Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第五話『獅子の願い手』

 

 ───『覚悟』と『力』という言葉を思い出した。

 

 戦うという事。

 

 誰かを救い、誰かを傷つける『覚悟』。

 そしてそれを成すための『力』。

 

 ここあちゃんは、私の誰にでも平等に接する性格を『力』だと言ってくれた。

 それはきっと、私に『覚悟』があると思っているからだよね。その時が来れば、やれる人間だって言ってくれたんだよね。

 

 でも、ごめんね。

 私に足りないのは、『覚悟』の方だった。

 

 私には、『異能』がある。

 使えばみんなを助けられる『力』がある。

 

 自分を傷つける事は、怖くない。

 私が犠牲になって誰かが助かるのなら、なんだって出来る。

 

 でも───『戦う』事は、誰かを傷つける事だ。

 私はそれが怖い。

 誰かを救って、私が救って、それで犠牲が出る事が、とても怖い。

 

(私は、何も出来ない)

 

 ここあちゃんが殺されそうになった時、思った。

 友達が───大切な人が、死んでしまう。

 

 私の『覚悟』が足りないせいで、死んでしまう。ぬるま湯につかっていたせいで。心に迷いがあるせいで、人生が終わる。

 

 許せない、と思った。

 

 ()()()()()()()()

 

 だって。

 あの日、私はおじいちゃんの事を殺した(・・・)んだから。

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 小さい頃、私はおじいちゃんの牧場で育てられた。

 

『おじいちゃん! 兎のエサやり終わったよ!』

 

『お~獅乃、ありがとう。毎日早くなってくな!』

 

『ぼくたちもてつだった!』

 

「ほめてほめて!」

 

 おじいちゃんはお人好しで、近所の孤児とか捨て子を拾ってきては、育てるような人だった。牧場は動物たちとそんな子供たちでいつも騒がしくて。

 牧場は小さな宿も営んでいて、そこには時々旅行者の人も来て。子供たちで、その人たちを歓迎して。そんな穏やかな生活が、私は大好きだった。

 

『おまえら、獅乃おねえちゃんは優しくしてくれてるか?』

 

『うん!』

 

『しのねーちゃんだいすき!』

 

『そうかそうか!』

 

 おじいちゃんは曲がった事が大嫌いな人で、でも昔気質の人には珍しく、それを押し付けない強さを持っていた。

 でも、私に対しては少し違っていて。

 

『いいか獅乃。弱い者いじめしちゃだめだぞ?』

 

『うん!』

 

『みんなに優しくして、笑ってるんだぞ? 困ってる人がいたら助けなきゃだめだ』

 

『もーわかってるよ!』

 

 私にだけは、おじいちゃんは少しだけ正義を教えてくれて。それが血の繋がった孫だからなのか、それとも私ならそういう人になれると思っていたのかは分からないけど、おじいちゃんに特別扱いされるのは、嬉しかった。

 誰にでもその大きな掌を差し伸べるおじいちゃんが、誇りだった。

 

 そんな風になりたいと思っていた。

 なりたいと,思ってたんだよ。

 

 ……そのはずなのに。

 

 ───それはある日の事。

 子供たちが突然いなくなった、夜の事。

 

『何やってるの……?』

 

 おじいちゃんは、悪人だった。

 

 西洋式の儀式を行う───悪い魔法使いだった。

 

『……………………ぁあ、見られてしまったか』

 

『なに、ぇ、なんで……子供たち、ばらしてるの……?』

 

 おじいちゃんは子供たちの臓物や血をいつも動物を解体している刃物で集めて切り刻んで鍋の中に入れて煮込んで瓶に混ぜてあるいは皮を剥いではく製にしたり女の子の股に熱した棒を突っ込んで胎で鳥の血と混ぜたりぁあぁぁあああああああああああッッ───!!!!!

