Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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第二十七話『「音」を「楽」しむ力』

 火炎を携えた矢じりが、俺達を貫こうと迫る。

 けれど、歌声によって増幅された七色の光が矢を粉砕し、熱を散らした。

 

「ルシア、行くぞ!」

 

「うん!」

 

 余波も収まらぬ中で、互いに生えた片翼を支え合い俺たちは空へ。しかし負担も分け合っているおかげか、ルシアが一人で飛ぶよりも数段早い速度が出た。

 町を焦がす火炎の包囲網を七色の光で和らげ、夜凪へ肉薄。

 

「単調ですッ!!」

 

 速度をそのままに体当たりを仕掛けるが、旋回性能では彼女に分があるらしく、くるりと反転するだけで避けられてしまった。

 反撃とばかりに放たれる弓矢。

 俺達の繋いだ手へ、まるで繋がりを断とうとするように迫る。

 

「「──っ!」」

 

 言葉はいらない。息遣い一つで通じる。

 俺たちは咄嗟に、迷うことなく手を離した。矢が二人の間を通過。当然片翼を失った俺たちは落下を始めるが、高温によって発生した上昇気流を利用して空中を泳ぐように移動して、再び手を繋ぐ。

 

(不思議な気分だ)

 

(音楽を通して、通じ合ったおかげかな)

 

((ルシア《御神楽くん》の思いが伝わってくる))

 

 彼女と異能を共有し、文字通り比翼を繰り返していく中で、気持ちが重なり合っていく。

 ただ、『勝ちたい』。

 この誇り高き朱雀を下して、合格を手に入れたい。

 

 そして、そして───

 

「「人を、助けたい!!」」

 

 七色の奇跡が、膨張する。

 それは俺の銀色が混じった雑多な色彩ではなくて、混じりけのない──溶け合った、純粋で力強い輝きだ。

 

「ぐっ……負ける、ものかぁああああああああああ!!」

 

 対し、夜凪が叫びをあげると、彼女の生み出す火炎が勢いを増した。けれどそれは外側へ放出する物ではなく、内側へと向かう物だ。

 肉体に沿うような形で、火炎は彼女を包み込む。徐々に人の形へと変貌し、それが彼女自身の肉体とぴったり重なり合った。

 

 現れたのは、火炎が人を象ったような存在だ。一本に纏められた長い髪は根元から先端にかけて朱色のグラーデションがかかり、まるで燃え盛る炎のように動き続ける。

 下半身からは鳥の尾のような巨大な線が何本も伸びた。肉体の表面は光を帯びて、そこから炎が揺らめく。

 

 間違いない。

 それは所謂、神話に登場する朱雀の姿。恐らくは人と朱雀の中間を取った形態だ。異種族、例えば獣人は獣と人の割合が個々人によって違う。夜凪の場合それを意図的に操作でき、そして出力も変化させられるのだろう。

 

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【『朱雀──原始の姿』】

〇性質───幻想返り

〇詳細───異種族『朱雀』の血筋がその原点を取り戻す『幻想返り』を使用し、人と朱雀の中間の存在と化した姿。人間状態よりも優れた身体能力、火炎操作能力などを所有する。

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「さあッ! ──私を超えて見せろ!」

 

 髪、肉体、尻尾、空間。彼女と周辺に存在する全ての火炎が、螺旋を描きながら構えた弓矢の先端に集まっていく。

 携えられて、引き絞り、放たれた。

 

「「空を舞う羽に夢を乗せて───!!」」

 

 マイクを握り、俺達も七色の奇跡を全開放する。 

 全てを切り裂こうとする火炎と、全てを包み込もうとする七色の奇跡は、空中で衝突した。

 

「貫けッ!!」

 

「「負けるかぁあああっ!!!」」

 

 ここまで、やってきたのだ。

 一度は全てを捨てかけたけれど、ルシアが救いの手を差し伸べてくれて、自分の事を少しは信じて前へ進もうと思えた。

 

(だから負ける訳にはいかない! 負けたら死を選ぶからじゃなくてッ、俺はただ、君と勝ちたい!!)

 

 そしてそれは。

 その、感情は!!

 

 異能(こころ)を通して─── ルシアへ届く!!

