───『異能が強ければ強い程、その弱点も露見しやすい。さっき同時の拘束を順番に対応したように、複数の物に対して、『影響』の操作は行えないんだ』
「微かな情報しか与えていないというのに、まさかこうも見破られるとは」
僕の指摘に対し、ウェーバー君は後頭部を掻きながらため息をついた。
「厄介であるな、優れた頭脳を持つ敵というのは」
「褒め言葉として受け取っておくよ。君こそ、恐ろしい実力だ。これが試験で良かったよ」
「それはこちらもである。あるいは、そういった味方と敵対する経験を積ませる意味もこの試験には……なるほど、案外合理的であるのかもしれん」
ウェーバー君は好戦的に笑う。ライフルに弾を装填し、いつでも迎撃できるとばかりに構え直しながら。
「だが、弱点が露見した程度で勝てるとは思わないでもらいたい」
銃口が僕へ向く。
「
それが再開の合図だった。
彼のライフルが火を噴き、無数の弾丸が襲い掛かってくる。僕は粘性の高い血液を壁のように散布し、弾丸を受け止めた。
「縛り上げて、『
「──!」
その隙に千羽さんが異能を発動。ウェーバー君を囲うように四方から蔓が飛び出し、彼の四肢を縛り上げた。
しかし、単発の攻撃では彼に有効打を与える事は出来ないだろう。
僕は血液の壁を突っ切り、彼へ肉薄する。
体内の血流を増加させ、足の筋肉を膨張させる。
通常の人体ならば負担がかかりすぎるが、半吸血鬼である僕の肉体は耐性を持ち、故に膨れ上がった足の筋肉は地面を強く蹴り、かなりの加速を得た。
そのまま、強化された身体によって蹴りを繰り出す。
「ぬゥんッ!!」
「まぁーーじーーー!?」
ウェーバー君は四肢を縛る蔓を千切り、すぐさま僕の蹴りを右手で受け止めた。一瞬彼が後退したように見えたが、即座に停止する。
『影響』を軽減され、攻撃を無効化されたのだろう。
だが、今までの攻撃では一瞬の視覚的変化すらなかった。
それは即ち、彼の想定した攻撃の強さを、今の一撃は上回っていたという事だろう。
「白兵戦とはな。しかも、存外──」
「話している余裕はないと思うな!」
足を戻し、その勢いを利用して上半身を前へ突き出す。
握りしめた拳を突き出し、次いで反対の拳を突き出す。仕掛けるのは軽いジャブ。
ウェーバー君はその全てを叩き落とす事で対応してきた。そして一際力を込めた僕の大振りに対し、膝を曲げて身を屈め、腕を絡め取る。
「余裕があるから口数が増えるのだ」
「ッ──!?」
背を向け、僕の腹を乗せて、地面へと一本背負い。
やはり白兵戦では敵わず、僕は地面へ叩きつけられた。そのまま彼は僕を逃がさないように足で腹を踏み、千羽さんへと振り返る。
そして、目を見開いた。
「……これは」
彼女の周囲の木々が、根こそぎ消えていた。
それを利用して組み上げらていたのは、樹木の巨人だ。
「時間かかったけどその分、強力なの出来た!! 『
全身を幹や蔓によって編まれた、顔がない巨人。編み上げられた肉体は全長8Mにも及んでいた。
拳の先端にはモーニングスターのように、無数の棘が生えていて、既にウェーバー君へ向けて振るわれる。
「ぶっ飛ばしてッ!!」
上空から落ちる超重量の一撃。いくら『影響』を操作しようとも、完全に打ち消すことは不可能なはずだ。
対し、ウェーバー君くんはおもむろに上空へ手を伸ばし、
放たれる一筋の光。
一発だけ飛び出した弾丸は巨人へと命中し、拳を貫通していく。巨木が引きちぎられるような鈍い音が響き、弾丸が巨人の半身を粉砕した。
粉砕された拳から棘が散らばり、ウェーバー君へ降り注ぐ。
連続で『影響』をかき消す事は出来なかったのだろう。棘が何本か彼に突き刺さるが、たらりと血を滴らせる程度にとどまった。
(連射ではなく単発の『影響』を強めたのか……!? いや、そもそも彼は銃を手放して──)
真実に気付いて、僕は目を見開いた。
(四肢を縛った時、落としてしまうぐらいならと、先んじて上へ放り投げていたのか!)
