Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第二十五話『■■■■』

 誇れる物など、何一つなかった。

 

 勉強も運動も上手くいかず、友人付き合いすらまともに出来ない。人前に出る事など恥ずかしく、励まず親に何も言えない毎日。

 

 ──始まりは、電子音だった。

 

 学校にも行けなくなり、自分の愚かさを幼くも呪った何百回目の夜。

 

 妙に寝付けなくて、リビングから漏れる音に導かれた。

 寝落ちした父親がつけていたテレビの光。荒い画質の世界。上手くは思い出せないけど、多分音楽番組かなにか。

 

 そこに映っていたのは、確かグループだったと思う。

 笑顔で歌い、見事な踊りで魅了して、みんなを幸せな気持ちにする女の子。

 

 ぶわりと鳥肌が立って、思わず涙を流していた。

 目が離せなかった。

 今にして思えば、それはアングラ系だったのだろうけれど、初めて出会ったあまりにも繊細な存在に、私は心を奪われた。

 

私の人生は一変した。

()()()()()()()、毎日をあと少しだけ頑張ろうと思えた。

 

 一歩踏み出せば、それが大きな前進を生み出す。

 私は幸せ者だ。

 こんなにも熱中できる事が出来た。

 

 だから、今度は私の番

 

 少しだけ明るくて、でもまだまだ暗い世界を、なんとか照らそう。

 私に光を灯したあの女の子たちのように、私も音を奏でてみよう。

 

 例えいつの日か枯れ果てるとしても、己の全盛期を削ってステージの上で歌い踊り、尊い光を放つ。流れ星のように、誰もがその軌跡を追いたいと思ってしまう。

 

 ───そんな偶像(アイドル)に、心から憧れたのだ。

 

 ■

 

 *LuSsiqの翼は、その精神性の顕れだ。

 七の色彩は彼女の瞳に映る世界の色であり、空を駆けるその形は世界を巡るための手段である。

 

 その翼が大きく躍動する瞬間。

 それは、彼女の力の解放を意味した。

 

「っ、退かないというのなら、押し通るッ!! はあぁッ!!」

 

 同時に、携えられた矢が放たれた。

 火炎を纏ったその先端は大気を焦がしながら、*LuSsiqへ迫る。

 

「───奇跡ならもう目の前にある~♪」

 

 旋律が響く。

 マイクを握った、他の誰よりも純粋に『音』を『楽』しむ少女の声が。

 

 七色の光が包み込んで、火炎を食い止めた。

 

(そうだ、私は助けたいんだ。他の誰にも出来ない、この方法(音楽)で)

 

 少女は歌い、踊る。

 彼女は振り返れない。異能を止めれば、すぐにやられてしまうから。だから後は見えないけれど、それでも歌う。

 

(生きることは劇的で、毎日は楽しくて。でもそこには抱えきれないほどの困難が降り注ぐ。だからこそ、思わず笑ってしまうほどの何かが必要なんだ)

 

 たとえ苦しくても、笑えるように。

 たとえ悲しくても、前を向けるように。

 

(現実と向き合うのは、結局はその人次第。──なら私は、そのきっかけを作りたい。私が歌うのは、明日もきっと良い事があると思えるような歌!)

 

 それが出来るのなら、きっと、それは──

 

『──魔法みたいにとっても素敵 !(M a g i c a l C h a r m i n g !)

 

 ■

 

「……なんだ、これ……涙、急に……!」

 

 旋律が、染み込んでいく。

 虹色に導かれるようにして浮かんできたのは、かつての記憶だった。

 

 けれどそれは、自分の愚かさに絶望した日々ではなく、ましてや脳裏から離れない叫びの声でもない。

 

 ───虐げられていた子供たちとも、楽しい思い出だ。

 

(……そっか。遊んだ事あった……まだ院長がマシだった頃に家を遊んだんだ)

 

 染み込んだミルクの匂いがする孤児院だった。床にばら撒かれた積み木は種類もバラバラで、屋根が妙に小さかったり一部の色が違ったりしたけど、一緒に何時間もかけて家を作った。

 

(なんでだよ。どうしてだよ……っ、過去を思い出すのなら、俺が浮かべるべきはあん時の悲劇だろうが……ッ!!)

 

 あの時子供たちを見捨てた神威に、そんな思い出は相応しくない。

 だからどうか、苦しませてくれ。痛みを与えてくれ。

 

(俺に、幸せなんて駄目だろうが!!)

 

 そこまで思って、ハッとした。

 

(なんで、こんな言葉。……そうか)

 

 一度認識すれば、事実があまりに簡単に入ってくる。

 

 どうしようもない人間から脱却したいとか、人を救える自分になりたいとか、そういう事を思える次元にいなかった。

 

 そう。

 彼は、最初から。

 

(──俺は、自分を救いたいだなんて思ってなかったんだ

 

 ヘッドフォンで耳を塞いだのは、他者と向き合う現実を拒絶するため。

 過去を悔み続けたのは、過去にしがみつけば楽だったから。苦しみ続ければ、今と対峙せずにいられたから。

 

(……クズが)

 

 腐った根っこは変わらない。でも、少しだけその構成要素が変わった気がする。

 

 じゃあ。

 

 自衛と保身は、本音でなかったとして。

 それでも神威が銀狼隊を志したのはなぜだ。今まで散々行動してこなかったのに、今になって動き出した理由はなんだ。

 

 自分を変えるため? ───違う。

 分水嶺にちょうどよかったから? ───違う。

 最後のあがき? ───違う。

 

『■■■■』

 

(っ───!)

 

 再び、いつものノイズが響き始めた。

 ずっと誰かが泣いている。子供のような、泣き声。

 

 神威はそれを、ずっと自分だと思っていた。過去の自分が、今の自分に泣きついているのだと。けれど違う。

 ノイズと記憶が重なっていく。神威はこんな風に泣かない。こんな声ではなかった。

 

 孤児院の子供だ。

 

『■■け■』

 

(そうか。……そうか、そうか!)

 

『た■け■』

 

 自覚する。

 

(異能は精神を映す鏡だって愛染先生は言ってた。つまり俺の精神も異能もずっと未完成……きっと、()()()助けようとしていても、俺は足りなかったんだ……!)

 

 意識が、芽生える。

 

(俺が本当にしたい事は……! あの時、するべきだったのは!! 立ち向かう事でもなく、耳を塞ぐ事でもなくッ!!)

 

たすけて

 

(───あの子に、ヘッドフォンを差し出す事だったッ!)

 

 七色が、散った。 

 

「……ぁっ!?」

 

 脳裏の光景と、現実の音が重なる。

 自分が幻を見ていたと気づいて、神威は前を見た。

 

 それは一つの決着だ。

 翼を破られた*LuSsiqが地に沈み、火炎が波状してくる。力勝負に負けたのだろう。流石の*LuSsiqといえど、かの朱雀には敵わなかった。

 

「───」

 

 体が鉛のように重い。何年も動かしていなかった腕を動かすような気分だ。

 ぼんやりと、揺らいだ*LuSsiqが神威を見た。今にも閉じてしまいそうな瞳。揺れて、唇が微かに震える。

 

 なんとなく、何を言われるか分かっていた。

 だから神威は、軋む体を無視して立ち上がって。

 

「たすけて──」

 

「───任せろ」

 

 彼女を、抱き留めて。

 

 神威の全身が、銀色に光り出した。

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