 

「あああああああああああああああッ!!」

 

 いっそ悲鳴のような叫び声が響いて、不意に七色の奇跡が勢いを強めた。

 |堰(せ)き止められていた川が流れだすように、奇跡は火炎を飲み込んだ。歓迎されるように甘く、朱色は七色に加わっていく。

 

 それはやがて、火炎を生み出していた夜凪にさえ及んだ。

 鎧を脱がされるみたいに、変化した形態が流れに圧され、落ちていく。

 

「ぁ……」

 

 彼女が彼女自身の顔を取り戻した時、七色の奇跡は既に彼女を包んでいた。そしてそれは、火炎のように破壊をもたらす力ではなく、()()()()()()()()()()()力だ。

 

「音が、聞こえる……軽快で、楽しくて……ワクワクする、ような……」

 

 夜凪の肉体は思いのほか、俺達の攻撃を蓄積していたのだろう。火炎で隠されていた傷たちは、七色の奇跡に触れた途端、癒えていく。 

 ルシアの異能は誰かを傷つける力ではない。『歌って踊れて戦えるアイドル』の力は、誰かを救うための力なのだ。

 

「──なんて……楽しい……」

 

 最後に、彼女は満足そうに笑って。

 七色の奇跡に包まれて、意識を手放した。

 

『そこまで!』

 

 その瞬間、どこからともなく声が響く。記憶が正しければ、それは村雲紫陽花先輩の声だ。

 

『試験終了だ。現在残っている七名を合格者とする! 全員そこで待機し、隊員たちの指示を待ってほしい』

 

「……合格?」

 

『全員、本当にお疲れ様だった。それでは指示があるまで待機してくれ』

 

 ぷつりと、声が途絶える。

 俺は信じられなくて、ふらふらと揺れていた。

 

「ごう、かく……っっ~~~~~!」

 

「ご、合格!! やっったぁ! っ、はっ……ぁ……!」

 

「み、御神楽くん!」

 

 同時に俺達も地面に着地する。その瞬間、俺は異能を使う元気すらなく、膝から崩れ落ちてしまった。ルシアが支えてくれるけれど、体に力が入らない。

 

「わ、悪い……すぐに立つから……」

 

「無茶しちゃだめだよ!! 異能を酷使したら凄く疲れるのに、ただでさえ御神楽くんの場合は発現したばかりなんだから!」

 

「へへ、そっか……そりゃそうだよな。ってか、ルシアは大分元気そうだな」

 

「それは御神楽くんのおかげだよ」

 

「俺の?」

 

 ルシアは、俺の体を抱き留めた。

 

「翼を二人で広げたり、マイクを君も握ってくれたり。ただ私の異能を強くするだけじゃなくて、負担を何割か引き受けてくれてるから、私はまだこうして立っていられるんだよ」

 

くしゃりと、なんでかルシアはとびっきり嬉しそうに笑って。

 

「優しい力だね、君の『異能』」

 

「───」

 

 ……なんだろう。何も言えなかった。

 照れ隠しの罵倒も、感謝も出てこない。ただ、泣きたくなるような感動と、解されるような温度だけが俺を包み込んでいる。

 

「ぁ……っ、つ………………うん。ありがとう、ルシア」

 

「うん!」

 

 たっぷりと時間を置いて感謝を告げた俺に、ルシアは元気よく頷いた。

 これから俺たちは、まだ戦いを続けなければならない。でもその前に、言いたい事が一つあった。

 

「なぁ、ルシア」

 

「どうしたの?」

 

「俺。俺さ───」

 

 ■

 

「……終わったね」

 

 観戦室にて、その様子を見ていた村雲紫陽花は、静かに呟いた。

 

「ッ、あれ見て!!」

 

 七咲ナナが叫んだ。

 東側エリアのモニターが拡大され、うずくまる夜凪へと集中する。

 

「なに、あれ……火炎?」

 

「っ、すぐに駆け付けないとっ!」

 

「待て」

 

 やはり、待ったをかけたのは最上優だった。

 

「───二階堂が信号を送ってきた。何か考えがあるんだろう。指示が出るまでは動くな」

 

「っ……!」

 

 二階堂エデンが考えなしに行動する訳がない。それはある意味で、銀狼隊の共通認識だ。それを最も理解しているのは最上優だという事も。

 しかし同時に、優本人すらもその意図を掴みかねていた。

 

「一体、なぜ」

 

「……もしかすると」

 

 唯月は、呟く。

 

「試そうとしているのかもしれません。新入生の───いえ、御神楽神威の覚悟を」

 

 ■

 

 

「……ぅ……ぁ」

 

 呻き声が聞こえた、その瞬間。

 背後から灼熱が立ち上った。

 

「っ、朱莉ちゃん……!?」

 

 依然、夜凪は倒れ伏したままだった。

 けれど明確に違う事が一つ。彼女は、胸を抑えながら蹲っている。灼熱はきっと彼女の意志ではない。もっとこう、抜け出ているような感じがする。

 

「に、ゲてください……! このままでは、溢れるッ!」

 

「お、おい、夜凪!」

 

「逃げてッ!!」

 

 全身から上昇する火炎。それは一匹の巨大な鳥の形成していく。

 翼が広がり、鳴き声が上がった。

 

 分かりやすいぐらいシンプルだ。

 夜凪朱莉という少女が持つ種族の力が暴走し、それがひとりでに動き出した姿。

 

 それがただの現象なのか、あるいは生物なのかは分からない。

 けれど確かに、『朱雀』が生まれ出でたのだ。

 

「嘘……もうっ、力が……!」

 

「ッ……!」

 