今にして思えば、僕が肉薄した際、ウェーバー君は素手で迎撃していた。今までの事を考えれば、武器で迎え撃つはずなのだ。
目まぐるしく変わる戦況の中で、一つの要素を見落とした僕の失態だった。
けれど、ブラフなら僕も撒いている。
ウェーバー君は巨人の崩壊を見届け、足元の僕へと視線をやった。
彼は僕を踏みつける事で拘束し、動きを封じていたのだ。足裏の感触によって存在を確認していた。
だから気づかなかった。──踏みしめていたのは、血液の塊であることに。
「血液……!?」
ぐちゃりと塊が溶けて、彼は階段を踏み外したみたいにたたらを踏む。
彼が踏みしめていたのは、僕が地面に叩きつけられた時に作り始めた、僕の肉体を
感触、大きさ共にそっくりに模倣した。そこから抜け出すまで時間はかかってしまったけれど、それでも一度騙してしまえば、隙だらけだ。
「だあああああっ!!」
雄叫びを挙げながら、僕は拳を振るう。
身体能力が強化されてるとはいえ、ウェーバー君には通用する訳がない一撃だ。だから、僕はアイコンタクトを千羽さんへ向けた。
「おっけー、もう一度ー!!」
「っ、これは……!」
地面から飛び出した蔓が彼の四肢を縛り上げる。今度は反応が間に合わなかったようで、ライフルが手から零れ落ちた。
しかし蔓の拘束もまた、単独では彼を縛る要因にはならない。
けれど今回は、僕の攻撃と同時だ。
同時の攻撃には、『影響』の操作を行えない。
拳と蔓、どちらかを対処するしかなくなる。
「……ははッ」
彼は、真っすぐ僕の拳を腹に受けた。
「っ……!」
感触が軽い。クッションを殴ったような手ごたえのなさ。
間違いない。彼は、僕の拳の『影響』を操作したのだ。
「考えてみれば、千羽ネルムの拘束は、あくまで
「しまっ……!」
「ならば後回しで良いのである」
一度拳の勢いが死ねば、後は掌が接触しているに過ぎない。このままでは蔓を時間差で千切られ、自由を与えてしまう。
ウェーバー君は目を細め、笑った。
「防ぎ切ったぞ。この勝負──」
「……ああ」
だから僕は──
「──
唇を歪めて、異能を発動した。
「『腥風血雨』ッ!!」
「ッ……!!」
「ぐあっ……!!」
突き出されたライフルの先端に押され、僕は吹き飛ばされた。
だが、既に異能は動いている。
だからウェーバー君くんは自分の体を見渡して、即座に『影響』を軽減しようと警戒を露わにした。けれどいつまでたっても、外見上の変化は現れない。
「──ぁ」
ぐらりと、不意にウェーバー君くんの体は揺らめく。
後ろに重心が傾き、彼は後足を置く事で体を支えようとしたけれど、それも叶わず地面へ転がった。
彼は地面を押し上げて立ち上がろうとするけれど、失敗して転がり続ける。
「……まさか、すぐに気絶しないとはね。無意識に『影響』を操作してるのかな」
「一体、何をした……!」
「簡単な事さ」
僕は、指の先についたウェーバー君の血を払った。
「拳をぶつけるのと同時に、表面の血液に触れて、君の血圧を下げた」
「血圧、だと……!?」
人間は一時的に血圧の低下、つまり血流の停滞が発生すると、意識を失ってしまうのだ。僕はそれを異能によって人為的に発生させた。
「相手の血液に触れないと行えない技だったけれど、さっき上手いこと千羽さんが君を出血させてくれたからね」
「……っ、なるほど……」
彼は最後に目を見開き、そしてゆっくりと閉じていく。
「一人時間差ならぬ、一人同時攻撃か……」
血圧の低下によって、ウェーバー君は意識を失った。
ぴぴぴぴ、と彼の気絶を感知して、リストバンドが失格の音を立てる。
それを見届けて、杖を握り締めていた千羽さんはこちらへ近づいてきた。
「か、勝てた……?」
「見ての通りね」
「や、やったぁ~~~!」
彼女は嬉しそうな声色とは裏腹に、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。相当緊張していたのか、まるでスライムみたいにふにゃふにゃだ。
「ま、まじで死ぬかと思った……ウェーバー君強すぎでしょ!」
「相当な実力者だったね。千羽さんがちゃんと指示に従ってくれたから勝てたよ」
「てか、そうそう! 結局さ、なんで勝てた訳? 私、指示聞いてほしいとしか受けてなかったけど」
「あぁ」
疑問に思うのは当然だろう。雑念が入らないよう、今回彼女に対して行っていた説明は最低限だったから。
「弱点を暴けたのは知ってる。だから同時攻撃を仕掛けてたのも分かってる。でも、なんで最後血液の操作が出来た訳? 本命は拘束した状態での雨ノ宮くんの攻撃だったんじゃないの?」
「その認識は合ってるよ。でも、正直どっちでも良かったんだ」
「どっちでも……?」
「まず、彼が僕の拳を受け入れるところまでは想定の範囲内だったんだよ。だからあらかじめスペアプランを用意していた。血圧の操作は、それさ」
「えぇっ、それも織り込み済みなの!?」
「ウェーバー君からしてみれば、千羽さんが驚いていたから僕たち二人にとっての想定外のように見えたかもだけどね」
これは申し訳ないが、あえて情報を伝えていなかった事が利点になったと言えるだろう。
その点、千羽さんは素直に指示に従ってくれたから良かった。
「彼を出血させてほしいと言ったのは、このためさ。さっきも言った通り僕の血圧を操作する技は、相手の血液そのものに触れないといけない。だから流血がどうしても大事だった」
「なるほど……でも、血圧の操作なら『影響』を操作されて終わりじゃない?」
「いいや。僕の最後の一撃は、両方を兼ね備えていたからね。つまり最後の一撃は、『蔓』と『拳』による二種類同時の攻撃じゃなくて──そこに血圧操作を加えた、三種類同時攻撃だったのさ」
「に、三段構え……!」
「逆に言えば、こうして三段構えにしてなければ負けていただろう。……やっぱり恐ろしい相手だったよ」
血圧操作を加えていなければ、拳を受け止められた後、蔓を破られて攻撃に転じ、そのまま押し切られていただろう。
ただでさえ弱点が露見しているのに、それを物ともしない素の実力の高さだ。
「……わ、私たち、よくそんな相手に勝てたね」
「それは僕も思うよ。けれど、最初に言っただろう?」
作戦が上手くいった事に安堵の息を漏らしつつ、僕は最後にこう締めくくった。
「僕と君の異能は、相性が良いってね」