───何度も何度も、脳裏から消えない言葉がある。
『■■■■』
最も大切で、誰かに言っていいはずで、それが行われるのは当たり前なはずなのに、俺はなんだかそれを認識できなかった。
それは俺が、過去に傍観という罪を背負ってしまったからだ。
好きだったはずの音楽で、好きになれるはずだった世界から耳を塞いでしまったから、その言葉も聞こえなくなってしまったんだと思う。
『■■■■』
そんなに何度も言わないでくれ。
聞こえないんだ。
届きはしないんだ。
だから、もうやめてくれ。
『■■■■』
夢に、幻聴に、瞼に、脳裏にこびりついて離れてくれない。
いい加減にしてくれ。
もう疲れたんだ。
現実に立ち向かうのは疲れたんだ。
運が良くてここまで来れたけれど、やっぱり最後の壁を超えることは俺には出来なかった。
このまま、すげえやつに倒されて終わりだ。
それでいいんだ。
最後のあがきだから、それでいいんだよ。
だから、だから───
『■■■■』
もう、そんなに泣かないで。
■
「───私が朱莉ちゃんを食い止めるから、君は逃げて」
「…………は?」
理解が、出来なかった。
何度脳で反芻しようとも、咀嚼できない。
「な、なんで……! なんでだよ!? 意味が分からねえ!」
「私は……っ、落ちてもまた試験を受けるよ……! でも、君はもう最後のチャンスなんでしょ……!?」
燃え盛る火炎に、ルシアは両手の七色を押し続ける。
輪唱のように、マイクから音が響き続けていた。
「私っ、君を助けたいのッ!!」
「だからっ、なんでッ!!」
「ヘッドフォンを付けてる時の君ッ、辛そうな顔をしてた!! ───音楽は君にとって、耳を塞ぐ物になっちゃったんでしょ! 塞ぐ物がなくなった後の君、ちょっとだけ顔色が良かった!! 安心したんでしょ!! 音楽を
「っ……!!?」
感情の高ぶりによって、七色の勢いが強まった。
「分かるよッ!! 私もさぁっ……! アイドルだから、音楽を道具みたいに扱ってるんじゃないかって不安になる事あるから!! そういう人見ると嫌になるから!! ───そんな君が、この試験に受かって少しでも前を向けるのなら、私はそれを手伝いたいって思ったのッ!!」
「はあっ……!?」
彼女の言葉は色々省かれていて、説明も足りなくって。
でも、これだけは理解できた。
ルシアは、俺を同じ気持ちを抱いたのだ。
同じ音楽を知る者として、俺の態度を見て、共感した。
だからそんな俺が前を向けるのならと、俺を合格させようとしているのだ。
(んだよそれ、正義の味方かよ……! ───ああそうだ、銀狼隊ってのはそういう組織だったッ!)
思わず唇を噛む。
けれど同時に、思った。
「だったら尚更、
「っ、ぇ……?」
力の衝突に消えそうな声で、彼女は呟いた。
「クズ、どう、して……」
「───俺はどうしようもない人間だッ!! 力を持ってるのに人を見捨てたッ!! 自分の身恋しさに好きな音楽を道具として利用したッ!!!」
あぁ。
自分で言っていて、本当にろくでもない奴だ。
戦っているのはルシアの方のはずなのに、俺は勝手に胸が苦しくなっている。
「今だってッ、お前から『逃げて』と言われた時、少しだけ
けれど止まらない。愚かな言葉が、吐瀉物みたいに溢れてくる。
「俺の異能だってそうだッ!! 自衛のための力!! お前みたいに音を出して誰かを楽しませる力じゃなくて、誰かの出した音に乗って自分を守るためだけの力だ!! 誰かを助けるんじゃなくて、自分が傷つかないためのどうしようもねぇ力だよッ!!」
そうだ。
俺は元々、そういう存在だった。
いくら努力しても、抗っても、音を知っても。
結局、
「俺が銀狼隊に入りたいのは、誰かを救いたいからじゃない。
「───」
ルシアは、火炎を食い止めながら、黙って俺の話を聞いていた。
数秒。
徐々に火炎が七色を押し始める。
彼女の気力が、もう尽きたのだろうか。
「……最低」
「っ……!」
「
───違った。
火炎が虹色を押し始めたのは、決して彼女が負け始めているからではなかった。
「はぁあああああっ!!」
虹色の奔流がマイクスタンドから迸り、前方の火炎を一気に散らしていく。
その勢いは先にいた夜凪にまで届き、あろうことかその羽を何枚か散らした。
空中を舞うのは、衝突によって弾けた、七色の残滓たちだ。
「でも」
ルシアが、言う。
振り返って、強く、笑う。
「でも、君は。私の音楽を『楽しい』って言ったよ。だったら大丈夫! 例え今は自信が持てなくても、いつか自分を誇れるようになるから!」
「……なんでだっ!」
俺は、思わず叫んでいた。
「なんで……ッ、どうして、そんなに
ルシアの言葉は。音色は。行動は。
あまりにも、理想的で。人間的で。儚くて、美しくて、綺麗で。
信じられなくて。
俺は叫んだのだ。
脈絡のない言葉だったと思う。自分にはない物を持つ人に対する、絶望と羨望の入り混じった、醜い言葉。
けれどルシアは、その清濁全てを併せのんで、笑って。
「それは」
言った。
「──私が、アイドルだからだよ」
翼が、大きく広がる。