笑いを吐いた。

 

「テメェだって同じじゃねえか!! 結局は俺を暴力で屈服させんだろ!?」

 

 それが的外れである事は分かっていた。けれど彼にはもう、それぐらいしか訴える言葉を持ち合わせてはいなかったのだ。

 

 極光が通り抜ける。

 翼の羽が、数割持ってかれた。

 

「ぐぅッ……!」

 

「……そうね。私にはあの子みたいに言葉を通す力はなかったわ」

 

 なんとか体勢を直すが、すぐに視界からここあが消えていた。視線で追う事は出来ない。彼は、感覚だけで飛行を続ける。

 

「でも、屈服はさせない。もう貴方にどうしてもらうとか、こうしてもらうとか……そういうの辞めたから」

 

 ここあは、ずっと一貫して『謝罪』を求めていた。それはその行為そのものが、八千代のためになると考えていたからだ。

 自己満足が含まれていたとしても、彼女のためと動いた事は事実である。それは誰かの為だった。

 

 でも、ここあはもうやめたのだ。

 戯演を変える事は出来ないと悟った。

 

「だからこれは、私の我儘。これ以降は、もう私が思っているだけの言葉」

 

「ッ、ぐぉおおおおお!!」

 

「───!」

 

 戯演は翼を総動員させ、加速した。

 速度とは、力だ。ならば高速で動き続ける相手に攻撃を仕掛ければ、それを利用できるという魂胆だ。

 

 メリケンの一撃が、戯演へ向かっていたここあへ迫る。

 けれど彼女は冷静に剣を握っていない左手を突き出し───メリケンの棘以外の部分に指を合わせ、決して軽くない音と共に一撃を受け止めた。

 

「は?」

 

「『神殺死最終兵器(ジャガーノート)』」

 

 メリケンが大理石のように白く染まり、その瞬間に崩壊していく。まるで石みたいに崩れて彼の手から零れ、吹き抜けの下へと落下していった。

 

 『神殺死最終兵器(ジャガーノート)』によって『神格化』された物質に対し、ここあは破壊権を持つ。

 接触による『神格化』が行われ、同時に破壊が起きたのだ。

 

「クソがぁッ!」

 

 しかし抵抗はここあの包囲網の隙を突いた。彼は吹き抜けを抜け出し廊下を飛んでいく。その先ならば窓はある。そして外へ出れば、後は彼の領域だ。

 素早く窓を拳で突き破り、飛び込むように身を放り出す。

 

「ははッ!! どうだ白狼!! ここまで来れば俺の───!」

 

 極光が、瞬いた。

 

 彼女は上下反転して、破られたガラスの残った()()()に足を付けると、落下する戯演へ向けて下向きに加速した。

 重力と白狼の身体能力、そして異能を総動員した彼女は、あっという間に彼へ到達する。

 

 ここあは、彼の口を塞いだ。

 

「……どうして」

 

 そして、止められた言葉の続きを話す。

 説得の言葉ではない。改心を促す言葉でもない。

 

 これは、餅月ここあが抱える胸の内を曝け出す───ただの訴えだ。

 

「───どうして、ただ翼が黒いだけで否定されなければならないのッ!!」

 

 決して重くはないここあの体重が加わって、二人は落ちていく。

 

「あの黒い翼は、あの子が尊敬する両親からもらった大切な物……! アンタは知らないでしょう! あの子が幼い頃に翼を馬鹿にされて、何度も何度も水で洗った事をッ!! 黒いのが悪いのだと思って純粋に()()()とした事を!!!」

 

 それを乗り越えて、友人たちに恵まれた少女の事を戯演は知らない。

 今はもう、黒い翼を誇れるようになったことを、戯演は知らない。

 

 ───そんな中、また馬鹿にされるのかと一瞬でも怯えた彼女がいる事を、戯演は知らない。

 

「どうしてあの子の個性を否定するの!! 受け入れなくてもいいから、否定しない姿勢をどうして持たないのッ!!」

 

 肯定する必要はないのだ。それは、趣味嗜好がある限りどうしても難しい事だから。

 ならば、否定しなければいい。受け入れるのではなく、拒絶しないこと。必要なのは、意識だ。

 

 二人の落下は加速していく。

 

「嫌いなら関わらなければいい!! 心ではなく立場や能力で見ればいいじゃないッ!! あの子の翼以外をアンタは知ろうともしてないッ!!」

 

 加速する。

 

「ッ……!」

 

 加速する。

 

「内面を知った結果好きになれなくても構わない!! でもッ!」

 

 加速する。

 

「加害者になるなッ!! せめて───傍観者でいなさいよッ!!」

 

 激突。

 その寸前で、ここあは身を反転させていた。

 

「───」

 

 戯演の肉体を抱きとめたまま、無傷のまま、降り立ったのだ。

 クレーターが広がっている。それは彼女らが高層階から落ちた証拠だった。

 

「……ふんっ」

 

「ぐっ……!」

 

 ここあは、戯演を投げ捨てた。

 そして無言で、剣を突き付ける。

 

 戯演は、口をぱくぱくとさせて何か言いたげだった。

 けれどうまい言葉が思いつかなかったのか、それとももう何も言えなかったのか。

 

「…………俺の負けだ」

 

 ───彼のリストバンドば、静かにリリリと音を立てた。

 

 ■

 

 剣を収めて、私は踵を返す。

 もう言いたい事は言った。だから用はもうない。

 

(……あ)

 

 そのはずだったけれど、寸前で一つ思い出した。

 それは、試験前に聞くはずだったことだ。あの時は()()になると思って控えたけれど、念には念をである。

 

「アンタ、一つ聞かせなさい」

 

「……なんだよ」

 

「天使なんでしょ。なら───『神』の居場所を知ってる?」

 

「あ……?」

 

 あまりにも意外な言葉だったのか、天使の男は呆けた声を出した。

 けれどすぐに顔を落とし、首を横に振る。

 

「天使だからといって、あくまで俺たちに『神』との関連性はない。例え『神』が実在していたとして、俺は知らねえ」

 

「そう」

 

 その言葉が聞ければ、満足だった。

 むしろ、間違っていてよかった。

 

「やっぱり、偏見も差別も良くないわね」

 

 ───|天使()()()は意味がないのだ。

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