 

『なんで,そんな事ッ……!!?』

 

 口に出す事も恐ろしい程、残酷な事を、していた。

 

『……おじいちゃんな、全部壊そうと思うんだ』

 

『───』

 

『疲れちゃってなぁ…………だから、お前たちと一緒にこの牧場を吹き飛ばすんだよ』

 

 小屋の中央に書かれた魔法陣は、赤黒として、生臭い匂いを放ちながら、ヘンテコに明滅していた。

 一目でわかった。

 その魔法陣が、漫画に出て来るような本物で、人間の触れていい領域の物ではないのだと。

 

『───』

 

 こんな時、普通の孫なら何て言っただろう。

 裏切り者? ろくでなし? 多分みんな、現実を受け入れられずに絶望する。

 

 でも私は、生憎と───()()()()()()()()()、人の本質を見抜くのが得意だった。

 

『おじいちゃんは、間違えちゃったんだね』

 

 気が付けば私は泣いていた。

 この悲劇に。おじいちゃんの末路に。

 

『間違えた。この私が?』

 

『「いい人」でいようとして───でも「いい人」でいられるほど世界は優しくなくて、折れちゃったんでしょう……?』

 

 その時、私は気づいたのだ。

 

 牧場を営んでいたのは、動物相手なら心が傷つかないで済むから。

 子供たちの面倒を見ていたのは、本当はそうしたかったから。

 私に正義を教えていたのは───獅乃ならと、そう思わざるおえなかったから。

 

 中途半端は許せなかったんだ。

 自分の願う正しさを力に変えて、世間という差別の海と戦えないのに、子どもたちを救おうとするだなんて、半端な人間になってしまったから。

 

 おじいちゃんはもう終わりを選ぶしかなかった。

 

『……苦しかったんだね』

 

 おじいちゃんから想いを受けた私には、その痛みが強く理解できた。

 そして,決めたんだ。

 

『ねえ、おじいちゃん。いいんだよ。───私が全部、背負うから』

 

『───』

 

『だから、いいの』

 

 不思議と、その時の私には出来るという確信があった。

 手を開いて、瞳に現実を焼き付けて。

 

『もう休んでも、いいんだよ』

 

 その時、私は『異能者』になった。

 

~~~~~~~~~~~~~

 

『………………なあ、獅乃』

 

『うん』

 

『お前はこれから……苦労するだろうよ。他の人よりも、うんと苦労するだろう……』

 

『うん』

 

『善意を利用するやつもいるだろう……でも───「いい奴」でいてくれよ………』

 

『うん』

 

『強く……なってくれよ……誰かの想いを継げる人になってくれよ……偏見を持たないで、手を差し伸べられる人になってくれよ……』

 

『うん』

 

『お前ならきっと大丈夫だから。俺みたいに折れないでくれよ……動物の死を悼めるお前なら……大丈夫だから……』

 

『……うん』

 

『なんたって。お前は、お前は……』

 

 焦点の合ってないおじいちゃんは、口から塊みたいに血を流して、そこで言葉を止めてしまった。

......止めたんだ。

その続きを口にしてはならないと、そう思って。

 

 握っていた手が力を失って、私はおじいちゃんの最後を悟る。

 

 私は、瞼にそっと手をやった。

 そして、顔をくしゃくしゃにしながら呟く。

 

『───私は()()()()()()()()だから、絶対大丈夫だよ……』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 騒ぎを聞きつけやって来たのは、旅行者の人だった。

 その人は、自分を『月桜学園』という学園の関係者だと名乗った。

 

 小屋の中にはその時、私と、僅かだけど生き残った子供たちがいて。

 彼らはみんな私よりも幼かったから何が起こったのかを全然理解していなかったけれど───口々に、こう言った。

 

『鬼が出た。鬼が出て、子どもたちを殺した。おじいちゃんも殺した』

 

 秋田の田舎だったから、子どもたちはまだ歩けない頃から鬼の伝説を聞かされていた。残酷な目に遭って、真っ先にそれが出てきたのだ。

 夜で暗かったのもあるだろう。小屋の中は元気が付いていなかったから。 

 

 子どもたちは、家族を殺したのはその鬼だと───誰も、おじいちゃんが殺したなどと思っていなかった。

 

 子供たちは、おじいちゃんを愛していた。

 

 目の前の現実が信じられないほどに、彼からの愛を受け取っていた。

 悪人だと感じていたのは───悪人になろうとしたのは、おじいちゃんだけだった。

 

 おじいちゃんは許されない事をした

 これは紛れもない事実だ。そして拭われることのない、血に濡れた罪だ。

 

 過去は消えない。

 なら,善行も消えないのだと思いたい。

 罪も善行も記憶に残して、私は未来へ進む。

 

 ……そう決めたはずなのに、いざ人の命が懸った場面で、私は躊躇してしまった。

 だって、全ての始まりになるのだと確信したから。これから始まる、『誰かを傷つけ、誰かを救う』物語の一歩目だと。

 

 始めれば、もう戻れない。

 この誓いは、不可逆であるべきだ。

 

 目を逸らし続けた。

 学園生活が始まるまでの数十日。生活が始まってからの数日。そのささやくような、甘やかな日々。

 

 でも、人という生き物は───理想から逃れられない。

 直面する時が必ず来る。

 

 そしてそれは、今だ。

 『覚悟』の時だ。

 

(私は、人を助ける)

 

 それが出来たら、最高だと思う。

 誰かを護れるのなら、なんでもしよう。

 

 ───『いい人』でいるために。

 

