尻もちを着きながら、俺は荒い息を吐いていた。
「はぁ……はぁ」
「終わりです。貴殿に後はない」
周囲は既に炎上している。取り込んだ空気が熱い。
必死に抵抗して、逃げ続けたが、この夜凪に俺は勝てなかった。
既に彼女は俺の前に立って、弦を引いているのだ。
「クソッ……諦め、きれるかよ……!」
「負けを認めないのであれば、こちらとしても強引な手段を取らざる負えなくなります」
夜凪の翼が更に強く火炎を散らし、俺の頬を焦がした。
顔を覆いたくなるが、そんな余力すら残っていない。
(こんな、ところで……俺は……!)
負ければ、全てが終わる。だからここで倒れる訳にはいかない。
それなのに体は言う事を聞かず、終わりがすぐそこまで近づいてるのだ。
酸欠のせいか、意識がぼやけてくる。同時に脳裏を過去の記憶が過った。
孤児院の記憶、愛染先生の言葉。
『■■■■』。
最後に浮かび上がる、呪いの言葉。
その全てが、脳裏を過って───
「『
───七色の光が、火炎を吹き飛ばした。
「ル、シア……!?」
頭上を影が通過する。
光を背負ったルシアは、夜凪へマイクスタンドを振りかざした。
ガキンという鈍い音が響き、弓が受け止める。
「やっほー朱莉ちゃん!」
「……るー殿。いえ、*LuSsiq殿。なんのつもりです」
「ん-、野暮用? みたいな!」
一度離れて、ルシアは再度マイクスタンドを振りかぶった。
流石に弓矢では防御が難しいと感じたのか、夜凪は翼を広げると、空へ退避する。
すると、ルシアは素早く俺に振り返って、両手を広げた。
硬直する俺を無視して、彼女はいとも簡単に俺を抱きかかえる。
「はっ、ちょ、どういう!」
「いっくよ~~~!」
七色の光が迸って、俺たちはあっという間に焼け焦げた住宅街を駆け抜けていく。
まるで新幹線みたいな速さだ。ルシアにとっては普通の速度でも、俺にとってはあまりにも早すぎた。
「~~~~~~っ!?」
そうしてどれぐらい移動したか、ルシアが俺を降ろしたのはまだ火炎が広がっていない住宅街の一角だった。
「っはぁっ!」
止めていた息を再開するのと同時に、空を見上げる。
夜凪は来ていない。あまりの速度に追いつけなかったのか、それとも光に驚いたのだろうか。
「───朱莉ちゃんは来るよ。すぐにね」
「っ、ルシア。なんで俺を……?」
「御神楽くん」
彼女は依然として強い意志を瞳に宿しながら、俺の事を見ていた。
ただ、なんでだろうか。そこに少し、迷いのようなものが見える。でも心臓の音は乱れていない。
「なんだ?」
「どうして君は、追い詰められたような顔をしているの?」
「……!」
まさか、このタイミングでそれを指摘されるとは思わなかった。
理由は明確だ。過去の事もそうだし、俺はこの試験を落ちれば死を選ぶ。けれどもちろん、それを正直に言うつもりはない。言ったところでどうにかなる話ではないからだ。
「……それは」
「君さ。多分、この試験落ちたら私の前に二度と現れないんでしょ」
「は」
彼女は、悲しそうに笑みを浮かべた。
「分かるよ」
「なん、で」
「アイドルだから」
「答えになってねえよ……!」
思わず、拳を握った。
けれどルシアは、関係ないとばかりに言葉を続ける。
「君はこの試験に、並々ならない思いがあるんだよね。……試験に落ちたら、もう、自分を諦めちゃうんだよね」
「……一体何が言いたいんだ? 意味が分からない。こんなところまで連れてきて」
「───本当に、意味わかりません」
火炎が、上空を埋めた。
視界を上げる。既に夜凪が、ほど近いところまでやってきていた。
「ですが、関係はない。まとめて敵です」
「御神楽くん」
それでも、ルシアは言葉を続ける。
「私ね、決めたんだ。君の事を知ろうって。思い詰めているのなら、それをどうにかしてあげたいって」
「───」
「だからね」
視界の火炎が、ルシアの七色によって塗り替えられた。
「ぬぅんッ!!」
「っ、やぁあああああああ!!!」
火炎と七色が、正面から衝突する。
互いはまるで喰らい合うように融合と分離を繰り返し、それでも優劣はつかず、均衡を見せる。
「御神楽くんッ!!」
「ッ……!?」
そんな中で、ルシアは叫ぶ。
高らかに、凛々しく、気高く。
「───私が朱莉ちゃんを食い止めるから、君は逃げて!」
「…………は?」
理解が出来ない純粋な疑問の声。
けれどルシアは、屈託なき笑顔を浮かべた。
■
───フェアナンドの鉄塊が、リオンの腹に直撃した。
「ぐぉおおおおっ!?」
呻き声を上げながら、リオンは吹き飛んでいく。ビルの残骸へぶつかり、それでもまだ止まらず向こう側へ。