『───■■■■■■■■!!!』

 

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【『炎帝朱雀』】

〇性質───異種族暴走・理外の法

〇詳細───異種族『朱雀』の血筋が力を制御できず、朱雀の火種が外へ飛び出した姿。朱雀の持つ『全てを燃やし尽くしたい』という本能に従い、鎮静化されるまで火炎をまき散らし続ける。

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 動かぬ体に嘆くのもつかの間。

 朱雀は、俺達に襲い掛かった。

 

 ■

 

 ───全身を焼かれて、痛みに悶え苦しむ。

 

 私が想像したのは、そんな未来だ。けれど何秒経っても痛みはやってこなかった。

 試験官の人が助けに来たのだろうか。そんな風に思って、顔を覆っていた腕を払い、ゆっくりと目を開ける。

 

「───」

 

「ぐううううううああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶句した。

 

 私の前に、御神楽くんが立ち塞がっていた。彼は私から借り受けた虹色の奇跡を総動員させ、小さな盾のようにして、その身一つで朱雀を受け止めていたのだ。

 迸る火炎は、彼を基点に左右に分かれていて。私には一つの熱すら与えていなかった。

 

 彼の使う虹色の奇跡は搾りかすみたいな物だ。そもそも既にボロボロで、誰かを守るどころか自分を守るだけの力さえ持ち合わせていないはず。

 なのに、私に一切の影響を与えないまま受け止めるなんて、一体どれほどのダメージが彼を苦しめているのか。

 

「みかぐらく”んっ!!」

 

 喉が張り裂けるほどに叫んで、私は彼に手を伸ばす。私も限界の状態だ。けれど彼よりはまだ余裕がある。だから代ろうとしたのに、御神楽くんは一歩たりとも動こうとしなかった。

 

「だい、じょうぶ……か……ルシア……!」

 

「な、なんで!! いいよ大丈夫っ、私が代わるよッ!!」

 

「いいん、だ……俺、お前に迷惑かけたからさぁ……これで千分の一、でも、返せたかなぁ……!」

 

「そんなのッ!」

 

 そんなの思ってない。そう返そうとしたのに、彼は返事を求めていないように、言葉を続けた。

 

 ───もう、逃げたくないんだ。

 

「……!」

 

 胸の内側で声が響いて、私は目を見開く。それはまだ微かに繋がっている御神楽くんの心の声だ。彼が七色の奇跡を扱えているのだから、声が聞こえない道理はなかった。

 

 ───もう二度と、誰かを見捨てたくないんだ。例え敵わなくなっていいから、音を共有する事を辞めたくないんだ。それで共有できたのなら、手を差し伸べ続けたいんだ。

 

 伝わってくる。彼の思いが。

 それは懺悔と覚悟の誓いだった。

 

 自分の愚かさを呪っていた彼が、他者との関わりを通して、ほんの少しだけ自分を信じてもいいと思えた、この試験の。

 その、果ての結論。

 

「ルシアっ」

 

 彼は、吐き出すように言った。

 

「俺さぁッ! ───銀狼隊でお前と人助けがしたいよ!! でも今のままの俺じゃ自信もって言えねえからさぁッ!!」

 

 両手を突き出し、突き出し、突き出し、前へ、前へ、前へ。

 

「だから、守り通すよ!!! 誇れる俺でッ、もう一度手を取ってもらえるようにッ!!」

 

「───」

 

 ずるい。

 そんな事を言われたら、私はこの伸ばした掌を引っ込まないといけない。

 

 拳を握って、歯を食いしばって、代わりに。

 

「──頑張れ、御神楽くん!!」

 

「っ、ぉお”おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 情けなくて、ちっぽけで、負けてしまいそうで、それでも世界で一番私を想う七色の奇跡が『朱雀』を食い止める。

 その勢いは、いっそ『朱雀』を超えてしまいそうなほどだったけれど。

 

「───ぁ」

 

 ばちん、と音がして、七色の奇跡は弾けた。

 

 ───ごめん、ルシア……まじでこれ、限界だ

 

 最早声を出す余裕もなくなった御神楽くんの意志が、伝わってくる。

 彼の気持ちは、まだ戦うつもりだった。でも、いくら異能が精神を映す鏡であったとしても、精神論で全てが解決する訳ではない。

 

 あるいは彼が、艱難辛苦を乗り越えてきた歴戦の猛者ならば違ったのかもしれないけれど。未だ、一歩目を踏み出した少年に過ぎない。

 気持ちに体が、付いてこなかった。

 

 けれど彼は、最後まで諦めたくなくて。

 異能が消えても、なんとか両手を広げた。

 

 ───せめて、最後まで。

 

 そう祈った。

 その間隙に。

 

 

「『煌 帝 の 簒 奪(H e n c e f o r t h. of L u n a r I A)』」

 

 

 

 

 王者の一撃が、『朱雀』を消し飛ばした。

 

 

 

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