~~~~~~~~~~~~

 

 震えが止まらない。

 呼吸がばらばらになる。

 

 でも、獅乃は確かに二本の足で立って、ここあと喰凰の間に立ち塞がった。

 

「獅乃───ッ!!」

 

 ここあの声が遠く聞こえる。

 それでも、獅乃は両手を前に突き出す。

 

 じん、と心臓が熱を帯びる。

 想いが、時を超えて。

 

(『いい人』を貫くためにッ!!)

 

「応えて───『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』ッ!!」

 

 獅乃の全身が黄金の光を帯びる。

 彼女の叫びに呼応して、熱は喰凰へと波状した。

 

「なん───ッ!!?」

 

 一撃を繰り出そうとしていた彼の全身が、弾かれるように獅乃たちから吹き飛んだ。

 

「『逆説道化(クラウンダスト)』ッ!」

 

 喰凰の異能が発動。

 地面に手を擦りながら強引に運動を止め、全身を再生───

 

「……ッ、効き目が薄い」

 

 しかし、その一撃が完全に消え去る事はなかった。

 まるで内部に響く震撃のように、全身を駆け巡って終わらない。

 

「アァアアァアアアア”アッ!!」

 

 喰凰は自らの肉を抉る。しかし、一撃の影響は留まらず、彼の全身は崩壊し続ける。

 足が折れ、腕が裂け、地に沈む。

 

「なんだッ、これはぁァアアアアアアッ!!」

 

 繰り返し、繰り返し、何度も何度も。

 まるで。───彼女の意志が、そこに宿っているように。

 

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獅子の願い手(プリム・モーヴェン)】[異能]

『絶対に自分を曲げない』異能。あるいは、『誰にも変動させられない』異能。自身の思い描いた行動を絶対に実行する。その過程に存在する障害は自動的に取り除かれるが、彼女が想像しえない事、あるいは彼女一人の力量を超える行動は困難。許容を超えた場合は代償が要求され、多くの場合肉体的損傷として現れる。逆説的に言えば、代償が払えるのならどんな行動も実行可能。

その危険性・規模故に、『学園』は異能の行使を禁じている。

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「獅乃、貴方……」

 

「ッ……!!」

 

「獅乃!!」

 

 異能の代償が現れ、彼女の体に亀裂が入る。それはまるで硝子を割った時のように、腕から枝分かれした罅が現れた。 

 噴き出す鮮血。思わず彼女は立てなくなって、ここあの腕の中に倒れこんだ。

 

「ここあ、ちゃん……」

 

「喋らなくていいわッ!! ……貴方はよくやった。だから、もう無茶しないで……!」

 

「ぁ……ごめんね」

 

 涙を流すここあの頬を、獅乃はそっと撫でる。その手さえもここあは握りしめて、まるで痛みを分けろと言っているかのように目をぎゅっと閉じていた。

 

 そんな獅乃の手に、鮮血の糸が触れる。

 

「ごめんね、一瞬だけ我慢してほしい」

 

「ッ……!!」

 

 糸は獅乃の亀裂をなぞる様にして全身に這うと、素早く亀裂を縫い上げた。

 

「簡易的だけど止血をした。とはいえ激しく動かせばどうなるか分からないから、安静にしてほしい」

 

「ありがとう……」

 

「感謝は僕たちが言うべきだよ。フェアものびてるし、君がいなければ僕たちはどうなってたか分からない」

 

 視線を横に逸らす。そこには、ここあが突き飛ばしたフェアが気絶した状態で転がっていた。

 

「ともあれ、逃げよう。現状がどうなっているか分からないけど、ここにいたら───」

 

 安堵から、気を抜きそうになった。

 でも、そうなる前に、それを視界に入れてしまった。

 

「ここにいたら、何だい?」

 

「……嘘だろ」

 