跳ねて、跳ねて、跳ねて、跳ねて。何度も地面を跳ねながら、数百Mは容易に飛ばされた。
不意に、リオンの指先が地面を掴んだ。地面によって体を止めようとしたのか、しかし掴んだ地面は勢いに巻き込まれ、一緒に吹き飛んでしまう。
それでも何度か地面を掴み、最後に衝撃を殺して、やがて二本の足でしっかりと立ち上がった。
「───」
ぺっ、と切れた口内から血を吐いて、リオンはおもむろに右腕を掲げる。
彼の腕は、地面に何度も触れたせいか折れ曲がり変色していた。内出血もしているせいで膨らんでもいる。
だが、彼は軽く腕を一瞥すると、そのまま空中へ振るった。
するとどうだろう。異常に変貌していた指先が、どんどんと健全な色を取り戻していく。同時に血抜きが行われたように、腕から血が滴り落ちて行った。
「───傷も治せんのか、その異能」
フェアナンドが空から舞い降りて、忌々し気にリオンを睨んだ。
「何してんだそれ」
「指先の細胞分裂を促進させ、同時に神経の縫合や
「ハッ、万能にもほどがあんだろ」
「ああ」
リオンは、顔色一つ変えず肯定した。
「それが私の『異能』だ。そして───」
「……!」
この場は、未だ建物が残っている区域だ。
だから周囲には影を落とすビルが沢山あって、彼はその一つに手を伸ばした。
指先が容易に外装を破り、中の柱、骨組みにまで進む。
「こういう事も出来る」
ゆっくりと、彼の腕が上がっていく。
腕先はビルに突き刺さり、それが上がっているという事は、ビルさえも連動して動き始めているという事だ。
「おいおいおいおい……」
地響きが始まり、フェアナンドの視線が上がる。
今、リオンの腕先で───ビルが、丸ごと持ち上げられていた。
(───ッッッ!!)
巨大な影が大地を覆い、フェアナンドの全身が警笛を発す。
いっそ夢と思えるほどに壮大で、天変地異に劣らぬ光景。
けれどそれは現実。
逃れることは、出来ない。
今、ビルは振り下ろされる。
「力を貸してくれッ、姉さんッ!!」
叫びと同時、鉄塊に赤黒い線が走る。
姉譲りの長い頭髪が更に伸び、フェアナンドは鉄塊を両手で握りしめた。
筋肉の駆動を感じ、一歩、二歩と前へ加速。
そして最後に前方へ跳躍し、下段から大きくビルへ向かって鉄塊を振るった。
「ッグゥッ、オオォオオオオォォオオオオォツォオオッ!!!」
鉄塊を超えて指先、そして全身の骨にまで響く超ド級の衝撃。
敵はビルだ。見た目通りの強大さを誇っている。
しかして、フェアナンド・アルテンブルクに破壊できぬ物はない。
「『
轟叫一閃。
鉄塊がビルの内側へ抉り込み、その内部を硝子細工のように破壊していく。衝突によって周囲の景色が二重に見えるほど大地が揺れた。
「ッ、ダラァアァアアアアアッ!!」
暴風を連れて、フェアナンドがビルを貫いた。
一撃の余波は続き、中間部に空いた巨大な風穴が、罅割れて広がりを見せる。物の数秒で真っ二つに割れたビルは地面へと落下を始めた。
「ハァ……ハァッ!」
あまりの衝突に、荒い息を吐きながら崩壊していくビルに着地。足場があるのに落ちていく不思議な感覚を感じながら、もう一度鉄塊を握り締めた。
天霧リオンが迫っている。
彼は崩れるビルの残骸を足場にして、残像すら見える速度で肉薄してきた。
風のような蹴りが上向きに放たれるが、フェアナンドは鉄塊を盾にして防御する。同時に相殺しきれなかった衝撃が空間を揺らし、残骸が吹き飛んでいく。
───その時だ。
一人の少年が、上空から降りてきた。
「はっはっはっはっ!! これはこれは……ド派手ではないか!!」
少年の名は、伊万里結城。
西側から離れた彼は、中央へと参戦を果たしたのである。
無数の硝子を上空に生成。
それを手土産にして、二人の争いへと切り込もうとした。
「ならばその争い、この俺も───」
「邪魔だァアアアアアアッ!!」「恨みはないが、退いてもらおうかッ!!」
「───はっ!?」
鉄塊と拳の一撃が、同時に結城を襲った。
彼は硝子の防壁を展開するが、二人の力は並大抵では防げない。抵抗虚しく貫かれ、彼方へ吹き飛ばされていく。
二人の一撃は即座に結城の意識を刈り取っていた。
だから彼は空中を吹き飛ばされ、放物線を描きながら地面へ落下していく。
「っと……」
突如現れる少年が一人───結城を受け止めたのは、二階堂エデンだった。
試験官である彼は、試験前の宣言通り危険を察知して救助に入ったのだ。
(伊万里くんは決して弱くない。直接戦えば志願者の中で五本の指に入るはずだ)
エデンは、ゆっくりと視線を中央へと戻す。
「……
崩壊していくビルの上で、フェアナンドとリオンは衝突を繰り返す。
───天災たちの争いが、終幕を迎えようとしていた。