「残念───ほんとサ」

 

 肉塊が、蘇る。

 おきあがりこぼしが直立するように、歪な動作で、喰凰が立ち上がった。

 

「生憎と、私の『異能』は特別製でね。───『』の逆説を取らせてもらったよ」

 

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逆説道化(クラウンダスト)】[異能]

『逆説を実現させる』異能。起こった出来事|(これから起きる出来事)を『真説(クラウンジェム)』、その逆の出来事を『逆説(クラウンダスト)』とし、『真説(クラウンジェム)』を現実に起こせれば『逆説(クラウンダスト)』が実現する。『私の体は弱い』という事を証明するために腕を石で切れば、その『逆説(クラウンダスト)』として身体能力の強化が行われる。あらかじめ宣言しておけば死を克服する事すら可能。

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 『死』の逆は、『生』だ。

 彼は今、死の現実を反転させた。

 

 否、今までもそうだったのだろう。

 彼らの全ての攻撃に対して、喰凰は逆の現実を引き起こしていた。

 

 喰凰はゆっくりと手ををもたげると、獅乃を指さした。

 

「君、いい力だね。いいナ。───君ごと貰っていいかナ」

 

「───!」

 

 ここあたちが、咄嗟に構える。

 次の瞬間、喰凰は獅乃の隣に出現した。

 

「は……」

 

 『三人に行く手を塞がれる』───『逆説(クラウンダスト)』───『三人に行く手を塞がれない』。

 そんな簡単なロジックで、喰凰は彼らを突破した。

 

 無敵だった。

 

「じゃあ、行こカ」

 

 喰凰の手が獅乃に伸びる。

 抵抗しようにも、既に手足に力は入らなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───随分、好き勝手やってくれたじゃないか」

 

 

 声がした。

 何かが弾ける音がした。

 

 それは世界が終わる音ではなくて、もっと綺麗な、結晶が砕けるような音だった。

 

「あーあ……」

 

 喰凰の肉体は、同系色の結晶のような何かに貫かれていた。

 

「───来たね(・・・)

 

 呟いた直後。

 彼方より飛来した衝撃で、喰凰は吹き飛ばされ、爆散した。それだけの威力を込めた、一撃だった。

 

「君たちには随分無茶をさせてしまったみたいだ」

 

 獅乃たちの前に、一人の少年が降り立る。

 

 彼は、ツギハギだらけで、頭部にうさ耳を模した紫フードを羽織っていた。右手首には懐中時計とそれを巻く鎖。首からは大きな本をぶら下げた、独特なスタイル。

 何より、その下に着ているのが学生服というのがアンバランスで、しかし不思議なほどに完成されていた。

 振り返れば、綺麗な白髪と紫紺の優し気な瞳が目に入る。

 

「遅くなって申し訳ない。───銀郎隊戦闘部部長』、二階堂エデン、現着」

 

「二階堂、エデン……それって……!」

 

 燐世が叫ぶように声を上げる。

 

「銀郎隊……いや、『人類最強』……! 数多の異能犯罪組織を壊滅させてきた、あの(・・)二階堂エデン!?」

 

「新入生にまでそういわれると照れるね」

 

 その声を尻目に、獅乃は顔を上げる。

 

「その、声……もしかして」

 

「はは」

 

 予感は正しく、エデンも、柔和な笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、入学式の時の……!」

 

「やぁ、数日ぶりだね。───鈴代さん」

 

 舞い降りた最強は、獅乃が入学式前に出会った、兎小屋の先輩だった。

 

「みんな、待たせて申し訳ないね。少々他のところが立て込んで、時間がかかってしまった」

 

 喰凰の吹き飛んだ方から、建物の崩壊する音が聞こえてくる。それは果たして、彼が復活した合図だ。

 二階堂エデンは前を向いて、ゆっくりと見つめる。

 

「っ、気をつけてください! アイツは、喰凰は『無敵』です! どんなに倒しても再生して、それ以上の力を得てしまうんです……!」

 

「そう。ありがとう」

 

「『そう』って……!」

 

「ごめんね。でも、安心してよ。ゆっくりとそこで確かめてくれたらいい」

 

 彼は目を細めて、ひらひらと手を振る。

 

 

 

「───君たちが目指す銀郎隊の頂点は、『無敵』を超える『最強』だって事をね」

 

 

 

 そう言い残して、二階堂エデンは空想のように空へ飛んだ。

 

 

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